第四〇八話 ナガレとタマタマ
「……これ、玉よね?」
「玉ですね」
「どうみても玉ですね」
『キヒヒヒッ、キャスパからみても、タマ、それ、タマタマ!』
「うん、キャスパ、そこは繰り返さなくていいから……」
何故かちょっと赤面気味に言うマイであるが。
「もしかしてナガレくん、私の事バカにしてる? お姉さんの事! アホだと思っているんでしょ!」
「いえいえそんな事はありませんよ。この玉は一見すると確かにただの玉ですが、これで立派なオーパーツです」
「え? オーパーツって希少だと言われてるあの?」
「左様です。これの正式名称はトロイア、使用するものの意志によって形状を変える特殊装備です」
「け、形状を変えるの?」
「そうです。物は試しですね、何か想像して見てください」
ナガレに言われ、う~ん……と顎に指を添えた後、マイは球体を握りしめ念じ始める。
すると球体は青白い光を発し始め、そして球体から幾重もの線となり、それが大きく広がってかと思えばまとまり出し全く別な物体へと変貌を遂げた。
「……ふむ、なるほど鉄扇ですか」
マイの両手に収まったソレを眺め、ナガレが言う。
ヘラドンナに関しては不思議そうな目でソレを見ていた。オーパーツにというよりは鉄扇に身に覚えがないといったところなのだろう。
この世界にも扇は存在するが、マイが形成させたそれは和風の扇子といった形だ。
こういったタイプはこの世界では珍しいのだろう。
「本当に出来た……」
「えぇ、お見事です」
「う~ん、でもどうしてこれが私向けなの? 今後これで戦えってこと?」
「そうですね。その形をマイさんが選んだのは何かしら思い入れがあるからかとは思いますが、今は形状が変わるという点が重要です」
ふ~ん、と出来た鉄扇を眺めながら口にする。
『マイ、それ似合う、キャスパ好き』
「ありがとう。テレビの仕事で暫く小道具として利用してたから記憶に残っていたのよね」
「テレビ、ですか?」
ヘラドンナが首をかしげる。当然だがテレビというものはこの世界には存在しない。
「あ、うん。なんといったらいいかな、こっちの世界で言えば、確か演劇とかはあるわよね?」
「はい、私には何が楽しいのかわかりかねますが、ございますね。人間は随分と変わったものが好きだなとは思いますが」
あはは、と苦笑するマイ。形は違えどマイも人に見られてなんぼといった仕事をしているだけに、そう言われても困ってしまうところだろうが。
「とにかく、それに近いことを私もやってて、その時に使ったのがこれってことね」
「そうでしたか。だとしたら、もしかしたら失礼な事を申し上げてしまいましたか?」
「だ、大丈夫大丈夫。好みは人それぞれだしね~」
笑ってごまかすマイであるが――その時であった、マイのお腹がぐぅ、と鳴ったのは。
「あ……いや、これはその」
赤面してあたふたするマイ。中々可愛らしい反応だが。
「そうですね、こちら側の攻略に挑んで結構時間が経ちましたし、丁度食材も手に入ったわけですから休憩といたしますか」
「え? 食材?」
ナガレの提案。それに反応し、頭に疑問符を浮かべるマイであるが。
「先ほど倒した獲物の事を言われているのですね」
「え? あれ食べられるの?」
ヘラドンナが首を刎ね、床に倒れたままでいる獲物を一瞥しつつ述べる。
マイは心配そうに問うが。
「あれはグレイトホーンという魔獣ですね。私達のいた世界で言えばバッファローに近い肉になります。魔物と違い魔獣の肉であればしっかり処理すれば美味しいですよ」
へ~とマイが感心したように言った。どうやら倒した敵の肉などはこれまで食す事がなかったようだ。
「では、料理は私が担当させて頂きます」
「え? でもいいの?」
すると、ヘラドンナが率先して料理担当を申し出た。
マイは若干申し訳なさげではあるが。
「はい。サトル様にご同伴させていただいた時にも料理は私が担当でした。それに私であればこの肉だけではなく野菜もご用意可能です。甘いものがご所望なら水菓子も準備いたしますよ」
「え! 本当!?」
「はい」
にっこりと微笑んで応対するヘラドンナであり、マイの顔色が変わった。やはり攻略中の甘いものは嬉しいのだろう。
「それでは、食事はヘラドンナにおまかせ致しますか」
「はい、それでは早速――」
こうしててきぱきとした動きで調理を開始するヘラドンナ。かなり手際がよく、思わずマイが、負けそう、とつぶやいた程だが。
「出来ました。どうぞこちらへ」
「はや! ヘラドンナってば凄いわね……」
思わず感心するマイだが、用意された料理を見て更に驚いた。
「え? これって?」
「ほう、すき焼きですか」
そう、ナガレの言うようにそれはまさにすき焼きであった。どうやら鍋は植物の葉を使って代用したようだが、牛肉、ネギ、白菜、春菊、白滝、きのこ類などが材料として使われていた。
豆腐と麩こそないが、かなり再現度が高い。
しかも木製の箸まで用意されている。
