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第三八九話 訴えるもの

 アクドルクの悪事が明るみとなると、その噂でイストブレイスの街は持ち切りになった。

 これにより、現領主たるアクドルク・イストフェンス・ルプホール辺境伯は爵位を剥奪、さらに領地も没収扱いとなり、ルプホール家そのものが取り潰しになることが間違いないだろうと、そこまで話は広まっていた。

 

 そして――アクドルクが地下牢に閉じ込められてから三日後、遂に護送の準備が整った。アクドルクは地下牢から出た後、街の外に出るまでは手枷を嵌められ、首にも鎖をつながれた状態で衆目に晒される事となる。


 これは罪人への罰としてはどこでもよく見られる光景であった。特にアクドルクのような()貴族の場合、これはかなり効果的でもある。


 そしてこの状態ではこれまでどれだけ偉そうにしていた貴族であっても、顔を伏せ、これまでの威光が嘘であったかのように鳴りを潜め、恥辱に耐えながら涙さえ流す者もいる。


 だが、それでもここバール王国はまだマシな方とも言えるか。何せ相手が罪人であっても石や物を投げるのは禁止されている。


 他国であればそれも認めている場合があり、馬車に乗るまでに半死半生の状態になる場合も少なくないのである。

 

 ただ、それでも辛辣な言葉はその身に浴びせられる事となる。罵詈雑言など当たり前だ。アクドルクは多くの民衆に取っては決して悪い領主ではなかったが、やはり陰で奴隷売買や非合法な薬に手を染めていたという事に対する嫌悪感が強い。


 だが、そんな状況にも関わらず、アクドルクは至極堂々としていた。顔を伏せる事もなく、まっすぐに前を見据え続けていた。


 その態度は、罪人のそれとは様相を逸していた。まるで自分は間違っていないと、周囲に知らしめているようでもあった。


 そして、アクドルクが最も民衆の集まる広場に差し掛かった時であった。


「きけぇええい! この場にいる民達よ! 誇り高きルプホール家が愛すべく全ての領民よ!」


 突如、アクドルクが民衆に向けて大声で訴え始めたのである。


「お前たちは知っているか! この国の現状を! お前たちは判っているか! 無能な王がどれほど愚かな政策で民達から搾取しているかを! お前たちは知っているか! この国に根付こうとしている異形の存在を!」


 周囲の兵士たちがアクドルクを取り押さえようとするが、アクドルクは意外にもしぶとく、決して屈しようとしない。


「現王は、平和の為だ! 人々が平等で暮らせるためだ! などと耳当たりの良いことばかり口にし! この国を脅かそうとしている最大の問題から我々の目を遠ざけようとしている! しかも、愚かな王は年々受け入れる亜人を増やし続けている! 難民とさえ言っていれば、例え嘘であったとしても手を差し伸べ、ずる賢い亜人共を受け入れ続けている!」


「これはまた、随分と大胆な真似を致しますねぇ」


 そんなアクドルクを眺めながら、どこか感心したようにリーズが述べるが。


「そ、そんな呑気な! とにかくすぐにでも止めてまいりますので!」

「よいではないですか。私も少々興味があります。彼の言い分とやらを聞いてみてもいいでしょう、他の騎士にも無理して止めなくて良いとお伝え下さい」


 考えの読めないリーズの発言に、騎士は戸惑いっぱなしだ。とはいえ、最高執行官がこう言われたなら、騎士は従うほかない。


「今の王は愚王だ! 自国の民より亜人を優先させる愚かな王だ! その結果亜人は盗賊ばかりが増え、罪もない人間が! その命を失っている! 今も亜人の被害にあっている者は増えているのだ! 私はそのような状況に置いても未だに静観を決め込む愚かな王に一矢報いたかったのだ! そうだ、私はこの国を救うため、戦うことを決めたのだ!」


「……あれ、本当に言わせてていいのか?」

「構いませんよ。それに、これの聴衆がどう思うのか(・・・・)気になりますからねぇ」


 蒼髪の美少女フリージアは肩をすくめるが、アクドルクの前代未聞の演説は更に続いた。


「国は血だ! 血なのだ! その血は守り続けなければいけない! だがこのまま亜人が増え続ければ! この国は人間の国ではなくなる! 野蛮な亜人共の国に成り下がる! それでもいいのかお前たちは! この国を、国土を! 穢らわしい亜人共の血で支配されるのを黙って見ているつもりか!」

 

