第四二五話 フレムの帰還
「へへっ、せ、先生、やりましたよ」
「え? ちょ! フレム! どうしたよのそれ!」
神殿から出てきたフレムのあまりのボロボロさに、ピーチは驚きの声を上げ、ローザも顔を青くさせていた。
戻ったフレムはそのまま脚をもつれさせ、前のめりに倒れかけるが、正面に立ったナガレがそれを受け止める。
「大丈夫ですかフレム?」
「せ、先生、へへっ、これ、ぐらい、平気ですよ。何せ先生の一番弟子ですから」
ニカリと笑って強がりを述べるフレム。周囲に集まって来た仲間たちが心配そうに容態を見やり。
「これ、目は大丈夫なの?」
マイが痛々しそうな顔を見せながら誰にともなく問う。
「そうですね。どうやら炎を扱うのが得意な相手だったようですが、フレムも体温調整で熱をあげられるようになっていたのが幸いしました。眼球は問題なさそうですからね。全身の火傷もかなり痛々しいですがローザとアイカさんによる治療で完治は可能でしょう」
それに答えたのはナガレであり、多少はフレムの身体に触れながらも、十分治療可能であると診断する。
「わかりました! では私は目の火傷と、全身の大きな火傷を魔法で治療していきますので、アイカちゃんは細かい部分の治療をお願いします」
「は、はい師匠!」
ナガレの話を聞き、フレムをその場に寝かせたところで、ローザとアイカがすぐさま聖魔法による治療に入った。
ふたりの息は中々に合っていて、フレムの傷がだんだんと癒やされていく。
「フレムっち、見た目より大事じゃなさそうで良かったよねぇ~」
「……単細胞だけど身体は頑丈」
「だ、誰が炭酸だゴラァ! 痛ッ!?」
ビッチェの相変わらずな物言いに、フレムが怒鳴るが、それが傷にしみたようだ。そして微妙に間違っている。
「ほらフレム、まだ治療は終わってないんだから無茶しない」
「チッ、わ~ったよ」
そんなフレムに、ローザはヤレヤレといった目を向けながら、まるで母親が子供に注意するような態度を見せる。
その様子に、クスクス、とアイカが微笑み。
「何か師匠はフレムさんの保護者みたいですね」
「だとしたら相当手のかかる子供ですけどね」
「だ、誰が子供だ!」
アイカが感じた印象に、ローザも苦笑しつつ答える。
それに文句を言うフレムだが、恋人という風には見られない辺りはある意味流石である。
「ふぅ、最初見た時は大変そうに思えたけど、これだけ喋れるなら問題なさそうだな」
『心配するだけ損であったな』
「まぁ、殺しても死ななそうだもんねあんた」
「お。お前ら……」
更にメグミ、ピーチ、聖剣であるエクスまでもが先程までの心配はどこへやらといった態度を見せる。
それに思わず目を細め眉を吊り上げるフレムである。
そんなフレムの気持ちとは裏腹に、周囲ではちょっとした笑いが起きたわけだが。
とは言え、これもフレムが十分治療可能と判断されたが故だろう。思ったよりも本人が元気であるというのも大きい。
一五分も経てば、フレムの火傷はほぼ目立たなくなっていた。それでも、外側からでは見えない痛みなども残っているため、そのへんも含めて治療するとなるともう少しかかるようだが、ある程度姿勢を動かしても平気なぐらいには既に回復している。
「それでは、私も少しお手伝いすると致しますか」
「え! せ、先生がですか!?」
「はい、とは言っても、怪我の治療ではなくマッサージの方ですけどね。どうやら今の戦いでかなり疲労もされているようですから、ある程度ほぐして上げたほうがいいでしょう」
そしてナガレはフレムの身体を揉みほぐしていくが。
「はぁ、先生の手、ひんやりして気持ちいいですねぇ」
「……フレムのくせに、ナガレのマッサージを受けるなんて生意気」
「何かあの表情もそこはかとなく苛つくわね」
「まぁまぁ、フレムっちも治療の一環だし、なんならおいらがふたりのマッサージを」
「……もげろ」
「砕けろ!」
「ギャフン!?」
ビッチェとピーチによる強烈な一撃によって吹き飛んでいくカイルである。
「ま、マイちゃん、お、おいらにも治療を……」
「ごめんね、そっちは専門外なの」
ニッコリと微笑みあっさりと拒否したマイだ。
「先生、今度は何か温かくて気持ちいいです……」
「…………」
「アイカちゃん、何か顔が紅いけど大丈夫?」
「え? いや、そんな、そんな! 何か卑猥でいいな、とか、か、考えてませんよ師匠!」
「え? え~と本当に大丈夫?」
急に慌てだしたアイカを不思議そうに眺めるローザ。とは言えその熱は体調的なものではないのは確かだろう。
「ですが、最初に冷やしてから温めているのですね」
