第四〇二話 東側攻略
ピーチ、フレム、カイル、ローザ、アイカの五人が西側のルートで迷宮攻略に向かっていた頃、メグミとビッチェの剣士コンビは東側のルートからナガレ達との合流地点目指して迷宮探索を続けていた。
「フレイムソード!」
メグミが魔法剣を発動、エクスカリバーの刃から炎が吹き出るが。
『ぬぉ! 熱い熱い! 熱いのだ!』
「ええぇえええぇえええぇええ!?」
メグミが驚いた。それもその筈、熱い熱い言っているのはなんとそのエクスカリバーである。ちなみにこの聖剣、普段はアイカからエクスと呼ばれている。
「ちょ、エクス熱いってどういうことなのよ!」
『あ、すまぬすまぬ、何せ突然炎に包まれたものでな。別に本当に熱いわけではないのだが、つい気分で』
「ふざけるな!」
しっかり者の委員長の筈のメグミが思わず突っ込むほどの天然ぶりである。しかしそんな夫婦漫才を黙って見ていてくれるほど敵は甘くはない。
鎧を着た魔物がメグミに迫り手持ちの剣を振るった。
「あ、やば!」
メグミが剣を振り上げる。刃と刃が激しく衝突し金属の重なり合う音と火花が広がった。
ビッチェはそんなメグミの様子をじっと見ているが。
(所見の相手なのに一撃目から後手に回ってしまうなんて――この魔物、剣使いだけど次はどうくるかしら。このまま力任せ? 切返して横から? 右、左? それとも強力なスキルとか――)
様々な考えが、可能性が、メグミの脳裏をよぎっては消えていく。
すると、鎧の魔物の姿が突如視界から消えた。切り替えてきていたのだ。その行動は自身の回転、そのままグルリとメグミの背後を取るようん回転していき首筋めがけて刃が迫る。
「キャッ!」
悲鳴を上げ、前方に飛びながら何とか避けた。あともう少し相手の攻撃が速ければ確実に首から上がなくなっていた事だろう。
このあたりの敵は間違いなく今のメグミよりレベルは上だ。些細な判断ミスがあっさりと死に直結する。
「……メグミ、反応が遅い、もっとシャッ! と避けてガッ! と切る」
「え? あ、は、はぁ……」
むふぅ~と鼻から息を吐きだしビッチェが言った。それに思わず気のない返事をしてしまうメグミである。
なぜならビッチェ、先程からずっとこんな感じなのである。どうやらナガレに頼られたとあって、ビッチェ本人はメグミを鍛えることに前向きでありやる気も十分ありそうなのだが――メグミからしてみるとなんともわかりにくい。
何せ教えるのにやたらと擬音が多いのである。正直、ガッ! とか、グッ! とか、シャララン、やシコシコやパフパフと言われても何をどうしていいかメグミにはさっぱりなのである。
ただ、これに関してはメグミもある程度は判っていた事である、何故なら――
◇◆◇
「メグミさんとビッチェ、二人で組んでもらうのは、貴方にないものをビッチェが持っているからです」
「え? 私にないものですか?」
「はい。正直に言えば、貴方は既に剣術の基礎ができあがっており、自分なりの型も持ち合わせております。その状態で一から教わるような真似は好ましくありません。本来の型を崩す事にも繋がりますからね。ですが、貴方は戦いのとき、先ず頭で考えるのが癖になってしまっている」
「う、そ、そう言われてみると……」
「どうやらそれがあまり好ましくないのはご自分でもわかっているようですね。此処から先、生き残っていくには思考と体の動きを完全に連動させる必要があります。その点ビッチェは感覚で動くタイプですので、一緒に行動することで必ず貴方の糧になることでしょう。メグミさんにないものを備えているのが彼女ですからね。勿論その全てを合わせる必要はありませんが得るものも多いでしょうし、短所も見方を変えれば長所になり得ますからね――」
◇◆◇
ナガレに言われたことを思い出す。そしてビッチェが感覚で動くタイプというのは――彼女の教え方を見ていても良くわかった。
何せ教え方すらも非常に感覚的だ。雰囲気で覚えろと言われているようですらある。
だが、これは先ず頭で考えて理解するタイプのメグミとは相性が悪すぎる。
そう考えると、本当に彼女は自分に合っていると言えるのか、少々不安になってきたメグミであるが。
(とにかく、先ずはこいつをなんとかしないと。ひとまず距離を取って――)
バックステップで距離を離す。そしてそこから炎を纏わせた剣を利用し。
「バーンストライク!」
振ると同時に刃から火炎弾が飛び出て、鎧姿の魔物に命中。小爆発を起こすが、一発では倒れそうにない。
「バーンストライク! バーンストライク! バーンストライク!」
更に数発、鎧に火炎弾をぶつける。すると鎧の魔物にはわずかに焦げ跡が残る、が、それだけであった。
