表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
429/565

第三九〇話 アルドフと元皇帝

 帝国の地下に向けて、コツンコツンと足音が響き渡る。その音は二人分近づいていた。


 地下には厳重な警備がなされ、数ヶ所ある牢の一つには、すでにその座を奪われた元皇帝とその次男の姿。となりの牢には次男の妻の姿もある。


 勿論元皇族の姿以外にも、彼らに協力した近衛兵や臣下の姿もあった。


 そんな牢に幽閉された彼らの前に足音を響かせながら姿を見せたのは――


「貴様――アルドフ……」


 元皇帝のギースが憎々しげにみやる。一方でアルドフは余裕の笑みを湛えていた。そしてその隣にはまるで寄り添うようなウルナ第四皇女の姿があった。


「ウルナ! お前、そんな男とどういうつもりだ!」

「本当に穢らわしい! お前だけ、なぜ牢に捕らえられていないかと思えば! さては自分だけが助かるために、その男を咥え込んだんだね! 我が娘ながら情けない! この売女が!」

「ふん、全くだ。貴様は我が一族の面汚しだな」


 家族から一斉に糾弾されるウルナ。そんな彼女の目は悲しみに満ちていた。


「お父様、お母様、お祖父様、どうして、どうしてそんな事――」

「穢らわしい! お前なんかにお母様なんて呼ばれる筋合いじゃない! 耳が腐る!」

「全くだ、さっさとギロチンに掛けてしまえ!」

「……本当に、これで同じ血が流れているのかと、疑わしくなるな」


 口汚く罵るギースとその子供や妻に向けて、呆れたような目を向けるアルドフであり。


「ただ、噂では彼女のお祖母様、つまり貴方の妻は随分と出来た御方だったようだ。特に貴方のやり方に疑問を持ち続けていた兵や騎士には覚えている方が多かったようだが、ただ残念なことにお若いうちにおなくなりになられたようで」

「ふん! あんなもの何が立派なものか! 政治も判らぬ分際で! 口出しばかりするような女だ。器量が良いから、側においておいてやったに過ぎんわ!」

「ひ、酷い……」


 ウルナが目に涙を溜めた。そんな彼女の頭をアルドフは優しく撫でてあげる。


「可哀想に。ウルナはそのお祖母様の事を知らないから、少しは話を聞けるかもしれないとついてきたが、やはり一緒に来るべきじゃなかったな」

「ふん、ウルナとは随分と気安いじゃないか。愚かな娘とはいえ、一応は我の孫だぞそいつは?」

「ええ、だからこそ、一応は挨拶だけはしておこうと思い、やってきたという部分もあったのですがね」


 そんなアルドフの台詞に、何? とギースが目を見開く。


「少しは察しがついているのでは? この度私、アルドフはここにいるウルナを妻として迎え入れる事となった。彼女も喜んでくれている。私達は、夫婦になるのですよ」


 ギースがギリリと奥歯を噛みしめる。その隣の次男が娘のウルナを睨めつけ吐き捨てるように言った。


「この恥知らずが! そのような簒奪者と! 貴様には皇女としてのプライドがないのか!」

「全くですわ! こんな恥知らず! 産まなければよかった! とっととギロチンにかけてしまいなさい! そこのお前、その剣で斬首にしてしまえ!」


 ウルナの母も、発狂じみた声を上げ、近くの兵に命じるが、言われた兵は、何を言っているのだこいつは? とポカンとするばかりである。


「やれやれ、予想はしていたが、これではとてもまともには話せそうにない。ウルナには辛いだけだ、だから、君は先に戻っていなさい」

「え? でも、貴方は」

「私はもう少しこの者たちと話があるのでね。君、彼女を部屋まで」

「ハッ! 承知いたしました!」

 

