第三九六話 真の刺客
「本当に申し訳なかった!」
ローザの治療も終わり、ナガレに因縁をつけてきた冒険者は揃って頭を下げた。
「もう過ぎたことです。勘違いもあったようですしね。ただ、女性に対してあのような事を求めるのは感心できないのは確かです」
あのような事と言うのは、迷惑料などと称してビッチェを寄越せといい出したことである。尤も他にも金品を要求したりと盗賊まがいの行為に出ていたのも確かだが。
「……お前たちナガレに少しは感謝する。これにこりたら二度とそんなマネはしないことだ」
「全くだぜ、本来ならそっちから仕掛けてきておいて回復までしてもらうなんてありえないんだからな。先生だからこそそこまでしてやったんだ、本当なら殺されたって文句は言えないんだからな!」
「へ、へい、も、もちろん判ってますぜ!」
ビッチェに倣うようにフレムも連中を怒鳴りつける。それに首をすくめ答える男だが。
「……本当か? 一応言っておく、この帝国の冒険者制度も間違いなく近いうちに大きく変化する。場合によってそれぞれのランクも変化する。それにこれまでよりも更にギルドの目は厳しくなっていく。今のうちに考え方を改めないと痛い目を見るだけ」
ビッチェの言葉に聞いていた冒険者達がざわめき出す。彼らはまだ知らないのだろう。
今まさに起きている帝国の崩壊と、それに変わる新しい風の誕生を。
「とにかく今後は真面目にやることですね。もし同じような過ちを犯して痛い目を見たとしても責任は取れませんし、命の保証も出来ないわけですから」
「そ、そんな滅相もねぇ! もうあんたらに手を出したりしねぇよ!」
「……別に私たちに限った話ではありませんよ。一応忠告は致しましたので」
ナガレが釘を刺す用に告げる。
冒険者たちはリーダー格の男も含めて、もちろん今後はこんなことはしない! と答え、そして逃げるようにその場を去っていった。
「全く、あの連中本当に判っているのかしら」
「あはは、これで判ってなかったら流石に救いようがないんじゃないかな~?」
「カイル、意外と辛辣ですね」
確かにカイルにしては珍しい物言いかもしれないが、とは言え本当に反省しているかどうかは別問題である。
「さて、それでは行くといたしますか」
「い、いよいよね……」
「き、緊張します~」
「私は少しは役に立てるだろうか……」
『何を弱気な事を言っておる! このエクスがついているのだもっと自信を持つが良い!』
「もしかしてその名前気に入っていたりするの?」
喋る剣に目を向けつつピーチが言う。確かに自分からエクスの名前を語る辺り、意外と気に入っているのかもしれない。
そして、改めてナガレは城の形をした迷宮に目を向け、行きましょう、と口にし歩み出す。
再び古代迷宮の攻略が始まった。今度はアケチの件を抜きにした完全攻略を目的として――
◇◆◇
「やれやれ、結局失敗したのだな」
「あ、テメェは!」
ナガレ達と別れ、帰路についた冒険者達であったが、古代迷宮を離れ森を歩いている途中で、どうやら見覚えのある顔と遭遇したようだ。
ただ、それは決して穏やかなものなどではなく、ナガレと戦ったリーダー格の男は特に眉を怒らせ沸騰した鍋のように怒りを撒き散らした。
「このクソ野郎が! お前がよこした嘘の情報のおかげでこっちはとんでもない目にあったんだぞ!」
「何? するってぇとこいつが――」
「あのナガレの事を、実力もないのに金と権力だけで好き勝手動いていると吹聴していたやろうか!」
そして他の冒険者も同じように文句を言い、三人を睨みつける。
そう、そこには三人いた。一人は彼らがナガレに話していたような黒いローブに黒いマントといった出で立ちの黒ずくめの男。
そして残り二人、一人は頭から可愛らしい猫耳を生やした少女。
小柄で、銀青色の癖のある髪型をしている。パッチリとした瞳は銀色で、出で立ちは動きやすさを重視したようなショートパンツにシャツといった物。
もう一人は、男と同じくローブに身を包まれた何者か。目深にフードを被っており手には杖。見たところ魔法使いタイプといったところか。
この人物もまた、杖以外の色は統一、とはいっても黒ではなく紫一色である。
「……情報を活かすも殺すも本人次第だ。しかし、お前たちは情報を活かしきることができなかった。頭数だけ揃えても全く相手にならないとは情けない限りだな。まぁいい、最初からお前たちのような有象無象な連中、期待してはいない」
そこまでいって、三人は普通に歩みを再開させようとする。
だが、ちょっと待てや! とリーダー格の男が行く手を塞いだ。
「……何のつもりだ?」
「あぁん? テメェこそまさか俺達が黙って見過ごすとでも思っているのか? ざけるなよ! テメェのせいでこっちはとんだ恥をかいちまったんだ。落とし前としてそうだな、身ぐるみと、そこの女を置いていけ。獣人ってのが気に食わねぇが、ま、穴があればこの際なんでもいい」
