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第四一六話 ミカの想い、マネージャの想い

次回から舞台は再び迷宮へ!

「それで、どうかな考えてくれたかな?」

 

 車の中でカオルは真剣な顔でミカにたずねてきた。

 この様子を、外から誰かが見ていたならもしかしたらプロポーズでもされたと勘違いするかもしれないな、などと思ってしまうミカだ。


 尤もミカはまだ中学生であり、第三者からみて本当にそう見えるかどうかは別問題であるが――


 ただ、これは確かにプロポーズに近い告白とも言えた。尤も、その内容はマイと同じようにカオルが務める芸能事務所に所属してくれないか? という話なのだが。


「……前もいいましたが、お断りさせて頂きます」

「気持ちは、まだ(・・)変わらない?」

「はい、今はとてもそんな気にはなれないので――」


 そうか、とガックリと肩を落とすカオル。だが、気落ちしたいのはミカの方だ。


 姉のマイがいなくなってからも、カオルは暇をみては自宅までやってきてくれた。その度に気落ちしていた母のキョウカやミカの事を励ましてくれたし、姉はきっと無事だと一緒に信じてくれた。

 

 それがあったからこそ、キョウカも自然な振る舞いがとれるぐらいには元気を取り戻した。

 ミカにしても数日は学校さえも休んだが、これでは駄目だと奮起するキッカケとなり支えになってくれた。


 それでもまだつい弱気になってしまうことはあるが、カオルの力添えがなければここまで立ち直ることも無かっただろう。

 当初はしつこかったマスコミから守ってくれたのもカオルである。


 今日のように頻繁に学校の送り迎えもしてくれた。尤もそのせいか先程の部活の仲間のように、妙な気を回されるきっかけにもなってしまったわけだが。


 そんなカオルが、マネージャーとしてミカにお願いをしてきたのは例の動画がアップされてからの事だ。


 どうやらカオルもそれを見てしまったようであり、そして間もなくしてカオルは学校に無理を言って頼み込み、ミカの練習風景を直接見に来た。


 そして、それを見てカオルは確信したらしい。ミカにもマイのような素質があると。


 それからカオルはこうして何度もミカに事務所に所属しないかと誘いをかけてくるようになった。

 

 カオルは悪く言えばしつこかった。だが、それはきっと彼なりの熱意の表れでもあるのだろう。


 以前彼がマイを口説き落とした時もそうであった。最初はスカウトから始まり、訝しむ彼女を必死に説得し、家にも何度も足を運びついにはキョウカの心も揺り動かし、そして姉であるマイも折れて首を前に振った。


