第三八七話 アクドルクは諦めない
「控え給え! この御方は――大陸連盟最高執行官リーズ・グラウ様であられるぞ!」
審議官の口からそれが発せられた時、アクドルクの表情に浮かんだのはただただ絶望だった。
そしてアクドルクを囲む三人の審議官が何かを伝えてくるが、全く耳に入らず、遂には――
「何故だ――何故! こんな事で大陸連盟なんて組織が動く! どうしてわざわざ最高執行官なんて男がやってくる! こんなの、王国の奴隷売買程度の話だろ! それなのになぜ!」
アクドルクが憤る。蹲ったまま床を何度も殴り、そして叫んだ。これまでの余裕のある笑みは消え、恥も外聞もなく涙を流している。
「ええ、勿論それだけの問題ならば、わざわざ私が出てくることはありませんでしたね」
すると、リーズが蹲る彼を見下ろしながら質問に答えた。アクドルクが顔だけ振り返らせ、その姿を見上げる。
だったら何故? という怪訝な空気。
「ですが、ここに並べた証拠資料からも判る通り、これはもはやただの一領地の問題ではすみません」
人差し指を額に当て、トンットンッと叩きつつ、彼は更に続けた。
「この契約書一つとっても、貴方が帝国と密な関係にあったのは自明の理。それに冒険者連盟を通して、貴方には国家転覆を企てようとしているという報告書も上がりました。それにその中に記載されていた貴方の隠しアビリティについても見過ごせませんでしたしねぇ」
「そ、そんなことまで判っていたというのか……」
「ええ、勿論、帝国が生み出した勇者という名の化物、アケチとの関係もね。直接の面識はないにしても、第三者を通して彼のことは知っていましたよねぇ? まあ、既にその全てがハラグライの記憶から露見しましたから、ごまかそうとしても無駄ですけどねぇ」
アクドルクが奥歯を噛みしめる。両の拳を握りしめる。だが、確かに大陸連盟の最高執行官が認めた魔導具だ。今更ごまかしようもない。
「アクドルク、これで貴様も、本当に終わりのようだな」
「……まあ、名前通り悪どい匂いがプンプンしていたけどな」
「――自らの利権のため、レイオン卿やジュエリーストーン卿に罪を着せようとするなどなんたる卑劣な! だけど、それも終わりです」
セワスール、ロウ、ナリヤもアクドルクへ怒りや呆れや責めるような言葉を、浴びせていく。
すると――
「ふざ、けるなぁあああぁああ! 何も知らないくせに! 何も判っていないくせに! 勝手な事を言いやがって! 利権の為だと? そんな下らない! 小さな目的の為にこれだけの事を私がやったと? 貴様らに何が判る! 私の目指したものが! 私が求めるものが!」
蹶然し、腕を思いっきり振り上げ、言い立てる。アクドルクとて、大義名分があった。大義親を滅す覚悟だってあった。
「……何を言おうと、お前はもう終わり」
しかし、そんなアクドルクへ、フリージアが冷たく言い放つ。身震いするほどの冷ややかな声と目で。
「彼女の言うとおりですね。私が来ている以上、そして全ての罪が暴かれた以上、貴方の確保は絶対です。あまり手荒な真似はさせたくありませんが、彼女は強いですよ? 余計な抵抗はしないほうが見ないほうが身のためですねぇ」
リーズが忠告する。尤も、アクドルクには隠しアビリティの縁結び以外にこれといって取り立てる程の能力はない。
精々弓術に多少精通しているぐらいのものだ。それではここにいる冒険者や騎士には勝てない。
「ふふっ、あ~っはっはっはっは! そうだ、そうだよ! 私は何を焦っていたんだ! こんな事どうって事はない! そう、どうってことはないんだ!」
だが、にも関わらずアクドルクが突如高笑いを決め込んだ。
「……一体何を言っているのだ?」
「自暴自棄にでもなっているのか?」
「アクドルクよ、執行官様の申される通り、もうこれ以上は」
「黙れ黙れ黙れーーーーシャラーーーーップ!」
アクドルクが魂のこもったシャウトを発する。その様相に、審議官達は唖然となった。
「アクドルクよ、いい加減悪あがきはよすのだな。あまりに見苦しいぞ」
すると、セワスールが険の篭った声で言い放った。いい加減これ以上の醜態を晒すのは寄せと諭しているようですらある。
そうでなければ、あまりにハラグライが報われないとでも思ったのかもしれない。
だが――
「黙るのはお前たちの方だ。忘れたのか? 私はお前たち自身が言っていたように、帝国と密な関係にある。そしてそこの執行官が言うところの化け物のアケチともな! つまり、この私を捕らえるということは、すなわち帝国とアケチを敵に回すのと一緒だということだ! 例え大陸連盟が出てこようと一緒だ! そうだ! アケチは凄まじい力を持っていると聞く! 大陸連盟も冒険者連盟も関係あるか! さあどうする? それでもこの私を捕まえると――」
――ドゴォオオォオォオォオォォオオオン!
