第四〇〇話 デッドルーム
「キャハキャハキャハキャハキャハッ!」
「本当、見た目に騙されたら偉いことになるわね」
魔法が直撃したと勘違いしたのか、一つ目の魔物は愉快げに笑い声を上げていた。
だが、煙の中から発せられた声に、笑い声も止む。
「でも、その程度じゃ温いわよ」
そして煙が晴れた先には、魔力で形成した大盾を構えるピーチの姿。
更にローザも聖なる盾を顕現することで自分とアイカの身を守っていた。
一つ目の魔物は、杖を持ったまま悔しがっている様子。何せダメージは全く通っていない。
「悪いわね、単純な威力ならあんたなんかよりずっと強い相手と私たちはやりあってきたのよ」
「そういうこった。この程度の力しかないくせに、一体でなんとかなると思ったのが甘かったな」
そしてフレムが飛び出し、持ち前の素早さで瞬時に肉薄、双剣を構え、一つ目の魔物へ十字を描くように斬りつける。
「キャキャキャキャキャッ!」
「何!?」
だが、フレムの攻撃は見事に空を切り、かと思えば少し離れた位置に一つ目の姿があった。
「――こいつ」
「もう! 何やってるのよ、だったら私に任せなさい!」
ピーチがフレムの横を通り過ぎ前へと飛び出した。すると、ケケッ、と一つ目魔物がワンドを翳す。
「あぶな!」
だが、ピーチはそのまま横にステップを踏み、突如彼女の足元に現れた落とし穴を回避する。
「ムゥ~!」
唸り声を上げ、更に一つ目が魔法を行使し続けた。その度に、今度は壁が横に飛び出し、天井から落石が生じ、更に足元から爆発が広がっていく。
だがまるでトラップのようなそれらをピーチは全て発動した瞬間に避けていく。魔物は悔しそうだが、これもピーチが取得した超知覚あってこそである。
これにより五感が研ぎ澄まされ、罠が発動した瞬間には察することが出来たのである。
「全く、いい加減うざったいのよ!」
流石にイラッと来たのか、今度はピーチが杖を鎖付きの鉄球状に変化させ、大きく打ち付ける。鎖が伸び、巨大な鉄球は一つ目を捉えたかに見えたが、だがやはり攻撃があたる直前に消え、また別の場所に姿を現した。
「こいつ、攻撃があたる直前に瞬間移動でもしてるみたいね――」
「ンだよそれ、面倒クセェな!」
フレムが畳み掛けるように切りつけていくが、一つ目の魔物は笑い声を上げながら消えては現れてを繰り返していく。
しかもその合間に罠のようなものを魔法ではっていく為、現れた魔物を追いかけていくと罠が作動してしまう。
フレムも勘が鋭い為、これらでダメージを受けることはないが中々に厄介な相手だ。
「フレム! 次の攻撃で一旦横にそれて!」
すると、その背後からカイルの声。フレムの剣が魔物を捉えたその瞬間、再び魔物はその場から消え失せるが、同時にカイルの言ったようにフレムが横に一歩それる。
「ギャッ!」
その瞬間、カイルの矢が魔物の目や胴体を射抜いた。それが丁度魔物が再び姿を見せたのとほぼ同時の事であった。
「やっぱり、現れた瞬間なら逃げることは出来ないみたいだね」
いつになく真剣な目でカイルが呟く。フレムにしろピーチにしろ、これまでは消えて再度現れたのを確認してからの攻撃であった。
これはそれぞれが単独で動いている以上仕方のない事であったともいえるだろう。
だが、だからこそ一歩引いた位置から戦いの様子を見ていたカイルには気がつけたともいえるかもしれない。
実際この一つ目の魔物は移動してから出現した直後、ほんの僅かな間ではあるが一切の動きが止まっている瞬間があった。
そしてその瞬間を狙い撃てば攻撃は当たるとカイルは踏んだわけであり、その考えは見事的中。
撃ち放った矢は吸い込まれるようにあっさりと魔物を捉えたのである。
しかも、新しく覚えた星弓術ではないにも関わらず、魔物はその場にポトリと落ち、ピクピクと痙攣した。
どうやらこの魔物、生命力は相当に低いようである。直接攻撃への耐性も低いのだろう。それ故に相手の攻撃を受けにくい避け方に徹していたのだろうがそれも隙がバレてしまえばどうということはない。
尤もこのレベルの魔物、しかも隙など瞬きしている間程度の僅かなものでしかない。それをこうもあっさり倒せたのはカイルの弓の腕があってこそだろう。