 リーズの命があった為か、既に騎士も積極的には止めようとせず、更にアクドルクの熱弁は続いた。


「違う! 戦うのだ! 今こそ我々は愚かな王に反旗を翻し! この国のために立ち上がるべきなのだ! そうだ! 我は間違ってなどいないのだ! このまま放置しておけば、愚王は自国の民よりも他国の亜人を優遇し、その結果我々は内側から侵食されることとなる! 私が王になればそんなことはさせない! 今こそ純血を守るときだ! 臣民よ立ち上がれ! 私を罪とし刑罰を与えるということは、この国を亜人に明け渡すことと同意だ! そうだ、罪を裁かれるべくは我ではないのだ! 討つべくは――」

「勝手なことばかり言うなぁあああぁああぁああ!」


 そしてアクドルクを罵倒していた聴衆の声も静まり、その訴えに耳を貸し、人々の注目が集まりだしたその時――一人の少女の叫びが広場にこだました。


「貴様は確か森での、ふん、穢らわしい亜人が、この私に勝手な事だと?」


 その姿を認め、アクドルクが汚物を見るような目を向けた。つい最近まで保護のために城に匿うとまで言っていた姿はもうない。


 そんなアクドルクを睨めつけながら、獣人少女のアンがその思いの丈をぶちまけた。


「そうよ! 身勝手よ! 何が血よ! 何が国のためよ! 亜人は穢れてる? 馬鹿言わないで! 私達は穢れてなんていない! 亜人は盗賊ばかりが増えた? そんな話聞いたこともない! お前はただ、自分勝手な偽物の正義を振りかざして! 耳当たりのいい言葉を並べ立てて! 自分のやった罪から目を背けているだけだ! 罪もない人間を亜人が殺した? 私の家族も友達も! 皆、皆! お前がやってる奴隷売買の為に殺された! 皆、皆! お前の言う人間に嬲り殺しにされた! 殺されるようなことなんて何もしていなかった! ただ普通に暮らしたかっただけなのに! ある日突然自分勝手なお前のような人間の薄汚い商売に利用されて、穢されたんだ! 殺されたんだ!」


 それは悲痛な訴えだった。アンはきっとその時の光景を思い出しているに違いないだろう。まだか弱い少女でしかない彼女が、衆目に晒されながらこれだけの事をやってのけるのだ。よほどの覚悟がなければ、特別な思いがなければ、それは叶わない。


「黙れ! 穢れた亜人如きが! この私に楯突くこと自体許されないのだ! 人間の国で――」

「黙らない! 私は黙らない! 何が根付こうとしているだ! 何が増えているだ! 私達は来たくてきたんだじゃない! 住処を奪われて! 無理やり連れてこられたんだ! お前の言うこの人間の国に! それなのに、それなのに――お前のせいで私達の仲間や家族、何の罪もない同士たちが殺されたのに、それなのに、お前は、卑怯者よ!」

「――私が、卑怯者だと?」


 アクドルクの発言、しかしその上から覆いかぶせるようにアンは言葉を重ね、アクドルクが憤る。だが、アンは、キッ! とその顔を睨みつけ。


「お前は、ただの犯罪者だ! それなのに、自分にとって都合のいい事ばかり並べ立てて――自分の罪を正当化するな!」


 叫ぶ――その声を槍にかえて。


「薄っぺらい何の救いもならない思想を掲げて自分の罪を――ごまかすな!」


 訴える――その愚かな心に、戒めの楔を打ち込むために。


 そして、そこまで述べた後、アンはその場で両膝をつき、泣き崩れてしまった。

 まだ幼い少女である、精神的にもかなり疲弊してしまったのだろう。


「くっ、この私に、意見するなど! お前たち、見たか! これが亜人の正体だ! 己の為なら、例えどんな手を使ってでも人間を陥れ、まるで自分たちが正しいかのごとく振る舞う! だが、騙されるな! そうだ! 亜人こそが悪なのだ! 民よ聞け! さあ、いますぐにでもそこの穢らわしい――」

「いい加減になさい!」


 アンを指差し、民衆を焚きつけようとしているアクドルクであったが、そんな彼に怒声が飛んだ。


 そして民衆が道を開けた中から、一人の少女と両隣には屈強の護衛騎士と凛々しい女剣士の姿。


「――アン、よく頑張ったわね」


 そして、少女、ルルーシは獣人の少女の前で屈み、その頭をなでた。


「ルルーシ様、ごめんなさい、ご迷惑おかけして」

「馬鹿ね、迷惑なんかじゃないわ。貴方は、どんな貴族よりもずっと気高くて、立派よ」


 そこまで言った後、ルルーシは立ち上がり、そして民衆に向けて訴えた。


「貴方達もよくみなさい! この勇敢な少女の姿を! あそこで自分の罪を認めることもせず、反省の様子もなく! 人々の気持ちを煽るだけ煽って平然としていられるあの男と! そんな愚か者の罪をしっかりと伝えるため! こんな小さな身体を必死に奮い立たせて戦ってみせたアンと! どちらの言い分が正しいか! しっかりとした目を持ち合わせていればおのずと判るはずよ!」


