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レベル0で最強の合気道家、いざ、異世界へ参る!  作者: 空地 大乃
第三章 ナガレ冒険者としての活躍編

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第三十七話 彼女を両親の下へ――

「ルルーシ様、ナリア様の事は確かに残念でしたが、我らはその分、貴方を最後までお守りして屋敷への帰路につかねばなりません。ですから――」


 セワスールの言葉にルルーシは静かに頷いた。


「……そうですか、ではナリア様はこの地で手厚く葬り――」

「!? 嫌よ! 何言っているの! ナリアの遺体は一緒に連れて行くわ! ご両親にもしっかり届けないと――これは幼なじみとしてそして親友として最期まで私のために尽くしてくれた彼女に対して当然の償いです!」


 セワスールの提案をルルーシは即座に却下し、声を尖らせた。

 ルルーシとナリアの暮らす街は一緒である。そう考えれば遺体も一緒に運び両親に届けてあげたいという気持ちもよくわかるが……


「ルルーシ様、お気持ちは判ります。しかしそれは無理なのです。ここからお屋敷まではどれだけ急いでも一ヶ月は掛かります。街道を進むとはいえ山も何箇所か越える必要もあります。このまま運んでも遺体はとても持ちません」


「……確かに一ヶ月となると」

「途中で腐敗が始まってしまいますね――」


 セワスールの発言は尤もな話であろう。苦渋の決断ではあるのだろうが、途中で腐らせては意味が無い。病気の発症にも繋がる可能性がある。


「貴方……聖魔法が使えるわよね! それで! それでなんとかならないの!」

「……も、申し訳ありませんが遺体をなんとかするような魔法は……」


「……そんな、私は、私は大事な親友をご両親の元に届けることすら出来ないの……」


 がっくりと項垂れるルルーシ。そんな彼女の肩にそっと手を置くセワスール。


「お嬢様、ここはどうか――」

「なんとかなるかもしれませんよ」


 セワスールが再度説得に掛かろうとしたその時、ナガレが声を被せた。


 え? とセワスールとルルーシの視線がナガレに向けられる。


「馬車の中を見ても宜しいでしょうか?」


 更にナガレからの問いかけ。

 それに、あ、あぁ構わないわ、とルルーシが応じる。

 するとナガレは一揖し、ルルーシ達が乗ってきた馬車に潜り込んでいく。

 

 そして暫し物色した後外に出て彼女に向けてこういった。


「やはり、もしあれを利用する気があるなら例え一ヶ月でも彼女の遺体を無事街まで運ぶことは可能ですよ――」






◇◆◇


 ルルーシとセワスールは一ヶ月の道程を終え、無事屋敷のある街まで帰還した。

 それからすぐに冒険者ギルドに向かい、残念な結果とはなったがナリアの死亡届を提出し冒険者達とも一旦別れた。


 その後、ルルーシの説明に興味を持ったのかギルド長も引き連れ(ナリアがギルドでも屈指の冒険者であることもあった為)ナリアの暮らしていた屋敷へと一緒に向かった。


 ナリアは冒険者になってから旅をする機会も多くなり、屋敷に顔を出す機会はかなり減っていたようだがそれでも愛する娘である。

 准男爵家の家長である彼女の父もいつもならナリアの帰還を手放しで喜ぶところであろうが――今回は少々事情が異なっており。


「……そうですか娘が心臓病を――」


 ナリアの厳父たるルタニアが目を細めて言った。涙を見せてこそいないが顔には苦悶の様相が滲み出ている。

 それでも涙一つ零さないのは家長としての意地故か。隣で大粒の涙を零し続ける妻を気遣ってというのもあるのかもしれない。

 この状況で自分まで取り乱すわけにはいかないと考えているのだろう。


「……本当に申し訳ありませんでした。私がもっと早くに病の事に気がついていれば――」

「……いえ、どうかお気になさらず。娘とて冒険者になると決めた時から旅の途中で死ぬことも覚悟していた事でしょう。私とて最初はそんな危険な仕事と反対しましたが、娘の覚悟を最終的には認めたのです」