その瞬間だった。まさに今、アクドルクが開き直ったその時、城の天井に穴があき、そしてそれはアクドルク達のいる部屋にまで及び、何かが部屋の中心あたりに落下してきたのだ。
瞬時にして城内は騒然になる。なんだなんだと大騒ぎになる。部屋の中は煙が充満し、塵芥が宙を舞った。
「……うざったい」
だが、フリージアがそう呟くと、周囲に充満していた煙が突然冷えて固まり、そして細かい結晶となって散開した。
それはまさに、あっ! と言う間の出来事であったのだが――煙が晴れた部屋の中心には、見事な穴が穿たれていた。
「な、なな! なんだこれは! 私の城が、なぜこんな事に!」
「……なんだ、お前が何かやらかしたんじゃないのか」
すると、天井や床にあいた穴を見て、アクドルクが喚きだす。
それを認めたロウは、アクドルクの行為でないことを不思議がった。
「し、しかしだとしたら、い、一体何事ですかなこれは?」
「て、敵襲、とか?」
しかし、ナリヤも自信がなさそうだ。そもそも敵襲といっても、アクドルクすら何も知らなさそうなのである。
「――ふぅ、相変わらず派手な登場ですねぇ」
「……あの馬鹿、絶対やめさせたほうがいい」
だが、彼らの疑問はリーズとフリージアの発言で解消されそうであった。
ふたりの口調は、この原因を知ってそうであり――すると、ゴオォオォォオオオーーーー! というドラゴンの息吹のような音を撒き散らしながら、紅い全身鎧に包まれた何者かが穴から姿を見せ、更に元々天井だった場所スレスレまで浮上していく。
「な? 何だアレは!」
「鳥か?」
「悪魔か?」
三人の審議官がその鎧姿の、とはいっても、その鎧はこの世界の人々からすれば、見たこともないような複雑な形状をしているわけだが――その物体に指をさし口々に声を上げた。
『ア~ッハッハッハッハ、ア~ハッハッハッハ!』
すると、その謎の物体が突如声を上げて笑いだした。
「こ、こいつ! 喋るのか!」
アクドルクがソレを見上げて、そんな事を言う。
だが、その声は妙に無機質なものでもあり、まるで作られた声のようでもある。
『おお! こんなにも見てくれる人がいるとは! これはチャンス! さあとくと見よこの勇姿! その眼に焼き付けろこのボディ! 私こそはアメリカが生んだ正義のヒーロー! スーパーなヒーロー! その名もバトーーーールマーーーーーンて、うわぁああぁあああぁ!』
そして、何故か得意そうに口上を述べるヒーローであったが、その途中で、無数の氷の塊がそのボディを狙った。
着弾し、思わず声を上げるバトルマンであったが、全弾命中したにも関わらずそのボディには傷一つ付いていない。なんという頑丈さか。
「……チッ」
『チッ、じゃなーーーーい! 突然なにしてくれてるのよ、じゃなくて! なにしてくれているのだ! フリージアよ!』
舌打ちするフリージアに、名指しで文句を述べるバトルマンであり、その様子から二人が知り合いなのは明白だ。
そして、それを見ていたリーズがやれやれと頭を振る。
さて、果たしてこのバトルマンとは、何者なのか――
一体何者なのかーーーー!
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