第三九七話 攻略開始
「ちょうどいい具合に構造が変わっていますね」
城門のような入口を抜け、英雄の城塁に足を踏み入れた直後のナガレの発言がこれである。
確かにサトルやアケチを追って来たときとはガラリと構造が変わっている。
これは核迷宮にしろ、古代迷宮にしろ、迷宮と呼ばれるタイプではよく見られる現象だ。
ただ、核迷宮はこの手の構造変化は必ず起きるが、古代迷宮に関して言えば迷宮によっては構造が変わらない場合もある。
イストフェンス領に存在したアニマルパニックなどはその一つであり、構造が変わらない古代迷宮などは地図の作成が依頼に含まれる場合もある。
尤も四大迷宮のような巨大かつ長年そこに存在し続ける場所の場合、構造変化は間違いなく起こるようである。
「しかも、ここから道は三方向に分かれているようです。この構造、どちらを進んでもこの階層の中間地点で合流する形なのでなお都合がいいですね」
「都合がいいってそれってどういう意味なのナガレ?」
ナガレが考えを述べたところで、ピーチがその真意を尋ねる。
するとナガレはにこりと微笑み。
「はい、つまりここからは三手に分かれて進みましょうという事です。そのほうが実力の向上にも繋がりますからね」
「な、なるほど! 流石先生だ! ならば当然一番弟子の俺は先生と一緒に!」
直ぐ様フレムが前に出て、ナガレへの同行を申し込む。
また勝手に! と不満を露わにするピーチであったが。
「いえ、分けるのは、そうですね形式的に班という形を取りましょうか。そこで一班はピーチ、フレム、カイル、ローザ、そしてアイカさんで」
ナガレが班分けを発表すると、へ? と目を丸くさせる一班メンバーであり。
「そして、二班に関しては、メグミさんとビッチェでお願いしたいと思います」
「え? 私たちは二人ですか?」
「……ナガレと一緒になれないのは残念。でも、そういうことなら」
メグミは少々不安そうだが、とりあえずナガレは残りについても発表する。
「そして、三班ですが、こちらに関しては私とマイさんにキャスパリーグ、そしてヘラドンナでという形になります」
「あ、私、ナガレくんと一緒なんだ――」
マイはどこか安堵した表情である。ナガレがいてくれれば万が一にも危険はないと考えているのだろう。
「せ、先生! どうして俺達と離れ離れに! な、何か俺失礼な事をしてしまいましたか?」
「なんかあんたは失礼なことしかしてない気がするけど……でも、この采配には何か意図があるの?」
「はい、特にピーチは重要ですよ」
「え? わ、私が!?」
自分を指差し驚くピーチ。
「はい、ピーチはこれまでもリーダーでしたが、ここで分かれれば、やはりリーダー経験のあるピーチが皆を引っ張っていく必要があるでしょう」
「わ、私が皆を……」
戸惑いの表情を見せるピーチだが、ナガレはその細い肩に手を置き。
「大丈夫ですよ。それに、何もリーダーだからとピーチだけが責任を負うなどといった話でもありません。一班がこのメンバーであるのは、アイカさんを除けば今後もこの組み合わせで行動することが多くなると見込んでのことです」
そう言われ、ピーチ、フレム、カイル、ローザの四人はお互いに顔を見合わせた。
確かにこれまでもこの四人とナガレといったパーティーのような形で行動することは多かった。
ナガレはそれをここで更に盤石なものにしようと考えている。しかもナガレと一旦離れることで、彼らは純粋に自分たちだけの力で迷宮攻略に挑まなければ行かない上、古代迷宮である英雄の城塁に登場する魔物はどれも手強い。
パーティーでの連携は確実に必要になってくるだろう。
「あ、あの私はどうして?」
そんな中、やはり気になったのはアイカ自身なのだろう。なにせ彼女は当然といえば当然だが彼らと組んだ経験もなく、戦いの経験も少ない。
「アイカさんはローザについてもらうことが重要です。今後聖導門の魔法は確実に役立つでしょうから、この機会に彼女と行動を共にして覚えられるよう頑張ってください」
「せ、聖魔法……でも覚えられるかな」
「もちろんその為に学ぶことも多いと思いますが、そこはローザもよろしくお願い致します」
「はいナガレ様! 大丈夫です。必ずアイカさんを一人前の聖魔導師にしてみせます!」
「おお! ローザが燃えてるよフレムっち!」
「おぅ、珍しいな……」
「う~ん、でも残念、聖魔法じゃ私の出番はないわね。他の魔法なら役に立てたかもしれないのに」
「――は?」
「……ピーチは冗談が上手い」
「な、なんでよ! 私だって魔法使いの端くれなんですからね!」
まだ諦めてなかったのか、と呆れ眼で見るフレムであるが、とりあえずそういうことならと、ピーチ達は一班のこの組み合わせに納得した。
「それでは、私達が二人であることにも何か意味が?」
