第四〇一話 魔の巣での激戦!
魔の巣とされるその空間にひしめき合う魔物たち。だが、ピーチたちにとってそれはおもったよりも苦になることはなかった。
なぜなら出て来る魔物は大体レベルが100にも達しない魔物ばかりで、数は多いが今のピーチ、フレム、カイルにとっては決して苦とはならない相手ばかりであったから。
ピーチにしろ魔杖爆砲などの大技をつかうことなく、魔力で強化した杖と杖術のみでどりゃどりゃいいながら近づいてくる敵を撲殺していき、フレムも双剣による疾風の如き斬撃で全く敵を寄せ付けない。
カイルはその弓を使用し、星弓術を使うまでもなく、的確に魔物たちを射抜いていく。
勿論中には遠距離から魔法やスキルで攻撃を仕掛けてくる魔物もいたが、このレベルであれば大して問題にならない。
結果、それほどの時間もかからず魔物を殲滅させることに成功する。
「思ったよりも大したことなかったな」
「ちょっとフレム、油断は大敵よ」
「う~ん、でも魔の巣なら殲滅した時点でどこか出口が開く筈だけどねぇ~」
フレムに指摘しつつ、生き残りがいないかつぶさに観察するピーチ。しかし、どうみても魔物は全て死んでおり、カイルの言うとおり迷宮の仕組みからして全て倒せばどこか壁が開いたりといった変化があるはずだが――
「キャッ!」
「部屋が、揺れてます――」
アイカが小さな悲鳴を上げ、ローザがつぶやく。確かに部屋全体が振動していた。
地の底から絞り出すような重苦しい音が響き渡り――かと思えば空間が突然広がり始めた。
「は? 何よこれ、どうなってるわけ?」
思わずピーチがギョッとなる。想定外の現象に驚きを隠せない。
しかも悪いことに出口などは全く現れること無く、再び床や天井にまで大量の魔法陣が浮かび上がり、最初の魔物よりも強力な敵が出現してしまった。
「今度は、魔獣もかよ……」
フレムがつぶやく。確かに中には以前フレム達が相手したヘルハウンドの姿もあり、更にナガレが退治していたオルトロスの姿も見られる。
そしてさらにオルトロスと双璧をなすと言われた魔獣が更にもう一体。
『グハハハハッ、久しぶりの獲物であるな。お前たちは運が悪い、何せこのマンティコア様のいる魔の巣にわざわざ飛び込んできたのだから。そしてなぜかお前たちを見ているとムカムカして仕方ない! 徹底して切り刻んで我が胃の中へ!』
「星弓術アルゴル星撃弓!」
「どっせぇえええぇええぇええい!」
「――回転連舞!」
『ギャァアアァアァアアァアアアアアア!』
マンティコアは死んだ。
敗因を上げるなら、彼らからそんなに離れていない位置に現れてしまったことか。
そのおかげで出現してそうそう、カイルの新技とピーチの棘付き鉄球とフレムの双剣による三位一体の攻撃を受けあっさりと死んでしまったのだ。
哀れマンティコア、再登場するも何も出来ずに出番終了である。
「な、なんか哀れですね」
「仕方ないのです。ここで倒しておかないときっと、多分、おそらく、そこはかとなく、厄介なのかなと思えますから」
ローザも中々辛辣である。とは言え未だまともに戦っていないため、結局どんな攻撃をしてくるのかは不明なままだ。
しかしマンティコアは倒せたとは言え、敵はまだまだ強力なのが大量に残っている。
「チッ、流石に数が多いな」
「ローザ大丈夫?」
「は、はい! 開け聖導第五門の扉――聖術式セイクレッドパワーシールド!」
流石に数が多くなってきたのでピーチも心配そうにローザに尋ねる。視認はされていないが、気配察知が出来る相手がいた場合必ずしも安全とはいえないのが欠点だ。
だが、そんな敵が近づいてきても、ローザは聖魔法で巨大な聖なる盾を現出させしのいで見せる。何よりパワーシールドは盾が生まれると同時に衝撃で相手を弾き飛ばす効果がある。
直接ダメージを与えられる魔法ではないが、敵対者を追い払うには最適とも言えるだろう。
「開け! 聖道第三門の扉――戒術式ジャッジメントチェイン!」
更にローザの魔法は続く。地面から出現した大量の戒めの鎖が魔物や魔獣を縛り上げ、その身を束縛していく。
プリセプトチェインの強化版であるこの鎖は、悪意の強い相手ほど効果が強まりその締め付けは厳しくなる。鎖の数や有効範囲は術者の練度によるところが大きいが、ローザであれば一度に二〇体前後の相手を縛り上げる事が可能だ。
「やるねローザ、おいらも負けてられないよ! 星弓術――オシリス流星弓!」
カイルの弓から一本の矢が天井に向けて放たれた。そしてある程度の距離を進んだところで矢がパーン! と弾け、かと思えば流星と化した星の矢が大量に魔物や魔獣の群れに降り注ぐ。