 まさに情熱に打たれたと言ったところか。だが、本当しつこくて参っちゃったわ、と口にしていたマイの顔が笑顔で溢れていた。


 その時のことを今でもミカは覚えている。そして今度はその誘いがミカに――それはもしかしたら光栄なことなのかもしれない。


 だけど――割り切れない自分がいた。


「……だけど、僕は諦めないよ。マイの時もそうだけど、僕は諦めが悪いんだ」


 にっこりと微笑んでカオルが言った。優しい笑顔で思わずミカも口元が緩みそうになる。


 でも、それでも駄目だ。だってミカでは決してマイの代わりには(・・・・・)なれないのだから。





「カオルさん、いつもすみません」

「いえいえ、夜道は危険ですし、それに僕も仕事終わりだったのでほんのついでです」


 アパートまで送り届けてくれたカオルに、母のキョウカがお礼を言った。


 照れくさそうに後頭部を擦りつつ、それではまた、と言い残して去ろうとするカオルであったが。


「あ、待ってください。良かったら夕飯でもご一緒にいかがですか?」

「いや、そんな気を遣わないでください。そんなつもりで寄らせて頂いたわけでは――」


 と、そこまで口にしたところで、ぐぅ~と誰かの腹の音が鳴いた。


 発信源はスーツ姿の彼である。


「――ふふっ、さ、遠慮なさらずどうぞ」

「いや、これは参ったな」


 照れくさそうにしながらも結局夕飯をご馳走になるカオルである。


「いや、本当に美味しい夕食をご馳走様でした」


 すっかり腹も満たされたカオルがキョウカにお礼を述べる。

 マイやミカの母であるキョウカは料理をつくるのが上手い。


 特に唐揚げは絶品であり、また卵焼きも母親の味を思い起こさせる優しい味であった。


「そういって貰えると作った甲斐がありました。うちは女ばかりですから、男性の方が食卓につくと新鮮な気持ちになりますね」


 笑顔で応対するキョウカ。だが、随分とミカがおとなしい。

 それはカオルに送られて帰ってきてから気づいていた事だ。


「ミカ、どうしたの? どこか具合が悪いとか?」

「べ、別にそんなことはないけど――」


 チラリとカオルを見やるミカ。するとカオルは真剣な顔を見せ。


「……お母さん、申し訳ありません。きっと僕が悪いんです」

「え? カオルさんが、ですか?」

「――はい、ですが、やはりこのことはお母さんにも伝えておいたほうがいいでしょう」

「ちょ、カオルさ――」

「実は――僕はミカちゃんが欲しいのです! 欲しくてたまらない!」

『えぇえええぇええええぇええぇえええぇえええ!?』


 これには親子揃って驚きである。母のキョウカに関してはなぜか赤面してあたふたしている。


「で、でも突然そんな……それに娘はまだ中学生ですし……」

「いえ、今はこういう事は出来るだけ早いほうがいいのです!」

「え? そ、そうなの? で、でも、その、肝心のミカの気持ちが――」

「ちょ、ちょっと待って! そうじゃないから! カオルさんも誤解を招くようなこと言わないでください!」


 わたわたしながらもミカが母に説明し、カオルに注意した。

 そしてミカの話を聞いて、改めて色々と言葉足らずだったことを思い知るカオルである。


「す、すみません、何か色々紛らわしいことを言ってしまって」

「あ、いえ、少しびっくりしましたが、それなら。ですが、そうですかミカを――」


 チラリと娘を見る母。だが、ミカは何も答えない。


「それで、ミカの気持ちはどうなの?」

「……私は何度も断ってるの」

「そ、そうなんです。なかなかウンとは言ってもらえなくて」


 ははっ、と顎を掻くカオルであり。


「そうですね……ミカはこうみえて時にはマイより強情なところもありましたから。中々手強いと思いますよ」

「そ、そうなんですか? そうなると、確かに一筋縄ではいかないかも――」

「もう止めてください!」

 

 ミカが強くテーブルを叩き立ち上がる。そして、キッ! とカオルを睨みつけた。


「私だけじゃなくてお母さんにまでこんなこと、こんなの卑怯です!」

「あ、いや、その――」

「カオルさんは、もっと私達の事を考えてくれていると思ったのに……結局、自分の事が一番大事なんですね!」


 ミカが激昂する。それに目を丸くさせるカオルであり。


「ちょ、ちょっと待ってくれ何も僕は!」

「それならどうして私を誘ったりするんですか! まだ、終わってないのに、お姉ちゃんの事が何も解決してないのに! 私が、私が妹だからですよね? お姉ちゃんの代わりに、妹の私をとりあえずでも代役に立たせて、それで体裁だけ取り繕おうってそういうつもりなんですよね?」

「ちょっと待ってくれ! それは違う! 僕は別に――」

「こんなの、酷いです――」


 必死に弁解しようとするカオルだが、ミカの頬を伝う涙を見て、言葉が止まる。


「お母さんだって、どうしてそんな顔をして聞いていられるの? 信じられないよ。私には無理だよ、割り切れないよ。お姉ちゃんはお姉ちゃんだ! 誰にも代わりなんて出来ない!」

「……ミカ、あのね?」

「酷いよ皆、信じれると思ったのに、信じてくれてると思ったのに――いつの間にかお姉ちゃんはもう蚊帳の外で……そして、皆がお姉ちゃんの事を忘れていく……」


 背を向けて、ミカは部屋に飛び込み襖を閉めた。

 カオルは結局、そんなミカに何の声も掛けてあげられなかった。


「……駄目だな僕は。彼女の気持ちも考えず、つい突っ走ってしまった。こんなことじゃ、マネージャー失格ですね。でも、信じてください。僕は別にマイの事を忘れたわけでも、蔑ろに考えていたわけでもなく――」

