第三十八話 合流
「それにしても遺体を塩に漬けるなんてよく思いついたわよね」
「本当に流石でございますナガレ様」
「……発想力が凄い」
ピーチ、ローザ、ビッチェから感嘆の言葉を受けるナガレだが、そんな事はありませんよ、と謙遜し。
「でも、塩を沢山運んでいる途中で良かったですよ」
そう応え笑顔を覗かせた。
「でもナガレ様のおかげでルルーシ様も嬉しそうでしたね」
「ローザ、私に様など付ける必要はございませんよ。ナガレで結構ですので」
ナガレがローザに向けて告げる。
すると、え? と若干頬を赤らめつつも。
「いえ、ですがナガレ様のおかげで私は盗賊からも救われております。それにこれだけ多くの御方を救いし素晴らしい方、ナガレ様と呼ばせて頂けるだけでも喜ばしいことです」
言って恭しく頭を下げる。
ナガレは自分はそんな大した人物ではないと思ってはいるが、これ以上無理に改めさせるのは返って逆効果と察し、それ以上は何も言わなかった。
「いや、しかしローザちゃんが尊敬する気も判るぜ!」
「まぁ俺たちはそんなローザちゃんに救われたんだけどな」
「俺達からしてみればローザちゃんこそ聖母みたいな御方だぜ!」
ローザの聖魔法によって命を救われた冒険者達からそんな声が掛かり、彼女の両頬は気恥ずかしさで更に真っ赤に紅潮する。
「だがナガレも本当太っ腹だぜ。これだけの事をしておきながらスイートビーの巣の中身は皆で分けようなんていうんだからな!」
「全く俺からしたらお人好しとしか言いようが無いけどな。正直これは全部俺のもんだ! ぐらい言っても誰も文句は言わなかったと思うぜ?」
彼らの発言にナガレは、いえいえ、と手を左右に振り。
「あれだけ大きな巣の中身となると私だけではとても持ち帰れませんし」
それにしたってなぁ、と冒険者達が顔を突き合わせる。
スイートビー、今回の討伐対象であったこの魔物たちはクィーンも含め全て、デスクィーンキラーホーネットが生まれたことによって凶暴化したプレートキラーホーネットの進撃にあい全滅させられた。
だが、そのクィーンが住処としていた蜜のたっぷり詰まった巣だけは無事残されていたのである。
デスクィーンキラーホーネットといえどスイートビーが蜜を溜めた巣は大事な栄養源でもある。
その為すぐには手を付けず戦利品として保存しておいたのだ。
しかもその巣はこれまでに例にないぐらい強大な作りであった。当然中に溜め込まれた蜜の量も相当なものであり、冒険者全員で山分けしてもまだ余裕がある程だったのである。
「ふふん、ナガレのおかげで~大瓶いっぱいにスイートな蜜~」
そのまま歌い出しそうな勢いで喜びを表現するピーチ。
この蜜をパンにかけて食すのが今から楽しみで仕方がないようだ。
お菓子作りが趣味なメルルにも分けてご相伴に与ろうという魂胆もあるらしい。
「ナガレ様はあのルルーシ様御一行にも蜜を分け与えておられて、その慈愛のお心も素晴らしいです」
ローザのナガレを見る目は既に神仏に向けるソレに近い。
「……お菓子美味しそう私も食べたい」
「ビッチェも? でもメルル人見知りなところあるしね~」
「……問題ない。魔道具店のメルルなら私の従姉妹」
「そうだったの!?」
意外な事実である。しかしそう考えてみると喋り方や色気の漂い方がどこか似ている。
「さて、取り敢えずはここでの目的は達成出来ましたね。余った分の蜜はこちらに向かっている残りの皆様にも分け与えるとして、ギルドへの報告もありますし、そろそろ戻るといたしますか」
ナガレの発言に異を唱えるものはいなかった。既にスイートビーもいなくなってしまった事もあり、この森ですることは特に残っていないのである。
こうして先に来ていた冒険者も一緒になり、ナガレ達はハンマの街に向けて馬車を走らすのだが――
◇◆◇
かの森でデスクィーンキラーホーネットを退治した後、ナガレ含めた冒険者一行は途中で野営を一晩挟み、それから更にハンマの街に向けて馬車を走らせた。
その途中であった、フレム達の乗る馬車を目にしたのは。
そして向こうもナガレ達に気がついたようで無事合流を果たす。
後はナガレ側の事情を説明し、スイートビーの蜜を分けつつ街に戻る、と、そう上手く話が進めば良かったのだが――
「ローザ! 良かった無事だったのか!」
「あ、フレム。うん私は全然大丈夫……」
「――テメェ」
ローザは明るい表情でフレムにそう返そうとしたのだが、殊の外フレムの機嫌が酷く悪かった。
いや、機嫌が悪いで済む話ではない。その瞳にはありありとナガレを責める感情が燃え上がっていた。
「テメェ、何勝手に俺の仲間のローザを連れ去ってんだごらぁぁあああああぁああ!」
そしてフレムがナガレに向かって吼え上げる。怒りの篭った声であった。
