第四〇五話 剣士VS騎士
メグミが半騎士半馬のソレへと向かっていく。そしてもう間もなく階段にまでたどり着こうかといったその時、これまで俯瞰を続けていた騎士の下半身が嘶き、華麗に跳躍。
階段の角度に合わせるように、滑るように落下。メグミに向けて叩きつけるようにハルバードを振り下ろす。
轟音、粉々に砕ける金属の床。どうやら見た目だけではなく素材そのものが石から金属に変わっていたようだ。
にも関わらず、粉々にする破壊力。まともに喰らえばただではすまない。
手始めの一撃をメグミは避けつつ、すぐさま身を翻し、背後に駆けていった相手を視界に収める。金属の床を叩く蹄の音が小気味よく響き渡る。
馬の尻を大きく振り回し、騎士の胴体が翻る。その鎧の姿からは表情は掴めない。
ただただ、冷たい光を放つだけだ。そして矢庭に斧刃を振り下ろす。
金属の床面に刻まれる裂傷。地面を刳りながら斬撃が真直にメグミへと突き進む。
正直ここまでの切り替えはかなり早い。相手はメグミへの強襲を外してすぐに次の攻撃に切り替えてきたのである。
だが、メグミとてここまで経験がある。最初の攻撃を避けた時点で相手の次の行動パターンを脳を高速回転させて何パターンも想定していた。
離れた位置からの遠距離攻撃もそのパターンの中に入っている。
大体今時斬撃を飛ばすぐらい、珍しい話ではない。
その一撃も、地面を伝うような攻撃な為上へのカバーは狭い。
メグミは迫る斬撃を飛び越え、風よ! ウィンドソード! と叫び剣に風の魔法属性を纏わせそのままジグザクの動きで距離を詰めていく。
風を纏わせることでメグミの速度も上がった。そしてそのまま近づき――
「エアリアルスラッシュ!」
金属の身体に幾重も剣戟を見舞った。命中するたびに、弾けるように無数の風刃が飛び散り、それが舞うように半騎士半馬の身に追撃。
だが、固い――風の刃程度ではダメージが通らない。
「風はあまり効果がないか――」
すぐさま頭の情報を更新する。もしかしたら風の属性を強めればもっと強力な技を取得出来るかもだが、現状は風の属性で出せる技はこれだけだ。
「あ!?」
騎士の切り替えは早い。ハルバードの鈎をメグミの鎧に引っ掛け振り回した。
遠心力に抗えず大きく投げ飛ばされる。だが、風の付与があって助かった。すぐさま風の力で衝撃を和らげ着地。
ダメージは大きくないが、騎士の追撃は続き、先端の槍で突きを連続してくる。
「しつこい!」
属性を炎に変え、刃が赤熱するまでに温度を高めた後、ヴァーミリオンストライク! と叫び剣戟を叩き込む。
激しい火柱が金属の騎士を包み込んだ。
すると、敵が再び馬が嘶くように前足を振り上げる。メグミはこの行動にも何か意味があるのかもしれないと考えた。
鑑定を持っている仲間がいれば、こんな時に相手のステータスが確認できるが今はいない。その為、相手の行動をしっかり観察し、頭の情報を更新しながら作戦を切り替えていかなければいけない。
だが、これはなまじ鑑定に頼るよりもいい経験になる。
鑑定は確かに便利だが、ソレに頼りすぎると相手のことを知ろうとする行為を怠りやすい。
その結果、いざ鑑定が効かない相手がいた時に慌てることになるし、成長を妨げる要因にもなりかねない。
便利だからと頼り過ぎはよくないという事だ。
そして、自分の経験のみを糧にしようとしているメグミは、今がまさに成長の時。
だが、相手の次の行動が判らない以上、油断は大敵だ。
実際、前足を振り上げた直後、炎に包まれた騎士から振り下ろされた斧刃の一撃はかなりの大技であり――地面に刃が触れた瞬間、周辺の金属の床が大きく凹んだ。
爆轟と共に飛びちる銀色の破片は、最初の一撃よりも遥かに量が多い。
半騎士半馬のソレを中心に円状に広がる範囲攻撃。射程は半径二、三〇メートルといったところか。
咄嗟に風の属性に切り替えていたおかげで、跳躍力も向上していたのが幸いしたが、他の属性だと見てからでは逃げ切れなかった可能性がある。