 ルルーシが訴えると、暫く騒然としていた広場が一気に静まり返った。


 そして、ルルーシはアンを抱えセワスールの前まで連れていき。


「セワスールお願い」

「承知いたしました。さ、こちらへ」


 そしてセワスールは、腕に装着されたクッションにアンを乗せ立ち上がり、そして女剣士のナリヤが、この小さき英雄に拍手を! と訴えた。

 

 その途端、静寂は一気に切り裂かれ、割れんばかりの拍手が街中に響き渡った。


「ふむ、一瞬とは言え、民衆の心がアクドルクに多少なりとも傾きかけたのを、見事切り替えましたねぇ」


 すると、ニヤリとリーズが口角を吊り上げ呟いた。


「……とんだ茶番。どうせ、想定内だった。こんなこと早く終わらせて、ナガレという男に会いたい」

「せっかちですねぇ。でも、暫くは無理だと思いますよ。まだまだ協力して貰いたいことはありますからねぇ」


 そう返しつつ、リーズがアクドルクに目を向けた。


 だが、彼は奥歯を噛み締め悔しそうにするばかりだ。万策尽きたというところだろう。


 それを認め、騎士に向けて目配せするリーズであり。


「ほら、気は済んだだろ? いくぞ」

 

 アクドルクの前に立つ騎士がその鎖を引っ張るが。


「待ちなさい」


 その動きを今度はルルーシが止めた。

 そして、彼を正面に見据え、そして告げる。


「……お前の事情も、後からハラグライの記憶を仔細に調べたという話から大体は知っているわ。だからといって同情する気はないけど、そんな目にあっていながら、お前はあのアンの訴えに何も思うことがないのか?」

「……は? 馬鹿をいいますね。大体私が亜人なんかに何を思うと? あの穢れた連中はいつだって自分の事は棚にあげ――」

 

 そこまで語ったところで、ふとアクドルクの脳裏に、過去自分が語った事が去来する。


『――悍ましい劣等種の亜人らしい醜い思考だな。自分たちがやった罪を別のことですり替えて、己をごまかし正当化する。本当に最低な連中だ――』


 そして、なるほどね、とそう呟いた。


 そんなアクドルクをじっと見据えた後、

「……向こうで姉様が待っている。これが最後となるだろうけど、ケジメだけは、ちゃんとつけなさい――」

と告げ、ルルーシはアクドルクの前から立ち去った。






◇◆◇


「……一つだけ、確認したい事が、ありました――貴方の、能力の事も、聞きましたが……」


 ルルーシが言ったように、護送の馬車の近くではアクドルクの妻であるリリースが待ってくれていた。


 尤も、まだ妻であると言うだけであり、暫くすればそれも破棄され離縁という事になるだろうが。


「……貴方は、私を愛しては、くれていたのですか?」


 そして、リリースが確認する。すべてを知り、もしかして政治的に利用されていただけなのでは? という不安も持ってしまったのだろう。


 そんなリリースに告げられたのは。


「……当然だろう? 私の目的は縁結びの力で自分に都合のよい連中と縁を結び、この国の王になることだった。お前は、その為に都合の良い女だった、ただ、それだけさ」


 その瞬間――アクドルクの頬に衝撃。そしてかなり大きくふっ飛ばされた。

 

 え? と、騎士がリリースを確認すると、その手にはモーニングスター。


「……これで、きっぱりと諦めがつきました。さようなら!」


 そして、リリースが走り去り、それを唖然とした様子で見ていた騎士である。


「あはははっ、随分と手痛いお別れでしたねぇ」

「……ふんっ」


 そんなアクドルクを笑い飛ばしながら、様子を見ていたリーズが言った。

 

 アクドルクは鼻を鳴らしつつ立ち上がり、そして護送の馬車に乗せられる。


「まあ、結局貴方はやり方が間違っていましたね。その力があれば、やりようによってはこのような裏の仕事に手を染めなくても、いずれは王の座も狙えたかもしれません。もったいない事です」

「……仕方がないさ」


 そして最後にリーズに言われるも、どこか冷めたような、諦めたような、そんな態度を見せる。


 馬車は移動を開始し、王都へと足をすすめる。


 そして馬車に揺られながら、アクドルクは遠い目を馬車の外に向け、そして呟いた。


「……結局、私もあいつらと何も変わらなかったという事か――」

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