その威力は絶大であり、その場にあらわれた敵の三分の一程はこの一撃だけで倒せてしまった。
ただ、魔獣あたりはやはり頑丈であり、こちらは倒しきるまでには至らなかったがそれでもかなりのダメージは残せたと見える。
「やるじゃねぇかカイル」
「本当、ちょっと驚いたわよ。ここまでパワーアップしているなんてね」
「ははっ、ただ星弓術は結構魔力を消費しちゃうんだけどね」
だったらはい、とピーチは持参していたマジックポーションを一つカイルに投げ渡した。
ありがとうとカイルがそれを受け取り飲み干す。
「俺も負けてられないぜ! 炎双剣!」
フレムの双剣が瞬時に燃え上がる。ナガレの料理を見て覚えた体温調整を用いたフレムのスキルであり、あの悪魔アシュラムを打ち倒した程の威力を誇る。
「喰らいやがれ! 炎双剣回転炎舞!」
そこから自らを独楽のように回転させ、敵たちへと切り込んでいく。炎双剣と相まって炎は火炎竜巻と化し周囲の敵を巻き込んで消し炭へと変えていった。
オルトロスでさえもこの炎に巻き込まれこんがりといい感じにローストされた程である。
「ハッ! 燃え尽きたかよ! この調子でバンバンいくぜ!」
フレムが吠える。その様子を見ていたアイカが、凄い、と一言呟き。
「最初より多かったのに……これならすぐにでも倒しきれちゃうんじゃ――」
「駄目よ!」
だが、そこでピーチが声を張り上げる。なんだ? と振り返るフレムだが。
「このまま狩り尽くしたとしても、さっきみたいにまた新たな敵を出現させるだけかもしれないわ」
確かに、例えこの魔物と魔獣の群れを倒したとしても、再び同じような事、つまり出口はあらわれず空間が広がり更に強力な敵が出てくるといった可能性がないとは言い切れない。
仮にもリーダーとしてこの場に立つピーチがそれを危惧するのは当然のことと言えた。
「う~ん、確かにこれが延々と続くと困っちゃうねぇ~」
「でも、だったらどうすんだよ? どっちにしろ倒せないとジリ貧じゃねぇか」
フレムの言うことも一理ある。後の事を恐れて何もしなければそれこそ相手の思うツボだ。
「フレム、貴方の索眼の出番よ。それで壁や天井、そのあたりをよく見てみて!」
「あん? 壁? 天井?」
「ピーチ、それは一体?」
「感じるのよ」
「か、感じるのですか?」
「そう、さっきから妙な視線をね。それはまるで壁や天井を移動しているみたいで、だから、フレムの出番ってわけ」
「そういうことか、よっしゃ先輩! 任せとけ!」
フレムは他の敵と戦いを繰り広げながらも索眼で周囲を確認し始めた。
そして――
「見つけたぜ! カイル、あの壁に向かって矢を打て!」
「判ったよフレムっち、星弓術――アルゴル星撃弓!」
カイルが射出した矢が、星屑を撒き散らしながらフレムの指定した壁にヒット。
『グオォオォオオオオォオオオオオン!』
その瞬間だった、空間が激しく揺れ、耳に残る物々しい叫び声。
かと思えば壁に突如巨大な目玉が一つ浮き出るようにして出現する。
「あ、あれは?」
「多分アレが、この空間に私達を閉じ込めてる本体ね」
疑問の声を発するローザにピーチが答えた。勿論あくまで推測だが、わざわざ壁の中に姿を隠していたのは本体である自分が見つからないためと考えれば合点がゆく。
何よりこの魔物は魔法陣から現れた様子がない。つまり最初からここにいたと考えるべきであり、そうであれば空間に変化が起きたのも再び魔物や魔獣が出現したのもこの存在の為と考えるのが一番自然であろう。
「みたところあいつは目が弱点だな。わかりやすいぜ、こうなったら俺が――」
「待ってフレムっち! 何か様子が変だよ!」」
意気込むフレムにカイルが口を挟む。すると、カイルの指差した先では、あの目玉の他に巨大な口が開かれ、ベロンっと伸びた舌が、彼らが倒した魔物や魔獣を絡め取り、そしてバクンっと口に運び飲み込んだ。
「な、なんだぁ? 仲間の死体を喰らいやがったぞこいつ」
フレムが目を眇め言う。確かにこの魔物や魔獣を召喚したのがこの目玉であれば、わざわざそれを自分で喰らっていることになるが。
「あ、消えたわ!」
ピーチが叫ぶ。確かに目の前に今まで見えていた目玉も口も消えてしまった。
そしてかと思えば――
「ハッ! 後ろ!」
ピーチが振り返る。その瞬間壁から浮かび上がった目と目があう。
そして突如目玉が輝きはじめ――
「――ッ!? 皆避けて!」
そういいつつピーチは杖の先端を投網のように変化させローザとアイカを確保、そのまま横っ飛びをし、それを認めたフレムとカイルも逆側へ飛んだ。
刹那――空間を割る閃光。あの目玉から発せられた光線が反対側の壁に突き刺さる。
「クッ! すげぇパワーだ!」