「……それじゃあ、全然駄目」
「え?」
『うむ、あの娘の言うとおりであるな。メグミよ、少々慎重が過ぎるというか、消極的すぎではないか? お前の能力では魔法に頼るだけではどうしても威力は中途半端になるぞ』
ビッチェがどこか呆れたように述べ、エクスからも指摘が入る。
それに、肩を落とすメグミ。判っていたことだった。メグミの称号は魔法剣士だ。万能そうに思える称号だが、しかし器用貧乏にも陥りやすい力でもある。
それはステータスがあまりに揃いすぎている点からも理解が出来た。突出した点がない――だからこそ、本来なら斬撃に魔法を組み合わせるのは必須。魔法剣士はそれが出来てこそ一流と言える。
だが、先に頭で考えてしまうメグミの戦い方が、近接戦闘をつい避けてしまう要因になってしまっていた。格上相手の場合は特にそれが如実になる。
特に今回は、先に危険を感じてしまったのも大きい。そうなるとどうしてもつい安全策をとろうと頭が判断してしまい、その結果相手の間合い外からの攻撃で片を付けようとしてしまう。
だが、それでは結局エクスの性能を活かしきることなど叶わない。
すると、突如何もない空間に銀線が幾重にも重なり、遅れて空気が破裂した。
鎧姿の魔物が強制的に後ずさりさせられる。
「……もういい、お前にはまだ早い、少し見ておく」
音もなく気配も感じさせず、メグミの目の前に悩ましげで、それでいて靭やかな褐色の肌の持ち主が立っていた。
ビッチェである。そしてその手に握られたチェインスネークソードを振るう。
「綺麗……」
メグミは思わず呟いてしまっていた。自然とビッチェの動きが達観できる位置まで移動してしまう。
その剣は、振る直前までは只の剣だ。だが、一度腕を振ると瞬時に分解され、小さな刃がまるで生き物のように、そう、そこに意志でも宿ったかのように、自由奔放な機動を見せる。
本来、チェインスネークソードは扱うだけで至難の代物だ。鞭のようによく撓るのが特徴だが、かといって鞭使いであれば簡単に使いこなせるのかといえばそうではない。
そもそも原理が大きく異る。鞭という一塊の武器を操るのと、ワイヤー一本で繋ぎ止められた細かい刃の集まりを自由自在に操るのとではまるで意味が違う。
下手なものが扱えば、見ていてこれほど無様になる武器はないだろう。おそらく至極メチャクチャでガタガタな動きを見せ、変化すらろくに持たせることは叶わず、パワーを乗せる事もままならない。
メグミが使用しても間違いなく一緒だ。勿論一朝一夕でなんとかなるはずもないのだが、メグミは先ず頭で考えてしまうタイプだ。
そういう人間とこの武器は相性が悪い。それこそビッチェのように感覚的に息を吐くように刃を操れるようでなければ駄目だ。
そういう意味ではまさに感覚派のビッチェにはピッタリの武器とも言えるか。
おまけにビッチェは度胸もある。同じ女性とは思えない。彼女の扱う武器は伸縮自在の上その動きも無限大。
だからこそ、相手の間合いの外からでも蹂躙できるのが特徴。そのような武器を扱っていれば、常に自身に攻撃が及ばない安全圏からの攻撃のみに絞られそうだが、彼女はそうではなかった。
その動きは時に慎重、だが時には大胆に、自ら接近してすれ違いざまに剣戟を叩き込むことも多々ある。状況判断力が的確だ。それを感覚だけでやっているから動きに全く無駄がない。
しかもビッチェは防具らしい防具を身に着けていないのだ。メグミも多少はなれたが、ビッチェの格好など本来冒険者としてみれば信じられないようなもの、剣士であるならなおさらだ。
こういってはなんだがほぼ全裸に近いと言っても差し支えない。申し訳程度に秘部を隠している分、逆にエロティックに感じられるほどだ。
つまりこれは、敵対する相手の攻撃を受けてしまうと、例え相手の方がレベルが下であったとしても致命傷になり得る可能性はあるということだ。
勿論スキルなどもあるので、一概にそうだと決めつけるわけにはいかないが、剣士としては明らかにリスクの方が高い。
だが、それでも下手な防具を装備しないとビッチェが決めているのは、それだけチェインスネークソードという武器にこだわっているという事でもある。
何せチェインスネークソードを自在に操るには、全身の筋肉をフル活用する必要があり、そこにほんの僅かでも違和感が生じれば、どうしても動作に微妙なズレが生じてしまう。
そう、だからこそ彼女は防具という選択肢を捨てた。防具を装備しない、体に密着させる布面積も出来るだけ小さくさせる、そうすることで肉体の可動域も十全に活用し、愛剣の力を一〇〇パーセント以上に引き出す――それがビッチェの覚悟であり、拘りでもあった。