第四一三話 番人との決着
メグミが全員に合図を送った直後、彼女の予想通り、バイダロスは両手の戦斧を大きく振りかぶり――放つ、フォルスウールを。
フォルスウァーグの強化版とも言えるこの技は、闘気を大波に変化させて撃つ大技だ。
だが、それ故に、この技にはウァーグにはない欠点がある。先ず撃つまでのモーションが非常に大きいこと。
そして技の撃ち終わりに幾分かの硬直がある事。故にこの技を撃ってきたと同時に、ピーチ、フレム、メグミの三人が飛び込み、最大級の攻撃を叩き込む。
「聖剣解放!」
「炎双剣回転炎舞!」
「魔力瞬爆!」
三者三様の攻撃がバイダロスを襲う。勿論魔法が通用しない為、三人共に物理的な攻撃のみを使用。
大地の力を取り込んだ上での聖剣解放による一撃、更にフレムの炎を纏わせてからの回転斬り、更にピーチは瞬間的に身体能力を上げての杖の乱打。
更にカイルやマイ、ヘラドンナによる波状攻撃もあって、バイダロスの更なる叫びが続くが――その瞬間、三人の身体が大きく吹っ飛んだ。
「クッ、また闘気の渦……」
メグミが悔しそうに呟く。
渦上の闘気を発生させるメールアンテリュールは予備動作がない為、そのタイミングは図りづらい。
ダメージはそこまで高くないが、距離を離されるのは厄介でも有り――
「グォオオオオォオオォオオオ!」
三度目の叫声。しかし、今度は先程までと様子が違うことがメグミにはよく分かる。
かと思えば、今度はバイダロスが大きくジャンプ。遥か上にある天井ギリギリに頭がつくほどの跳躍力を見せ――かと思えばバチバチと膨れ上がっていく闘気。
ラージュカスカード――跳躍し、落下と同時に滝のような闘気を発生ながら攻撃を叩きつける熾烈な一撃。
斧刃が命中したのは床であったが、同時に叩きつけられた闘気の滝が急速にその範囲を広げていき全員を呑み込んだ。
「キャァアアァアアァアア――」
尤も大きく響いたのはマイの悲鳴だ。その華奢な身が宙を舞い、引きずられたかのように床を滑る。
「クッ! こいつ!」
ピーチ達もやはり同じように攻撃を喰らう羽目となったが、まだまだ身体は動くようだ。
ダメージもそこまで残ってはいない。それぞれが当たる直前に回避行動をとったからである。
「――これは、今がチャンスです! 攻撃を纏めてください!」
ここでメグミが叫ぶ。見ると、確かにバイダロスは体勢を立て直すのにもたついている様子。
大技だけに直後の隙も大きいのだろう。フレムが、よっしゃぁ! と声を上げ、詰め寄り双剣による連撃を叩き込む。
それに追随するようにピーチも杖で攻撃を仕掛け、メグミも隼斬りで連携に入り込む。
カイルもまだオリオンの効果が残っている間にヘヴィーショット、乱れ射ちとスキルを重ねていくが――その時、突如バイダロスが猛スピードで包囲網から脱出した。
えぇ!? と驚きの声を上げるピーチ。
だが、メグミは一目でその正体に気がついたようであり。
「なんてこと、あの闘気の波にあんな使い方があったなんて――」
思わず驚嘆するメグミ。何故ならバイダロスは己が生み出した波に乗って移動してみせたからだ。
スキル――オラシュルフ。
闘気の波を足元に発生させそれに乗って高速移動する事が可能。
そしてバイダロスは再び、今度はピーチ達に向けて突撃するように波乗りを開始するが。
「チッ、波乗りがどうしたってんだ! だったら直接ぶった切るまでよ!」
「あ! 駄目ですフレムさん! 迂闊に飛び込んだら!」
メグミが訴えるような叫ぶような声を上げた。だが時既に遅く、フレムはよりにもよって巨人の正面に飛び出していき、そのまま迎え撃つつもりの様子。
だが波に乗った状態での高速移動に加えて、バイダロスは正面にも闘気の層を纏わせている。
案の定、フレムは暴れ牛にでも跳ね飛ばされたがごとく吹っ飛んでいった。
「ちょ、フレム大丈夫?」
「こ、これぐらい大したことねぇよ!」
どうやら上手いこと体を捻ったことでダメージは逃したようだ。このあたりの行動はフレムにしろピーチにしろ条件反射的に出来るようになっている。
そのあたりは流石ともいえるが――
「……思ったより手こずっている」
「そうですね。あの相手はフレムやピーチが戦ったような悪魔よりもステータス面では低いようですが、アビリティやスキルのバランスが良いです。ですのである程度の見極めは大事になるでしょう」
