第三九五話 仕向けた者
ナガレと冒険者の決着はついた。
圧倒的なまでのナガレの勝利である。周囲の冒険者の全員が、肘なり膝なり腋なりを抑えて、イテェ、イテェ、と連呼しているが、ただナガレもある程度は計算して受け流しているため、動けない程度の怪我は追わせていても冒険者稼業に影響が出るような後に残る怪我は負わせていない。
そしてそんなナガレを囲むように見事な淀みの感じられない円が出来上がっていた。
結局ナガレは宣言どおり、軸足も動かさず、もう片方の足にしても円を描くような足捌きを見せただけであり一歩も動いてはいない。
「……勝負は決まった」
ビッチェが判定を下す。当然、完膚なきまでに叩きのめしたナガレの勝利という意味でだが。
「ば、馬鹿な! ありえない! Fランクなんていうわけのわからない野郎に、レベル0なんかに!」
しかし、リーダーを任されていた男は納得がいかない様子であり、地面を思いっきり殴りつけナガレを睨めつけた。
「テメェ! 何か卑怯な真似を!」
「……見苦しい」
恫喝するように叫ぶ。だが、その瞬間にはビッチェが距離を詰め、その首に刃をあてていた。
見張りにあたっていた二人の冒険者も驚きを隠せないでいた。
だが、ビッチェが動くことに問題はない。誰が見ても既に勝負がついていることは明らかだからだ。
「な、馬鹿な! 俺が、は、反応できないだと?」
「……当然」
そう答えつつ、ビッチェはその豊満な谷間からタグのプレート部分を取り出し、男に見せつけた。
「な、なんだこんなタグなんて、タグ、なん、え? え、Sランク! しかも一級だとーーーー!?」
男が驚愕の声を上げ、周囲の冒険者たちも痛みに耐えながらどよめき出す。
実際のところビッチェは特級であり、ナンバーズのひとりでもあるのだが、公には出来ないためタグでは一級あつかいとなる。
だが、それでも普通であれば相当な腕前でなければ到達できず、例え五級であったとしても認定される数はAランクの一級と比べても圧倒的に少ない。
その中の一級なのだから男が驚くのは当然だ。
「……これは冒険者連盟のタグ、だから厳密には帝国の基準と異なる。だけど、それでもこのランクの意味は判るな?」
男の額から汗が吹き出る。そんなものは確認するまでもないだろう。
今の動き一つとってもその差は歴然だ。
何より、ビッチェからみて帝国の冒険者は連盟の認定するギルドランクに比べて質が落ちる。
このリーダーもAランクだと威張っていたが、これが連盟が認定するギルドであったならこの男の腕など精々Bランク程度であろう。
ビッチェの言うように帝国の冒険者ギルドはあくまで帝国が主体として運営されている冒険者ギルドであり大陸連盟に加入している冒険者ギルドのモドキでしかない。
ただ、騎士たちの立場がかなり憂慮されるためSランクともなると称号としてあるだけでよほどのことがない限り帝国も認定はしない。
だが、Aランクまでであればそこまで締め付けは厳しくしてないようであり、特に上手く立ち回りそれこそ袖の下辺りも利用すれば存外すんなり手に入ったりもする。それが帝国の冒険者ギルドなのである。
「……そしてここからが重要。今お前たちが喧嘩を売ったナガレに私は絶対に勝てない。手加減してもらっても無理。私だけじゃない、大陸中のSランク冒険者を全員この場に集めたとしてもナガレの手加減にすら届かない。誇張ではない、大げさでもない、むしろこの表現ですら彼の凄さの一%も表せていない、そういうレベルにいる」
男の胸ぐらをつかみ、はっきりと断言した。銀の双眸は真剣そのものであり、冗談や謀る目的で物を言っているわけではないのがよく判る。
「……理解したか? そもそもお前ら程度じゃあそこにいる杖でなぐる戦士にも、双剣を扱う馬鹿にだって勝てない」
「ちょ、ちょっとビッチェ! 私戦士じゃないし!」
「だれが馬鹿だだれが!」
ピーチはぷりぷりと、フレムは眦を尖らせて文句を言うが、構うこと無く、理解したか? と更に尋ねる。
すると、男は顔をそらしつつ――
「わ、判った。俺達が無謀すぎた、悪かったよ……」
しゅんっと借りてきた猫のようにおとなしくなり、素直に負けを認めた。
「どうやら話はついたようですね。ローザ、申し訳ありませんが」
「あ、はい! 大丈夫です!」
ビッチェと冒険者のやり取りを認め、ナガレが聖魔導士の彼女に声をかけ、ローザはすぐに何を頼みたいかを察し、冒険者たちの治療にあたった。
「流石先生だ! 例え相手が嫌なやつでも温情をお与えになるなんて!」
「う~ん、でも正直こいつらは自業自得だと思うけどな~」
フレムはナガレの行為を称えるが、ピーチは口をとがらせて少し不満げでもある。
さんざん好き勝手言ってくれた連中であり、その気持ちも判らなくもないが。
