第四一七話 試練へ――
迷宮の最奥部では、動きだした石像と、ナガレとビッチェを除いたメンバーとの間で激しい戦闘が繰り広げられていた。
石像の数は三、レベルは620。防御力を高めるスキルを多く持っているため、中途半端な攻撃では傷一つ付けることは叶わないであろう相手。
だが、ここまで数多の戦闘を繰り広げてきた面々からすれば、石像はこれからのソレに向けての肩慣らしとしては丁度いい相手とも言えた。
動く石像は防御力と攻撃力がかなり高いが、ここまで来た面々が相手する敵としては動きが重い。
攻撃にしても直接的攻撃が多いため、彼らからしたら避けるのもそれほど難しくない獲物だ。
柱を無理やり抜いて投げたりなどはしてくるが、フレムなどは飛んできた柱の上に乗り、方向転換させた後、逆に石像にぶつけるぐらいの余裕を見せている。
ピーチに関しては凄くイキイキして杖を振っている。
あの広間での戦いで、魔力を形成した攻撃でも通用しない場合があると判ってからは、杖と肉体の強化だけでもある程度戦える力を身に着けたいとやっきになってる様子もあった。
その為か、ピーチよりも遥かに高い位置にある頭まで、強化した脚力で飛び上がり、頭蓋からつま先まで嵐のように杖を乱打、乱打、乱打、乱打――
動く石像の全身には亀の甲羅の如き大量の陥没跡がくっきりと残されていた。
そこへカイルの追撃、降り注ぐ流星によって石像は粉々になる。
フレムの相手している石像にはいつの間にか聖なる鎖が絡まっていた。
ローザがジャッジメントチェインを発動し、無数の鎖によって雁字搦めにし、アイカも聖道門の第九門にあたるライトチェーンを使用し鎖を現出させた事だ。
尤もアイカの鎖はあまり巨大なものは縛れない為、足首だけを絡ませバランスを崩させるという手に利用している。
だが、それだけでも十分だ。自由が効かなくなった石像へフレムが次々攻撃を重ねていく。
ここで役立ったのが索眼だ。硬度を変化できる魔物とは言えベースが石の石像は、目さえ見つけることが出来れば刃はすんなりと入り込んでいく。
結局三体の内のもう一体は、ローザ、アイカのサポートとフレムの目切りを絡めた戦法でバラバラに切断されることとなった。
最後の一体はヘラドンナ、メグミ、そしてキャスパ&マイが挑んでいる。
ヘラドンナの生み出した悪魔の植物は枝をバリスタのようにして射出し、次々と石の身体に風穴をあけていく。
この攻略の途中でキャスパが取得した呪いのスキル、惰弱呪も中々効果的だ。
これは対象の攻撃面と防御面にマイナス効果を与える。
マイの炎による攻撃も地味にダメージが蓄積されていき、トドメはメグミの魔法剣により刺された。
「た、倒せた、私が、こんな強そうな相手を……」
『ふむ、メグミもここにくるまでにかなりレベルアップしておるからな。まぁ、それも全て我のおかげであろうが』
「……ほんと、エクスもその尊大さがなければ少しは尊敬出来るのだけど……」
『む、むぅ……』
呆れて目を細めるメグミに言葉を詰まらせるエクスである。
とはいえ、この聖剣のおかげでメグミもかなり戦えるようになっているのもまた事実だ。
「あのヘラドンナの魔法って便利よね。私も役作りで覚えられるかな?」
「……どうでしょうか? ただ、マイ様にはあまりあってない気も致します」
「えぇ? そうかなぁ?」
『キヒヒヒッ、マイは今のままでも強い、格好いい』
「うん、ありがとうねキャスパ。キャスパも凄く助かってるよ~」
キャスパを撫で回すマイ。さわり心地はかなり気に入っているようだ。
「ふぅ、でも暑苦しい敵だったねぇ。なんか圧迫感も凄いし、精神的に疲れたよ~」
「そういいながらも、カイルがしっかりトドメ持っていったわね」
「う~ん、でもほら、あれはピーチちゃんの攻撃が先に効いていたからだしね」
「ま、まぁ私の魔法もかなりパワーアップしてるしね!」
「……まだ魔法と言い切るか」
ジト目で突っ込むビッチぇである。そしてそのままメグミの下へ向かい、先ず良い点を上げ、その後今後の改善スべき点を擬音多めに伝えていった。
しかし慣れとは凄いものであり、メグミもかなりビッチェの言わんとしている事を理解できるようになってきたようである。
