第三十六話 ナリアの死の原因
「頼む! この! このナリアの治療を早く!」
デスクィーンキラーホーネットをナガレが倒した後、彼は周囲の倒れてる者を連れて先ず外に出ることをふたりに提案した。
毒などの治療にあたっている聖魔術師が一人いる為と、ナガレが更に言葉を続けたがそこで貴族然とした娘の顔色が変わった。
側で倒れている護衛の冒険者をすぐにでも見てもらいたいと食いついてきたのだ。
正直ナガレからみて、それはもう無理な話なのだが、彼女の決死の形相から、ただナガレが諦めなさい、と諭したところで無理な事は見て取る事が出来た。
その為、直接ローザの口から知らせてもらった方がいいだろうと、ナガレは彼女達も一緒にローザの下へ出向いた形だ。
なお、ふたりはナガレがどうやってあれだけいた冒険者を一度に運べたかは理解していない様子。
勿論これはナガレが先に行った罪人を運んだ方法に近いやり方だ。
勿論其の時に比べればかなり優しく取り扱ってはいるが――
そんなわけでナガレが表に運んだ冒険者達、特にルルーシが必死に頼む護衛の女をローザは診てみるが――案の定彼女は首を横に振った。
「な!? 馬鹿な! あなた聖魔法が使えるんでしょ! だったら! だったらナリアだって助けられるはず!」
「……残念ですがいくら傷を癒せる聖魔法とはいえ万能ではございません。特に既に命を失ってしまった者を蘇生させるような真似は……誠に残念ですが――」
ローザの発言を聞き、ルルーシはその場に膝を落とし目に大粒の涙をためた。
「……お嬢様」
「私の、せいだ……」
セワスールがその肩にそっと手を乗せた。
その様子を憐憫な目で眺めるローザ。ナガレの横についたピーチも、ナガレが戻ったことを素直に喜んでいられるような空気でない事はどことなく察したようではあるのだが――
「ところでナガレ、気の毒ではあると思うのだけど、あの人達――誰?」
と、ここでようやく疑問に思っていたであろう事を問いかけてくる。
「ふむ、実は私もあの方達から直接話を聞いたわけではありません。ただ、身なりとこの状況から察するに――」
そこまで言って一考した後。
「恐らくここから西方のとある伯爵家の貴族令嬢の方かと、そして推測ですが東方にて然る領主のご子息と彼女の姉との間で縁談が纏まり、その婚姻の儀に参列するために護衛付きでハンマの街を横断するルートでの道程を組んでいたのでしょう」
「へぇ、貴族のお嬢様なんだ」
「えぇ、そう考えるとあの高級なドレスにも説明が付きますしね。尤もあれとて移動用。参列用にはご自身の姉の邪魔にはならない程度にそれでいて貴族の令嬢の風格を損なわない程度の豪奢なドレスを別に用意されていたと思われますが。そんな姉思いの妹といったところでしょうが、その参列も滞り無く終わり、今は丁度帰路についている途中だったのでしょう。しかしその途中この森でスイートビーが現れたという情報を耳にした。スイートビーの蜜といえば貴族の間でも嗜まれている高級な甘味。それを手に入れることが出来れば屋敷へのお土産としても喜ばれる、そう考えてここまで来たのでしょうが……」
「まさかスイートビーを狙うプレートキラーホーネットが発生していたとまでは思いも寄らず、こんな形にって事なのね……」
「えぇ、更に言えば変異種のデスクィーンキラーホーネットが現れた現場でもありましたからね。本当に運が悪いとしか言いようがありませんが……」
「というかあの、私達貴方様にそのようなことまでお話しましたでしょうか?」
ナガレがピーチになんとなく察した事を話していると、目を白黒させてセワスールが訪ねてきた。
その驚き用をみるに、ナガレの言っていた事は全てあたっていたのだろう。
「いえ、これは全て私の憶測ですね」
「いや、それすでに憶測の域を超えてません?」
「馬鹿ね、ナガレは勘が鋭いのよ」
「勘なの!?」
セワスールは大層驚いているが、壱を知り満を知るナガレであればたまたま出会った娘と騎士風の男の素性を白日のもとに晒すなど、嘘がすぐに顔に出る旦那の浮気調査よりも容易いことなのである。
「でもよぉ、その、気の毒だとは思うけどその嬢ちゃんだって結局は護衛の冒険者の一人だろ? 死ぬ覚悟ぐらい出来ていただろうし、あんたがそこまで気に病むことは――」
「ただの護衛なんかじゃない!」
ルルーシの叫びに、口を挟んだ冒険者の肩がビクリと震えた。
「彼女は、ナリアは私の幼なじみだった……私は伯爵家の次女だったけど、彼女は准男爵家、騎士の家系の生まれの長女だった。でもこの国は女性でも騎士になる資格は有する事が出来る。けれど、彼女は敢えて騎士の道を目指さず冒険者の道を選んだの。そして何かと自由の利かない私の代わりに、旅先での話なんかを聞かせて楽しませてくれた。そして彼女は冒険者ギルドの中でも頭角を現し始めメキメキと腕を上げランクだって上げていった……Aランクも間近だと囁かれていたわ。そんな矢先私の護衛任務を受けてくれたことを知って私凄く嬉しかった……幼なじみで私の掛け替えのない友人のナリア、彼女が私を守ってくれるこんな心強いことは無かったわ、それなのに――それなのに私のせいで!」