「おいおい、ゲテモノ食いかよリーダー」
ぎゃはははははっ、と冒険者たちが声を揃えて笑った。
だが、猫耳の少女は明らかに不機嫌そうであり。
「――バット、こいつら殺っちゃっていいかにゃ?」
「そうだな、自分たちの弱さを自覚してスゴスゴと逃げ帰るならまだ可愛げもあったんだが」
「あん? なんだとテメェ! 舐めてんのかコラ!」
そう言ってリーダー格の男は、黒尽くめの男、バットの胸ぐらへ掴みかかるが。
「痛ッ!? な、なんだ?」
「全く、不用心な奴だ」
だが、直ぐ様手を引っ込め、痛みを感じた指を確認する。そんな男に、呆れたようにバットは述べ。
「あん? テメェ何を言って、え?」
かと思えば、指を見ていた男の膝がガクリと折れ、地面に突っ伏すような姿勢に。息も乱れ、肩は激しく上下し、汗が大量に吹き出してきていた。
「お、おい! くそどうなってやがる! お前一体何を――」
「蝙蝠にもいろいろな種類がいてね」
「……は?」
「今そいつに噛み付いたのは、バットシック、様々な病原菌を体内に宿し牙と唾液で感染させる。しかもかなり強化されているからな。その男はじき死ぬ」
「――は?」
「そして、次はこれだ」
仲間の冒険者たちが疑問の声を上げる中、バットはマントを翻し、かと思えば中から蝙蝠の群れが飛び出し冒険者達に噛み付いていった。
「ヒッ! な、なんだこりゃ!」
「ち、血だ! 血を吸ってる! きゅ、吸血コウモリだ!」
「そう、吸血種の蝙蝠は有名だから君たちもよく知るところだ。尤も本来のタイプは吸うといっても致死量まで達するのは稀、だが、私が飼っているそれは一度噛み付いたが最後、全身の血を吸い尽くすまで――離れない」
『ひっ、ひぃいぃいぃいいい!』
吸血蝙蝠に噛まれた冒険者たちの悲鳴が飛び交う。だが、蝙蝠の吸血速度は速い。まるで空腹のヴァンパイアにでも襲われたが如く、噛まれた男たちの身体はみるみるうちに干からびていった。
「て、テメェよくも!」
大柄な男が手持ちの斧を振り下ろした。だが、マントによって遮られ、ガキィイィインという金属音がこだまする。
「ば、馬鹿な! 俺の斧がマントなんかで!」
「蝙蝠には飛膜が鋼鉄以上に固いものも存在する。このマントはそういった蝙蝠の恩恵も受けている。残念だったな。それと、油断しすぎだ」
「は? え?」
それが男の最後の言葉になった。何故なら背後にいつの間にか回り込んでいた猫耳少女が指の爪を伸ばし、男の身をズタズタに切り裂いたからである。
「こ、こいつら化けもんだ!」
「命が惜しかった逃げろーーーー!」
バットと少女の行為によって完全に戦意を喪失した男たちが一斉に逃げようとする。
「――開け魔導第五門の扉、発動せよ炎術式エクスプロージョン」
だが、ローブを着た何者かは、うら若き少女の声で詠唱を紡ぎ、そして魔法を発動。
逃げ出した冒険者に対して容赦なく爆轟が襲いかかり、全員の肉体がバラバラに粉砕された。
「愚か者には消し炭がお似合い」
「にゃん、コラットを性奴隷みたいな目で見た罰にゃ、当然の報いにゃん」
その成れの果てを蔑むような目で見ながら二人が言い捨てる。
それにやれやれと肩をすくめるバットであり。
「全く、コラットもグレープも容赦のない事だな」
「バットには言われたくないわね」
「バットには言われたくないにゃ!」
ふたりが声を揃える。バットは心外だなといった顔を見せるが、その足下にはすっかり変わり果てたリーダー格の男が転がっていた。
全身はガスが溜まったようにパンパンに膨れ上がり、色は不気味な紫色に変色し、既に所々の肉が腐り落ちている。
彼のことを知っている誰かがその成れの果てを見たとしてもきっと気がつくことはないだろう。そして当然だが既に息はない。苦悶の表情で絶命していた。
「それで、これからどうするにゃ?」
「そうだな……このままというわけにはいかない。何よりこんな連中じゃアレの強さすら計れなかった。こうなるとやはり私達が出るしかないな。古代迷宮の攻略に乗り込んだようだし、私達も向かうとしよう」
「……でも、ナンバーズのあの人には直接手を出すなと言われたのでは?」
「そこまではっきり言われたわけではない。それにエグゼ様の望みは徹底した妨害。これではとても成功とは言えないだろう。かといって帝国の冒険者程度じゃあまりに力不足だ」
「――そう判ったわ。なら付き合うわよ。それに、久しぶりに見た顔もいたしね」
「にゃ? 知り合いかにゃ?」
「……えぇ、悪い意味のね」
こうして三人もナガレ達を追うようにして古代迷宮へと向かった。
ナガレの忠告を無視し、その結果拾った命を無駄に散らした哀れな冒険者の死体を残して――