「サトル様から話を聞き、再現したものです。多くは私の知識にある植物で再現してますが、歯ごたえや味に違和感はないと言ってもらえました。本来なら卵を絡ませて食べるそうですが、こちらでは中々生で食べられる卵は手にはいりませんので、こちらを代わりにどうぞ」
マイとナガレに、木製の皿が手渡される。そこには黄色いドロッとした液体が入っていた。
一見溶き卵っぽいが、魚の卵のようなツブツブが印象的である。
「オウランという植物から取れる種子です。熱を加えるとこのようにドロッとした形となりますが、これが卵に近いとサトル様も喜んでおりました」
へぇ、とマイが感心した。その上で、ヘラドンナ特製野菜スープと野菜と果実のジュース、それにパンが用意される。
「デザートの水菓子は出来るだけ鮮度の良いものをお出ししたいので食後に。これで大丈夫でしょうか?」
「全然、というか何か豪勢かも。ありがとうねヘラドンナ」
「いえ……」
ヘラドンナが瞑目する。そして、どうぞ、の声に合わせてマイとナガレが手を合わせ、そして食事が開始された。
ちなみにヘラドンナとキャスパに関しては食事は必要ないとのこと。ヘラドンナは光合成と水で、キャスパはそもそも食事を必要としない。
「あ、美味しい。パンとすき焼きというのが初めてだけど、このタレがあっさりしてて、いい感じにあうのよね」
「そうですね、野菜スープも栄養をしっかり摂れるよう考えられております。それでいて冒険者に必要なエネルギーも十分摂れ、味も極上。流石ですね」
ナガレもヘラドンナの料理を賛辞する。その様子を見ながらマイが笑顔を見せ。
「でも、ヘラドンナなら、食事中でも容赦なくナガレくんを襲うかと思ったけど流石にそれはなかったわね」
すき焼きの肉を口に運びつつ笑顔で述べる。
う~んデリシャス、と頬に手を添えてかなりご満悦の様子だが。
「この状況で戦いを仕掛けては折角の食事が無駄になってしまいますからね。毒は混ぜましたがその程度です」
「――へ?」
マイの箸が止まった。心做しか箸の先が震えており。
「え~と、ヘラドンナ、今なんて?」
「はい、ですから、毒は入れましたがその程度と……」
「ど、毒ぅううぅうぅうううう!?」
マイが飛び上がらんばかりの勢いで驚いた。顔色も一瞬で変わる。
「こ、このすき焼きに毒が……」
「いえ、ご安心ください。勿論マイ様に危害を加えるような真似はいたしませんよ。毒は彼のソースとスープ、それにジュースにのみ混入させております」
「え? あ、そうなんだそれなら安心ね、て! そんな筈ないじゃない! ナガレくん大丈夫なわけ!?」
「はい、美味しいですよ」
慌ててナガレに問いかけるマイ。しかしナガレは平然と毒入りと語ったヘラドンナの用意したすき焼きを食べている。
ソースは勿論絡めているし、野菜スープにもしっかり口をつけジュースも飲んでいた。
「え、え~と毒が入ってるのよね?」
「……はい、小指の先程の量でも湖に混ぜれば湖内の生物が全滅し、ドラゴンすら瞬時に絶命し肉も骨も腐り落ちていく代物です。他にも体内に入った瞬間に孵化し、身体を内側から食い破る寄生虫の卵も混ぜておりますし、ナガレのパンには巨人を千回は殺すと言われている凶悪な病原菌も練り込んでいます。なのに――なぜ平気なのですか?」
「ははっ、残念ながら私にはその手の類は効き目がありませんので」
顔をしかめ尋ねるヘラドンナへ事も無げに返すナガレ。マイは目が点になった。
だが、これも当然のことである。なぜならナガレ程の存在ともなればその体内で暮らす抗体ですら合気を使いこなす。
体内に入ってくる毒や病気などは勿論寄生虫などはあっさりと抗体が合気で受け流し駆逐してしまうのである。
「というか、毒と判ってからも食べるのね……」
「美味しいですよ?」
「いや、そういう問題じゃないというか、そもそも毒入りなのに美味しいの?」
「それは当然です。毒を混入している以上、味でソレと気づかれるわけにはいきませんので、その分ことさら味付けには気を使います」
「美味しくないというだけで怪しむ方もいるでしょうからね。むしろ毒入りぐらいの方が味付けはしっかりしていることもよくあることです」
なるほど、と納得しかけるマイだが、すぐにこれが異常な光景であることに気がついた。
そもそも美味しかろうがなんであろうが毒は毒だ、いくら味付けが良くても食べていいものではない。
だが、ナガレには関係がないのだ。なにせ毒などの類が一切きかないのだから。
「……ナガレくんってもしかして音を殺して歩くのが癖になっている暗殺一家の生まれだったりする?」
「いえいえ、私の家系は古代より武道一筋ですよ」
本当かな? と訝しむマイである。
とは言え、ナガレが毒を食べても平気なのは事実であり、ヘラドンナが作った料理が美味しいのも事実なのである。
だから、マイは考えることをやめた。
そしてささやかな食事の時間を楽しむのだった――
執事もあの一家とは関係ありません