すると今度はメグミからの質問。それにナガレは肯定するように顎を引き。
「はい。先ずビッチェの強さを考えれば、例えふたりでも十分に攻略は可能という点。そして、折角エクスカリバーという貴重な聖剣を手に入れたわけですから、この攻略を通して更に扱えるようにと思ってのことです。そういう意味ではこの迷宮はうってつけですからね」
『うむ、流石であるな。我は感動しておる! そういうわけであるからして、メグミはもっと我を扱いこなせるよう頑張るのだ!』
「な、何か急に元気になったような……」
「……その剣もメグミに使いこなしてほしいのだと思う」
「そうですね。そしてビッチェと組んでもらうのはその為もあってのことです。扱う剣のタイプは違えどビッチェもまた腕利きの剣使い、学べる点は多々あると思いますよ」
「……ナガレがそういうなら、ビシバシいく」
「な、何か攻略よりそっちのほうが大変な気がしてきたかも……」
若干声が震えているメグミだが、望むところ! とエクスは張り切っていた。
「ねぇ、そうなるともしかして私達がナガレくんと一緒なのも理由があるのかな?」
「そうですね。マイさんに関しては、役作りのスキルが非常に重要ですので、その為にはまず落ち着いて視ていられる環境が必要ですからね。それと、もう一点ありますが、その点から私が同行する形を取りました。キャスパリーグに関しては、マイさんに完全に懐いてますので必然的に、ヘラドンナは、色々私に思うところがありそうなので、ご同行を」
「よくわかっておりますね。サトル様の件もあり、以前にもいいましたが私は貴方を許せないという感情も持ち合わせております。でも、本当に宜しいのですか? いつ気が変わって貴方の寝首をかくかわかりませんよ?」
「そうですね、むしろそれぐらい緊張感があったほうが私自身の成長にも繋がるかもしれません。ですので、その件に関しては容赦なされなくて結構ですよ。隙あらばどうぞいつでもこの首を狙ってください」
「そうですかわかりました」
「へ?」
その瞬間だった、ヘラドンナの足下からツタが伸び、鎌状になった先端がナガレの首を刎ねる。
「え! う、うそ、ナガレ!」
「せ、先生!」
それに慌てるピーチとフレム。だが、その瞬間首から上がなくなったはずのナガレが霧のように掻き消えた。
「残像ですか……やはり一筋縄ではいきませんね」
「いえいえ、今の不意打ちは悪くなかったと思いますよ」
そして、いつの間にかヘラドンナの後ろに立っていたナガレが顎に指を添えつつ和やかに答える。
今、まさに命を狙われた人物の態度とはとても思えないが、ナガレは有言実行、つまり言ったことに責任はもつのである。
いつ首を狙ってきて構わないと言っているのだから、その瞬間に攻撃を仕掛けられたとしても彼にとっては些細な事なのである。
「な、ナガレくんがいれば安心と思ったけど、勘違いだったかしら……」
「ご安心ください。私が狙うのはあくまでこのナガレのみで、マイ様には手出しするつもりはありませんので。キャスパリーグも随分と気に入っているようですしね」
『キシシシシシシシッ、俺、マイの事スキ』
「あ、ありがとうね」
お礼を言ってその頭を撫でるマイである。もふもふ具合が気持ちいいのか口元は緩み、キャスパリーグも気持ちよさそうである。
「でも、ナガレ様あのような約束をして大丈夫でしょうか?」
「あはは、やだなローザ。あのナガレっちだよ? 心配するだけ野暮だよ~」
「た、確かに一瞬驚いたけどナガレだもんね」
「もちろん俺も先生は信じてますよ! だけどな、おいヘラドンナ! もし万が一にも先生に傷をつけるような事をしてみろ! この一番弟子の俺が絶対に許さないからな!」
「フレム、むしろ私がすきに首を狙ってくれと言っているのですから、それは逆に失礼にあたりますよ」
「へ?」
「……これはヘラドンナとナガレの真剣勝負でもある。それを邪魔するなんて無粋。だからお前は馬鹿」
「な!?」
けちょんけちょんに言われるフレムであった。
「な、何だか凄い世界です……」
「アイカ! 今からでも遅くないわ。こっちにくる?」
「……馬鹿言うな、それだと意味ない。メグミ、減点一、あとでお仕置き」
「え! 嘘!」
『よいぞよいぞ! それぐらいスパルタでなければこの我を使いこなすことなど不可能であるからな』
「エクスは気楽でいいわね……」
恨めしそうな顔で呟くメグミである。そして、当然だがビッチェの発言に嘘はない。
「さて、それではそろそろ攻略開始といたしますか。まずは中間地点の広間を目指して、お互い尽力しましょう」
こうして、ピーチを含めた一班は西側から、ビッチェとメグミの二班は東側から、そしてナガレ含めた三班は北側からとに分かれ、いよいよ攻略が開始されたのだった。




