第四〇三話 信頼と聖剣
思わず見とれてしまっている間に、ビッチェは鎧姿の魔物を倒してしまった。
「……どうだった?」
そして愛剣を背中に戻し、スタスタとやってきたビッチェがメグミに尋ねる。
そう問われてもあまりにレベルが違いすぎてしまい、何と答えてよいかわからないが。
ただ、メグミにも判ったことがある。それはこれでもビッチェは大分力を抑えているであろうということ。
そうでなければ、本来メグミが視認することすら不可能だろう。
「……その、私は未熟すぎて、ビッチェさんとの差は判りましたし、私に足りないものも判りましたがそれぐらいで――」
メグミは返答すると、ビッチェはその美しい銀瞳でジッとメグミを見てきた。
アーモンド型の瞳は、男性でも女性でも虜にしてしまいそうな蠱惑的な光を発している。
メグミでさえもクラクラしてしまいそうな色香だが、なんとか耐え忍ぶ。
すると、ビッチェが視線をそらし。
「……うん、それだけわかれば十分。愚かなのは自分の力量や欠点が見えないこと。どっかの愚かな勇者みたいに、完璧だと信じて疑ってないようでは困る」
明らかにアケチのことであるが、敢えてそれを比較としてだしてきたのは、メグミがエクスカリバーに選ばれている事も理由としてあるのかもしれない。
「……後は、その剣ともちゃんと話す。折角の知識ある剣なのだから――」
そこまで語ると、ビッチェはそのまま歩いて迷宮の先へ行ってしまう。
それに一瞬呆けてしまったが、すぐに、まってくださいビッチェさ~ん、とメグミが追いかけた。褐色の彼女の動きはいつも唐突である。
「ふぅ、ところでエクスは何か気づいたことある?」
『待っていたぞ! 全く、お主は折角我が選んでやったと言うのに無体が過ぎるぞ! 大体聖剣に選ばれるということはだな――』
「いや、ごめんね。そういう長い前口実はいいから、本当迷宮攻略中なんだし……」
放っておけばこのままクドクドと愚痴をこぼしかねないので、迷宮の探索を理由に要点だけ聞こうとする。
『むぅ、仕方のないやつだ。そうであるな、我からみればお主など欠点だらけ。数え上げればきりがないが、とりあえず五〇〇〇箇所ほど修正すれば我を扱うにふさわしい剣士になるであろう』
「いや、五〇〇〇箇所って……そんなのこの迷宮攻略中でどうにかなる話じゃないわよね?」
『剣を極める道というのは厳しいものなのだ。ふむ、とりあえずその五〇〇〇箇所を順番に――』
「聞いているだけで日が暮れそうじゃないそれ……それならエクスがそのなかで一番重要だと思えた点を先ず教えてもらっていい?」
先が思いやられるといった思いで頭を抱えつつ、とにかく全てを聞いていられる余裕もないので、重要箇所だけ何とかしようと考えるメグミである。
『ふむ、それであれば一つ大事な点をあげよう。お主、まだ我のこと信じてなかろう?』
「え?」
疑問符がメグミの頭に浮かぶ。
正直メグミからしてみれば、今手にしている聖剣を手に入れてからまだ間もなく、エクスとはそこまで信頼関係が結ばれているとは言い難いものがあるだろう。
つまりその点だけでいえば、確かに信じているかと言われれば微妙なところである。
「信じるといっても、貴方とはまだ出会って間もないし……」
『ふむ、なるほどな。ふふっ、人間とは真おかしいものであるな』
エクスから返ってきた念に、メグミは首を傾げ。
「私、何かおかしい事いったかしら?」
『そうであるな。確かに我は世にも珍しい知識ある剣だ。しかも聖剣、その高尚さ故、畏敬の念を抱くことも珍しくはない。だがなメグミよ、それでも敢えて言わせてもらえれば我も結局のところ武器なのだ』
「ま、まぁ確かに剣なのは見てれば判るけどね」
『果たしてそうであるかな? ならば問おう、お主は剣を手に入れた時、初めて使う剣だからと全く信頼せず使用するのか?』
あ、とメグミから声が漏れる。そしてエクスの言っている意味が理解できた。つまりメグミは知らず知らずの内にこの聖剣を武器ではなく人間を相手にするような感覚で見ていたことに。
だが、それでは駄目だ。あくまで武器である以上、使用するからにはそれを信頼して振るわなければその力など発揮できるわけがない。
『どうやら判ったようだな。そして我の力を真に引き出したいのであれば剣としての我をまず信じなければ、先に進む進まない以前の問題であるぞ』
「――確かに、そうね。正直エクスのこと、私も少し胡散臭いと思っていたから……」
『そこまで! 流石にそれは酷いであるぞ!』
