幕間⑤ 助けて――
「ゲフォ!」
「ギャフン!」
「ちょ、痛い痛い痛い! 骨折れ、ぎゃぁああぁあ!」
「な、なんで、受付嬢が、こ、こんなに、つぇえええ……」
「あんた達が弱いのよ――」
両手でパンッパンッと埃を払うような仕草を見せ、マリーンが言いのけた。
結局マリーンは、シギッサの命令で向かってきた四人の内、一人は回し蹴りでふっ飛ばし、一人は投げ、一人には関節を決め腕を折り、もう一人は首を絞め、そのまま落としてしまった。
以前からマリーンは護身術にかなり長けていたが、今の動きを見るに、いつの間にか特に体術が強化されているようである。
特筆すべきはやはりその動きで、掴みかかってきた男の腕を逆に捻り返し、関節に持っていったり、足をかけるだけで転ばしそのまま絞めに入ったり、相手の力を利用して投げ飛ばしたり、蹴りにしても、軸足も完璧でこれもやはり相手の向かってくる力を逆に利用しカウンターを決めたりと、その技のキレもかなりのものである。
マリーンはある程度は鍛えていると言っても、やはり本来のパワーは男には劣る。相手は屈強な男な上、数では圧倒的に不利という状況では、本来ここまで一方的なことにはならないように思えるが――しかしその力の劣勢を彼女は見事に技術で覆していた。
「これは驚いた。この間の夜も随分とやるなとは思ってたけど、先輩本当に強かったんですね~」
「その様子だと、やっぱりアレをけしかけたのはシギッサ、貴方なのね」
「ふふっ、本来はあれで先輩の心は僕に釘付けになる予定だったんですがね」
そんなことを平然と言いのけるシギッサに、マリーンは呆れを通り越した可哀想なものを見るような目を向けた。
「本当あんた、現実みてないわね。私が、あんたなんかに靡くわけ無いでしょ!」
貴方からあんたに格下げし、マリーンが強気な口調で言いのける。
すると、シギッサは肩をすくめ。
「やれやれ、僕の言うことを聞かない女性なんて一人だっていやしないというのに、そこまで強気になれるなんてね。もしかして、噂のナガレという冒険者の事があるからかな? そんなに彼が好きなのかい?」
「……否定はしないわ。それに、私が強くなれたのだって、彼のおかげだし」
「強くなれた? 言っている意味がよくわからないな」
「判らなくてもいいわよ。別に判って欲しいとも思わないし」
そう返しつつも、若干マリーンは頬が紅潮していた。そう、それはナガレとの熱い夜を思い出してのこと――
とは言っても、それは夢の中の話であり、しかも大人な感じな熱さともまた異なっていた。
では何か? といえば、実は密かにマリーンの夢に時折ナガレが現れ、彼女の護身術がより強化されるよう指導してくれていたのである。
これに関しては最初はマリーンもただの夢だと気恥ずかしくなったりもしていたが、妙にリアリティがあったことで、本当にナガレが夢に干渉してくれているんじゃないかと思うようになっていたりもした。
ただ、夢の中では指導されると決まれば、何故かそれ以外の事を考えられなくなるのが欠点でもあったが。
そしてついでに言えば夢の中なのに、何故かいつも指導が終わった頃にはヘトヘトになってたりもした。
尤も、その後はしっかりナガレがマッサージ(あくまで夢の中でだが)を施してくれたので目覚めは妙にスッキリしていたわけだが。
更に、マリーンは真面目であり、夢で教わったことはしっかり自分でも反復練習を重ね――その結果、自分でも驚くほど技のキレが良くなり、知らないうちに新しい動きも覚えていたのである。
「数でなんとかしようと考えていたなら甘かったわね。Cランク程度なら、今の私なら一人でもなんでもないわ」
改めてシギッサを睨めつけ強気な発言。
だが、シギッサは悪辣な笑みを浮かべつつ、やれやれ、と頭を振り。
「所詮、冒険者などという低劣な連中に頼んだのが間違いだったかな。仕方ない、僕が自ら出るとするか」
「あら? あんた戦えたの? 誰かをけしかけるぐらいしか出来ないで、常に影に隠れているような卑怯者が」
