第三九四話 Fランク対Aランク
「フン、まぁいい。ならこっちだ餓鬼」
そう言って冒険者が顎で方向を示した。とは言え、そこまで離れた場所で戦うことはない。
このあたりで活動する冒険者であれば神殿から一定範囲内であれば、魔物は立ち入ることが出来ないことも重々承知な筈だ。
わざわざその恩恵を無駄にすることはないだろう。
結局、戦いの舞台は元々いた位置から数メートルほど移動した場所が指定された。
ナガレの仲間たちからも目が届く範囲だが、冒険者がある程度囲むため、その分視界を妨げる要因にはなっている。
「ふん、それで、お前はどうするつもりだ? ここなら小声であれば奴らには聞こえないぞ?」
「……言われている意味がよくわかりませんが」
「とぼけてんじゃねぇよ。どうせあれだろ? 上手いこと俺らに握らせて難を逃れようって魂胆なんだろ? そして上手いこと一芝居打たせれば、もうテメェを疑う奴もいなくなると、そう考えているわけだ」
「……随分と決めつけて掛かるのですね」
「はん、お前みたいな野郎の考えることはお見通しってことなんだよ。ま、乗ってやってもいいぜ。ただしそれ相応の謝礼と、女、そうだな仕方ねぇからあの褐色女一人で手打ちってことにしてやってもいい。それでお前の体裁も取り繕えるんだから悪い話じゃねぇだろ?」
男の話に、ナガレはやれやれと嘆息を一つ見せ。
「あなた方とわざわざ取引などする必要性は感じませんね。ここで私が貴方達が納得出来るだけの力を示せばいいわけですから」
なんだと? と相対した男の眉が跳ねる。
「言っておくが、今更冗談でしたじゃ済まねぇぞ? 俺はAランクの冒険者だ。テメェみたいな糞ガキ、片手で、いや、やろうと思えば指一本で叩きのめせんだからな」
「そうですか。ではどうぞやってみて下さい」
ナガレは特に驚いた様子もみせず、平然と、それいて鷹揚とした姿勢は崩さずいいのけた。
だが、それは逆に男の神経を逆撫でたようであり。
「――どうやら痛い目をみないとわかんねぇらしいな。ふん、だけど安心しな、この周囲の連中には手を出させねぇ。俺が世間知らずの糞ガキを直接教育してやるよ。武器も必要ねぇ、この豪腕一本でな!」
「そうですか、ですが、使いたくなったらどうぞ武器もお使い下さい。他のお仲間の皆さんにも手助けしていただいて構いませんよ」
ムキムキの腕を突き出し、自信を見せる男だが、ナガレは特にその言葉を守らせる気はない。
なので、逃げ道をしっかりと用意させてあげた上で。
「それと、私に関してはここから一歩でも動かすことが出来たなら負けで構いませんよ。その時はどうぞ、煮るなり焼くなり好きにして下さい」
そんな事を言ってのけた。リーダー格の男の蟀谷に太い血管が浮かび上がり大きく波打つ。
「上等だテメェ! 今更あれは無しと言われても遅いからなごラァ!」
そして、猪の如く突進し、ナガレに向けてその豪腕を振るう――が、ナガレが指の一本を軽く添えただけで前のめりに転倒した。
かなり激しく転んだ様子であり、突き出した腕を伸ばしたまま、受け身も取れず地面にしこたま顔面を強打し、そのままヘッドスライディングの如く地面を擦りながら帯状の跡を残していった。
「……プッ」
「お、おいおい勘弁してくれよ。一応Aランクだから俺達の代表として前に立ってもらってるんだからよ」
「そんな、ドジっ子属性いらねぇぞ! 可愛くないんだから!」
すると、周囲から嘲笑の声が溢れた。どうやら連中は一応一緒に行動しているものの、仲間意識はそこまで高くはなさそうである。
連中の中から代表するように話していたこの男も、実力が一番上だから取り敢えずリーダーみたいな事を任せているだけであり、尊敬や信頼などといった物は皆無なのだろう。
「う、うるせぇえええぇえええ! いいから黙ってみておけ!」
すると、男は立ち上がり、連中を怒鳴りつけながらも直ぐ様ナガレを睨めつけた。
「くそ、テメェの動きがあまりにトロくさいからタイミングがずれちまったぜ。おかげで恥をかいた! テメェのせいでな!」
どうやら男にはそういう風に感じられたようだ。実際はその実力の差は明らかなのだが。
「その様子だと、まだ一人でやるおつもりで?」
「あったりめぇだこの糞ガキがぁあああぁああ、ぐべっ!」
今度は僅かな肩の動きだけで軸をずらされ、自らの殴った力と体重が逆にその身に伸し掛かり、激しく翻筋斗打つように地面を転げる男である。
「く、クソが! もう容赦しねぇ! 死んでも文句言うなよ!」