「貴方……」


 隣に立つ妻が彼を涙に濡れた瞳で見上げた。涙するその表情も美しくそして慈愛に満ちている。

 ナリアは母親似であった。だからこそ夫のルタニアに寄り添いシクシクと涙するその姿にルルーシは喉が詰まる思いであった。


「ナリア様は最期まで立派でした。その命尽きるまであの凶悪な魔物デスクィーンキラーホーネットの毒牙から仲間もルルーシ様も守り切ってみせたのです。心臓病さえなければと思うと……本当にお悔やみ申し上げます」


 セワスールが頭を下げるとルタニアも返礼した。そして口を開き。


「……しかし、娘の命がそこで尽きたということはやはり遺体は……いや贅沢はいっておられませんな。娘が皆さんやルルーシ様の命を救えたと知っただけでも――」

「その件ですが」


 ルタニアは半ば諦めた表情で口にしたが、それにセワスールが言葉を重ねる。


「ナリア・ルタニア様のご遺体はしっかりとここまで運ばせて頂きました。もし宜しければご確認頂ければと――」


 え? とルタニアが眉を顰める。


「……いや、しかし、それは確かに私どもに気を遣って運んで頂けたのかもしれませんが……娘が命を落としてから此の地までは馬車で一ヶ月程の距離があった筈……そうなると――」


 そこまで言った後彼は一考し。


「……申し訳ありません。やはり我々は娘の見姿は綺麗な思い出のまま残しておきたい。ここまで運んできて頂けたのは本当に感謝致しますが、腐敗した娘の姿を目にするのはやはり……」