「言ってくれるね先輩。後悔しても――知らないよ」
そう言った後、シギッサが前に出てきたので、直ぐ様マリーンも迎え撃つ体勢を取る。
シギッサは特に構える様子もなく、スタスタと数歩進み――怪訝な顔を見せるマリーンと目を合わせた。
「迂闊なんだよ先輩」
「え? あ、あれ?」
そして、一言述べたその瞬間、シギッサの瞳が怪しく光り、途端にマリーンがストンッと地べたに腰を付けた。
完全に力が抜けたのか、マリーンは一所懸命立ち上がろうとするが、身体が言うことをきいてくれない様子。
先程までの勝ち気な態度が一変、その顔には不安が滲んでいた。
「無駄ですよ、せ・ん・ぱ・い、もう貴方は自分の意志では動くことが出来ない」
にやにやと嫌らしい笑顔を浮かべながらシギッサが告げる。マリーンを見下ろし、至極満足そうだ。
「さて、寝ている彼らにも起きてもらおうかな――」
すると、シギッサが、パチンッ、と指を鳴らす。
途端に、マリーンに倒されたはずの男達が起き上がりだした。
「な、そんな、完全に気絶していた筈なのに――一人は、腕だって折ってるのよ……」
「ははっ、ざ~んねん。彼らには事前に強めに掛けているからね。これも思考を切り替える暗示みたいなもので、こうなったら痛みもほぼ感じなくなる」
「掛けて、いる? あんた、一体何をしたよの!」
愉快そうに語るシギッサに、声だけは発することが出来るマリーンが問う。
すると、ふふっ、と不敵に笑い。
「君に掛けたのと一緒さ。僕は強力な催眠術の使い手でね。だから、これぐらい朝飯前なのさ」
シギッサの話に、マリーンが狼狽し、更に言葉を返す。
「催眠術って……そんなものあんたの個人情報には記されていなかったわよ。スキルもアビリティも、職員なら包み隠さず話すはずでしょ。それに、嘘がないように専門の鑑定士の鑑定も受けるはずよ」
「たしかにそうだね。でも、それも無駄なことさ。なにせ僕の催眠術は隠しスキルという物らしくてね。だから、自分以外には一切確かめようがない」
「か、隠しスキル――そんな……」
マリーンが愕然となる。そんな彼女を、まるで罠にハマった獲物を見る獣の如く目で見下ろし。
「さて、これでこの男達はさっきよりも更に理性が飛んでいる状態だ。この状況で僕が命じれば、一体どうなるか馬鹿な先輩でも判るだろ? さて、ここでまた先輩にチャンスを上げよう。僕をエルフの長の下へ連れて行け。そうすれば、君は痛い目を見なくて済む」
「くどいわよ! 私は絶対に、あんたなんかに屈しない!」
マリーンの答えを聞き、シギッサの口角がより深く、エグく、つり上がった。
彼女を見下ろすその目すらも、まるでこの回答を期待していたような物だ。
「いいねぇ先輩! そうだよ! 先輩みたいな強気な女はそうでなきゃ! あははっ、最高だ! そんな強気な女の――汚され、泣きわめく姿がこれから特等席で鑑賞できるのだからね」
そこまで語り、悔しそうにシギッサを睨むマリーンに背を向け、そして数歩ほど下がり振り返ったところで、彼は改めて命じた。
「さぁお前ら、そこのメスブタをケダモノの如く貪り食え。遠慮はいらないぞ。どうせ抵抗は出来ないんだ、たっぷりと楽しめ――」
途端に野獣のごとく様相の雄共が、マリーンに向けて飛びかかる。
最早辛抱たまらんと言った様相の、飢えた狼達だ。
思わずマリーンも、瞼をギュッと閉じ、そして――
「助けて、ナガレ――」
つい彼の名前を呟いてしまう。頼ってしまう。だけど、判っていたはずだ、今ナガレは、ここにはいない。遠く離れた地だ。その距離はあまりに遠い。
だが――
『大丈夫ですよ、マリーン――』
ふと、彼女の脳裏に響く、聞き覚えのある声。そして――その瞬間だった。
一つの影が飛び出し、マリーンに群がる雄共にそのナイフを振るった。
そして数名の暴漢共をふっ飛ばし、キッと睨めつけ声を張り上げる。
「お前らなんかに好きにされてたまるか! お姉ちゃんは僕が守る!」




