幕間 マリーンの憂鬱
お待たせいたしました。幕間です。
「はぁ~~~~……」
「マリーンさん、最近ため息多くないですか~?」
カウンターで一人、マリーンがため息をついていた。朝の冒険者による依頼受注ラッシュが終わり、本来ならホッと一息つきたいところであろうが、この有り様である。となりで様子を見ていたもう一人の受付嬢は苦笑気味だ。
「ため息もつきたくなるわよ……だって――」
「相変わらず、ナガレという冒険者の事で頭が一杯なんですかせ・ん・ぱ・い」
頬杖を付くマリーンへと落とされた声。その相手をチラリと確認する。
マリーンの肩近くに立っていたのはシギッサという名前の青年だ。
最近ハンマの冒険者ギルドに赴任してきたギルド職員であり、マリーンと同じくメインは受付の担当だ。
冒険者ギルドの受付は別に女性専用ということではない。比率としては女性の方が多い傾向にあるが、男性がカウンターに立つ場合もある。
その場合は当然受付嬢ではなく男性受付、受付員、受付夫などとする場合が多い。ただし女冒険者は親しみを込めて受付君と呼ぶ場合もあるようだ。
そしてシギッサはその君で呼ばれるタイプでもあり、普通に女冒険者から名前で呼ばれることも少なくない。はっきりと言えば彼は女冒険者によくモテるタイプであった。
なぜなら彼は見た目が良い。赤茶色の整った髪に、真っ白の歯。女性受けのする甘い顔で背も高めとかなりの美丈夫。清潔感もあり女性冒険者だけならずギルドの受付嬢からも人気が高い。
だが、マリーンに関して言えばそこまで興味なさそうでありむしろどこか胡乱な目を向けている程である。
「たまには先輩も、後輩と一緒にお昼なんていいと思うんですが、そろそろ如何ですか?」
その理由はこの行為にあった。シギッサは妙にマリーンを誘いに来る。親しみを持ってくれてると言えば聞こえはいいが、妙に軽薄さも漂う、それがマリーンには快く思えない。
それに、先輩先輩と人懐っこく近づいてくるが、別に彼は新人の職員というわけではない。
何せ元々は自由商業都市コネルトとの交易に於いて重要な役目を担う、フラーナ辺境領のルイビトの街で同じようにギルド職員を務めていたのだ。
ルイビトの冒険者ギルドと言えば、王都の本部を除いて、支部の中でも一、ニを争う多忙なギルドとして有名だ。登録冒険者数もここハンマの倍は軽く超える。
支部から支部への職員の移動は決して珍しいことではないが、わざわざそんな場所から突然移動してきた彼にマリーンも違和感を拭いきれなかったものだ。
「悪いけど、私は出来るだけ仕事中は異性と食事には行かないようにしているから」
だからか、マリーンは彼のお昼の誘いをあっさりと断る。可能性なんて微塵もないのだと、態度で示す。
「え~でもそのナガレという冒険者とは一緒に行ったりしたんですよね先輩?」
ニコニコと子供のような笑顔で問いかけてくる。なんでそれを、と一瞬ギョッとしたが、直ぐ様隣の受付嬢を睨めつけた。
ゴメン、と片手を上げるその様子から、彼女の口から伝わったのは間違いないだろう。
その瞬間、お昼はこの同僚に奢ってもらう他ない! と決意するマリーンである。勿論いつもより豪華なランチでだ。
「職員同士が駄目なら、受付嬢と冒険者がそういう関係になるのはもっと良くないのでは?」
「……は? なにそれ? 脅しているつもり?」
険のある目つきでシギッサに問うマリーンだが。
「ははっ、まさか。ゴメンゴメン、ちょっと先輩見てるとからかいたくなってしまって。僕の悪い癖だね。でも、怒った顔も素敵ですよ先輩」
周囲から、きゃぁあ~、と黄色い声が上がる。チラチラとシギッサを覗き見てた女冒険者も羨ましそうだ。
「もう、からかうのはよしなさい。それよりも、ほらっ、仕事仕事!」
結局マリーンは強制的にその流れを打ち切ってそれからお昼まで仕事に没頭した。
そして、予定通り、シギッサに口を滑らせたことを理由に同僚の受付嬢をランチに連れ出す。それにはちゃっかりもう一人の受付嬢もついてきた。勿論そっちは自分で支払うようだが。
「ふぅ~食べてる時が今一番幸せ~あのシギッサもいないし」
「うぅ、お給金前なのに――」
マリーンの目の前に並んだ皿を見て若干涙目となる同僚の受付嬢である。
