第三八八話 ポンコツヒーロー
背中から轟々とけたたましい音を奏で、勢い良く炎を吹き出しながら、紅蓮の奇妙な鎧姿のそれが、蒼髪の少女を見下ろしていた。
そして相変わらずの生気の感じられない声で、それでいながら感情だけはしっかり感じ取れる声で、蒼髪の美少女、フリージアに向けて文句を言い続けているが。
「……黙れ、秘密にしなければいけないことをべらべらと喋って、お前には自覚がないのか? そんなのだから、ここに来る前のそのあめりあとかいう世界でも、ポンコツだ何だと言われるんだ」
『あ~! 言ったな~! ポンコツヒーローって言ったな!』
「そこまでは言ってない気もしますけどねぇ、ポンコツと言っただけで。後アメリカですね」
リーズはフォローのつもりなのかもしれないが、全くフォローになっていなかった。
『ふ、ふ~んだ! ふ~んだ! 私だって活躍したも~ん、ポンコツじゃないも~ん、悪人一杯倒したのは何を隠そう私だ! 確かにその都度自由を主張する的な女神像を数回、え~と、数百回かな? 千はいってないと思うんだけど、とにかくうっかりぽっきり倒しちゃったり試合中のメジャーリーグの球場にうっかりモンスター投げ飛ばしちゃったり、わりと重要な白い家的な感じのを数十回大破したりしたけど、人には一切傷つけてないし! ポンコツじゃないし!』
「何のことかさっぱりわからないにも関わらず、何かとんでもないことをしでかしたんだろうなというのが伝わるのが不思議ですねぇ」
「……やっぱりポンコツ、すぐにでも辞めさせたほうがいい。なんなら牢獄に閉じ込めたほうがいい」
『ふ~んだ! ふ~んだ! そんな事言って、フリージアってば私より順位が低いの妬んでるだけに違いないんだ! 何せ私はNoⅤ、フリージアはNoⅧだもんね~。や~いや~い現地人なのにアメリカよりした、うわっと!』
フリージアがバトルマンより二回り以上大きな氷塊を投げまくった。それをひょいひょいと躱しまくるバトルマンだが――
「お、お前らもうやめろーー! 私の、私の城がぁあぁああぁああ! 私の城が城が城が壊れていく~~~~~~!」
アクドルクが絶叫する。そして周囲の者は唖然としてその光景を見続ける事しか出来ない。
『もう許さないぞ! 喰らえ多弾頭ミサイル!』
すると、今度はバトルマンの背中の炎が吹き出ている部分とは別の箇所がパカっと開き、何やら円柱型で先端が丸みを帯びた鉄の固まりが大量に発射された。
かと思えば広範囲に散開し、天井や壁、高価そうな調度品や床、その他あらゆるものを破壊し尽くした。爆発も起きた。
煙もモクモクだ。だが、人には一切被害がない。
『あ~この距離だと近すぎて精度がイマイチだったか~』
「あ、あ、ああ、あ、あああぁあ、あ、わた、わた、私の、城が、私の、城がああぁああぁああぁああ!」
頭を抱えてアクドルクが叫ぶ。セワスールやロウ、ナリヤは唖然としている。三人の審議官は顎が外れんばかりに驚いている。
そして――
「やれやれ、貴方達は相変わらずですねぇ。水と油というか、鉄と氷と言うべきか。まあ、バトルマンさんも結構やらかしているのは確かなんですけどね」
呆れた様子でリーズが告げ、そしてクククッ、と笑った。どうやら大陸連盟絡みの仕事ではふたりとも何度か動いているようだ。
「……悪いのはこいつ。いつもメチャクチャにする。本当にポンコツ」
『何を! 依頼達成率は一〇〇パーセントなんだぞ私は!』
「その代わり、被害総額もトップクラスでしょうけどねぇ」
リーズはそこまで語った後、それはそうと、と続け。
「ご報告をまだ聞いておりませんでしたね。どうですか? 決着はつきましたか?」
『え? あ~! そうだったそうだった! 私としたことがうっかり忘れるところだった!』
「……お前はうっかりが多い」
『うるさいなぁ。それで、え~と先ず帝国の状況だけど、反帝国軍が主要な砦を無条件降伏させ、さらに砦の騎士や兵士が帝国を裏切り反帝国軍に加わったり、そんなことがなんやかんやと続いて、最終的に反帝国軍が帝都に降伏勧告』
「……随分とふわっとしてるな」
『わかればいいのだよわかれば!』
そんな話を続けるバトルマンとフリージアだが、それを耳にしたアクドルクが、は? と口にし、信じられないようなものを見るような目でバトルマンを見やる。
『その後は皇帝の計画していた非人道的な作戦が明るみに出て帝都の民衆が暴徒化し、騎士や兵士の多数が打倒すべきは皇帝! と声を上げ、それに危機を感じた皇帝ギースは一部の臣下と護衛の騎士や近衛兵と共に隠し通路から脱出――を、試みたんだけど、結局反帝国軍のリーダー、アルドフ率いる部隊に先回りされあっさり捕獲、連行されて今は地下牢に幽閉中との事だね、いや、なのだよ!』
その報告に、アクドルクの顔色がみるみるうちに青くなっていく。
「ふむ、それで、アケチの方はいかがでしたか?」
『そっちも当然調べてきたのだよ! アケチは攻略に向かった英雄の城塁で、ナンバーズの間でも注目株のナガレ カミナギと遭遇』
「……お前、秘密の意味判ってないだろ?」
「まあ、仕方ないですね。後でしっかり箝口令は敷かせてもらいますか」
