第四一五話 明智家の計画
「ねぇ、ママぁ、お願いだよ~もう少し資金が必要になっちゃったんだよ~」
「本当にもうしょうがないわねこの子は。それでいくら必要なの?」
「う~ん、とりあえず二億もあれば足りるかなぁ~」
「二億ね、判ったわ。貴方の口座に振り込んでおくから、でも無駄遣いは駄目よ?」
「うん! 勿論さ。だからママのこと大好きだよ!」
頬にキスをして明智 善人は喜び勇んで部屋を出た。ふふんっと鼻歌交じりに廊下を歩く。
今日戻ってきた家は、各々が忙しい時に使われるセカンドハウスの一つだ。
その為面積も五〇〇平米程とコンパクトだが、今回のように家族総出で取り掛からない案件が出てきた場合は扱いやすい。
そう、それぞれが忙しい身の上である明智家は、最近ではよほどのことがない限り全員が一同に揃うことなどはなかった。
だが、今はかなり大きなプロジェクトが動いており、その為にどうしても神縫島の利権を欲していた。
とは言え、現状浮足立っている善人の気持ちは既に別な方向に向いており――
「随分とご機嫌ねゼンジン」
「なんだ姉さんか」
壁に寄り添いながら流し目を向ける女性。手足がスラリと長く、一見するとどこかのモデルか? と勘違いしそうになるその女はゼンジンの姉であり、明智家の一女である明智 聖愛。
その美貌と母の後を追うように検事として仕事をバンバン熟している事もあり、法廷のマリア様と噂されることも少なくない程である。
「あんたが上機嫌な時ってお気に入りの女の子が手に入った時よね? またアイドルの卵でも狙ったわけ?」
「まぁねん。これ僕のお気に入りの原 紅爐伊ちゃん。一七歳だよ、姉さんと違ってピチピチだよ」
姉のマリアに向けてツーショット写真を映し出したスマフォを見せ自慢する。
「女は若ければいいってものじゃないのよ。それにしても、その子、最近テレビでよく見ると思ったら、やっぱりあんたが裏で手を回していたのね」
そんな弟の姿にやれやれと嘆息混じりに肩を竦めるマリア。その姿を見ながらふふんっと笑みを零し。
「丁度あのマイとかいう女が消えてくれたからね。そこにねじ込んだんだよ。ほら、こうみえて僕、色々と顔が利くからねん」
「そんなこと、私たちに自慢しても虚しいだけよ。それに、そのことあまりお母様の前で口にしないほうがいいわよ。弟だってそれで消えてるんだから」
「判ってるよ。僕だってそこまで馬鹿じゃないし。でもいいなぁクロイちゃん。これまで目をかけてきたナオンの中で一番いいよ」
「随分とご執心な様子だけど、前も貴方似たような事言っていたじゃない。どうせまた、飽きたら売り飛ばす気なんでしょ?」
「大丈夫だって。前の子は半年であきたから、なんだかんだと借金押し付けて、ちょっと表に出せない感じの企画に女優として出演してもらってから、海外に売り飛ばしちゃったけど、今度の子は大事にするよ」
スマフォを見てニヤニヤしながらそんな鬼畜な事を述べる。しかもニヤニヤして見ているのはその売り飛ばしたアイドルの子だ。
彼はこういった思い出もしっかりと残し後から見ては思い出すことで愉しんでいる。
勿論その中には既にこの世にいない女の子もいるのだが、それも含めて思い出を愉しんでいる。
「我が弟ながらいい性格しているわね。とても弁護士とは思えないわ」
「それを姉さんが言う? 姉さんだって嫉妬に狂って随分な事をしてるじゃないか」
「何言ってるのよ。あれは制裁よ、私を舐めた女へのね」
ゼンジンの言うようにマリアは嫉妬深い女であった。気に入った男がいた場合、その男と仲の良い女を見ると無性に腹が立ち怒りに任せて行動に移す。
しかも厄介なのはマリアが気に入っていると言うだけで別に付き合っているわけでない男であっても関係ないことだ。
以前も道行く男を一目で気に入り、食事に誘った事があるが、隣を歩く女性が婚約者なのでと断られると、すぐに女性の個人情報を調べ上げ、やってもいない犯罪の証拠をでっち上げて逮捕させ、自らが検事として法廷に立ち、裏で手を回し本来ありえないほどの厳しい判決を勝ち取った。
