第四二四話 七倍
「な、七人分だから七倍だと?」
「そうだぁあぁああぁああああ!」
「……そうなのか?」
「……いや、多分そうなんだろう。俺もそう聞いただけだけどな」
ふたりとも、そろって頭はそれほど良くなかった。
「え~~~~~~~い! こまけぇこたぁいいんだよ! とにかく七人分の俺は超ツエー! そういうことだーーーーーーー!」
とにかく叫ぶ。確かにウザさと喧しさは七倍になったと思えなくもないだろう。
「そしてーーーーーーー! 七人分の力を持った俺には、お前は絶対に勝てない! 絶対にだ!」
「そんなもん、やってみないとわから――」
「これに反応も出来ずにか?」
「――ッ!?」
フレムが反論しようとしたその時だった、すぐ目の前にイロンシードがいた。
いつ動いたかも全く見えず、そして目の前に迫った脅威に気がつき反撃を試みても、身体がついていかない。
「フレイムランスインパクトブレイクーーーーーーー!」
「ぐおぉおぉおおおお!」
炎を噴出しながら放たれた、痛恨の一撃。胴体を刳り、貫くかのような衝撃。
為す術もなく、後方へと吹き飛ばされるフレムであったが。
「ファイヤービートーーーーーーー!」
赤い騎士の背中から、強烈な炎が吹き出し、その推進力で爆発的に加速したイロンシードが、吹き飛ばされたフレムの背後に回り込み――
「フレイムスピニングゥゥウウゥウゥ!」
これは最初に見せた、連続突きに炎弾を組み合わせたスキル。
背中に一斉に被弾し、苦悶の表情を浮かべるフレム。
「バーンベルトーーーーーーー!」
更に地面に穂先を突き刺し、発生した連鎖爆撃にフレムが巻き込まれ、軽く宙を舞う。
その時赤い騎士はとっくに空中にいた。フレムを見下ろし、槍を構え。
「セブンブレイズシューティングクライシスーーーーーーー!」
空中から地上に向けて放たれる一突き、と、同時に七本の炎が帯を残しながらフレム目掛けて伸びていく、着弾――派手な爆発音を七回響かせ、フレムを地面に叩きつけた。
「どうだーーーーーーー! これが俺様の七倍の強さだぁあぁあぁぁあ! 七倍のソウルーーーーーーー! 七倍のヒートオォオオォオォーーーーーーー!!!!!!!」
圧倒的に煩い。しかし、全ての技は高速で繋がれ完全に被弾したフレムの身体は既にボロボロだ。
「――どうやらーーーーーーー! 俺の勝利は確実なようだなぁああぁあぁあ! やはりお前じゃ七倍の俺には勝てねぇのさ~~~~~~~!」
そして、勝利の雄叫びを上げるイロンシードであるが。
「か、勝手に、勝手に決めつけんじゃ、ねぇよ……」
だが、フレムの闘志は、胸の炎は、まだ燃え尽きてはいなかった。
ダメージはかなり大きいようだが、それでも立ち上がり、赤い騎士を睨めつけ威勢を見せる。
「ククッ、ア~ッハッハッハッハッハッハッハーーーーーーー! いいぜ! いいぜいいぜいいぜいいぜいいぜいいぜ! お前、最高だ~~~~~~~!」
足先から毛先まで突き抜けたかのような喜びを全身で体現するイロンシード。両手を広げ発情期の雄が上げる鳴き声のように叫び、そして本来見えないはずの闘気を視認できるほどに高め、体中から迸らせた。
「ぐっ、なんて熱量だ――離れてても感じ取れるぜ……」
腕で顔を覆うようにしながらフレムが評す。確かに闘気の上昇に合わせて温度も一気に高まった。
「俺はお前を漢と認めたーーーーーーー! だから今度は俺の本気の技で、お前にトドメを刺す! それが、本気もんの戦いの礼儀だぁああぁああぁ!」
「本気だと?」