「アイカもかなり魔法が使いこなせるようになりましたね。凄い成長だと思いますよ」
「あ、ありがとうございます! これも師匠の教えがいいからです!」
ローザは師匠と言われることにはまだ慣れていないようで、その度に少し照れたような表情を見せる。
しかしこの短期間で既に九門まで開けるようになったのはローザの指導によるところが大きいだろう。
ちなみにピーチが開けられるのは今でも一〇門までである。このあたりには全くブレがない。
「先生! お、俺の戦いはどうでしたでしょうか?」
「そうですね、かなり動きに無駄がなくなってきていると思いますよ。技のキレも良くなってますね」
「あ、ありがとうございま――」
「ただ、全体で見るとまだムラっけはありますね。例えば空中で石像の拳が迫ってきた時、フレムは拳を蹴りつけて距離を取りましたが、あれは今の貴方なら避けることが出来たはずです。あそこでギリギリの線を見極める事が出来るが――今後もっと上を目指すなら……」
ナガレに褒められたと思ったのか、喜色を顔に滲ませるフレムであったが、それからすぐ大量のダメ出しが入ってしまった。
結果的に課題のほうが増えてしまったフレムである。
一見厳しすぎな気もするナガレの教えだが、フレムはすぐに調子に乗るので基本的には課題を与え続けるぐらいのほうが結果的に伸びに繋がるのをナガレはよく判っている。
「ところでマイさん。先程の魔法の件ですが、私もヘラドンナの魔法はマイさんでは難しいとは思いますね」
「え? そうなの?」
「はい、悪魔であるヘラドンナとマイさんでは蓄積出来る魔力に差がありすぎますので、例え役作りで再現出来ても、すぐに魔力切れを起こすことになりますよ」
ナガレがそう指摘する。魔力は魔法を使う上で必須の力だが、無理をして一度に大量の魔力を消費すると倦怠感に襲われたり、目眩や場合によってはそのまま気を失ってしまう場合もある。
これもあまりに度が過ぎると命の危険さえもあるので、魔法を扱う者は常に魔力の残量には神経を尖らせている。
「そっか魔力量ね……何でもかんでも役になりきればいいというものでもないのね」
「そうですね、ただ、そのあたりは経験を積むことで自分に必要かどうか見極められるようになると思いますよ」
「うん、ありがとう。でもナガレくんって本当、年に似合わな口調よね」
改めてそんな感想を持つマイだが、本来の年齢を考えれば仕方のないことである。
「ところでナガレ、この迷宮はもうこれで終わりかな?」
キョロキョロと周囲を見回してピーチが言った。
迷宮攻略を初めてかなり歩き回ったが、この場所からは特に分岐点がない。
つまりここで行き止まりなのである。
「いえ、ここからがむしろ本番です。あそこを見てください、石の台座がありますよね?」
ナガレに言われ、全員の視線がその顔の示す方へ向けられる。
すると、確かに台座が存在した。よく見てみれば、あの三体の石像に囲まれていた場所である。
そして全員で台座の前まで移動する。
光沢のある白い台座であった。大きさは成人男性が一人乗れる程度である。
「――この台座ってもしかして?」
すると、メグミが何かに気がついたようにつぶやいた。
「メグミさんは気がついたようですが、この台座は今メグミさんが所有しているエクスカリバーが突き刺さっていた台座です」
「へぇ~あ、そういえば確かに中心に剣が刺さっていたような跡が残ってるねぇ~」
興味深そうに台座を見やり、カイルがあっけらかんと口にする。
中心には切れ込みが一つ。台座を正面に見た場合、刃が水平になるように持つことで丁度穴と剣先がピタリと嵌まる形だ。
『これは我があの汚れた勇者に無理やり抜かれた台座である。全く、今思い出しただけでも腹立たしい!』
プンスカと怒りを込めながらエクスが愚痴を零した。
それで改めて皆もエクスカリバーの不遇を思い出す。
「……あの屑の件はともかく、この台座、妙だ」
すると、ビッチェが台座を一瞥しつつ感じ取ったことを口にした。
流石ですね、とビッチェの察しの良さにナガレが嘆声を上げ。
「どうやらこの台座には何か秘密が隠されているようです。ここはエクスから説明して貰った方がいいでしょうね」
