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幕間⑥ シギッサの正体

 シギッサの催眠術によって狂気に支配された冒険者たち。


 そしてマリーンもまた催眠術にかかり身動きが取れなくなる。熱り立ち、マリーンに襲いかかる野獣たち。


 だがそこへ飛び込んできた小さな影。暴漢共をふっ飛ばし、マリーンの正面に立ったのは――


「お前らなんかに好きにされてたまるか! お姉ちゃんは僕が守る!」

「え? ぶ、ブルー?」


 そう、それはマリーンの弟ブルーであった。

 ナガレに買い与えられたナイフを片手に、小さいながらも頼もしい背中が、マリーンの危機を救ったのだ。


「お姉ちゃん大丈夫? 怪我はない?」

「あ、う、うん、私は大丈夫だけど――ブルー一人で来たの?」

「うん、何か胸騒ぎがしたからね」

「馬鹿! 何言ってるのよ! たった一人で飛び込んできて! 無茶すぎるわよ!」

「大丈夫だよお姉ちゃん」


 弟が助けに来てくれたと判ったその瞬間。確かにマリーンは安堵したのを感じた。


 だが、たった一人でやってきたと聞いた時、現実的な思考に戻ってしまう自分もいた。


 マリーンの知っている弟は、確かにナガレに手ほどきを受け、かなり成長したが、かといってこの人数を相手にして渡り合えるほど強いわけではない。


 ブルーはマリーンにとって唯一残された家族だ。その弟がこんな無茶な真似をして何かあったら、突然そんな不安が頭をよぎったのだろう。


 ブルーは、そんな姉に大丈夫と言ったが、やはり心配は拭いきれないようであり。


「駄目! やっぱりブルーは逃げて! ここは――」

「何言ってんのさ。今助けに入ったのに、逃げるわけないよ。それに安心して、僕だってエルマール……様、に教えてもらって少しは成長したんだ!」

「何か、今、様とのあいだに微妙な間があったわね……」

 

 ジト目を見せるマリーン。しかし、ブルーとしてはきっと様付けがなれないのだろう。何せ相手は強いとは言え見た目幼女だ。


「ははっ、僕を無視して、勝手に話をすすめるとはね。いやはや、それにしても美しき姉弟愛とでも言うべきかな? 本当、反吐が出るぐらいにな!」

 

 シギッサが吐き捨てるように言った。

 そんなシギッサをブルーが、キッ! と睨めつける。


「お姉ちゃんに酷いことをしようとしたお前を絶対に許さない」

「あはははっ、口だけはご立派だな。だけど、さっきの攻撃だって、そんなに効いてはいないみたいだけどねぇ」


 ねっとりとした口調でシギッサが述べると、倒れていた男達が起き上がりだした。


 そして唸るような声でブルーを睨みつけてくる。


「さて、さっきは突然の乱入でやられたと思うけど、今度は、上手くいくかな? さぁ、お前らさっさとその雑魚を取り押さえろ!」


 シギッサが命じると再び周囲から四人の野獣が襲いかかる。

 マリーンは体がなんとか動かないかと必死だが催眠は解けない。


「――本能の精霊エンスよ……」

 

 だが、その時ブルーが両目を閉じ、何かを呟いた。そしてその瞬間――ブルーの気配が変化したのをマリーンは確かに感じ取った。


「はぁああぁあああぁあ!」


 そして迫る野獣と化した冒険者達へ、ブルーの斬撃がヒットしていく。


 敢えて鎧の上を狙ったようだが、獣を思わせる力強い一撃は、鎧の上からでも十分に衝撃を伝え、迫る冒険屋達を次々と返り討ちにしていった。


 その光景に、マリーンは目を白黒させる。正直驚きを隠せないだろう。何故なら、これは本来のブルーの戦い方と異なりすぎている。


 そもそもブルーは、ナガレの言っていたとおり、瞬筋による加速を活かした戦い方が主であった。


 故に、待ちに徹する戦い方は得意ではなかったはず。だが、ブルーは殆どその場から動くこともなく、しかもナイフによる連続攻撃さえ見せたのである。


 今までのブルーはコンビネーション系の連続的な攻撃は苦手だったはずだが、まるで見違えるようであった。


 だが、それより気になったのは、やはり最初に呟いていた精霊の響きだろう。

 まさかブルーが精霊を利用しているのか? と一瞬頭をよぎるが、だが、それはありえない。


 精霊魔法はエルフが得意とする魔法であり、常に精霊と共にある彼らなら、精霊と心を通わす力も他種族より遥かに優れているが、これが人族となると話は全く異なり、一つの精霊を使いこなすだけで何十年と掛かってしまうし、それも必ず成功するとは限らない。