「……その点はメグミが得意。でも、まだまだ見極めが甘い」
「そこは経験の差が物を言う部分もありますからね。尤もだからこそ、それを補う意味でもここはお任せしているわけですが」
「あ、あの――」
ナガレとビッチェが彼らの戦いについて語っていると、後ろからおずおずとアイカが声を掛けてくる。
「アイカさん、どうかされましたか?」
それにナガレは柔和な表情で応じる。すると、は、はい、と口を開き。
「怪我の、ち、治療などは大丈夫でしょうか?」
バイダロスとの戦いは、アイカからみれば壮絶なものだ。当然、負傷している可能性も心配しているのであろうが。
「そうですね。まだまだ動けていますから大丈夫だと思いますよ。ただ、この戦いが終わった後にはお願いすることになると思いますので」
「わ、わかりました! ではそれまでに師匠に話を聞いて、準備しておきます!」
「あはは、師匠というのはやっぱり慣れないかもですが……」
「いえいえ、ローザは教えるのが上手いと、私は思いますよ」
ナガレにそう言われ照れるローザであり。
そしてビッチェはビッチェで戦況を眺めつつ――でも、そろそろ決着がつくかも、と呟いた。
『マイ! マイ! 大丈夫? マイ、大丈夫?』
「あ、うん、大丈夫だよ、ちょっと滑ったところを擦りむいたぐらいだし」
あはは、と擦りむいた肘と膝を見せるマイ。本来芸能人であれば僅かな傷でも気にすべきかもしれないが、現在特殊な状況に置かれていることはマイ自身がよく理解している事である。
そうである以上、この程度の傷で泣き言は言っていられないわけだが。
「マイ様、申し訳ありません。私がもっとしっかり見ていれば」
「いや! 本当、大した事じゃないから!」
ヘラドンナに頭まで下げられ慌てるマイ。普段はナガレをあの手この手で殺そうといているというのに凄いギャップだなと頬を掻くマイであるが。
『――あいつ、マイを傷つけた。許せない、キャスパ、あいつ嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いきらいキライキライキライ』
「え? キャスパ、ど、どうしたの?」
マイが傷ついたのを見て、突如様子が変化したキャスパ。その背後にはどす黒いオーラのようなものが見え。
「もしかしてこれは――」
その姿にヘラドンナも目を丸くさせ、何かを察したかのような声で呟く。
「そうかそうだったのね!」
『知っているのかメグミ!』
一方その頃、メグミは再び閃いたかのような表情で快活な声を上げていた。
それに被せるようにエクスが念を飛ばすが、途端に、何それ? とでもいいたげな冷ややかな細目に変わるメグミであり。
『なんとなく言ってみたくなったのだ!』
エクスが茶目っ気のある念を返す。それに嘆息するメグミであるが。
「それで、何に気がついたんだよ?」
あれから二度三度と繰り返される突撃を避けながら、フレムが反問する。
「この技の弱点よ。確かにこの波乗りは正面からバカ正直に挑むと分が悪いけど――」
「さっきのフレムみたいにね」
見事なまでの吹っ飛びぶりを思い出したのか、プッ、と吹き出しながらピーチが言う。
それに、う、うるせぇ、と赤面するフレムであり。
「とにかく、この突撃は確かに正面からだと逆に弾き飛ばされる。でも、横からだと弱いはずなの。カイルさんお願い!」
「任せておいてよ!」
そしてカイルが広間を横に突っ切るように波に乗って移動するバイダロスへ乱れ射ちで攻撃する。
それが見事全弾命中し、バイダロスが顔を歪める。
「見ての通りよ、おまけにあの波に乗ると、勢いを途中で消せないみたいだから、一定距離は必ず直進するみたい」
「そうか! それならカウンターも狙い放題ね!」
「おお! よくわからねぇけど、横から攻撃しまくればいいんだな!」
よく判ってないのか、と呆れる二人ではあるが、とにかくそれが判ればと早速波に乗り突撃してきたバイダロスを避けつつ、すれ違いざまに攻撃を叩き込む三人と、矢を連射するカイルであり。
「グォオォォオォオオオオオ!」
雄叫びを上げ身構えるバイダロス。腰を落とし、膝をバネのように弾かせ――跳躍!
