第三九三話 Fランク
「ビッチェってば、状況を更に悪化させてどうするのよ……」
「……むぅ、私が何かおかしかったか?」
「頭がおかしいんだよテメェは。ゲブぉ!」
ビッチェのチェインスネークソードが炸裂。フレムはダメージを受けた。
「テメェ殺す気か!」
「……むしろなぜ死なない?」
ビッチェが小首を傾げるが、その動作はどこか可愛らしい。
「クッ、このアマ謝罪も無しかよ!」
「いやぁ、今のはフレムっちが悪いから仕方ないよ」
「自業自得ですね」
憤慨するフレムだが、昔からの仲間であるカイルやローザですら全く庇ってはくれないのだった。
「とにかくだ! 俺達が用があるのはそっちのナガレってガキだけだ! 関係ねぇやつは引っ込んでろ!」
この中で、おそらくリーダー格なのであろう筋骨隆々の男が怒声を上げた。
フレムが言い返そうとするが、ナガレ手で制し、そして音もなくビッチェの前に出ていた。
「それでは、お話をお伺い致しましょうか。一体私に何の御用でしょう? 顔を合わせるのは初めてだと思うのですが」
「ふん、ガキのくせに、小生意気な口調だな。流石金に物を言わして冒険者の資格を買い取ったという男は違うな」
「資格を買い取った、ですか? はて、私には全く身に覚えのないことですが」
「ふん、とぼけたって無駄だぜ。お前、最近Fランクとかいうふざけた位になったんだろ?」
男が更に問い詰めるようにナガレに問う。するとビッチェが形の良い銀色の眉を僅かに上下させた。
何故ならその話はつい先日決まったばかりだ。当然、普通なら情報がこんなに早く出回るはずがない。
故に、何故か? といった疑問が湧いたのだろう。
「どこからその情報を得たのか不思議な気も致しますが、確かに私は最近Fランクの冒険者として認定されました」
「フン、やはりな」
男が得心のいったような表情を見せ、周囲の連中も、ふざけやがって、などとどこか憎々しげにこぼす。
「ふざけたガキだぜ。テメェみたいな冒険者がいるから、俺たちみたいなまっとうに頑張ってる冒険者が煽りをうけるんだ。この、糞野郎が!」
「ちょっと! いい加減にしなさいよ! なんであんた達がそれを知っているのかわからないけど、ナガレがFランクだからってどうしてそこまで言われないといけないのよ!」
「すっとぼけてんじゃねぇ! ネタは上がってんだよ! 大体何がFランクだ! 本来冒険者にそんなランクはねぇ! だけどこのナガレってガキは! 腕もねぇくせに冒険者なりたいなんて我儘言い出して、金で冒険者の資格を手に入れたんだろが!」
「だけど、普通のやり方じゃギルドも資格なんて与えられない」
「だから、このガキの為だけにFランクなんていう形だけの証明を作って上辺だけ取り繕ったってわけだ。全くギルドもギルドだが、テメェもろくなもんじゃねぇぜ。金の力で俺たちの血と努力の結晶を何の苦もなく手に入れちまうんだからな!」
「金の力だと? 何を馬鹿な事言ってやがる! 先生はな、実力で今の地位を確立させたんだよ。大体この帝国だって先生のおかげで救われたんだ。お前らが今生きているのも先生のおかげだ! ちょっとは感謝しやがれ!」
「フレム、流石にそれはいいすぎですよ」
「……そんな事はない。私が思うに、ナガレのおかげでこの世界は最低一〇〇回は救われている」
「一〇〇回でも少ないかもね」
「流石ナガレ様です」
「ナガレっちなら何があってももう驚かないよね~」
この反応に、ナガレとしては少々大げさすぎるのではないか? と思ってしまうところだが、だが、それは謙遜が過ぎることはナガレと行動を共にしたものなら誰もが思うことだろう
実際、つい最近ナガレに救ってもらった同郷の女子高生三人も、うんうん、と頷いている。
「は? このガキが、世界を救った? ギャハハハハハハハ! おい、聞いたかテメェら?」
「全く馬鹿も休み休み言えっての!」
「お前ら揃いも揃って、薬でも盛られてるんじゃねぇのか?」
違いねぇ! と更にゲラゲラと下品な笑い声を上げる不埒者達。
「……何がおかしい?」
すると、険しい目つきでビッチェが問う。ナガレが馬鹿にされることは実は今に始まったことではないが、ただ最近はそれもかなり減ってきていた為、ついついイラッとしてしまったのだろう。
「おかしいに決まってるだろうが! そこにいるナガレとかいうガキはレベル0だって話じゃねぇか! そんなやつが世界を救っただ? 本来ならありえない! この古代迷宮の攻略に、ツテを使って特別に許可をもらったと言うだけでも腹ただしいのによ! そういうのがムカつくんだよ!」
「れ、レベル0って、何か久しぶりにそれで因縁つけられたわね」
ピーチが呆れたように述べる。確かにここ最近はすっかりその事を言われることもなくなっていた。