すると、男は遂に背中に身に着けていた斧を取り出した。よく見ると柄の長い、つまりこの世界ではナガレ式として流通し始めたポールアックスである。
「最近ようやく手に入れた、この画期的な武器を、テメェなんぞに試すことになるとは思わなかったけどな」
その画期的な武器が広まるきっかけを与えたのが、まさに今、目の前で立っているナガレなのだが、彼にはそんなこと知る由もないことだろう。
尤も帝国に入ってくるこの手の武器は、正規なやり方で入ったものではないため、スチールが登録したものである事を証明する印は消されてしまっているが。
「さぁ、冥土の土産に見せてやるぜ! 俺の必殺、【旋風乱斧】をな!」
長柄の斧を両手で握りしめ、男がその場で高速回転を始めた。
独楽のような回転であり、その状態のまま勢い良くナガレに向けて突撃してくる。
確かに周囲に感じさせる圧力といい、まさに必殺技と言って差し支えない威力を誇ってそうだ。激しい回転でほぼ全方位からの攻撃に対応しているのも優れている点であろう。
基本多くの戦士は個を相手するのに優れたスキルは持っていても、集団を相手するのに役立つスキルを持っていることは少ない。
だが、この技であれば例え敵の集団に囲まれたとしても状況を打破できるボテンシャルが感じられる。
とは言え――それはあくまで常識の範囲内での相手であった場合のみに通じることだ。
こと、対ナガレに関して言えばこれほど相性の悪い技もない。
何故なら回転のタイミングはとてもわかり易く、合気を極めたナガレであれば、その動きを見切ることなど造作も無いことだからだ。
その上、威力を増すために行った高速回転が逆に仇となっている。このような技、ナガレからすればどうぞ威力を好きに上乗せして受け流してくださいと言われているようなものであり。
「な、なぁあああぁああぁああ!?」
案の定、回転に合わせ、軽く指を添えて軌道をずらすだけで受け流すのには事足りた。
力の流れる方向も変化させたことで、回転したまま男は宙に投げ出され、そのまま周囲を囲っていた冒険者達に衝突し仲間たちが吹き飛ばされていく。
「な、なんなんだ一体!」
「あ、あいつがドジなだけじゃないのかよ!」
すると他の冒険者達も騒然となってきた。どうやらナガレの所為によるものだと全く信じていなかったようである。
「くそ、て、テメェら! 何ボサッとしてやがる! さっさと全員であの野郎をぶっ飛ばすぞ!」
すると、Aランクの男が立ち上がり、全員に訴えた。舌の根の乾かぬうちにとはまさにこのことか。他の仲間の手助けなどいらないと豪語していた余裕は最早微塵も感じられない。
「お、おいおい、一人でやるって言ったのお前だろ?」
「うるせぇ! このままコケにされて黙っていられるかよ! こんな餓鬼一人に舐められたままでよ! こんなことギルドに知れてみろ、とんだ笑いもんだ!」
男が訴えると、冒険者たちが顔を見合わせ、そして頷き合う。
「こうなったら!」
「全員でやっちまえーーーー!」
そして冒険者たちがほぼ同時にナガレに向けて総攻撃を開始する。
槍を持った男のひと突きがナガレの心の臓を狙う。だが、それをあっさりと受け流し方向がずらされたことで、穂先は背後の仲間を貫いた。
「い、いてぇええぇええ! てめぇ、な、何しやが――」
その悶絶して地面に倒れる仲間に、そんな、と驚愕する男だが、今度は槍を持った男が膝を抱えて地面を転げ回った。
見ると一本の矢が見事に膝を貫いている。その矢もまた、ナガレによって受け流されたものだ。
こうしてナガレは、同時に繰り出される冒険者たちの攻撃を次々と受け流し、それぞれの攻撃が同士討ちになるように軌道を変化させていく。
続々と戦線を離脱する冒険者達を見やりながら、あ、とそれを眺めていたピーチが言葉を漏らし。
「これ、私が最初にナガレに助けてもらったときに――」
何かを思い出すように口にした。そう、これはナガレとピーチが初めて出会った時。ゴブリンに襲われた彼女を救った奥義、空蝉・乱である。
この技は本来、対集団戦において有効な技とされ、今回のように囲まれた状態では特に効果が高い。僅かな動きで相手の攻撃を受け流し、軌道をずらし同士討ちを誘発させるのがこの技の特徴でもある。
尤も、ナガレであれば別にこの技でなくてもいくらでも片付けられる技はあるが、相手に目に見える形で力の差を知らしめるにはかなりわかりやすいともいえるだろう。
こうして結局ナガレに一斉に襲いかかった冒険者たちは、攻撃を掠らせることすら叶わず、仲間同士の攻撃を喰らいあって地面に伏す事となった。