怪訝そうに眉をしかめるフレム。その瞬間、派手な爆轟、かと思えばフレムの身体がすっ飛んだ。
「グッ、待た、な! がッ!?」
そう、それはいまさっき受けた突撃のごとく一突き。だが、吹き飛ばされながらのフレムに、さらに断続的に爆発が襲う。
「まだまだぁああぁあぁあ!」
しかも、急加速で吹き飛ばされたフレムより先に回り込んだイロンシードは、そこから更に二発目を与え、更に爆発に巻き込まれながら飛ばされるフレムに先回りし三発目、四発、五発、六発と続けていき。
「さぁあぁああぁ! これで決まりだーーーーーーー! ヘプタグラムプリズンエクスプロージョーーーーーーーン!」
そしてフレムに七撃目を喰らわせた直後、フレムが飛ばされてきた線が灼熱の炎に包まれ一つの形を生み出す。
それは――七芒星、顕現した炎の七芒星の中心にフレムが吹き飛ばされた。
七芒星の中心は、全ての熱が収束する場所。渦を巻いた熱が極限まで圧縮され、そこへフレムが吹き飛ばされた結果、急激に膨張し、噴火のごとく大爆発を引き起こした。
「グァアァアアァァ――」
フレムの叫び声ごと飲み込まれ――巨大な火柱が空間の天を貫く。
その様子を眺めながら、イロンシードは十字を切るようにし、深い祈りを捧げた。
「安らかに眠れ勇敢なる戦士。お前はよくやった――ファイヤーーーーーーー!」
そして、おそらく本人にとっては弔いの言葉なのであろう、ソレを叫びあげた。
「勝手に、殺すんじゃねぇえええぇええ!」
イロンシードの声に反応するように、フレムがクレーターの如く陥没した地面から立ち上がり、そして叫び返した。
跳躍し、赤い騎士の前に姿を見せ、肩で息をしながらも強気な視線をぶつける。
「……これは驚いた。本当に、本当に驚いたぞブラザーーーーーーー! まさかまだ立ち上がれるとはなぁぁあぁああぁ! だが――」
そこまで荒々しい口調で述べた後、まぶたを閉じ、そして再び見開き静かに述べる。
「流石にもう虫の息だ。そんなんじゃ、今度受けたら間違いなく死ぬかもなぁ」
上から下まで、フレムのダメージ状況を確認し彼が言った。
イロンシードの言うとおり、全身には激しい火傷、黒く染まっている箇所も多く、左目も瞼が閉じた状態で引っ付いてしまったのか開けられない様子。激しい熱による影響だろう。
その姿は、はたから見ればあまりに痛々しい。
だが、フレムの目はまだ死んでいなかった。
「ブラザー、お前はなぜまだ立つ? どうだ? 無駄に命を落とすことはないだろう? 負けを認めろ、そうすれば神殿の外にぐらいは放り出してやるさ」
「……寝言は寝てから言え。俺が負けを認める? ありえねぇ! 俺は負けるだなんてこれっぽちも思っちゃいないんだからな!」
「……クッ、ククククッ、ククッ、あ~はっはっはっはっはっはっは! そうか負けると思っちゃいないか! そうか! だったらぁあぁあああぁ! しっかり終わらせてやらないと失礼ってもんだなーーーーーーー! 兄弟ーーーーーーー!」
「さっきからずっと煩いんだよテメェは。そして、こちとら終わらせる気なんてないっていってんだ! なんども言わせんな暑苦しい!」
言い返すフレムの温度も、激しく上昇していた。相手はここで決めに来るだろう。そしてフレムもまた、ここで反撃の緒を掴めなければ、今度こそ死ぬ――
「ならばやってみろーーーーーーー! ドラァアアァアァア!」
そして、再びイロンシードの一突きがフレムに命中。やはり、ダメージは大きいのか、まるで遊び道具に使うボールのように手応えがなく、それでいてよく弾む。