捲し立てるように一気に述べ、またその頬に涙が伝う。
「でも……確かに悲しいことだけど、護衛なら貴女を守るために命を落とす事は――」
ピーチがそこで言い淀む。仕方のない事と口にするのが憚れたのだろう。
「……貴方様の言う通りでございます。実際このナリアはその腕からこの筆頭護衛騎士たるセワスールに次いでの地位をこの任にて与えられ、他の冒険者を纏め上げる役目を担っておりました。その彼女が命をとしてルルーシ様をお守りしたのも当然と言えるでしょう。ですが――」
「今回の件、そもそも彼女がスイートビーの蜜が欲しいと言わなければ巻き込まれなかった事。故に自分の責任を悔いているというわけですね」
ナガレが後を引き継ぐように告げると、セワスールは頷き。
「そのとおりでございます。しかしあれだけの魔物が出るとは誰も予想だにしておりませんでしたからな……実際今回の旅はナリア様の采配やルート選びも的確で、この事以外ではこれといった危険にも巡りあう事は無かった。途中少数の盗賊に襲われるような事もありましたが、ナリア様の腕と冒険者達の護衛の手で私の出る幕すら無かった程ですからな」
「だから、だからよ! そうよ! だから私が余計な事さえ言わなければ、言わなければナリアは、ナリアは死なないで済んだのに!」
「それはどうでしょうか?」
と、ここでナガレはルルーシの言葉を否定するような発言をしてみせる。
「どういう意味?」
キッと睨めつけるようにしてルルーシが問い返した。それにナガレは瞑目し。
「見たところ彼女の腕は確かにかなりのものだったのは間違いがないでしょう。恐らくギリギリまで貴方も仲間もできるだけ被害が出ないよう立ちまわっていたかと思われます」
「……そうよ、ナリアは責任感も強いそんな逞しい女性だった……でも、だからこそあの魔物に無茶な戦いを挑んでしまい――」
「えぇ、だからこそ彼女にはこれといったダメージの痕が見られなかった。恐らく彼女は一発足りとも、あのデスクィーンキラーホーネットの攻撃さえもまともには受けていないでしょう」
その言葉にルルーシは目を見張った。
近くで聞いていたピーチも驚いたように目を丸くさせている。
「え? でも、その彼女は……」
「えぇ、確かにとても残念な話ではありますが……彼女の命は尽きてしまいました――ですがそれは戦いからではありません。……恐らくですがこれは心臓病によるものです。しかも急な話ではありません、きっと随分と前から多分この護衛の仕事を引き受けた頃から発症されてた筈です」
「……心臓、病? 嘘! そんなの知らない! 私聞いていなかったもの! そんな話嘘よ!」
「……いえ、多分嘘ではありません。蘇生は確かに出来ませんでしたが、確かにこのナリア様に外傷の痕はありませんし……」
ローザも哀しげに目を伏せつつも、ナガレを肯定する発言をする。
すると、そんなどうして……とルルーシが悲壮感を露わにし呟いた。
「……お嬢様申し訳ありません。まさかここまで彼に看破されるとは思いもよりませんでしたが……確かにナリアは心臓に病を抱えてました。しかも不治の病でもう永くはないと――」
「!? お前! それを知っていて私に何も!」
「止められていたのです!」
そこで初めてセワスールが声を荒げた。
「ナリア様はご自分の病の事はご自分でよく判っていらっしゃいました。ですがそれをご両親にすら打ち明ける事は無かった。ですが私にだけはいざという時のためにと告白してくれたのです。私は勿論そんな身であれば療養に専念したほうがいいとお伝えしたのですが……そんな生き方は彼女は望まなかった。最期まで冒険者として死にたいと、そしてその最期の任務が親友たるお嬢様の護衛であるなら自分に悔いはない、と――」
「……ナリア様がそんな事」
「そういえばこの旅の途中も随分と熱心に俺たちを鍛えてくれたな……」
「あれも自分の命が永くないことを判ってたからなのか――」
「うぅ、それなのに女のくせに生意気だとか俺言っちまってたよ……」
「自分に何かあった時の事も考えてくれてたんだな」
「畜生! 冒険者の鏡のような人だぜ!」
セワスールが事の顛末を話して聴かせると、護衛に雇われていた冒険者たちもこぞって涙を流し始めた。
そしてそれを聞いていたルルーシは、馬鹿、ナリアの馬鹿、と涙ながらに訴える。
その影響で場は少ししんみりとした空気に包まれたのだった――