「判ってます」


 カオルの言葉を塞ぐように、キョウカが口を開き。


「これが、貴方以外の誰かでしたら、私だってふざけるなって怒鳴り散らして追い返してましたよ。でもカオルさん、マイをあそこまで買ってくれて、あれだけ一生懸命に親身になって寄り添い、育ててくれた貴方の言うことは信用できます」


 お母さん、と呟き涙を拭う。


「だから、聞かせて下さい。信じてはいますが、本当にあの子のことを、マイの代わりとみているわけではないんですね?」

「も、勿論違います! 僕は!」


 そしてキョウカに伝える。カオルは己の想いを。


「……そうですか。それを聞いて安心しました。決めるのはあの子ですが、例え何があっても貴方にならミカも任せられる――だから、今度はしっかり言葉にして直接あの子に伝えてあげてください」


 聖母のような微笑みで、キョウカが言った。

 それを聞き、また涙し、そしてお礼を述べてカオルはその場を後にした――






◇◆◇


『ミカ、貴方の気持ちも判るけど、もし今度あったらせめて話ぐらい聞いて上げなさい』


 ミカは朝、母のキョウカから言われた事を思い出していた。

 流石に昨晩は色々とダメダメすぎたと思い、母には謝ったのだが、確かにまだカオルには謝れていない。


 ただ、昨晩の気持ちは、少なくとも姉への想いも、カオルへとぶつけた言葉にも嘘はなかった。


 言い過ぎだったのかもしれないが、姉のマイがいなくなってしまったから妹の自分が代わりになんて考えられないと思っていた。


 夕方は部活の練習があった。皆と一緒に演劇の練習に励む。

 もう大会こそないが、最後に後輩に見せるための劇が残っている。


 あまりカオルのことばかり気にしてはいられない。


「今日は、特別講師に来ていただきました」


 だけど、そんなミカの前にカオルが姿を見せた。しかもなぜか特別講師として――彼のことを知っている部員から、わ~っと声が上がった。


 自然とミカにも声がかかり恥ずかしくなる。


 一体どうして来たのか? と最初は不信感が溢れていた。


 だけど――カオルの指導が始まってからそんな感情は吹き飛んだ。


 それほどまでにカオルの指導は本格的だった。いつもの雰囲気とはまるで違い、時には厳しく、でも褒める時には褒める。


 それはミカに対しても変わらなかった。容赦がなかった。


 だけど、何故か練習が終わってからは充実感に溢れていた。


「本日、特別に講師を努めてくれた立木 薫(たちぎ かおる)先生は我が校の演劇部OBでもあり――」


 それを聞き、ミカは驚いた。だがそれで合点もいた。なぜ頼んだからとカオルが演劇部の見学にこれたのか。


 しかもカオルも全国大会で個人演技賞を手にしていた。

 神楽演劇祭でも団体戦で賞をとるのに貢献したという。


「――驚きました。カオルさん、演劇をやっていたのですね」

「ははっ、昔の話さ」


 練習が終わった帰り道、ミカがカオルに尋ねると、照れくさそうに笑いながらカオルが答えた。


「――これでも、一時期は本格的に演劇の道で食べていこうと思っていたんだ。でも、練習中に膝に矢を受けてね。日常生活には支障はなかったんだけど、演劇は諦める他なかった」

「そうだったんですか、それで、芸能事務所に?」

「あぁ、知り合いのコネもあってね。暫くは自暴自棄に陥っていたけど、自分が夢を叶えられなかった分、誰かの夢を応援してあげたいと思ったんだ。才能ある子を伸ばしたいともね」