「ふん、まぁいい。おいガキ、どこのボンボンかは知らねぇがテメェのせいで俺たちは随分と迷惑してるんだ。冒険者の質というのが疑われるからな。だからだ、今すぐ冒険者のタグと女どもと慰謝料として手持ちの金目の物を全ておいてこっから出て行け。そうすればせめてもの慈悲だ、痛い目見せずに済ましてやるよ」
『……は?』
ナガレ以外のほぼ全員の声が揃った。何言ってんだこいつら? といった様子でジト目を向けてもいる。
「……お前たち、本気で言っているのか?」
「当たり前だろ。へへ、安心しろお前も含めて俺達がしっかりとかわいがってやるよ」
下卑た目の冒険者たちが、ナガレと行動を共にする女性陣を舐めるように見やり、笑い声を上げた。
「この連中、少々調子に乗りすぎですね。サトル様でさえ、私にはそこまで――」
「いや、何想像してるのよヘラドンナ……」
すると、身体をくねらせ始めた彼女にジト目を向けるマイである。
「チッ、身体が緑とか奇妙な女だな」
「へへっ、俺はタイプだぜ。美人だし、スタイルがいい」
いやらしい目でヘラドンナを凝視する男たち。キッ、と険しい瞳を向ける彼女は、今にも植物の力で連中を屠ってしまいそうだ。
『キヒヒヒヒヒッ、身の程知らず、身の程知らず』
「あん? なんだこのブサイクな人形は」
「薄気味悪い人形だ。とっとと捨てちまえよそんなもの」
『……キシッ、ネェ、殺ッテイイ? 殺ッチャッテイイ?』
「いいわよ」
「いや、いいわよじゃないでしょ……」
マイがあっさり許可をするが、メグミは目を細めて突っ込んだ。
ただ、ヘラドンナにしろキャスパリーグにしろ、気分を害しているのは間違いないだろう。
この一人と一体は元々はサトルが契約した悪魔の書に封印されていた悪魔だったのだが、ヘラドンナはサトルを想うあまり、キャスパリーグはマイに可愛いと言われた事がキッカケで自我を持ち、悪魔の書から地上に出てきてナガレ達に同行している。
故に、元が悪魔の彼女たちは本来当然容赦がない。ただでさえヘラドンナはサトルに会えず苛々している様子もある。なんなら今すぐ全員葬り去られてもおかしくないぐらいだ。
「私について不信感を抱いているというのは、今のお話で判りましたが、女性たちをというのは少々横暴が過ぎるのではありませんか?」
とは言え、冒険者たちが文句を言っているのはそもそもナガレに対してだ。
ならば、やはり自分が話を進めたほうがいいだろうと考えたのか、ナガレは物腰は柔らかに、しかしどこか厳しい目つきでこの中のリーダー格と思われる男に問いかける。
「あん? 話を聞いていなかったのか餓鬼が! これは正当な慰謝料なんだよ! 女も含めてな!」
「……話にならない。私が全員のを、もぐ」
「もぐって何を!?」
カイルが耳をへたらせて叫んだ。股間あたりに両手を添えている辺り、意味は判っているのだろう。
「ここまで先生をコケにされたんじゃ、弟子の俺も黙ってはいられないぜ」
「ふぅ、仕方ないわね。ここはリーダーの私がこの杖で――」
フレムが双剣を抜き、ピーチは杖をブンブン振り回しながら前に出ようとする。
フレムはともかく、ピーチはすでに魔法使いって何だっけ? といった様相だ。
「いえ、ここはやはり私が出たほうが良いでしょう。ここに集まった方々は、そもそも私が不正を働いて冒険者になったと思われたようですしね」
しかし、すっかりやる気になっていた仲間たちをナガレが制し、自らが相手すると宣言する。
正直ナガレが出るまでもないだろうと皆は思ったであろうが、確かにここに集まった冒険者はナガレが金の力で冒険者の地位を手に入れ、仲間も集めたと思いこんでいる。
その状態で、ナガレ以外の面々が連中を倒したところで、結局ナガレは何もせず仲間に頼っているという噂が立ち、より一層不信感を抱かせるだけだ。
その悪感情を断ち切るには、やはりナガレ自身の手で思い知らせたほうが良いであろう。
「おいおい餓鬼本気かよ?」
「はい、本気ですよ。ですから少しだけ場所をずらして頂けますか。私が一人で相手するのですから、取り囲むのは私だけで良いでしょう」
「ふざけんな。そんな事を言って、外側から不意打ちを仕掛けるつもりなんだろが!」
「やれやれ疑り深いですね。それでは皆様、武器を一旦地面に置いて頂いても宜しいでしょうか?」
ナガレがそう問いかけると、素直に全員が武器を地面に置いた。
全く心配している様子も感じられない。
「さて、これで如何でしょうか?」
「……いいだろう。何考えているか知らねぇが、ただ、二人見張りにつけるぜ。少しでも援護する素振りを見せたら、容赦なく切らせるからな。おい!」
へい! と二人の冒険者がナガレ以外の一同の見張りについた。
だが、そのやり取りに呆れた顔を見せる一行であり。
「……本当に愚か」
「全くだぜ。先生が出た時点で、万が一にもお前らに勝ち目はねぇよ」
「むしろ二人戦力を減らしてどうするのよって話ね」
その反応に、なんだこいつらは? と目を眇めるリーダー格の男であったが。
「フン、まぁいい。ならこっちだ餓鬼」