緊張の汗が頬を伝った。レベル差が圧倒的な以上、メグミは一撃でも喰らえばかなりのピンチに陥る。
下手したらそれで死亡だ。ヒリヒリとした緊張感。だが、不思議と恐怖心はなかった。
それはエクスのおかげで消極的な考えが消えたということや、トラウマをある程度乗り越えた事も要因としてあるが、ビッチェの影響も大きいのかもしれない。ビッチェの戦闘も参考にしようと必死に見ていたメグミだが、その時のビッチェは鬼神のごとく強さにも感じられた。
そういった彼女の戦いを見ているだけに、それに比べたらと思えてしまう自分がいたのである。
メグミはすぐに情報を更新する。先ず一撃の威力に頼るだけの攻撃ではあまり効果がない。メグミの最大の技でも既に炎は消え、ダメージもそこまで残せていない。
そして今の行動の中で気になるのは嘶くような所為と、武器を振り下ろすモーションにつながりがあるのかという事だ。
もし一つの動作として今の所為があるのならば、これほどわかりやすい事はない。
ただ、嘶くような動作は最初の攻撃の前にも見せてきている。
とにかく、風に乗って着地するメグミ。すると半騎士半馬の金属騎士は、一足飛びで瞬時に距離を詰め、その得物を振り下ろした。
横に飛び避けるメグミ。斧刃が激突した床が大きく弾けた。
見たところ今さっき見せた範囲攻撃ほどではないが、それでも最初に見せた一撃よりは威力が上がっている。
メグミはこの攻撃も何らかのスキルと考えるが、一撃目と二撃目の差を認めたことで、あの嘶く仕草の正体を掴んだ。
つまり、あれは一度行うごとに攻撃力を上げている。そういうスキルだ。
ただ、問題はあれをどの程度重ねがけ出来るのかという事だ。
実際一度目より二度目の嘶きの後の方が威力が上がっていることから、重ねがけは出来るものと判断した方が良いだろう。
どちらにせよ、あまり続けさせるのは得策ではない。
ただ、少しずつだが勝ちへの道は切り開けている気はしていた。
この敵の攻撃は直線的な物が多い。その為、どれだけ威力が上がろうと、相手が攻撃するタイミングさえ見逃さなければ避けるのは難しくはない。
唯一円状に広がる範囲攻撃だけは厄介だが――とにかく、この敵を相手するならやはりある程度覚悟を決めて接近戦を挑む必要がある。
距離が離れていると、あの嘶きをされる可能性が高いからだ。
それに距離が離れていても敵はハルバードを振り下ろすと同時に斬撃を飛ばしてくる。
しかも嘶いたあとの斬撃は縦にも横にも範囲が広がっていた。床を削りながら向かってくる斬撃はその影響で視界も塞ぐ。
いくら直線的な攻撃が多いとは言え、あまり火力を上げさせると避けるのも一苦労になる。
だからメグミは思い切って速力を上げ金属騎士に接近、即座に反応して斧刃を振り下ろす騎士だが、それを避けつつ後ろに回り込み、エクスへの属性を炎に変え、バーストブレイク! と声を上げ斬撃を何度も叩き込んでいく。
背後から連続で振り下ろされる剣戟。その度に爆発が生じ、激しい轟音が響き渡る。
この魔法剣は一定時間、刃に爆破の効果を付与させる。いくら金属質の身体でもこれを何度も当て続ければダメージが蓄積されるはずと、そう判断した。
更に言えばこの騎士は下半身が馬、故に確かに動きは速いがその胴体の性質上小回りは利かない。
背後に回り込まれると弱いのである。ハルバードの長さがあっても、真後ろまでは届かない。
だが、その時であった。メグミの脳裏に危険を知らせる電気のようなものが走る。
ぴりりとした感覚、このまま攻撃を続けるのはまずい! そう判断すると同時に属性を変化させた直後、馬の後肢が跳ね上がった。
つまり、騎士は後肢での蹴りを行ってきたのである。その勢いたるや凄まじく、衝撃で発せられる音も雷のごとく、小さな丘ならそれだけで吹き飛ばされそうな程に威力の乗った一脚――