ジト目のフリージアと嘆息するリーズだが、とにかく話は続けてもらった。
『アケチはナガレにあっさりと敗れて、その後はNoⅡのジャンヌやNoⅢのロンによって連行。ははっ、これはもう逃げられないね~』
事も無げに語るバトルマンであるが、アクドルクの顔にはもはや絶望しかなかった。
「さて、報告は以上のようですが、ふむ、確か、え~と、アクドルク、貴方は先程はなんと言っていましたかねぇ。確か帝国の後ろ盾がどうとかでしたか? しかし、その帝国はこの状況ですからねぇ。残念ですがそれももう期待できないでしょう。後はアケチでしたが――」
そこまで語った後、あぁそういえば、とわざとらしくポンッと手を打ち鳴らし。
「確か、ナガレという冒険者を帝国に向かわせたのはアクドルク、貴方でしたよねぇ。何やら色々と考えて彼を嵌めようとしていたみたいですが、完全に裏目に出てしまいましたねぇ。私も直接はお会いしてませんが、報告によると今回の件、解決するに至ったのは彼の力が大きかったようですからねぇ。反帝国軍が行動に移せたのも彼がきっかけのようですし、アケチに関して言えば、彼が帝国にいたからこそ倒されたとも言えますからねぇ。本当に残念でしたねぇ、折角の縁結びでしたが――」
そこまで語りリーズはアクドルクに顔を近づけ、ニヤリと不敵な笑みをこぼし。
「最後に貴方は、とんでもない縁を結んでしまったようですねぇ――」
「あ、あああぁああああぁああ! 畜生、畜生ぅぅぅうぅうぅ! ああぁああぁあぁあ!」
こうしてほぼ半壊状態の城では、アクドルクの絶叫のみが響き渡った――
結局、すっかり精も根も尽き果てたといった様相のアクドルクは、リーズと共にやってきていた騎士達によって枷をはめられ連れて行かれる事となった。
尤も、まずは王国で行った罪について裁かれる事となるため、まずは王都へと連行され裁判を受け、その後大陸連盟による大陸裁判を受ける形となるわけだが。
ただ、それもすぐに出発というわけには行かず、まずはアクドルクに関する資料を揃えた上で、出立となる。
そしてこれに関しては、バトルマンが無駄にあれこれ壊してくれた為、通常よりも出立までに時間がかかりそうな気配ではあるのだが。
「まるで死んだ魚のような目になってますねぇ」
アクドルクは、一旦は城(半壊状態だが)の地下牢に閉じ込められていた。尤も見張りに関しては領内の騎士ではなく、リーズと共にやってきている騎士やフリージアなどが交代で行っている。
バトルマンに関しては仕事が終わった時点で帰らせた。正直何をしでかすかわからないからだ。
「……くくっ、良いざまだとでも思っているのか?」
「さあ? どうでしょうねぇ。私は別に貴方に個人的な怨みがあるわけでもありませんし。これも仕事ですので」
そう答え笑いかけつつ。
「とは言え、仕事はまだあります。一つ質問をね、これ以上嘘をついても仕方ありませんから、素直に答えたほうがいいと思いますよ?」
「ふん、素直にも何も、もう全てが暴かれてしまっただろうが」
「いえいえ、まだ一つだけ残ってますよ。これを確認しておかなければ私が来た意味がありませんから。そう、例えば、魔神の事とかね」
そう口にし、前かがみになり、リーズは片目を大きく広げ、アクドルクの僅かな動きも見逃さないように観察した。
だが――
「……魔神? あの伝説のか? それが、どうかしたと? 全く、今更おとぎ話なんて話す気にもなれない」
疲れ切ったような顔と声でアクドルクが答える。その姿をじっと見据え、ふむ、と腰を上げ顎をさすった。
「なるほど、そっちとは関係なしですか。これは外れでしたかねぇ」
「? 一体、何の話だよ……」
「いえ、こっちの話ですよ。ま、話は以上です。後は、まあ、大人しく連行されるのを待っている事ですね」
リーズは最後にそう告げると、腕をヒラヒラさせながら地下牢を去っていった。
◇◆◇
「……まさか、特級のSランクだったとはな」
ロウは目の前に立つフリージアを見据えながら告げる。まじまじと舐め回すように見やるロウだが。
「……お前、あまり見ると凍らすぞ」
しかし、どうやらフリージアは男に見られることは好かないようで、氷のような目つきで睨みながら言い放つ。
すると、ロウは肩をすくめ。
「……全く次から次へとこんなに化け物揃いとはな。ナガレの時ほどじゃないが、いい加減自信なくす」
すると、ロウの発言にピクリとフリージアの眉が跳ね。
「……それは、私の方が、ナガレより弱いという事か?」
「……そうだな。あんたも凄いが、ナガレとは文字通りレベルが違う。俺の嗅覚が、そう告げてるのさ」
「……気に入らない」
「……おいおい――」
フリージアがそう述べた瞬間、天井や床、窓ガラスから壁まであっという間に凍てつき、温度も一気に下がった。
「……勘弁してくれ、寒いのは苦手なんだ」
「……ふん。どうでもいい、もうお前に興味はない」
すると、フリージアはにべもなく言い放ち、踵を返してロウの前から去っていった。
尤も、任務が終わるまではまだ城にいるだろうが――とは言え。
「……もしかして、余計なことを言ってしまったかな――」
そう呟きつつ頭をかくロウであった――




