第四〇九話 役作りの力
「そろそろマイさんも戦闘を試してみますか?」
食事を取り、小休止を取った後に攻略を再開させる一行。
それから暫ししてナガレがマイに提案する。
だが、え~、とマイは不安そうであり。
「わ、私まだLV35だし、ここの魔物は無茶な気が……」
確かに迷宮内の魔物は余裕でレベルは100を超えている。魔獣だってウロウロしているような古代迷宮であり、マイが不安になる気持ちもわかる。
「それならばこのようなものはいかがでしょうか?」
そこでふと、ヘラドンナが床に種を撒き呼びかける。
するとすぐさま床に罅が入り、床の一部を壊しながらにょきにょきと木が伸びてきた。
「え~とこれは一体何かしら?」
「はい、これは悪魔植物が一つ、ディーの木。この樹木からは食した者に一定時間特殊な力を与える悪魔の果実が生えてきます。この果実の力があればマイ様も十分に戦えるかと」
「そ、そうなんだ。凄いわね悪魔のみ――」
「悪魔の果実です。そこはお間違いなきよう」
「なるほど、悪魔の育てる植物には中々変わっている物が多いのですね。それにしても成長が早い。既に実ってきているようですよ」
「あ、本当ね。どれがいいのかしら?」
「それは食べてみるまで解りません。なので実は運もある程度絡んできますが、全く使えない能力を得る確率はそんなに高くありませんので」
なるほど、と納得しつつ、折角だからと一つもいで果実を食す。
「……あまり美味しくないわね」
「そうですね。味より効果の方が大事ですから」
もぐもぐと咀嚼しながらマイが感想を述べる。表情を見るにかなり微妙な味なようだ。
「ところでこれ、何かペナルティとかはあるのかな? 例えばおよ――」
「何もありません」
全てを言い切る前にヘラドンナが返す。そもそも一定時間しか効果のないものである。
「ただ、強力なタイプほど、効果時間は短いようですね。何か変化はありましたか?」
「そういえば、何か身体が熱くなってきたような、あ、凄い!」
マイの手から炎が生まれた。更に全身を発火させたりしているが、本人は全く熱くはないようであり着ているものにも影響はない。
しかし生み出した炎はしっかり炎として扱えるようだ。
『キヒヒヒヒッ、マイ凄い~メラメラ燃えてる、メラメラ燃えてる、かっこいい~』
「どうやら炎を生み出し操る力のようですね。かなり当たりの方だと思います」
「凄いわ! これなら戦えるかも!」
そして早速迷宮を移動し、見つけた敵と戦いを演じるマイ。
悪魔の果実の効果は絶大であり、炎を操ったマイは、折角だからと鉄扇に炎を纏わせながら炎の舞を見せ、三匹の魔物を見事消し炭に変えた。
「すごいわ! これなら十分私にも戦えるわね!」
「えぇ、確かに凄いですが、これだけでは不十分ですね」
思った以上の力を発揮できたことに喜ぶマイだが、ナガレがそんなマイに指摘する。
「え? 今の何か問題があったかな?」
「はい、今のままではマイさんは悪魔の果実なしでは戦えなくなってしまいます。悪魔の果実は効果は一定時間しか持ちませんからね」
「で、でもそれはそういうものだから仕方ないような……」
「ですが、このままではマイさんの持つスキルは活かすことが出来ません。ですので、折角ですので今の炎の効果を自分のものにしてしまいましょう」
「――はい?」
マイは不思議そうに小首をかしげる。そんな彼女に、ふふっ、と悪戯っ子っぽい笑みを零し。
「それでは、この後は私が今のマイさんの戦い方を再現いたしますので、それをよく見ていてください」
「……はい? 再現?」
怪訝そうにマイが述べる。ジッとナガレを見ながらも小首を傾げる動作は可愛らしくもあるが。
「そうです。最初も言いましたが、マイさんはよくこれから見せる私の動きを観察していてください。その際、ただ漫然と見るのではなく、私という役になりきったつもりで、イメージトレーニングと併用しながら行ってみてください」
「私が、ナガレくんになりきったつもりで?」
そんな事が、可能だろうか? と考えるマイであるが。
「今から見せるのはあくまで先程マイさんが見せた動きを再現したものですのでご安心を」
ナガレはそう付け加えると、遭遇した魔物に向けて踊るような足捌きで向かっていく。
ナガレは、当然無手なのだが、どういうわけかマイにはその両手に鉄扇が握られているように感じられた。
かと思えば、ナガレの全身が燃え上がり始める。これは確かに先程マイが悪魔の果実の力で見せた現象そのまんまだが。
「――驚きましたね。悪魔の果実で与えられる能力は特殊な物が多く、それを再現出来ることは先ず不可能なのですが……」
どうやらヘラドンナもこれには驚いたようだ。それだけナガレによる能力の再現度が高かったということであろう。
そして、ナガレはマイがやってみせたように、まるで鉄扇を手にしているか如く所作で炎の舞を披露しながら魔物を消し炭に変えていく。
こうして出現した魔物はあっさりと殲滅され――
「どうでしたか?」