 つまりブルーの年齢で、精霊を扱うなど本来ありえないのだが――


「お前がいくら仲間をけしかけても無駄だぞ。この通り、僕が何度でもぶっ飛ばしてやる!」

「――なるほどね、少しはやるってことか。でも、それもここまでだブルー!」


 そんなことをマリーンが考えていると、突如シギッサが大声でブルーの名前を呼ぶ。ソレにつられて、ついブルーがシギッサと目を合わせてしまった。


「あ! 駄目ブルー目を合わせたら!」

「もう遅いんだよ! 動くなブルー!」

「イイィイィイイ!?」


 シギッサの目が妖しく光り、その瞬間まるで雷に打たれたようにブルーの体がビクンビクンと震え、そして全く動かなくなった。


「そ、そん、な、か、体が、う、うごが、な、いぃいい!」

「あはっ、はははっはっ! 姉弟そろって馬鹿な奴らだ。僕の催眠術にあっさり掛かるんだからな!」

「さ、催眠術?」


 ブルーが不可解と言った目で口にする。どうやら催眠術でも顔の動きまでは制限されていないようだ。これはマリーンが口をきけることからも明らかだろう。


「あぁ、もっと早く伝えておけば良かった……私もこの催眠術で動けないの。それに、多分あの冒険者達も催眠術で操られている」

「そ、そうだったのか、畜生……」


 そして、マリーンが後悔の念を口にする。ブルーが助けに来たことで一瞬その事で頭が一杯になったことで催眠術について告げるのを忘れてしまっていたようだ。


「ふん、今更気がついても遅いけどね。さて、馬鹿な弟のお前でも理解できていると思うけど、こうなった以上、僕がお前を殺すことなんて、この枝を踏み折るぐらい簡単だって事は判るよね?」


 そう言いながら、近くの小枝を思いっきり踏み折り、ブルーの目の前まで迫るシギッサであり。


「な、何がいいたんだよお前」

「簡単な話さ。姉弟そろって無様に死にたくなかったら僕の言うことを聞け。お前、ここのエルフの長に扱いてもらってんだろ? だったら、そこの強情な姉に代わって、お前が僕をエルフの長に引き合わせろ。それだけでお前ら姉弟を助けてやるよ」


 シギッサは、マリーンに言っていたのと同じことを今度はブルーに告げる。


「だ、駄目よ! こいつ私にも同じこと言ってきたけど、どうせろくでもない理由に決まってるんだから!」


 だが、姉のマリーンがブルーに待ったをかけた。このシギッサのやることだ。確かに真っ当な用件ではないだろう。


「話も聞かないでそれは酷いなぁ先ぱ~い。僕はこれでもビジネスでやってきてるだけなんだよ?」

「ビジネスって……お前、彼女に出会ってどうするつもりなんだよ?」


 しかし、ビジネスを語るシギッサに、ブルーが怪訝そうに尋ねる。一応話は聞いてみるつもりなようだが。


「ははっ、それを聞いちゃう? 聞いちゃうんだ? 仕方ないね。でも、それを聞いたら――もうお前たちは逃れられないぞ?」

「だったらいい」

「そう! 僕たちはここにいるエルフ達を奴隷戦士として運ぶのが仕事なのさ! とある都市にね」


 シギッサの口ぶりから、面倒事の予感がしたのか、ブルーは今の問いを取り下げようとしたが、結局勝手にシギッサが喋りだしてしまった。


「……やっぱり、あんただったのね。ルイビトの冒険者をコネルトのコロシアムに奴隷として送っていたのは」


 険しい目つきで睨めつけるマリーン。話には聞いており、予想もしていたが、やはり腹ただしいのだろう。


「ははっ、あ~やっぱりそこまで掴んでいたんだね。そろそろギルドの受付として活動しながら、丁度いい奴隷戦士を探すのも潮時かなとは思っていたけどさ」


 すると、シギッサは特に悪びれた様子も見せず、あっさりとマリーンの言っていたことを認めた。態度もかなりふてぶてしい。


「お、お前、ギルドの受付の癖にそんなことしていたのかよ。仮にも冒険者ギルドの職員がそんなことしていいと思っているのか!」


 ブルーが吠える。これから冒険者になることを夢見ていた少年にとって、シギッサの発言は許しては置けないものだったのだろう。


「全く、弟さんは随分と頭がお花畑なんだな。僕が受付をしていたのはあくまで本業の隠れ蓑としてさ。そもそも僕が本当に身を置く組織は冒険者ギルドなんていう不自由で矮小な組織じゃない。僕は、地下組織ウロボロス所属の腕利きの準幹部さ」

「は?」

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