「お願いします!」


 しかしその迷いを断ち切るがごとく、ルルーシが頭を下げた。


「ナリアの死に顔をどうか、どうかひと目みてやって下さい。それに、それに絶対に後悔はさせませんので……」


 目に涙を溜め訴えるルルーシ。その姿に戸惑うルタニアだったが。


「……判りました。私も家長としての責任があります。ただ、妻は私が確認してから見てよいか判断致します。それで宜しいでしょうか?」


 ルタニアがそう言うと、はい! と真剣な眼差しで答えるルルーシ。

 その姿に顎を掻きつつルタニアは娘の遺体が詰まった馬車の前に赴く。

 そしてギルド長とセワスールが中から遺体の収まった棺を取り出し外に出した。


「それでは開けますね」


 セワスールの言葉に緊張した面持ちでルタニアが顎を引いた。

 覚悟は決まっているといった様相だが。


「――こ、これは……」


 棺の蓋が開いた瞬間、ルタニアの顔色が一変した。 

 かと思えば、先程まであれだけ毅然に振舞っていた表情が瓦解し、その眼にみるみる内に涙が溜まっていく。


「……貴方?」


 その様子に気がついたのか、妻のルタニア夫人も近くまでやってきた。

 すると、お前も見てあげなさい、とルタニアが促し夫人も棺の中を覗き込む。

 そして――やはり同じように涙した。


「こんな、こんな信じられない。これは、これは本当に死んでいるの?」

「私も信じられないよ。でも、でも見てご覧、とても安らかな死に顔だ。まるで、まるで生きているようではないか――」


 ルタニア夫妻はそう口にし、目の前で眠りに付く娘の顔にも触れてみた。

 冷たい、と一言呟く。それが彼女が死んでいることの証明に他ならなかったのだが――


「……これは本当に驚きだ。私も話には聞いてはいたが……いや尊い命の損失はお悔やみすべきこと、ですが、一ヶ月もの道程を通してここまで遺体の損傷が少ないとは」

「……はい、私もそう思います。正直まともな遺体を拝める事など諦めていたのに、これはまるで奇跡だ――しかし、一体何故……」


 そこまでいってルタニアはある事に気がついた。いや、それは最初から気がついていたのだろうが娘の状態が見事すぎて目を向けていなかった。


 だが、それはとても美しくかつ奇妙な光景だったのだ。

 娘、ナリアの遺体の周りに白くキラキラしたものが敷き詰められていた。

 それが遺体であるにもかかわらず美しさを際立たせるアクセントにもなっている。


 だが、遺体にこのようなものを敷き詰めるなどルタニアの記憶にはないものだ。

 初めて見るソレに思わずルタニアの手が伸びる。そしてそっと握りしめる。手の中に収まった粉状のそれを鼻先まで近づけ一つ嗅ぎ、そして――ペロリと舌で舐めた。


「!? しょっぱ! ま、まさかこれは! 美しい白い粉状のこれは、塩なのか!」


「流石でございますルタニア卿」


 その洞察力にセワスールが感嘆の声を述べる。


「仰るとおり、ナリア様の周りに敷き詰められたこれは、塩でございます」


「し、塩……そんな話初めて聞きました」

「私も未だ遺体に塩だなどとそんな」


「えぇ、私も最初に聞いた時は耳を疑いました。ですが、よく考えてみればこれはとても理に適っております」


「と、いうと?」


 これはギルド長からの質問だ。


「はい、例えば皆様肉や魚など遠方に運ぶ際そのまま運んでは到底日持ち致しません。なので保存の為に人は様々な工夫をこらしてきました。例えば肉であれば干し肉にしたり魚は酢漬けにしてみたり……そしてその中で尤も活用されているのは何か――」


 そこまで聞いてルタニアは思いついたようなハッとした表情を見せた。


「そうか塩漬け――つまりこれは遺体を塩漬けした結果なのか!」


「えぇ! 遺体の塩漬け!」

「な、なんと奇抜な……」


 ルタニアの言葉に夫人が驚きの声を上げ、ギルド長は目を丸くさせ呟いた。


「確かに奇抜。しかし塩には殺菌効果もございますし腐敗を防ぐ効果もあります。勿論その分遺体を塩漬けにするにはかなりの塩が必要となるという欠点はありますが」


 セワスールの言葉に、確かに、とルタニアが頷き。


「これだけの塩をどうやって……」


「運が良かったのです」


 そこでルルーシが言葉を引き継いだ。


「姉の結婚した地は岩塩が採れることでも有名な街。そこで屋敷へのお土産にとたまたま大量の塩を手に入れていたのです。その塩をナリアの遺体の状態を保つため塩漬けの材料として利用させて頂きました」


「そ、そんな、しかし娘の為とはいえ、伯爵家の護衛でしかなかったナリアの為にそこまで」

「いいのです。ナリアは私の良き理解者でもあり、親友でした。ですからせめて、せめてこれぐらいは――」


 そこまで言って涙を拭うルルーシに、ルタニア夫妻は何度も、ありがとう、ありがとう、と頭を下げた。


「しかし、この方法はもしかしてセワスール様のご発案で?」

「とんでもない! 私などしがない一介の護衛騎士です。このような大それた事思いつきもしませんでした」


「では一体誰が?」


 不思議そうにギルド長が尋ねる。すると一つ顎を引き。


「これを教えてくれたのは、デスクィーンキラーホーネットの魔の手からも我らを救ってくれた一人の勇敢な冒険者でございます」

「えぇ、おかしな格好こそしておりましたが変わった御方でしたね……確か名を――」


 ルルーシは一拍置き、そしてルタニア夫妻に顔を向け言葉を紡ぐ。


「ナガレ・カミナギ、あの御方はそうおっしゃっておりました」


「ナガレ・カミナギ、お名前も変わった方なのですね……」

「だが、娘の遺体が痛み一つなく戻ってこれたのもその御方のおかげ。感謝せねばな……」

「ありがたいお話です。冒険者ギルドとしても私を通して、そのナガレ殿にお気持ちを伝えるように致します――」


 こうしてこの画期的ともいえる遺体の塩漬けはその後、ナガレ式遺体保存法として人々の間に広く知れ渡ることとなる。

 そう、ナガレの与り知らぬところで彼の伝説がまた一つこの地にて生まれていたのであった――

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