ナガレが問う。だが、マイに反応はなく、ただ視線だけはナガレを追い、思考の海深くまで潜り込んでいる様子。
「完全に集中が出来てますね。流石です」
そしてナガレがニコリと微笑む。ナガレが思っていたとおり、女優としての資質も取り組む姿勢も、既に超一流の域に達している。
尤もだからこそ、ナガレは彼女にあのような課題を与えたわけだが。
「――理解したわ。後は、練習ね……」
それから程なくしてマイの意識がこちら側へ戻ってくる。完全に女優モードがオンになった彼女は、それから迷宮の先で現れた魔物に対し、見事悪魔の果実の力に頼ることなく能力を発動してみせた。
そう、隠しスキルである役作りの力が十全に発揮できたのである。
「驚いた――これが私の役作りの力なのね」
「はい、既にご察しとは思いますが、思い描いた相手の役になりきり、その力を再現できる、それが役作りの能力です」
「な、何かとんでもないわね、それだと私、普段のナガレくんのあのとんでもない力も再現出来るって事?」
「ふふっ、試してみますか?」
「……そうね、ぜひともやってみたいわ」
最初は冗談半分といった様子のマイであったが、ナガレの含みのある言い方で火がついたようであり、ナガレの役になりきれるかを試してみることに。
なのでナガレもマイの目の前で暫く型を披露してみせたわけだが――
「む、無理イィイィ、こんなの絶対無理ィィィイイイイィイイ!」
目をグルグル回しながらガクリと倒れ込むマイの姿がそこにあった。
「その役作りは一見するとかなり強力に思えますが、今マイさんが感じられたように、物理的に無理なものまでは役作りでも再現出来ません。なのでスライムの役になりきることや、ドラゴンの役など、人型以外の相手は難しくなりますね」
「それだとナガレくんが人型以外のものって事になるのかしら……」
「それは、ある意味正しいのだろうと思います」
『キヒッ、こんな人間がいるわけがない』
「いえいえ、こうみえて私は人ですよ。ごく普通の一般人です」
「それは無理があるんじゃないかしら……」
マイは訝しげな目つきでナガレを見てるが、その見た目で言えば間違いなくナガレは人であろう。
ただ強さが普通とちょっぴり異なるだけである。
「その役作りは色々と応用が聞きます。先程のように悪魔の果実の力をそのまま取り入れても良いですが、相手の動きを観察して役になりきることで戦い方のバリエーションも増えていくでしょう」
そこまで話を聞き、マイが先程手に入れたトロイアに目を向ける。
「もしかしてこれが役立つってそういう意味かしら? この道具があれば、演じる役によって武器を切り替えられるし」
「はい、まさにそのとおりですね」
なるほどね、とマイが納得する。
「でも悪魔の果実はやっぱり役立つわよね。ナガレくんに真似してもらえれば、私が役作りで覚えられるし。また出してもらうことって可能かな?」
マイはヘラドンナに聞いてみた。
先程の話しぶりだと他にも様々な能力が手に入るようなので活用しない手はない。
「残念ですが、あの果実は連続で食べてしまうと身体への負担が大きいのです。下手したら死んでしまう事もありますので、一日一つ以上は食べることが出来ないのです」
そうなんだ……とちょっと残念がるマイである。
「さて、それでは先を急ぎましょうか」
マイの能力についても検証がおわったところで、再び迷宮を進み出す一行。
その後は、マイも役作りを駆使し、魔法使い系の魔物なども役として取り入れていき――
「開け魔導第六門の扉、発動せよ土術式ダイヤランシング!」
マイがトロイアを杖に変化させ、そこから魔法を行使。魔法系の敵を役作りで真似た形だが、魔法は見事に行使され、ダイヤモンドで出来た無数の槍が迫る魔物に向けて乱射された。
魔法によって生み出されたダイヤモンドの槍は、宝飾品として利用されるダイヤモンドより遥かに強力だ。
この魔法によって魔物の群れは次々と胴体に風穴を開けていき、二度と立ち上がることのない骸となった。
「やりましたね。単純な魔法だけならピーチよりも使いこなしてますよ」
「そ、それってどうなのかな?」
むしろ申し訳ない気持ちになるマイである。尤もそれはあくまで純粋な魔法の話であり、総合力となれば当然ピーチの方が上だが。
「でも、ずっと役を覚えてそれを再現しての繰り返しだけど、それだけでいいのかな?」
「はい、今はそれが重要ですので。それと、サトルの事を思い描くのもお忘れなく」
「わ、判ってるってば――」
何故かそこで顔が赤くなるマイでもある。
とは言え、現段階ではこれで十分と考えるナガレでもある。マイにとって大事なのは役作りの活用法を知り、ある程度使いこなしてもらうことにあるからだ。
そしてサトルの事を思い続けて貰うこともである。
こうしてその後も、マイの訓練も兼ねた北側の攻略は続き、マイのレベルもかなり上がってきたところで、いよいよ皆と落ち会う約束をしていた中継点へと到着するのだった――