「こ、これは巻き込まれていたちょっとまずかったかも~!」
そして数秒続いた光線が収束する。それを目にしていたアイカはすっかり青ざめていた。
「こいつ、さては食べた魔物を利用してこれだけのパワーを得ているのね――」
ピーチが真剣な目でつぶやく。超知覚で感覚が鋭くなり、更に魔力可視によって相手の魔力の流れがわかるようになったからこそ理解できたと言えるだろう。
「だけど、今ので一旦パワーは尽きたはずよ、その間に!」
「うん! 星弓術アルゴル星撃弓!」
カイルが再び星屑混じりの矢を射る。だが、命中する瞬間、目玉が再び消え去った。
「こいつ、さっきより移動がはえーぞ!」
フレムが叫んだ。どうやら索眼でも捉えきれていないようだ。隠れていた時は相手の虚をつくことが出来たが、戦闘態勢に入った今それも難しそうであり。
「だったら、僕がまた現れる瞬間を――」
カイルが弓を引く。あの一つ目の魔物を見事討ち取ったように、出現するタイミングに攻撃をあわせるつもりかもしれないが――
「ハッ! ゆ、床です!」
アイカが叫んだ。全員が床に視線を落とすと、巨大な目玉と広がっていく口。
「なんなのよこいつ!」
ピーチが呻くように述べ、口の開く範囲から脱出。今度はフレムがローザを、カイルがアイカを抱えて同じように脱出した。
だが、目玉の狙いは彼らではなかったようであり。
「こいつ――今度は生き残ってるのも含めて全部喰いやがった……」
フレムが唖然とした顔で言う。そう、床に現れた眼球と口は、その場にあった遺体も生き残りも、その全てを喰らい尽くしてしまったのである。
そして、食事を終えた魔物は再び姿を消し、別の壁に巨大な目玉が姿を見せる。しかし様子が先程と異なり、その目玉は赤々とした光を放ち、その輝きが増していき――
「さ、さっきよりパワーがすげぇ……」
「こ、これはちょっとまずいかもねぇ」
「わ、私の聖なる盾でも防ぎきれるか――」
「う、うぅ、怖いです――」
その強大なパワーに圧倒されつつある四人。だが、その中で一人、強気な態度を崩さない少女がいた。
「面白いわね。こうなったらやってやろうじゃない!」
すると、なんとピーチが自ら目玉の前に躍り出た。目玉の赤い輝きがより激しくなるが、ピーチはピーチで杖に魔力を込め始めた。
「先輩! まさかガチでやりあおうってのか!」
「当たり前よ! それに発射した直後なら相手だって隙だらけなんだから!」
そしてピーチが杖を構え、眼球からも再び、しかも今度はやたらと赤い光線が発射される。その威力凄まじく、最低でも最初に撃った光線の三倍のパワーであることは間違いないだろう。
「魔杖爆砲!」
だが、ピーチも負けじと杖から魔力を放出させた。眼球の光線と、ピーチの魔力が中心でぶつかり合う。
「す、すげぇ……」
「光が強くて、目を開けてられないよぉ」
力と力のぶつかり合い。桃色の光と赤い光がせめぎ合う。
だが、ピーチは歯を食いしばり。
「たかが光線、魔砲の力で押し返してあげるわ! ナガレの杖術は伊達じゃないのよ! ハァアアアァアアァアアアァア!」
『グォ? グオォオオオォオオォオオ!』
裂帛の気合と共に、ピーチから発せられる魔力の量が一気に増大する。太くたくましく育ったピーチの桃色の光線が、ついに赤い光線を押し返し、巻き込み、そして壁の目玉を飲み込んだ。
そして断末魔の悲鳴を上げ、眼球が破裂――魔物は死んだ。
「やるな先輩」
「ピーチちゃん凄いよ~あの攻撃を凌ぐどころか上回るなんてぇ」
「え、えへへ、そうかな?」
ピーチは照れ笑いを浮かべつつもペタンっとその場で尻餅をついた。
どうやら魔力は相当消費したようだ。
「ふぅ、こんな時はエルミール印のマジックポーションを一本――」
ごくごくと飲み干すピーチ。エルミールの調合したマジックポーションは一般的に売られているのよりも効果が大きいのが特徴である。
「ふぅ、落ち着いたわ」
「あ、出口も開きましたね」
「よ、良かったですぅ」
「お! あの目玉、でかい魔石を落としていったぜ。これはかなり価値があるかもな」
フレムが両手で抱えるほどの大きさの魔石を拾い上げ声を上げる。魔物や魔獣の遺体は喰われてしまい台無しになったが、これはその変わりになりえるかもしれない。
「とりあえず、厄介な敵は一つ片付いたわね。でも、まだまだ先は長いわ。ナガレと合流するまで油断はしないようにいきましょう」
そしてピーチが改めて決意を表明し、全員が頷いたところで迷宮探索は再開された。
さてさて、ピーチ一行はこれからどれほどのパワーアップを果たすことが出来るのであろうか――
西側はここまで!次はさて……