フレムは既にうめき声を上げることもなく、回り込んだ騎士の二発目を甘んじて受け止めた。
そして、三、四、五、六と無抵抗に連続で攻撃を喰らい続け。
「ブラザーーーーーーー! 結局何も出来ないとは拍子抜けだなぁあぁああぁぁ! だが俺は容赦しねぇーーーーーーー!」
そして今、必殺の七発目を無抵抗で受けてしまうフレム。
「派手に燃えつきろ! ヘプタグラムプリズンエクスプロージョーーーーーーーン!」
赤い騎士の決め台詞と共に、炎の七芒星が浮かび上がり、その中心に飛び込んでいったフレムが、再び巨大な火柱に飲み込まれる。
「……やれやれ、まさか、本当にただの意地だったか。兄弟、だがそれは、無駄死にってもんだぜ」
そんなフレムの最期を憐憫の目で見遣る。どこか物憂げに呟くイロンシードだったが、その時、火柱の中で何かが動いていることに気がついた。
そして、その動きに合わせて、火柱が、巻き取られていく――
「馬鹿なぁああぁあぁあ! ありえねぇーーーーーーー! そんな馬鹿なことが!」
「い~や、あり得る! 先生仕込みの俺に、不可能なんざねぇええぇえええ!」
炎の七芒星が消えた。そして巻き取られた炎が、一匹の龍へと姿を変えた。いや、それはフレムだった。炎を纏ったフレムが龍の姿を顕現しだのた。
「馬鹿な! 兄弟! お前あれだけのダメージを受けて!」
「受けてねぇえええ! 俺は、最後の攻撃は全て受け流した!」
な!? とイロンシードが絶句する。だが、事実だった。そう、思えば最初の攻撃から全く手応えがなかった。
だが、それは逆らうことすら出来ないほどに疲弊していたからではない。
フレムはナガレの教えを思い出していたのだ。今の自分ではどうしても避けられない攻撃が来た時どうすればいいか。
その第一段階は、急所などを外し、少しでもダメージの残らない箇所で受ける。
そして第二段階、それもナガレは教えてくれていた。
徹底した脱力。全ての力を徹底的に抜くことで、受けた衝撃を全て外側へ逃がす。
だが、これで終わりではない。三段階目、受けた中で自分の力に転換出来るものだけはしっかりと受け流し、利用する。
フレムはこのギリギリの戦闘の中で、その一端を掴んだ。
だからこそ、フレムは七発目の攻撃までは全て脱力で衝撃を逃した上で、最後の爆発の炎のみ受け流し、己の力に変え――新たな技へと昇華させたのである。
「赤いあんたには感謝してるぜ。これで俺はまた強くなれた。だから、今の俺の最大の技でお返ししてやる!」
双剣を上下に構え、炎の龍と化したフレムがイロンシードへと突撃する。
「この熱量、熱いぜ! 熱すぎるぜきょうだーーーーーーー!」
「うぉおぉおおおおぉお! 炎双剣螺旋龍焔撃ーーーーーーーー!」
回転を加え、より勢いが増した炎の龍が、今、炎の赤い騎士を飲み込んだ。
「ウォオオオオオォ! 煮えたぎるように熱い! これが漢のソウルヒートぉおおぉおおぉ! 燃えるぜ! ファイヤーーーーーーー!」
炎龍が通り過ぎ、そして中から姿を見せたフレム。双剣を振り抜いた体勢から、クルリと振り向き、彼を見た。
そこには親指を立て、そして満足気な笑みをたたえたイロンシードの姿。
「へへっ、燃え、た、ぜ、兄弟、お前の、勝ち、だ――」
そしてイロンシードは激しい炎に包まれて、その場から消え去った。
その姿に、フッ、と口端を緩め。
「全く、最後まで暑苦しい騎士様だったぜ。でも、ありがとうな――」
そう言い残し、消え行く神殿から立ち去るフレムであった――