「す、凄いです一撃で……でも、ちょっと可哀想――」
「気持ちはわかりますよ。ですが――」
もはや瀕死の魔物を見ながらアイカが言う。少々憐れみの感情も見られるが、ソレに対しローザは何かを言おうとする。
ローザは聖魔導師であり、何かを傷つける事に忌避感もある。だが、同時に冒険者でもあり、だからこそ安易な同情は危険である事も承知している。
だからこそ、それを伝えようとしたのかもしれないが。
「キャッキャッキャッ! 飛んじゃえ!」
しかし、ガバリと起き上がった魔物が手に持った杖を振り上げ叫び上げる。
え? とピーチ達がその姿を確認した時には魔物の身体は粉々に砕け、かと思えば魔法陣が構築され輝き始める。
「ちょ、これって――」
「な、なんだぁ?」
「あははぁ、嫌な予感しかしないねぇ」
「ろ、ローザさん――」
「大丈夫です、アイカちゃん――」
そしてそれぞれが言葉を発したその瞬間、魔法陣と彼らの身がその場から消え失せた。
「な!? ここどこよ!」
「知らねーよ。んだこれ? 壁に囲まれてんぞ?」
「はわわ、な、何か嫌な予感しかしません――」
「あ、頭が沸騰しちゃうよ~~」
「あぁ、またローザの頭から湯気が吹き出ちゃってるよ~」
「最近多いわね――」
最近の微妙なローザのポンコツ具合に目を細めるピーチである。
しかし、とりあえず今は現状確認を急ぐ必要があるだろう。
「四方を壁に囲まれていて、しかも出口らしきものがないって、嫌な予感しかしないわね」
ピーチがつぶさに周囲を確認し語る。明るさは相変わらず確保されているが、周囲は冷たい石壁と天井、床に支配されていた。
そして、確かにみたところ出入りできる扉らしきものが一つもない。
「おい、これ――」
すると、床が突然輝きだし、大小様々な魔法陣がそこかしこに浮かび上がっていく。
「ローザ! アイカちゃんを守れるよう魔法でガードしてあげて! カイルも援護をお願い!」
「判ったよピーチちゃん」
「は、はい――開け聖導第五門の扉戒術式スヒレイン!」
アイカを背中側に回しローザが魔法を行使。これは悪意ある相手から視認されなくなる結界を構築する魔法だ。
これにより、とりあえず魔物から直接狙われる可能性は激減する。
「フレム、あんたは後方、私は正面で迎え撃つわ」
「あぁ判った」
跳躍しローザの頭上を飛び越えアイカの背後にフレムがついた。
カイルはどこからでも対応できるようローザよりに陣取るが、特に左右に気を遣っている様子。
そしてピーチはフレムの反対側に立ち、杖を身構えその時を待った。
するとピーチ達が思っていたように魔法陣の中から様々な魔物が姿をあらわす。
「はは、やっぱりイビルネストだったようだねぇ」
カイルが苦笑気味に述べる。迷宮には様々なトラップも仕掛けられているが、これもその中で有名なトラップの一つ。
別名デッドルームとも称されるこれは、本来なら転移床のトラップや落とし穴で落ちた先などに存在することが多いものだ。
そしてこの空間に一度運ばれると、四方を壁に囲まれた出口のない部屋で大量の魔物や場合によっては魔獣などと戦わされる事となる。
この危機を抜け出す方法は基本的には出てくる敵を全て倒しきる他ない。
だが、大抵その数は常識では考えられない程に多く、よほど腕に覚えがない限りは全滅必須ともされている。
故にデッドルームとも噂される、それがイビルネストである。
「かなりの数いるわね……まったく、まさか死ぬ直前にこんなところに送るなんてね」
「先輩、もしかしてビビってるんですか?」
「馬鹿言わないでよ。それよりも絶対に後ろにいかせるんじゃなわよ。勿論横から来るのも倒し切るぐらいのつもりでね」
「言われなくても」
「あはっ、おいらだっているからねぇ。う~ん、でもこれ、全部で百体ぐらいはいるかな?」
「上等! 先生の修行に比べたら屁でもねぇ!」
「そんなのナガレの訓練に比べたら、大したことないわよ!」
ピーチとフレムの声が揃う。それにどこか頼もしさも感じるカイルである、そして彼もまた矢を番え、弓を引く。
その目は真剣そのもの。そう、彼らはこんなところでやられるわけにはいかないのだから――