フレムの額には太い血管がピクピクと波打っている。
「ちょ、ちょっと待ってよフレム! 別に私は自分でも納得して」
「いいからテメェは黙ってろ! これは俺とこいつの問題だ!」
「いや、あんた何勝手に話進めてるのよ。第一ナガレのおかげであの森のデスクィーンキラーホーネットは倒されたしナガレの判断でローザも一緒に向かったから被害者も殆どでなかったのよ」
「あん? デスクィーンキラーホーネットだと? テメェそんな危険な場所にローザを連れて行きやがったのかーーーー!」
どうやらピーチの説明は火に油を注いだだけだったようだ。
「糞が! しかもテメェ、それだけ勝手な事しておいてその様子だと何も出来ず助けを呼ぶために逃げ帰ってきたってところか!」
「フレムいい加減にして! それにピーチの言うようにデスクィーンキラーホーネットはしっかりナガレ様の手で退治されたわ!」
ナガレ、様、だと? とフレムがわなわなと拳を震わせる。
「ね、ねぇフレムちょっと落ち着こうよ。それにローザの話だとデスクィーンキラーホーネットも倒されたって言うし……」
ここでカイルがローザの言葉に追従するように口を挟んだ。
だがフレムは、キッ! と彼を睨み。
「テメェは絆されてるんじゃねぇ! 第一んなもんただ運が良かっただけだろうが!」
「……はぁ? 運?」
思わずピーチが顔を顰めた。フレムの勝手な言いぶりに呆れている様子も感じられる。
「そうだ! おいテメェ! 俺はこいつらからテメェの事を聞いたからよく判ってんだよ! なんでもテメェは冒険者登録の際、レベル0と判断されたそうじゃねぇか!」
フレムがナガレにビシっと指を突きつけ言う。その目は明らかにナガレを蔑んでいるものだ。
「ちょっと本当あんたいい加減に――」
ピーチが更にフレムに突っかかろうとしたが、それをナガレは右手で制し、一歩前に出た。
「先程から何をそんなに喚いているのか判りませんが、確かに私のレベルは0とギルドでは判断されました。しかし、それが何か?」
「それが何かじゃねぇ! つまりだ! 本来ならテメェはデスクィーンキラーホーネットどころかスイートビーすら倒せねぇ最弱の冒険者でしかねぇという事だろうが! そんな野郎が勝手な判断で俺の仲間を危険な目に合わせてるんだ! それなのに涼しい顔で何だ? ざけんじゃねぇ!」
「……しかし危険と言われても、私がデスクィーンキラーホーネットを倒したのは事実ですからね」
「だからそれはたまたまテメェがばかみたいな強運の持ち主だったってだけだろうが!」
「……いや、強運って」
ピーチががっくりと肩を落としながら疲れたように口にする。
隣ではごめんなさい、とローザが一人謝っていた。
「ふん、俺はなこいつらから話を聞いて確信してんだよ。レベル0のテメェがどういうわけかグレイトゴブリンを倒しただの不正を働いていたBランク冒険者を倒しただの、そんな武勇伝ばかりが囁かれてやがる。だけどなぁ! 誰ひとりとしてテメェが実際に戦ったことのある現場を見たことがねぇ! つまりだ! テメェは人に見せられるような戦い方をそもそもしてねぇ! いや下手したら戦ってすらいねぇ可能性がある! つまりだ全て運だけでたまたまテメェが活躍してるようにしか見えてねぇってことだ!」
「……いや、私がしっかりこの目で見てるんだけど――」
「ふん! テメェみたいな頭のなかピンク色の女の証言なんて当てになるわきゃねぇだろうが!」
「ちょ! フレムいい加減失礼よ! それにナガレ様の戦いなら私もしっかり」
「ローザいい加減にしやがれ! テメェは優しいのはいいがな、見てもいないのにそうやって庇うのはテメェの悪い癖だ!」
「うぅ、あの馬鹿、そうじゃないのに……」
ローザは額を押さえ嘆いた。その肩にそっとビッチェが手を置く。
そしてフレムを指差しながら。
「……アレもしかして思い込み激しい?」
「……はい、相当に――」
ビッチェの問いに肩を落としながらローザが応えた。
ちなみに他の冒険者が口を挟む様子は感じられない。それはフレムに同意見というわけではなく、あまりの強引なこじつけに空いた口が塞がらないでいるのだ。
「とにかくだ、テメェは実力もないくせになまじ運だけで乗り越えてきたもんだからそれを勘違いして仲間を危険に晒すような真似を平気でするぐらいまで助長してやがる最悪の糞野郎って事だ。どうせ今回も、まぁ恐らくテメェが駆けつけると同時にたまたま運良くデスクィーンキラーホーネットがどこかへ飛び去ったとかそんな事だろうがな、それで助かったと喜んでるみたいだが俺はそれじゃあごまかされねぇぞ! 判ったらとりあえずテメェはこの場で頭地面に擦り付けて全員に向かって謝罪しやがれ!」