 直前までウルナの母の言動にポカンとしていた兵だが、アルドフに頼まれたことで、姿勢を正し、潔く承諾し、さぁこちらへ、とウルナを連れてその場を後にした。


 アルドフはその後、近くにいた看守にも声を掛け、一旦はこの場を離れて欲しいとお願いした。


 流石に危険だと、当初はアルドフの身を案じていたようだが、何かあればすぐに呼ぶということで承諾させた。


「さて、これでようやく腰を据えてお話が出来るな」

「ふん、何がお話だ。たかが冒険者だった分際で、まるで英雄のような振る舞いだな。本当に忌々しい奴だ」

「どうとでもご自由に受け取ってもらって構いませんよ」


 ギースの怨嗟の篭った発言も、アルドフは鷹揚とした態度で受け止めてみせる。余裕という面では彼の方に明らかな分があった。


「その態度がまた腹が立つ。我は貴様が憎くて憎くて仕方ないというのに。だが、貴様の考えは手に取るように判るぞ」

「……ほう、それでは私の考えというと?」

「ふん、決まっている。孫のウルナをかどわかし、皇帝の座を手にしようという魂胆であろう? あれでも我の血を引いているのだ、妻として迎えればその資格は手に入る」

「ふむ、まあ、否定はしませんよ。ただ、かどわかすとは酷い言い草だ。私はウルナを愛しているし、彼女も私を愛している」

「……随分な自信だな。だがな、それでもそんな真似上手くはいかないさ。主に二つの理由でな」


 指を二本立ち上げ、ギースはニヤリと口角を吊り上げた。


「くくっ、どうだ? 己の愚かさを知りたいか?」

「そうですね、聞いてあげてもいいですよ」

「……腹の立つやつだ。まあいい、まずは一つ、それこそまさにウルナの存在だ。お前はなんとかウルナを匿う形で、民衆の熱が冷めるのを待つつもりだろうが、あれだけの暴動が起きた後だ、我々は勿論だが、当然孫のウルナにも憎しみは向けられ続けている。そのウルナが生き残っていると知れば、果たしてあの連中はどう思うかな? 尤も、これは貴様自身が撒いた種だがな!」


 アルドフに指を突きつけギースが言い放つ。だが、アルドフの表情に変化はなく。


「なるほど、話はわかりました。それで、もう一つは?」

「……本当にいけ好かない男だ。ふん、まあ良い。もう一つこそが重要よ! それは我が息子! 皇太子の存在だ! くくっ、ぬかったな。奴は今帝都にはいない。別の要所をまかせているのだ。だが、帝都陥落の知らせはすぐにでも息子に届くだろう。そうなれば、当然奴は帝都奪還のために動く! その時こそが!」

「無駄ですよ」

「……何?」

 

 元皇帝の発言に覆いかぶせるようにアルドフが語り、ギースは眉を顰めた。


「先ず、最初のウルナの件については、既に民衆たちは彼女だけ囚われていないことを知っているのでね」

「な、なんだと! だったらなぜ!」

「お忘れですか? あの時、私達が迫撃弾に乗せて帝都に広めたあの声――その中にしっかりとお前達を批難し、民達を必死に救おうとするウルナの声が入っていたことを。そのおかげで、今や彼女は民衆から厚い支持を受け、私以上に英雄視されている。私との婚礼の話がなければ、彼女こそ次期皇帝に! と訴える人は少なくなかった」


 アルドフの発言を受け、ギースが馬鹿な! と狼狽する。だが、彼の話はこれで終わりではない。


「さて、後は皇太子の件ですが、これも何の問題もない。なぜなら、とっくに別働隊が動いて、その皇太子を捕獲したからだ。もうすぐ、帝都まで連行されてくるだろう」

「な! 馬鹿な! 貴様、何の権限があってそんな事を!」

「勿論、もしウルナと同じように真っ当な精神の持ち主なら、話し合いをしても良かったが、残念ながらそうではなかった。獣人の奴隷に対する扱いは勿論だが、お前の息子はいい趣味をしているな。気に入った女がいたら無理矢理でも連れ込み、散々嬲った挙句、最後に殺すことで快感を得られるというのだから、どうしようもない」


 ため息混じりに告げるアルドフ。そんな彼を前にしてギースは肩をプルプルと震わせ。


「そんな情報まで、どうして……」

「やはり、知っていて放置していたのか。全く、本当にお前はどうしようもないな。そして親が親なら子も子だ。お前自身似たような事をしたのだろ? お前の妻は若いうちに病気で死んだことになっていたが、実際は、邪魔になった貴様がその手に掛けたのだろうからな」


 ジロリと睨みつけ、アルドフが核心をつくように述べる。


 それに、一瞬は顔を歪めたギースであったが。


「ふん、なるほどな、鼠のようにコソコソと嗅ぎ回る力には長けているようだが、それがどうした!」


 すると、突如ギースが怒声を上げ。


「あいつは、子供を産んだ時点で役目は終わったのだ! それなのに我のやることにいちいち口出ししやがって! 役目が終わったら人形みたいに大人しくしておけば良かったのだ! それなのにあの女は、だから、この我が自ら殺してやったわ! それがどうした! ゴミは死ね! 屑は死ね! 我に楯突くやつなど皆殺しにしてしまえ! この世界は我を中心に回っているのだ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