そうは言われても、あまりにペラペラ喋る聖剣はやはりどこか訝しげに見てしまうのだろう。もしかしたら聖剣エクスカリバーではなく聖剣エクスガリバーだったり性剣エロスカリダーみたいな紛い物ではないかと考えてしまってもしかたがないのだ。
『ふぅ、まぁ良い。とにかくメグミよ、先ずは剣心一体、これは目指すのだ。我を握ったその瞬間から我を肉体の一部と捉えよ。そしてあのビッチェという女の動きを参考にしつつ、己の型を確立させるのだ』
「参考に、型を?」
『うむ、正直あの女剣士の動きは天性の資質によるところも大きい。勿論それ以上に鍛錬も積んできているであろが、あれをお主がそのまま再現するのは無理であろう。そもそもタイプが違いすぎる。だが、お主にも秀でているものがある。短所はやりようによっては長所になるといったところであろうな。だからこそ、あのナガレという男、ビッチェとお主を組ませたのだろう』
短所を長所に、それは確かにナガレがメグミに言っていた事だ。
メグミはつい先に頭で考えてしまうタイプだ。それはよくわかっている。ただ話を聞いているとそれは長所にもなり得るということらしい。
だからこそ、ビッチェの動きをよくみて、取り入れられるべき点は取り入れていく――
それから暫くビッチェとメグミの迷宮攻略は続いた。東側のルートは比較的剣術などを駆使してくる魔物が多い印象。
ビッチェはまずメグミに前に立たせ、危なくなったら自分が出る。
その際も、ガッと出る、や、グッと行く、のような相変わらずの指導は続いた。メグミはそれすらもなんとか理解しようと頭をフル回転させつつ、同時に戦いに入った時のビッチェの一挙手一投足に注目する。
そうしている内にメグミがまず気づいたのは、確かに自分ではビッチェの真似事など不可能だろうということ。
そもそもビッチェの動きを頭で構築しあれこれと考えている時点で明らかにタイプが違う。
だが、そこから先の考えを改めた。ビッチェの真似事が無理なら、一体自分ならどう動けば彼女に少しでも近づくことが出来るか?
まずエクスを手になじませる必要がある。その為に、メグミの場合は剣と身体が一体化する感覚を思考しなければいけない。
そんな事がメグミに果たして可能なのか?
だが、それを否定するのを止めた。だが感覚的に馴染ませるという行為も同時に止めた。メグミは自分がそういう人間なんだと受け入れることにした。だが自分にはやはりこの聖剣は必要だ、だからこそまず徹底して信頼しエクスの全てを知識として蓄える。そこから始める。
そして、手に馴染ませ、一体化した感覚を記憶する。そこから更に重要な動きを一つ一つ記憶し、引き出しを増やしていく。そうすることで思考から行動への切り替えはダイレクトに直結する。
だけど、それだけでは駄目だ。相手の行動に対して記憶を引き出すという単純な作業では複雑な動きに対応できないし、咄嗟の反応はどうしても遅れる。
ならばどうするか? 考える思考と行動する思考を別離させ、同時に行えるようにする。
そこでメグミは気がついた、それこそがメグミの理想形ではないかと。並列思考の応用だ。頭であれこれと考えながらも、動作に関係する思考とパターンは別枠を設け、フル活動させる。
それらを実現するために、いつの間にかメグミは積極的に敵の前に出るようになっていた。
どちらかといえば腰の引けた戦い方が多かったメグミが、今では積極的に近接しての切り結びに転じ、しかもそれでいて冷静な思考は失っておらず、的確と思われるところでは離れ中距離から魔法剣による攻撃を浴びせたりする。
既にメグミに迷いは無かった。聖剣の事も信頼し、その性能をかなり引き出し始めていた。
そしてそうこうしているうちに――
「あ、剣心一体のアビリティ覚えてた――」
『うむ、見事である。これでようやく我を使いこなすための入り口にたったといったところであるが、それでも我を手にして短期間でそれを覚えるとは見事であるぞ』
「……メグミ、最初に比べてかなり動きが良くなっている。今ならこのあたりの雑魚なら問題ない」
エクスとビッチェが少しでも認めてくれた――その結果に思わず涙が出そうになるメグミである。
だが、確かにエクスの言うとおりこれでもまだ入り口に立ったに過ぎないのであろう。
だから、こんなことで泣いてはいられない。
「……やっぱり、私の指導がよかった」
そして、むふぅ、と得意がるビッチェでもある。なんとも可愛らしい雰囲気もあるが、擬音だらけの指導が役立ったかと言えばまた別問題である。
ただ、それでも最初よりは大分理解が出来ているメグミではあるが――




