プロローグ②
「お爺様、タオスが狙われたというのは本当ですか?」
件の連中がタオスに倒され、シツジが地下室に連れていき暫く篭った後、ナゲルが駆けつけてきた。
「おや、旦那様。流石はお耳が早いですな」
そんな少々緊張気味のナゲルにシツジが答える。とは言え、この表情は別にタオスが襲われたからというわけでもなさそうであり。
「その様子だと、やはり事実なのですね? そのタオスはやり過ぎてませんでしたか?」
そう、どちらかと言えば、襲ってきた連中にタオスが自重せずやってしまっていないか? といった意味であったりする。勿論、本来そんな連中がどうなろうと知ったことではないだろうが、まだ小学生低学年のタオスがやったとなると、教育上色々問題がある。
「ははっ、大丈夫ですよ。当然暗殺術で殺すなどという真似もしておりませんし、精々そう思い込ませた程度ですからな。いやはやそれにしても、陰ながら見守っておりましたが、ひ孫の成長についつい感動してしまったほどです」
「そ、そうですか。やっぱりタオスの言っていた事は本当だったんですね。その、それでタオスを襲おうとした連中は?」
ナゲルは多少は安堵した表情を浮かべる。勿論我が子の言うことを信じていないわけではないが、何せ神薙家の血統だ。
本来子供であれば事を大げさに話してしまうものだが、神薙の姓を受けたものはそれが大体逆転する。つまり普通より過小に話してしまうことがある。
ただ、今回に関してはほぼタオスの言っていたことと齟齬はない。敢えて言うなら相手に死を感じさせたという点は聞いていないが、その程度なら許容範囲だ。
なので今度は相手の連中について尋ねるが、ただ、どうにも嫁の祖父相手だとかしこまってしまうナゲルである。
「地下室で少々お仕置きの方をさせて頂きまして、今は気を失っておりますね。旦那様も必要なら起こしますが?」
「いや、やめておくよ。流石にお爺様がした後というのは、それにいくら自分でもそっちの技術は貴方には落ちますから」
「ははっ、いやいや、私も既に過去の事ですからな。昔ほどではありませんよ」
朗らかに笑ってはいるが、実際地下ではどんなお仕置きが行われていたか考えると逆に気の毒になるナゲルである。
勿論、これで息子にわずかでも傷がついていたなら話は別だが、実際はかすり傷一つついていない。返り討ちにあった相手の方が悲惨な目にあっているのは間違いがないだろう。
敢えて言うなら、連中は狙う相手を間違った。タオスは勿論の事、タオスに手を出せば間違いなく曾孫を溺愛するこのシツジが出てくるのだから。
「ところで、何か情報は掴めましたか?」
「いえ、残念ながら今回もやはり、黒服姿だったので多少は上の方かと思いましたが、やはり末端から数えたほうが早いぐらいの連中でした」
「そうですか……」
ナゲルは顎を押さえ考える。これまでも多くの連中が神薙家に手を出してきた。多くはブラックチーターという組織の末端程度の奴らであり、中には暗殺を生業とする者もやってきたことがあったが、そっちに関しては完全に金で雇われただけであり、組織と大きなつながりがあるわけではなかった。
とは言え、こう執拗に付け狙われたのではたまったものじゃない。
正直、もし今祖父であるナガレが在中であれば、この程度の問題すぐに解決できたであろう。恐らくすぐにでも相手の本拠地を突き止め、黒幕をも看破し、話し合い(あくまで祖父流の)で決着をつけていたと思われる。
しかし無い物ねだりをしていても仕方がない。今は父のクズシも協会の仕事で駆け回ることも多いため、この事態に対応するならやはり自分しかいないかとナゲルもため息をつく。
基本的に面倒事が嫌いなのがナゲルという男だ。これまで重い腰を上げなかったのも、根っからの面倒くさがりな性格が災いしてのことである。
だが、いよいよ家族にまでその手を伸ばしてきたとなればやはり話は別だ。特に幼いながらも才能の片鱗を感じさせるタオスはともかく、妻のシズカの身体能力は一般人と大差ない。
そんな最愛の家族が狙われるのは――
(結局、ミルに頼ることになるのか――)
本邸からかなり離れた位置に建てられた別邸。ここはナゲルの妹である神薙 美留がほぼ一人で生活を営んでいる場所だ。
とはいっても、別に家族と疎遠であるなどというわけでもなく、この場所に家屋を建てるのを願い出たのもミル本人だ。理由は彼女曰く、ここが一番電波の通りが良く情報を集めやすいからである。
そしてナゲルは再び訪れた家屋の階段を上がり、一年の大半を過ごす部屋の前にやってきた。
そして事情を話し、以前の調査は終わっているか? せめて付け狙ってくるブラックチーターの連中の頻度が少しは減るように、なんとか出来ないかなどを相談したわけだが。