「でも、最近は本当にイライラしてそうね。やっぱりナガレがいないから?」
「……否定はしない。ナガレ成分が全く足りてないし~~!」
「い、いよいよ断言しちゃった……」
「ま、バレバレだしね。でも、あのナガレには全く伝わってないというのが物悲しいというか何というか」
同情するような目を向けてくる同僚たち。それにプクぅと頬を膨らますマリーンだが。
「いいの、そういうところもナガレらしいし。それに、とにかくいいの! それより、イライラしてるのはあのシギッサについても大きいんだから!」
不機嫌そうに答える。海のように蒼い髪を掻き上げる仕草は中々様になっているが、しかし眉にはエッジが効いていた。
「そこがわからないのよねぇ。遠くに行った美少年より、近くの色男でしょ」
「うんうん、あんなに慕ってもらえるなんて羨ましいよ。私たちにも優しいけど、特にマリーンに対してはグイグイいってるし」
「それに彼、仕事もできるのよね。一見、女冒険者だけに人気ありそうだけど、実は普通に男の冒険者の評価も高いし」
更に、うんうん、と頷き合う二人。それはマリーンも理解している。通常、冒険者というものは男性受付には厳しいものだ。
それは以前に比べ女性も増えたとは言え、まだまだ冒険者は男が多いのだという証明でもある。
それ故に、彼らはどうせ仕事を受けたり、仕事終わりに出迎えてくれるなら、受付嬢にお願いしたいという思いが強いのである。
だからこそ対応した相手が男だった場合、あからさまにため息を付いたり嫌味を述べたり、それぐらいならまだ良いが、難癖をつけてきたり、大声で怒鳴り散らしたりと厄介事に繋がる場合も多い。
その為か男の受付はストレスで辞める確率も高かったりする。
特にシギッサのようなタイプとなるとそれは顕著だ。何せ荒くれ者が集う冒険者ギルドだ。腕自慢、筋肉自慢など首から下を誇る者は多いが、全体的に顔に自信を持っているタイプというのは少ない。
それ故に男の受付な上に色男とくればやっかみも一入だ。尤もこれに関しては冒険者同士でも一緒であり、例えば暫くの間ナガレを認めず、難癖をつける連中が多かったのも、彼の容姿的な部分に対する嫉妬も大きかったわけである。
しかし、にも関わらずシギッサはわりとあっさりと彼らの輪に溶け込んでしまった。勿論最初は因縁に近い物を付けられたりしたが、うまいこと躱した上で、彼らに最適な仕事を導き出し、狩りのポイントを教えてあげるなど、男女関係なく有意義な情報を与え、人当たりも良かったのが要因としてあるのだろう。
今ではシギッサが受付嬢や女冒険者に好かれていることも、奴なら仕方ないという空気が出来上がってしまっている。
これだけ聞くと、正直何の問題もなさそうなのだが――しかしその結果、マリーンとシギッサなら納得せざるを得ないという話まで出てきている事に辟易しているのである。
「本当、貴方達も懐柔されかけてるし参るわね本当。とにかく、私はどうもあの男が悪い意味で気になって仕方ないのよ。だから、ふたりも油断しないことね」
「ははっ、マリーンったら気にしすぎよ」
「そうですよ~それに彼になら多少騙されても……」
ポッ、と頬を染める同僚に、駄目だこりゃ、と肩をすくめるマリーンであった。
午後になり、マリーンはギルド長のハイルに呼ばれ、ギルド長室を訪れていた。
「それで! ナガレはいつ戻るんですか!」
「えええぇええ! いやいや、いきなりすぎだよ。それに、その話じゃないし!」
「その話じゃないって、だったらなんで私を呼んだんですか!」
「うん、勿論それ以外の用事だね」
「……はぁ、つかえな――」
「いや、こう見えて私、一応ギルド長なんですが……」
本気でガッカリするマリーンの姿にタジタジなギルド長である。
「それで、話は戻すけど、彼の様子はどうかな?」
「……ええ、随分と優秀なようで。まだ赴任して日も浅いのに既に受付からも冒険者からも人気です。しかも男女問わず、見事に皆の心を掴んでますよ」
「そう、やっぱりか。でも、彼は重要な職員だから、よく見てあげてね」
「それは勿論。ところで、ギルド長の方こそ、例の冒険者失踪事件とやらはどうなっているのですか?」