「火傷の影響でかなり熱を持っていましたからね。それを先ず冷やして正常化させました。一度冷やせば後は温めて上げながらマッサージをしたほうが効率が良いので切り替えましたけどね」
「ふぇ~色々あるのですね」
「そうですね。フレムも、今回は貴方の炎が相手に通じたから良いですが、今後はそうでない相手も出てくる可能性があります。マッサージ一つとっても状況に応じて冷やしたり温めたりと臨機応変に対応していく必要があるわけですから、フレムも状況によって柔軟に対応していく適応力が必要となってくる事でしょう」
「臨機応変に、柔軟にですか……」
「はい、そのためには時にはこれまでの考えを一度否定してみたり、発想を逆転させてみたりなど一工夫必要になるかもしれませんね」
ナガレの話を聞き、なるほど、と唸るフレム。今後の戦いにおいて常に仲間と戦うような状況であれば足りない部分を補いながらでも乗り越えることは可能だろう。
そしてパーティーであればそれは理想の形とも言える。だが、それでもやはり、どうしても一対一の戦いが避けられない時というのも往々にしてある。
フレムのような戦闘の要になりやすい戦士であれば殊更だ。
今回などはその最たる例だろう。その時に、打つ手がないと考えなしに諦めるようでは話にならない。
だからこそ、フレムにもある程度の考える力が求められてくる。そういった意味でも今回の試練はいい機会と言えるであろう。
第八神殿のイロンシード戦一つとっても、フレムはかなりの成長を見せた。
ただ、まだまだ強引に力で押し通そうという姿勢が見えているのも確かだ。
ナガレがここで安易にフレムを労ったり褒めたりしなかったのも、この戦いで勝ったぐらいで調子に乗ってほしくないというのがあったからだろう。
マッサージで気が緩んでいるところに、敢えて課題を突きつけたのもそういった気持ちがあったからだ。
むしろフレムは勝って兜の緒を締めるぐらいの気概は持つべきなのである。
なので、フレムの怪我も治り、ある程度身体もほぐれたところで次の神殿への道程を再開させる。
え? もうですか? とフレムは苦笑していたが、あまりのんびりもしていられませんからね、と告げのぼらせた。
尤も序盤少しだけは負荷は掛けずに移動させた。それが結果的にストレッチにも繋がるからである。
こうしてフレムも知らないうちに疲労を取り除き、そして再び負荷を掛けつつ移動し――
「ふぅ、ここは第七神殿ね」
ピーチが汗を拭いながら言う。最初に比べると大分慣れてきたようだ。それだけ魔力の繊細な扱いに長けてきたというところだろう。
「さて、次は誰が試練に挑むかだねぇ~」
「そうだな、ピーチさんとフレムさんは戦ったばかりだし」
「私はもういけそうだけどね。魔法でバンバン倒しちゃうわよ!」
杖をブンブンっと勢い良く振り回しながらピーチが言った。
それを見ていたローザが苦笑いしている。
「……いえ、ここは私がいくわね」
ところが、そこで名乗りを上げたのはマイであった。
「え? ま、マイ大丈夫なのか?」
「……大丈夫も何も、ナガレくんの事だからどうせ後一回ぐらい私に出番を回すでしょ?」
「流石に鋭いですね」
朗らかに笑いながらナガレが言う。マイの目はどことなく恨めしげだが。
「やっぱりね……それなら絶対後の方が大変だもの。なら、二週目は最初に挑戦した方がいいに決まってるわ」
「……ですが、それでもここは第七神殿でございます。上に行けば行くほど相手が強くなっていると思われますが、大丈夫でしょうか?」
「う、うん、そ、そうだよね。し、心配です」
ヘラドンナがマイを気遣うように言った。ナガレ相手には容赦なく殺しにいくヘラドンナだが、マイに関しては色々思うところもあるのだろう。
そしてアイカもやはり彼女が心配の様子だが。
「そのお気持ちは判ります」
「だったらお前が行け、死ね」
ヘラドンナによる首や心臓を狙った容赦ない攻撃! しかしナガレは受け流した。
「ですので、ここは一つマイさんがこの試練を乗り越えられるかどうか、一つ試してみましょう」
「え? た、試すって、まさかナガレくんと戦えとか言わないわよね?」
「……それはもはやこんな神殿じゃ話にならないぐらいの試練」
「そこまでいくとラスボスだな」
「魔神と裸で戦えと言ってるようなものね」
「俺をさしおいてそんなことは許されないぜ!」
確かにナガレと戦うなど、もはや試練自体がどうでもよくなる話だ。メグミでさえラスボス扱い、ピーチの例えも中々酷い。
「いえ、戦うわけではありません。重要なのは、マイさんがきちんとここまでサトルの事を考えてこれたかです」
「はい?」
ナガレの発言に、マイの頬が紅く染まった。