 遠くを見るような目で、カオルは語り続ける。


「自分が夢を諦めざる他なかったから、だから可能性のある子を見るとどうしても放っておけないんだ。マイもそうだったし、それに今は君にも同じことを思っている」

「でも、私は……」

「わかっている。でもこれだけは聞いてほしかったんだ。君は昨日、僕がマイの代わりとして君に来て欲しいと思っているとそう言っていたね? でもそれだけは誤解だ」

「誤解?」


 コクリと頷き、そして真剣な目でミカを見る。


「むしろ僕は、君にマイとは別な才能を感じている。最初は動画をみて興味を持ち、そして直接演劇部での君の練習を見て確信に変わった。君とマイが違うなんて当然さ。むしろ君がマイとただ似ているというだけだったなら、ここまで固執はしなかったよ」

「…………」


 ミカも沈黙し、真剣に耳を傾ける。


「僕はマイとは違う可能性を君に見出したんだ。だからこそ僕は、君に夢中になれる、必死になれる! 決してマイの代役なんかではない! それだけは、判ってほしかった」

「カオル、さん……」

「だけど、僕はたしかに少々焦り過ぎていたのかもしれない。だからここからは君に無理強いはしない。ただ――君の演技を見て思わずファンになってしまった、そんな馬鹿な男が一人いたことは忘れないでやってくれ。勿論、それはマイについても一緒で、今でも僕は元気な彼女の姿が見られると信じているしね」


 そう言ってニカッと笑った。


「……カオルさん、ごめんなさい。貴方の気持ちも知らず、昨日はあんなことを言ってしまって」


 その気持ちに打たれたのか、ミカは頭を下げた。


「いや! 昨日は僕にも配慮が掛けていたし! そんな謝らないで!」

「でも――ごめんなさい、まだ気持ちの整理がつかなくて。でも、この件についてもっと真剣に考えてみます。ですから――もう少しだけ待っていただいてもいいですか?」


 ミカの反応に、むしろ申し訳なさげなカオルであったが――直後に返ってきた言葉に、瞳を潤々させて。


「も、勿論さ! いくらでも待つ、待つよ! だから――」


 そこまで言ったところで、またカオルのお腹がぐ~っと鳴った。

 それに、クスクスと笑みをこぼすミカであり。


「それじゃあ、またお母さんの料理を、一緒に食べましょうか?」


 優しい笑顔でそう告げたのだった――






◇◆◇


「か・ん・と・く~一体どうしたっていうんですか~? あのドラマ、放送時期を延期することに決定したって、そんな突然いなくなったマイなんて無責任アイドル、さっさと見切りつけちゃえばいいじゃないですか~」


 胡散臭い笑顔を見せたマネージャーが、ムスッとした監督に声をかける。

 監督はこの業界では有名人であり、自らが脚本を作成し手がけたドラマは最低でも視聴率が二〇%以上とれると話題になってる身でもある。


 そして、本来なら次に手がける予定だったドラマのヒロイン役として、まだまだ女優としては経験の浅い新牧 舞(あらまき まい)を抜擢したとして一時期ニュースを騒がせた程でもある。


「やっぱりここは、うちのアケチエンターテインメント一押しの、現在バラエティから声優、演劇とそつなくこなして話題沸騰中の原 紅爐伊(はら くろい)ちゃんを使ってもらえれば、もう視聴率四桁は軽いでしょう! ね? もうこれで勝ったも同然! ガハハ!」

「視聴率に四桁なんてありえねぇよ馬鹿」


 胡散臭い上に無駄にテンションの高いマネージャーだが、監督はムスッとした態度は変えずはっきりと返す。


「い、いやだなぁ、これはほら、界業クージョーというか? それぐらい凄いんだよっちゅうか? とにかく損はさせませんから~ね? いいでしょどうでしょ? そうでしょ?」


 肩を揉み揉みしながら懐柔を試みるマネージャー


 だが――


「ふん、マイについてはもう諦めたさ。まぁ、あれは今更いっても仕方のないことだしな」

「そ、そうでしょうそうでしょう! でしたら……」

「あぁ、だから、改めてオーディションを開くことにした」

「そうそう、素直にうちのクロイちゃんを、て、え?」

「詳しい内容は来週発表だから、まぁどうしてもって言うならそれでも見て応募させるんだな。じゃあな」


 そしてポカーンとするマネージャーを他所に、手をひらひらさせながら、監督は別の現場に向かうのだった――

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