第四〇六話 聖剣の力
「アイソスタシーチェンジ!」
金属騎士が放った後ろ蹴りが迫る。
しかし、メグミは咄嗟に剣を地面に突き刺し、魔法を発動。属性は土に変わっていた。床面が一気に隆起に、メグミの目の前にはちょっとした鋼鉄の山脈が生み出された。
だが、それだけでは騎士の後肢は止めきれない。鋼鉄の山脈は粉々に粉砕され、後肢がメグミの身を捉える――メグミは蹴られると同時に自ら後ろに吹っ飛んだ。
冷静な判断であった。メグミはこの魔法だけでは攻撃を防ぎきれないことは承知していた。だが、それでも威力は大分削ぐ事ができる。
直撃すれば例え後ろに飛んで衝撃を抑えようとしたところで雀の涙でしか無かったであろうが、間に魔法を挟んだことでクッションとなり、ダメージを軽減する事が出来た。
これであればまだまだ動くことは十分に可能である。相手が馬である以上、後肢の心配は十分にあり、想定の中には入っていた。
だが、蹴りのスピードが恐ろしく速かったのは計算通りではなかった。だが、メグミの脳裏に信号として伝えられたのは、蓄積された情報から導かれた無意識化での訴えなのであろう。
どちらにせよ助かった。ビッチェのソレとはまた違うであろうが、今のメグミは考える足とも言えた。勿論本来は足ではなく葦であるが、思考と動作をタイムラグなしに行えるメグミには足の方がお似合いであろう。
それからもメグミは金属騎士との戦いを繰り返す。その内に敵の情報も大分集まり、行動パターンも絞られてきた。
敵の使用する攻撃はハルバードを利用した通常攻撃とは別に、跳躍しながらの威力ある一撃、距離が離れてからの地面を抉る斬撃波、後ろに回ると高確率で行ってくる馬脚での後ろ蹴り、そして円状に広がる範囲攻撃。
そして攻撃以外では全体的な火力を上げる嘶き。これは注意していたが三回目は許してしまい、より攻撃力が上がってしまった。
おかげで範囲攻撃の余波も半径五〇メートル程度まで広がるようになってしまった。
ただ、この技は必ず武器を大きく振り上げる動作を取るため、嘶くのとは別だとしてもわかりやすいのが助かる。
だが、現状なにより厄介なのがその硬さだ。魔法耐性もあるようで、全くのノーダメージという事もなさそうだが、中々終りが見えない。
ただ、物理耐性も魔法耐性もあるが、どちらも全く効いていないというわけではない。つまり、その分魔法剣は多少は有利とも言える。
何故なら魔法剣であれば物理的にも魔法的にも同時にダメージを与えることが可能だ。
その分、多少は効率が良いのである。
「――こうなったら、まだ制御が難しいけど、これを試す、サンダーダンシング!」
その瞬間、全身に雷を纏ったメグミが高速で金属騎士に迫り、無数の斬撃を叩き込んだ。斬撃と同時に雷が落ち、剣による物理ダメージと電撃による魔法ダメージが同時に鎧に喰らいつく。
メグミとしてはどのタイミングで使用するか逡巡していた技だ。雷を纏うことで全体的な速度の向上は風より望め、更に威力の高い雷属性――相手が金属というのも想定通りなら良い方向に働き、より電撃を通し大ダメージを与えることも可能かもしれない。
だが、強力な分制御が難しく魔力の消費も激しい。急激な速度変化にメグミ自身がついていけるかも問題だ。
だが、とりあえず斬撃は叩き込むことが出来た。身体の大きな敵だから助かったと言うべきか。
狙ったところをピンポイントで攻撃するのは厳しいが、ただ当てるだけなら問題はない。
ただ、魔力消費量を考えると使えても後一度。勿論、ここで倒せていれば問題はなかったが――騎士の放った斬撃が駆け抜けたメグミの後ろから迫る。
制御が難しく急停止が出来ない為、地滑りの如く身体が流されてしまう。何とか止まり振り返ると同時に横に飛び避ける。だが、その時には既にすぐ近くまで金属騎士が迫っていた。
「こいつ、全然動きが鈍らない!」
まだ雷の効果が残っていた為、強化された速度により紙一重でハルバードによる追撃は避けられたが、このままではメグミの体力か魔力が先に尽きかねない状況だ。
色々と考えを巡らせるが、手持ちのスキルとステータスでは決め手となる技が見つからない。
しかもその直後連続して放たれた斬撃波を躱している間に四度目の嘶きを終えてしまった。
その途端、斬撃の範囲も更に広がる。
「参ったわね……」
メグミが思わず呟く。この状態だと全方位への攻撃範囲も更に広がっていることだろう。メグミの計算では八〇~一〇〇メートル程度まで増加しているはず。
そこまでとなると近接戦を挑むのは厳しいものがあった。例えモーションで攻撃の来るタイミングが読めても範囲外に逃れるのは厳しい。
『――どうやら必殺技が必要なようだな』
「へ? 必殺技?」
暫く静観を続けていたエクスから念が届く。それに驚くメグミであり。
「な、何か手があるのエクス?」