「皆さん気をつけてください! またアレが来ます!」
警笛を鳴らすメグミ。飛び上がったバイダロスは両手の戦斧を大きく振り上げ、闘気を漲らせた。
このまま滝のような闘気を放出しながら落下し、勢いの乗った攻撃を叩きつけてくるつもりだろう。
『お前なんか! キライだーーーー!』
しかし、その時だった。マイの肩から飛び出したキャスパが声高く叫び、かと思えばどす黒くウネウネした触手がキャスパの背後から伸びた。
伸長した無数の触手は天井近くまで飛び上がっていたバイダロスに絡みつき、そして触手の先端が鋭い牙の生えた口へと変わり次々と喰らいついていく。
「グォオォォォオオォオオオ!」
バイダロスが呻吟し、触手によって強引に地面に叩きつけられた。凄まじい質量の衝撃に床が砕け石片が舞い上がり灰色の煙が広がっていく。
巨人の技は、キャスパの介入によって阻まれ、発動することもなく終わりを遂げた。
絡みつく触手は大蛇のごとくギリギリとその身を締め付け、先端の牙も肌に深く食い込んでいく。
それ自体が致命傷になることはないであろうが、結果的にバイダロスの動きを止める事に繋がった。
「これは、今がチャンスです!」
「やるわねあの人形」
「よっしゃこれで決まりだぜ!」
ピーチ、フレム、カイル、メグミによる一斉攻撃。更にヘラドンナが新たに生み出した悪魔の植物やマイの炎も加わった事でバイダロスは防戦一方となり、結局それから程なくして遂に巨人が大きく傾倒し倒される事となった。
「それにしても驚いたわね、キャスパにあんな力があったなんて」
「あれは、恐らく以前ナガレが言っていたように、マイ様の怪我を見てなんらかの力が目覚めたのだと思います」
『キャスパ、マイが心配、マイを怪我させるの許せない。マイ大丈夫か?』
「うん、アイカの治療のお陰でね」
戦いに決着がつき、反対側の扉も開いたのを確認した後、一行はアイカによる魔法での治療を受けていた。
勿論すぐ隣にはローザがつき、アイカの行う聖魔法での治療を見守っている。
「どうかなマイさん、これで大丈夫? 痛くない?」
「うん、傷跡も全く残ってないし凄いよアイカ! こんなに早く回復魔法が使えるようになるんだから」
えへへへっ、と照れ笑いを見せるアイカである。
「う~ん、そのはにかんだ表情、可愛らしいよね!」
「え? わ、私がですか?」
「それはアイカの事に決まってるわよ。でも気をつけてね、何かカイルって手が早そうだから」
アイカの耳元で囁くように警告するマイである。だが、その声はしっかりカイルには聞こえている。
「ひ、酷いな~おいらそんなに見境なくはないよ~」
「いや、見境ないでしょカイルは」
「女なら誰でもいいって感じだな」
「新しい町につく度に色んな女の子に声かけて回ってるしね」
「……いい加減もいだほうがいい」
カイルは否定するが、長年仲間としてやってきたフレムとローザは勿論、ピーチにすら軽蔑の目を向けられ、ビッチェに関しては剣を抜き出す始末である。
「アイカは気付いてないだけで本当に可愛いんだから、あぁいう軽い男に引っかからないよう気をつけないと駄目よ。本当にそこが心配なんだから」
そして必死にアイカに訴えるメグミである。だが、確かに自分を卑下しまいがちなアイカだが、実際はそんなこともなく、ドレスなどを着て社交場にでも出れば間違いなく映えることだろう。
「でも、アイカちゃんの魔法のおかげで、私達も治療して貰えたし、かなり助かってるわね」
「そんな、それに魔法が使えるようになったのも師匠のおかげです」
「ローザが師匠ね……何かピンっとこないけどな俺は」
そのあたりは付き合いが長い分実感がわかないのだろう。
「ローザの教えがなければここまで魔法を使いこなせなかったのは確かでしょう。勿論、教える側だけでなく教授される側も一生懸命に頑張ったからこそです。そうでなければこの短い間にここまでの聖道門の魔法は使いこなせなかったでしょうからね」
「あ、ありがとうございます! ナガレ様にそう言ってもらえるなんて!」
アイカは感無量といった表情を見せる。相当嬉しかったのだろう。
そしてそれからしばしの間休息を取る。
その間、ふとマイがぼ~っと物思いに耽るが。
『マイ、大丈夫か?』
「え? あ、ごめんねついぼ~っとしちゃって。へへ、ほらこいつ~」
『キヒヒヒッ、キャスパ、くすぐったい』
キャスパをモフりだすマイだが――
『――もしかして地球を思い出してましたか?』
ナガレがサーミ語で問いかける。するとマイが目をパチクリさせ。
『ははっ、やっぱ鋭いねナガレくん』
そう答えた。敢えて日本語を選ばなかったのは、マイがアイカやメグミにも気を遣っていると察したからだ。
『私、母子家庭だし、それに妹の事もちょっと気になっててね……こんな状況だし、どうしようもないのも判っているんだけど――せめて連絡ぐらい取れたらなぁとか贅沢な悩みだけどね』
どこか遠い目で答えるマイ。
それに対し、ナガレは優しい笑みを浮かべそしてこう答えた。
『それでしたらもしかしたら何とかなるかもしれませんよ』
え? とマイが答える。どういう事と? 次の句がでかかったところで。
「ちょ、ナガレってばマイちゃんと一体何の話してるの?」
ピーチが怪訝そうに問いかけた。当然だがスワヒリ語をピーチが理解できるわけもなく。
「フフッ、秘密の話ですよ」
ソレに対しナガレがそんな答えを返すものだから一瞬周囲がざわめいた。
「え? 嘘、マイってばもしかしてそうなの?」
「ち、違うってば! もうナガレくんってば~~~~!」
マイが叫び、そしてしばしの歓談を楽しんだ後、一行は迷宮攻略を再開させるのだった――




