第四一八話 試練の空間
先程まで動く石像が存在したその広間に、三人が辿り着いたのは彼らが地下に向かってから間もなく後の事であった。
「なんだ、誰もいないじゃない」
目深にフードを被った女が言う。隙間からチラチラと覗かせるは天然の葡萄のように鮮やかな色を湛えた髪。
そして全身も紫色のローブに包まれている。手には先端に火の鳥があしらわれた杖が持たれていた。
「そうにゃねぇ。何か破片が散らばってるにゃ、戦ったような形跡はあるけど、どこにもみあたらないにゃん」
猫耳を生やした少女が言う。癖毛気味な銀青色の髪と、ぱっちりとした銀瞳が目を引く少女だ。
袖の短いシャツにショートパンツといった軽装。パンツには尻尾を出しておける尾孔が施されている。
「……しかし妙だな、最後に感じた気配は確かにここからだった筈だが」
黒ローブに黒マントといった出で立ちの男が言った。グレープと同じく目深にフードを被っている。
長身痩躯であり全体的に不気味な雰囲気を漂わせている男であった。
「バット、気配は本当にこっちで当たってるの?」
「舐めるなよ。私の斥候としての力はグレープ、コラット、お前たちより遥かに高い。偵察の蝙蝠とて飛ばしていた。一応はナガレという男にバレないようそこまで近づけさせはしなかったが、それでも人数と実力は把握できている」
この三人はAランク特級の冒険者だ。その称号は飾りなどではなくしっかり実力に見合ったものでもある。
特にバットは蝙蝠使いとしても有名であり、使役している蝙蝠を利用した偵察能力には定評があった。
「ならなんでいないのよ?」
「……判らん。忽然と消えた可能性もある」
「ふにゃ……コラット達が到着する前にどっかいったにゃ?」
「馬鹿ね、ここまでの道のりって暫く一本道が続くのよ? それならどこかで鉢合わせになるじゃない」
「そのとおりだな。それに、私のステルスバット達が迷宮内を巡回している。これに全く見つからずにウロウロするなど不可能だろう」
ステルスバットは特殊な超音波を利用し、光の屈折すら捻じ曲げ、周囲からは全く見えない状態に変化する蝙蝠だ。
攻撃能力こそ持たないが、気配を消して飛び回ることも可能なので偵察用途に向いている。
「でも、いないのは事実よね。どうするの? 諦める?」
「馬鹿言うな。この迷宮にまだ残っているのは確かだろう。だから、ステルスバットをここに残して念のため更に迷宮内を探索、しばらくしたらまた戻ってきて見るとしよう」
結局バット、グレープ、コラットの三人は一旦その場から離れ迷宮を見て回ることとなった。
まさか、その場所の地下に探している相手が移動しているとも知らず――
◇◆◇
「何か妙なところについたわね……」
聖剣を突き刺し、現れた隠し階段で地下へと降りた一行。
その降りた先で、早速ピーチがキョロキョロとあたりを見回し、怪訝そうにつぶやいた。
「ゆ、床と、階段だけですよね」
「うん、なんか夜空に囲まれているみたいだよ~」
ローザが戸惑いの声を漏らし、カイルが両目を見開きながらその場で身体を一周させ声を上げる。
「何か、まるで宇宙にでも取り残されたみたいね」
「そう言われて見ると――星も多いし」
「き、綺麗ですがちょっと怖いです……」
マイ、メグミ、アイカも思ったままを口にする。
確かに三人が言うように、この場所には全員が立っている大理石の床と、先に見える一本道の階段しか物体は存在せず、後は一面宇宙空間の様な様相である。
「……宇宙?」
するとビッチェが首を傾げ、彼女たちの言ったことを復唱する。
どうやら宇宙について、異世界の住人であるビッチェ達は知識がないようだ。
尤も、ここがもしナガレ達の知っている宇宙であれば、空気もなければ重力も感じられない筈であり、ナガレでもなければそんな場所で平気で会話などしていられないだろう。
「私達の知っている宇宙という空間にも似てますが、あくまで擬似的な物ではありますね。この空間そのものは大掛かりな術式で構築されたものです。ただ、魔法の袋やバックに使われている技術が利用されているので、落ちてしまうと二度と戻ってくることは出来ないと思われます。そこだけ注意した方が宜しいでしょう」
しかし、その正体をナガレはあっさりと看破してしまう。
本来なら無粋な事だが、知らずに脚でも踏み外してしまうと死に直結してしまう事となるので全員に伝えた。
尤もナガレがいれば落ちたところで救出は可能だが、それを当てにされては危機管理能力が薄れてしまう。
なので敢えて危険であることを前もって教えているわけだ。
「それにしても、本当いつの間にか妙な空間に出てしまったけど、ここで一体何の試練があるというの?」
メグミがエクスに尋ねる。
すると、ふむ、とエクスが発し。
『お主たちにはこの試練の一三階段を上ってもらう』
「何言ってるんだお前? 俺でもこの階段が一三段以上あることぐらい判るぞ」
『そういう意味ではないわ愚か者』
茶々を入れてきたフレムに、エクスが呆れる。
『ここから次のポイントまでを一階段とみて一三階段であるぞ。試練がたかが一三段上るだけなはずがなかろう』
「こ、ここを上るって、一体何段あるのよ――」
マイが不安そうに呟いた。確かに階段は見上げるほど高い。
「ざっと見ても一万段以上はありそうですね」
ヘラドンナが呟くが。
「正確には一三万一三一三段ですね」
「長! いや、おかしくない? 私達そんなに降りてきてないよね?」
正確な段数をナガレが述べると、ピーチが思わず突っ込んだ。確かに普通に考えれば降りてきた時より上りのほうが遥かにながいなどありえないが。
「この場所は擬似空間ですからね。次元も地上とは大きく異なりますから、常識では計れない事が起きるようです」
「流石先生! だけど、俺は負けませんよ! こうなったら上りきってみせますよ!」
『当然であるな。既に降りてきた階段は消えておる。ここから出たければ一番上まで行くほかない』
「え? 嘘?」
メグミの顔が引きつった。それもわからなくはない。何せこれだけの段差を一三回は上らないといけないのだ。
しかし、今更ぼやいていても仕方がない。召喚組も覚悟を決めてポイントに向かい始める。
だが、あたりまえだがただ階段を上って終わりなわけもなく、途中にはこの空間特有の魔物も数多く現れた。
しかもどれもレベルが高く、マイなどは悲鳴を上げながらも皆に何とかついていく。
そして――何とか最初の一三万一三一三階段を上りきった一行だが、その先には柱のみで屋根を支えられた神殿が存在した。
『よくのぼりきった。そしてここが第一試練の神殿である』
「第一試練? 一体何をしたらいいの?」
メグミがエクスに確認する。
『何、難しい話ではない。神殿にはそれぞれ守護者が存在する。それと戦い、倒すことが出来ればこの先に進める資格が得られる』
「なるほど、確かにそれは単純明快だな」
フレムが拳を鳴らしつつ口角を吊り上げた。戦いと聞いて燃えているようだが。
『ただし、試練は一人ずつ挑んで貰うぞ』
エクスがそんな条件を更に追加した――