「……これ」
意外にもあっさりと、ミルは情報を提示してくれた。請求書の類も用意されていない。
「いいのか?」
「……仕方ない。そもそもそれ兄貴の責任。よく見る」
そう言われ、何だ? と眉をしかめつつナゲルは渡された情報に目を通すが。
「は? ブラックチーターの支部が島に出来てるだって?」
「……油断しすぎ。怠惰が過ぎる。だらしない、甲斐性なし、怠け者、ぐうたら、給料泥棒」
「そ、そこまで言うかよ……」
思わず半目でこぼすナゲル。妹にここまで言われると中々ショックがでかい。傷つきもする。これで意外と繊細なのである。
「……うちへの嫌がらせの頻度が上がったのもそれが原因。周囲の電波も乱してて正直迷惑。さっさと潰してくる」
「簡単に言ってくれるよなぁ」
頭を掻きながらヤレヤレと目を眇めるナゲルである。
「……ナガレお祖父様がいたら絶対こんな事にはならなかった。少しは反省する。そしてさっさとやる気出して行ってくる」
「わ~ったよ。それで以前の調査は?」
「……そっちももうすぐ。ただ、思ったよりも相手が厄介な可能性はある」
「厄介? セキュリティーが固いのか?」
「……それもある。妙なセキュリティーを使ってる。だけど、それ以前に――国家権力が絡んでくる可能性がある」
「……は?」
◇◆◇
(全く、本題の方は気になるところまででそれ以上教えてくれないんだもんなあいつ……)
心のなかで愚痴りつつも、ナゲルは随分と閑散とした場所にポツンっと建てられた不動産の前に立っていた。
「黒豹不動産ねぇ……」
流石にまんま明智不動産ということはなかった。それだと色々わかりやすかったわけだが、敵もそこまでは馬鹿ではなかったようだ。
とはいえ、黒豹、つまりブラックチーターと掛けているのだろう。そう考えるとわかりやすい気もするが、ただ、本来豹とチーターは別種である。
「それにしても、いかにも怪しいよなこれ」
不動産の建物の背面には、不動産を営んでいる箱物以上にでかい倉庫が鎮座していた。
不動産なのになぜこんな倉庫が必要なのか。不自然な事この上ない。
「ちぃ~っす」
とにかく、ナゲルはあれこれ考えるのも面倒なので入り口から堂々と不動産に入った。
すると、恰幅の良い胡散臭い笑みを浮かべた中年の男が近づいてくる。一応Yシャツにネクタイ、スラックスと革のブーツとそれっぽい格好はしていた。
「これはこれは、何か物件をお探しでしょうか?」
「そうっすね。ブラックチーターの支部を探してます」
とは言え、ナゲルはいろいろと会話で腹の中を探り合うような真似は苦手なので、やはりとても物言いはストレートだった。
不動産の男の蟀谷がピクリと反応する。
「ははっ、勿論、様々な不動産を扱ってます故、わかることであればお答えしたいのですが、いかんせん聞いたことのないような名称ですので、なんともお答えのしようがありませんな。どこか交番にでもいかれて聞いてみたら如何ですか?」
「いや、交番なんかにいったらお前らの方が困るだろ。ここがそのブラックチーターの支部なんだから」
「――あははっ、中々面白い事を言われますね。我々はただのしがない不動産ですが、真っ当な商売を心がけております。それなのに、そんな犯罪者のようないわれを受けるのは……」
「何でそう思うんだ? 俺はブラックチーターの支部がここだよな? と言っただけだし、お前らは聞いたこともないような名称なんだろ? なのにそれが真っ当じゃないとか犯罪に関係あるとかどうしてわかる?」
「…………」
男から笑みが消えた。
「ま、どっちでもいいけどな。ほら、この情報わかるか? これにしっかりお前らがブラックチーターのメンバーだって載ってるんだよ。お前らが倉庫に色々物騒なものを運び込んでいるのもばっちり写真に残っている。これでもいいわけできる――」
その瞬間、ドォン! という轟音がなり。銃口から火吹が上がった。不動産の男が懐からデザートイーグルを取り出し、容赦なく発砲したのである。
「ふん、探偵気取りの餓鬼が調子に乗りやがって。思わず俺のチート能力、リアルガンマンが炸裂しちまったじゃねぇか」
その足下で、ナゲルが寝転がっていた。その様子から死んだと判断した男は、何事かと駆けつけた黒服達に命じるように言う。
「おい、お前らこの馬鹿の死体をさっさと処理――」
「リアルガンマンって、つまりただ銃を撃ってるだけだろ」
だが、後ろの連中に命じたその瞬間には男の身体は宙を激しく回転しながら舞っていた。
そして床に落下し、ピクピクと痙攣し動かなくなる。
「たく、いきなり発砲かよ。ま、おかげで潰す正当な理由が出来たな」
コキコキと首を鳴らしながらそう語る。目の前の黒服達は拳銃を構えながらも、完全にナゲルに呑まれていた――