『うむ、【聖剣解放】という奥義がな。だが、今の我の状態、それにメグミの地力を考慮すると、先ずは五段階の内の一段階、聖剣解放LV1といったところであるな。それが精一杯であろう』
「それで勝てるの?」
メグミは目を細めながら問い返す。どうやらLV5まであるようだが、その内のLV1がそこまで効果あるのか? といった疑念があるようだが。
『なめるでない。LV1といえど奥義よ、聖剣に力を集束させ一撃の下に開放する。つまり一発分しか効果はないがその分威力は数倍にまで跳ね上がる。当然魔法剣であってもその恩恵には預かれるのだ』
数倍――と、メグミが呟く。技としては確かに一撃必殺。今の状態から数倍にまで威力が引き上がるなら、あの金属騎士にも十分ダメージが通ることだろう。
「それなら試す価値はあるかもしれないわね……」
『うむ、ただし肝に銘じておくが良い。たかがLV1、されどLV1よ。今のお主の実力では一度放つだけでそうとう体力と魔力を持っていかれる。ここまでの戦いでかなり消費している今の状態なら、この戦い、一撃放つのが精一杯であろう』
視線と柄を握る力が籠もる。腹は既に決まっていた。
「それで、決めるよエクス!」
『うむ、そうこなくてはな!』
騎士の斬撃波を避けながら距離を詰め、メグミはその背後に回り込んだ。
そして剣戟を叩き込んでいくが、暫く打ち込んだところで後肢に反応が見られる。
それを、メグミは狙っていた。今までの戦いから、後肢の範囲にメグミがいる場合、高確率で後蹴りを放ってくる。
これはもはや本能のようなものだ。見た目は騎士だが、やはり下半身は馬、野性の血が残っていたのかもしれない。
とにかく、メグミはそれを避けた。来るとわかっていればそれを避けることはそこまで難しくはない。
そして、この蹴りを放った直後の隙は相当に大きく――
「雷よ宿れ! サンダーソード! そして――聖剣解放!」
ドクンッと心臓が大きく鼓動する。全身の血流が加速し、体温も一気に上昇し、燃え上がるような感覚。
そしてその力の奔流が、聖剣に向けて一気に流れ込む、刃の輝きが増す。
「はぁああぁああ! サンダーダンシング!」
稲妻を帯びた剣戟が、金属騎士の身に無数の雷とともに降り注ぐ。斬撃が幾重にも重なり、明らかに最初に放ったソレよりも太く激しい雷が金属の身体を打ち付ける。
そして金属騎士の全身を切りつけ、大量の電撃を浴びせながら、メグミはその横を駆け抜けた。
地面を滑りながら急転回し、騎士の姿を確認する。
その威力は絶大、明らかだった。騎士からは、シュ~シュ~、と煙が立ち上り、斬撃と雷によって金属の身に罅が入り、へしゃげ、砕けてぽっかりと穴があいている箇所も目につく。
だが――
『いかん! まだ終わってはいない!』
そう、騎士はそのハルバードを天をつくように振り上げ、そしてあの全方位への攻撃を放とうとしている。
見るからに満身創痍でありながらも、まだその一撃を放つ余力は残っていたのである。
「敵ながら見事、でも、させない! 聖剣解放!」
『何! 馬鹿な真似を! 今の体でもう一発など、無茶であるぞ!』
「グッ、無茶でもなんでも――はぁああぁあああああ! サンダーダンシング!」
騎士の斧刃が振り下ろされる。だが、それとほぼ同時にメグミが疾駆した。
雷を纏ったメグミのスピードは速く、騎士の振り下ろす速度を遥かに凌駕し、そして――再び斬撃と雷の嵐がその身を蹂躙した。
そしてその身にメグミの決死の一撃を浴びた騎士の斧刃が、地面に当たる直前その動きを止めた。
駆け抜けたメグミは、振り返ることも出来ず剣を床に刺すことで倒れないようにするのが精一杯だ。
だが、その直後だった――ピシピシッ、と罅が広がる音がその耳に届き、それが連鎖的に大きくなり、そして、ガラスが砕けたような音を後に残し金属騎士の全ては砕け散った。
「か、勝てた――」
「……よくやったメグミ」
ついに剣で支える余力もなくなり前に倒れ込むメグミ。すると心地よく弾力ある何かがメグミの顔を包み込んだ。それは褐色の大きなクッションであった。
「……最後まで諦めない。死力を尽くした、本当に、いい戦いだったぞ」
「――ビッチェさん……」
顔を上げた先に見えたビッチェは、優しく微笑んでいるようにも思えた。
感慨深くなり、思わず泣きそうになるメグミだが。
「……この調子でここからの攻略も頑張ろう」
「――へ?」
「……どうした? 言っておくが、まだこんなもの序の口だぞ? 古代迷宮舐めるな。少し疲れているみたいだから休憩するけど、三〇分で回復しろ」
(えぇぇえええぇええぇええぇええ!?)
『うむ、流石であるな。その容赦の無さがまた――』
そんなビッチェを褒め称えるエクスであるが、メグミはわりと本気で、自分はこの迷宮で死ぬんじゃないか? と心配になったという――
次回は北側攻略、つまりナガレ班です。