「私達のいた世界では、武士の情けという言葉もあるからな」
「個人的には全員切腹してくれてもいい気がするけどね」
「ま、マイさん、厳しいですぅ~」
其の様子を見ていた召喚組の三人も気持ちを吐露する。
メグミは許すのも度量の一つだと考えているようだが、マイはやはり連中の発言にはカチンときていたようだ。
そんなマイの様子にアイカは苦笑気味だが。
「……でもナガレ、本当に治療させる?」
「えぇ、誤解は解けたようですし、それにローザは聖魔法を出来るだけ使ったほうがレベルも向上し成長に繋がりますからね」
ニコリとナガレが微笑み、ビッチェはその真意を理解したようにまぶたを閉じる。
「……そういうこと、ナガレ、中々したたか、でもそんなナガレだから私は好き」
「からかうのが上手いですねビッチェは」
「……むぅ」
「び、ビッチェってば、油断するとすぐにそうなんだから、もうもう!」
するとピーチが駆け寄ってきてビッチェに文句を言った。
だが、ビッチェはビッチェで不満そうではある。
「ところでアイカさん」
「あ、ひゃ、ひゃい!」
ふとナガレに名指しされピーンっと背筋を伸ばすアイカ。
若干緊張してる様子も感じられた。
「よろしければローザの手伝いをしていただいても?」
「え!? で、でも私、魔法は……」
「えぇ、確かに今はまだ使えないかと思いますが、私の勘ではありますが聖魔法を扱う素質は感じられます。ですので、最初は多少の補助と、あとはローザのやり方を見るのがメインとなるでしょうが」
ナガレが優しい口調で告げる。すると、アイカの緊張もほぐれたようだが、自分にそのような力が本当にあるかどうかに関しては半信半疑の様子。
「アイカさん、宜しければ手伝って貰えると嬉しいです。数が多いので……」
しかし、ナガレの意志を汲み取ったのか、ローザは優しくアイカを招き、その穏やかさにアイカもどこか安心しきった表情となりそして彼女の手伝いへと移行した。
「……本当にナガレは、色々と凄い。あの子に聖魔法の素質あるとよくわかった」
「あくまでそう思っただけですよ」
ナガレのは謙遜にも思える。何より彼はアイカの母親がとても信仰の厚い女性であることを察しており、アイカもそれを強く受け継いている。
故に、こちらの世界で聖術式に精通することが可能だと、そう判断したのである。
「……ところでお前」
「は、はい!」
ビッチェが再びリーダー格だった男に声を掛けた。思いの外元気そうな為、治療も後回しにされており、話すことも十分可能である。
「……ナガレについて、レベル0やFランクのことはどこで知った?」
詰問するビッチェ。ナガレとの勝負が始まる前から気にしていたことだが、まだ決まったばかりのナガレのランクなどをこんなにも早く知っているのはやはりおかしい。
「あ、それは――」
すると男は情報源についてペラペラと語り始めた。嘘をついている様子も感じられず、特に口止めされていたわけでもないのだろう。
それでわかったことは、黒服に黒マントといった出で立ちの男が、ナガレの情報を吹聴して回っていたという事であり、ビッチェは更に容姿を判る限りで男から聞き出した。
「……良くわかった。情報を流して回ったのはバット、そして裏で糸を引いているのは――エグゼ」
「何だ知っているのかよ」
話を聞いたビッチェは皆の下へと戻り、そう口にした。
それにフレムが興味を示すが。
「バットはAランクの特級冒険者で、エグゼの仲間……というよりは手下みたいなところ。彼に忠誠を誓っていて手足のように動いている」
「つまり、そのエグゼというのはAランクの特級冒険者より上の立場なの?」
ピーチが尋ねる。
「……上と言えば上、そもそもエグゼは私と同じナンバーズ――」
え!? と驚きの声を上げるピーチであり、フレムの眉もピクリと跳ね上がった。
「……ナンバーズのNoXII……エグゼ・キラーそれが名前。本人は処刑人を名乗ってるけど、潰しのエグゼという異名で呼ばれることの方が多い」
「処刑人とか潰しとか、随分と物騒だねぇ」
「でも、そんなやつがなんでナガレを狙うわけ? 多分あったこともないわよね?」
ピーチが小首をかしげてビッチェに問う。
確かに会ったこともないような男からならば本来狙われる理由がない。
「……あいつにとっては儀式と同じ。これまでも、ナンバーズに新しくメンバーが加わったり、候補が現れる度に似たような事をしてきた。ナガレはFランクで事情は異なるけど、その話を耳にしていたなら気に入らないという理由で仕掛けてきてもおかしくない」
は? とピーチが呆れたように目を細め。
「何よそれ、とんでもない奴じゃない。なんでそんなやつがナンバーズなんてやってるの?」