「ナガレはこう言っているけど、エクスは判る?」
『当たり前であろう。我を誰だと思っておる』
「何か偉そうな剣だろ?」
「ちょっとフレム、失礼でしょいくら偉そうでも聖剣なんだし」
「そうよ、仮にも聖剣なのですからそんな言い方は良くないと思う」
「フレムっちは遠慮がないからね~だからついつい本音を言っちゃうんだね」
『お主ら、それで我をフォローしてるつもりなのか?』
その問いにはノーコメントの三人であったが、とにかくエクスがゴホンっと咳きし説明に入る。
『先ず覚えておかねばいかぬのが、この迷宮が生まれたのは今から五〇〇〇年以上前の太古の時代。空には竜が飛び交い、地上は――』
「ごめんそういうのはいいから、本題の方を出来るだけ手短にお願い」
始まってそうそう、メグミがエクスの話を打ち切った。
何せ放っておいたら五〇〇〇年も前の出来事からじっくりと語り続けかねない。
『全くせっかちであるな。まぁ良い、このあたりは九割ぐらいどうでもいいことであるからな』
だったら語るなよ、とその場の多くが思った事だろう。
『簡単に云うてしまえば、我が素質ありと認めたものはこのさきの試験に挑むチャンスが与えられるのだ』
「試験?」
「チャンス?」
「ということは迷宮はここで終わりというわけではないの?」
メグミ、マイ、ピーチが順番に口にしていく。
そしてフレムも、何か知らねぇがまだ戦えるなら大歓迎だぜ! と鼻息を荒くしている。
『むしろこの迷宮の本質はこの試験にこそある。それ以外のここまでの道のりなどは試験に挑む前の準備運動みたいなものよ。尤も、同時に訓練の場と捉える場合もあるようだがな』
エクスが語る。するとメグミが剣を抱え尋ねた。
「その試験って誰でも可能なの?」
『先に言ったとおり我が認めたものであれば可能だ。最低条件として我を抜くことが必須であるがな。ただ、これはパーティーで挑んでいるのであれば誰か一人が達成できれば良い』
「俺達はパーティーとして認められるのか?」
『問題ない。我も見ていたが、我が所有者と認めたメグミと行動をともにしてくれていたのは間違いないであるしな。それに、どちらにせよここから先の試練は基本一人では乗り越えられぬ』
メグミは目を丸くさせた。エクスの雰囲気に鋭さが混じっていた。
「それって、私の力量も問われるってこと?」
『問われるどころではない。お前が一番重要なのだ。最終的に我の真の力を手に入れられるかどうかはお主が最終試験を乗り越えられるかどうかに掛かっている』
「それは、今の私でも受けられるの?」
『それはつまり、お主には試験を乗り越える自信がないということか?』
剣身から重苦しい空気、重圧がメグミの背中に伸し掛かる。
この時点で、既にメグミは試されていた。
それは当然ナガレも理解している事。
この答え次第で今後メグミが成長できるかどうかが決まる。
「……ごめん、答えなんて決まってた。詰まらないことを聞いた。勿論試験は受ける、当然だ」
そして、メグミは答えを出した。自ら正解の道を。
そう、ビッチェにも教授を受けておきながら、ここで弱腰になるようでは話にならない。
『――いい目だ、我が見込んだだけの事はある。ならば、我を改めて台座に差し、そしてグルリと回してみるといい。それで、道は開く――』
エクスに言われたとおり、メグミは台座に聖剣を差し込み、そしてそのまま捻る。
刃の向きが縦になったところで、カチリと何かが嵌まる音が聞こえ、かと思えば台座がずれていき――そこに地下へと続く階段が現れた。
「これを降りれば、試験が待っているわけね――」
そして一人ずつ地下へと続く階段を降りていき、最後尾はビッチェとナガレとなるが――
「……ところで、当然気がついていると思うけど、放っておいてよいのか?」
「近づいてきている三人の事ですね。そうですね、とりあえず試験が終わってから考えるといたしましょう。どちらにせよ、ここまでは来れないですから」
そしてビッチェとナガレも地下へと姿を消したところで台座が元に戻り――後には何事もなかったかのような空間と台座が残されただけであった。