「うん、そっちも、やっぱり大量にコネルトのコロシアムで、奴隷グラディエーターとして登録されていたようだよ」
「……コネルトに、そうなると――」
「そう、気の毒だけど、国境を越えられるとこちらからは手も足も出ない。だから、今後は犠牲者を増やさないようにしていかないとね」
やるせなさの残る表情を見せるハイルだが、確かにこればかりはどうしようもないことである。
「とにかく、この領地からはそういった犠牲者が出ないようにしないと」
「はい、勿論、そのとおりですね……」
そこまで話し、マリーンはギルド長室を後にする。
その後は黙々と午後の仕事をこなしていく。再びシギッサから夕食に誘われたが、まだ少し仕事が残っているという事を理由に断り、そして多少残業をした後、最後まで残っていたマリーンがギルドを閉め、帰路についた。
「へへへっ、マリーンだな」
「そうだけど、誰、貴方?」
「誰でもいいだろ? ちょっと来てもらうぜ。無理やり人気のない所に、連れ去らせてもらうぜ~」
帰り道、そんな事を口にする巨漢に狙われるマリーンである。受付嬢としても人気が高いマリーンは、よくこういう事に遭遇するのだが、ここまで具体的な事を口にする相手は初めてであり――
「大丈夫ですか! 先輩! おい貴様! その手を!」
「その手を何?」
「いてぇええぇええ! いてぇえええよぉおぉおお! すまねぇ! 俺が悪かった~勘弁してくれぇえええぇ!」
へ? と目を丸くさせたのは、どうやらマリーンを助けにきたらしいシギッサだ。
そしてそんな彼の視界に映るは、見事マリーンに組み伏せられ、両腕を取られ、関節を決められている大男の姿。
「え、え~と、これは?」
「何か私を襲おうとしてきたから、取り押さえたんだけど、何? もしかしてこの男知り合い?」
「ま、まさか! 僕は先輩が危険な目にあってると思って! で、でも、お強いんですね?」
「これでも一応、ナイフ術と護身術ぐらい心得ているわ」
そして結局、男は駆けつけてきた衛兵の手で詰所に連れて行かれた。やたらと男に睨みを利かせているシギッサが印象的である。
「そんな怖い顔も出来るのね貴方」
「え? いや、だって先輩を傷つけようとしたのですからね。こんな顔にもなりますよ」
「ふ~ん、でも随分と早かったわね駆けつけるの。タイミングも良かったし。もし、私が退治できなかったら、丁度連れ去られる直前ってところだったでしょうね」
「そ、それもきっと運命ですよ」
いつもより硬い笑顔でそんな事を返してくるシギッサである。
「……まあいいわ。それじゃあまた明日ね」
そしてマリーンはシギッサと別れ、今度こそ帰宅する。
扉を開け、ただいま~と声をかけるマリーンであったが――部屋は静まり返っていた。
「あ、そうか……そういえばブルーはもう――」
そして一人呟き、ベッドに倒れ込む。そう、この部屋には既にブルーの姿はない。
ただただ、寂しい空間が広がるばかりだ。
「こんなの、寂しいよ。ナガレもいないし、ブルーも、こんなの……」
涙が枕を濡らした。だけど、お腹はぐ~となる。こんな事になってもお腹は減るんだと、マリーンは苦笑した。
仕方ないので、簡単にパンで夕食で済まし――そして窓を開けて空を見た。星空が広がっていた。
「この星を、ナガレも見てるかな……」
そんな事を呟く。呟いた後、乙女すぎるなと恥ずかしくなる。
そして、思い出す、ブルーの事を。
星を見る――
「あの向こうに、ブルーはいるのかな――」
そして呟き、涙を拭い――更に叫んだ。
「と、言うか! ナガレはいつまで旅してるのよ~~! それにブルーー! 一体いつまで修行してる気よーーーーーー!」
星空に吸い込まれるマリーンの叫び。そう、ブルーは――今はエルマールの元で修行中なのである。
「はあ、今度の休みにでも様子を見に行こ――」
こうして、結局マリーンは自ら弟の様子を見に森へ赴くことを決めるのだった。
『現代で忍者やってた俺が、召喚された異世界では最低クラスの無職だった』
現代日本で忍者だった高校生が異世界にクラス召喚される物語です。
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