「全くだ。しかも先生を狙うなんてふてぇ野郎だぜ! この俺がぶっ潰してやる!」
「……仮にもナンバーズ、お前じゃ無理」
「なんだとゴラァ!」
フレムがキレ気味に語るがビッチェはあっさりと実力不足と断言した。
それに更に切れるフレムだが、ビッチェもナンバーズである以上、その評価は正しいのだろう。
「……なぜナンバーズかに関しては、それ相応の実力と実績があったから」
そしてピーチの質問にも答えるが、それに納得は言っていないようであり。
「でも、それならそのことを話して処分して貰ったほうがいいんじゃないかな? そのナンバーズというのはかなり重要な冒険者なのでしょう? それなのにそんな問題児がいるのは問題じゃない?」
「メグミの言うとおりね。問題提起してなんなら首にしちゃえば?」
そして横からメグミとマイも参加した。
メグミに関してはなんとも優等生らしい意見である。
「……それは、無理、エグゼのやっていることは、冒険者連盟側も周知の事実。でも、基本的には不問にされている」
は? と話を聞いていた皆の声が揃う。そんな問題を起こしておいて不問とは納得がいかないといった思いなのだろう。
「ビッチェの言っていることはよくわかりますよ。つまり、そのエグゼという冒険者もナンバーズの中では必要と捉えられているのでしょう。ある程度組織が大きくなると、必ずしも全員が同じ方向を向いていることが良いとも限りませんからね」
「へ? そ、それってどういう事ナガレ?」
目を丸くさせて尋ねるピーチであるが。
「物は考えようという事です。エグゼという冒険者の行為だけを見るなら確かに許されない事のようにも思えますが、ナンバーズを管理する側から見ればまた違った側面も見えてきます」
「え~と先生、それはつまり?」
「簡単に言えば冒険者ギルドが行う試験的な側面も併せ持っているという事ですね。私の場合は少々他と違う面もありますが、どちらにせよそのランクに相応しいかどうかを見極める上で、エグゼの妨害行為は丁度よいのでしょう」
「え~と、つまりエグゼというナンバーズは連盟に言われてナガレを試すために敢えて妨害行為に出たという事?」
ピーチがこてんっと首を傾けつつ尋ねるが、いえ、とナガレは答え。
「恐らくですがその彼は本気でしょう。ですが、それぐらいのほうが丁度いいと考えられているのだと思います。だからこそ対応する方も本気で応じる必要がありますからね」
「……ナガレの言うとおり。下手に試験としてしまうと、嘘っぽさや加減が出てしまう可能性がある。その点エグゼならその心配はない。本人は本気で排除しようと考えているから、相手を殺してもかまわないぐらいの気持ちで」
「な、なにそれ? ナンバーズって随分と危ない集団なのね……」
「……それぐらい特殊で危険な任務が多いということ。だから、エグゼの妨害行為ぐらいで自信をなくしたり死んでしまうようならそれまで、ナンバーズには相応しくなかったと処理されるだけ」
ごくりとメグミとマイがつばを飲み込んだ。アイカもどこか怯えた表情ではある。
『ふむ、我が眠っている間に随分と面白そうな風習が生まれたものだな。とはいえ、大きな力をうまく利用するには清濁併せ呑む度量も必要であろう』
「あ、エクスいたのね……」
『酷い! ずっといるではないか!』
『ふん、聖剣のくせに影が薄いとは呆れたものだ』
『黙れ汚れが!』
『誰が汚れだ! 誰が!』
「いや、もう喧嘩はいいから」
「貴方も、大人しくしていてください」
なんとも仲の悪い剣と本だが、二人に窘められ口を閉ざした。
「でもエクスって?」
「あ、うん、エクスカリバーだと長いから、そう呼ぶことにしたんだけど、変かな?」
「い、いえ、素敵だと思います!」
確かにエクスカリバーだと一々呼ぶには長いだろう。アイカの感触は良好、マイも、いいじゃない、と同調してくれたので、正式にエクスに決まった。
「ま、後はそのエグゼってナンバーズの件も、そういうことなら仕方ないのかもだけど、ナガレは平気なの?」
「はい、こういったランクに選ばれた以上、多少は仕方がないとも思っていますからね」
「流石先生! 降りかかる火の粉は自ら払うのですね!」
「……ナガレの場合、払うというより消し飛ばす」
「あはは、確かにそうだよねぇ」
中々の言われようだが、確かにナガレであればやろうと思えば存在そのものを消去することも可能そうである。
「どちらにしろ、これでこの件も一旦は片がつきましたし、ローザの治療が終わったら予定通り迷宮攻略に向かうことと致しますか」
そしてナガレの言葉で改めてその場にいる皆の表情が引き締まった。
そう、忘れてはいけない、当初の目的は改めて古代迷宮である英雄の城塁を攻略することなのだから――