その上で、自分の息の掛かった刑務官のいる刑務所に送らせ、男の受刑者と同じ部屋に回され何をされても文句一つ言うことは許されず、暴行の限りを尽くされるという状況におかせた。
結果ただ気に入らないという理由だけで刑務所送りになった女性は精神が壊れた。こんなことを何度も繰り返してきたのがこのマリアである。
法定のマリア様なんて異名はそれこそとんでもないが、ゼンジンにしても法定の貴公子などと呼称されているのでどっちもどっちと言えるだろう。
「ゼンジン、ここにいたのか」
すると通路の奥から別の男性が近づいてきてゼンジンに語りかける。
ゼンジンと同じようにスーツ姿ではあるが、ゼンジンのような着崩した感じはなくきっちりとした身なりをしており清潔感に溢れている。
髪型もいかにも公僕といった雰囲気があり分け目もはっきりとしている。
ただ、面長の顔と眉間に寄せられる皺からは厳格さがにじみ出ており、このあたりは父親かもしくは祖父譲りと言えるだろう。
そしてゼンジンの前でピタリと立ち止まる。背はゼンジンより高く視線が下がった。
「お兄様……」
「兄さん、そんな顔して、どうかしたのかな?」
そう、彼は明智家の長男、明智 誠実である。
彼は父である公明と同じ警察官の道を選び、当たり前のようにキャリア組、しかも他とは一線を画する速度で出世街道を突き進んでいるエリート中のエリートである。
今年で二八歳になるセイジツであるが、この若さで警視長という異例の出世を果たしている。
尤もこれには表も裏も様々な理由があるが――彼もやはり明智家らしく裏表の激しい人物なのである。
「……女の尻を追いかけるのはいいが、あの島の件はどうなってる? こんなところで呑気に小遣いせびりなどしていていいのか?」
「あはは、問題ないよ。あいつらの支部は既に出来上がってるし、表向きはまっとうな不動産会社だから見つかることはないし、その上パパからアケチロイドまで借りていたんだよ? もう勝ったも同然だね! アハハハッ!」
「その支部絡みの連中が逮捕されたと、私の耳に入ってきてるんだけどな」
「――へ?」
セイジツの話に間の抜けた声で応じるゼンジン。隣では姉のマリアが呆れたような視線を送っている。
「え~と、冗談だよね?」
「私は冗談が嫌いだ。よく知っているだろう?」
「――ちょ、ちょっと確認取ってくる!」
ゼンジンは顔を青くさせ駆けていった。
もう島の事はわざわざ自分が出なくてもなんとかなると思っていただけに、予定外の事に思考が追いついてないのだろう。
「……こういったことをあいつに任せるのは早かったようだな」
「でもどうするの? お父様の都知事選の事を考えたらそろそろ何とかしておきたいわよね?」
「――あぁ……」
彼らの父である明智 公明はゆくゆくは政界に進出し、警視庁長官という立場の祖父や自らが警視総監として築き上げてきたコネ、それに妻である明智 聖女の検事長として培ってきた馬鹿にできない交友関係も利用し総理大臣の椅子を手にしようと考えている。
コウメイの目論見としてはまず警視総監を辞した後、息の掛かった傀儡を後任に据え、後々には長男のセイジツをその席につかせる。
その間にコウメイは先ず都民ジャスティスの会を結成し、同じ志を持つ同士を集いつつ都知事に就任。
ある程度仕事を熟した後は、都民ジャスティスの会を日本正義党に変え、新党を率いて国政に進出後、内閣官房長官となり、日本正義党を与党とし総理大臣の椅子も勝ち取る――と、ここまでが計画となるのだが、それを成就させるためにもどうしても神縫島は手中に収めておきたいという気持ちがあった。
なぜなら、あらゆる研究の結果、あの島には相当な資源が眠っているとされており、その利権を手に入れることで他方へアピールする材料とすることが可能だからだ。
だからこそ、この計画は必ず成功させる必要がある――故に……。
「やはり、別な手も打っておくべきか――」
「それって、私にも何か協力できるかしら? すくなくともあの愚弟よりは役立つと思うんだけど?」
考えを巡らせるセイジツに自らアピールするマリアの姿がそこにあった――




