第三八六話 アクドルク絶体絶命
次々とアクドルクが奴隷売買や非合法の薬物に手を染めていた事を証拠品と共に明かしていくセワスール、ナリヤ、ロウの三人。
それに加え、謎のローブを来た男と蒼髪の少女が加わり、アクドルクも遂に年貢の納め時かと思われたが――
しかし、アクドルクがそこで語ったのは、自分の側近であるハラグライが、知らないうちに犯罪に手を染めていたという偽りの言葉。
そのことに、審議官達が驚き、そして話し合う。
そんな三人を眺めながら、アクドルクは悔しそうに涙を流す振りをしつつ、この現状を憤っていた。
なぜなら――例えアクドルク自身が難を逃れることが出来たとしても、ハラグライの責任ともなれば、エルガやオパールに罪を着せ領地を剥奪させ、その後任としてアクドルクの手の内にある貴族を添えるという策が頓挫することに繋がるからだ。
これで、またアクドルクは一から策を組み立て直す必要が出てしまった。しかも今回の件が公になれば、アクドルクとて暫くは裏の仕事に手を出すことは出来ない。それは経営的にも非常にマイナスだ。
そのあまりの悔しさに、彼の心臓ははち切れんばかりであった。アクドルクには大義があった。この王国を、平和などという言葉でごまかし続け、現実から目を背け、未だに愚かな為政を続ける王国を根本から叩き切り、そして彼自身が王となり理想の国家を作り上げる。
そしてそれを足がかりに、この世界の全ての亜人を奴隷化させる。そう亜人のような劣等種は人間より下でなければいけない。
この世界は人間こそが、アクドルクのような優れた人間のために存在しなければいけないのだ。
そしてその理想は確実に近づいていた筈だった。ナガレというイレギュラーな存在も、帝国との取引が大きくなる際に、やってきた英雄アケチの使者を名乗る男から作戦を施してもらい、それで全てが上手くいくはずだった。
だが、その野望が、今また――ゼロに……。
「つまり、全てはハラグライが一人でやったもの、と、そういうことなのですね?」
「はい、調べて貰えればわかりますが、全ての取引はおそらくハラグライが一人でやっているはずですし、この裏帳簿を見てもらえれば判ると思いますが、取引で生じた利益は全てハラグライの物として銀行に登録されております」
「む、むぅ、確かに言われてみれば」
「そうなると、やはりこれは側近のハラグライが一人で――」
「お待ち下さい」
だが、審議官三人も徐々にハラグライが犯人説に納得をしそうになったその時、再びセワスールが声を上げた。
「私は、この事件にアクドルクが関与したと思われる証拠をまだ持っています」
「ば、馬鹿な事言うな! そんなものあるものか! ハッタリだ!」
だが、そこですぐさま立ち上がり異を唱えたのは、アクドルクであった。これまでの余裕の感じられた表情はすっかり変化し、セワスールに向けて憎々しげな視線を向け続けている。
「……嘘ではありません。これが証拠です」
だが、セワスールは構うこと無くその証拠を審議官にもアクドルクにもよく見えるように提示した。
それに、審議官も、アクドルクも目を丸くさせる。
「な、なんでこんなものが……」
「せ、セワスール殿! これは一体!」
「これは――」
「これは、ルプホール卿と帝国の領主との間で交わされた、奴隷取引の契約書ですよ。これにはしっかりとアクドルク本人の印影も残されてますねぇ。それに帝国側には領主の印影以外に、皇帝のサインがありますからねぇ。これはつまり皇帝とも蜜の関係にあった証明とも言えるでしょう。証拠としては、かなりのものかと思われますが」
ふふふっ、と不敵な笑みをこぼすはローブ姿の男。わざわざセワスールの後を引き継ぐように説明してみせたその存在に怒りを覚えるアクドルクであり。
「馬鹿らしい。こんなものが証拠になると本当に思っているのですか? そもそもこの紙も怪しい。私はこれまでこんな色の紙は見たことがない」
「まぁ、それはそうでしょうねぇ。これはコピーと言って、ようは原本を複写したものですから」
その説明に、アクドルクがニヤリと口角を吊り上げた。
「ほらみたことか! やはり偽物――ッ!?」
「ですが、原本をもとにそっくりそのまま複写されているものなので証拠としては十分取り扱えます」
ヌッと顔を近づけ、その四白眼で考えを見透かすように告げる。
その様子にアクドルクは妙な説得力を感じた。
だが――
「……例え、例えそれが本物だとしても私がやったと決めつけるには不十分ですね。あのハラグライは変装の名人だ。やろうと思えばいくらでも私の振りが出来るし、印だって持ち出せるでしょう」
「アクドルク!」
その言い草に、遂にセワスールが声を張り上げる。
「確かに、ハラグライ殿は愚かな事をした、犯罪に手を染めた! だが、あの男は、最後までお前の罪を背負い、全ての責任を負う覚悟で死んでいったのだ! それに、何も思うことがないと言うのか!」
「……あるわけないだろ。むしろ裏切られたのは私だよ。本当に、心の底からがっかりだ。あの男のせいで、今私は見に覚えのない罪を着せられようとしている」
感情もなく、冷たく言い放たれたその言葉に、セワスールの肩が震え、そして――
「貴様ぁあああぁああぁあ!」
今度は拳を振り上げ、殴りかかりそうになるが――その時だった。
「……短気は損気。それに、そんな事をしても、こいつを喜ばせるだけ」
セワスールの動きは止まっていた。彼が自ら止めたのではない。間に入った蒼い髪の少女が手を軽く上げただけで、セワスールの全身が凍りついたのだ。
勿論、凍りついたといっても、薄い氷がまとわりついた程度の話であり、痛みもなければダメージもない。
だが、体だけは、ピクリとも動かない。
「……あんた、一体何者なんだ?」
その光景に、ロウが目を見張り、そして尋ねるが。
「……そのうちわかる」
彼女の返しはそれだけであった。
「ふ、ふん、乱暴な男だ。全くこんな男を護衛騎士として仕えさせているとはな。ルルーシにはよく言い聞かせておかないといけないようだ」
「ふふふっ、その表情、その口調、段々と素の方が大きくなってきたじゃありませんかぁ」
「……黙れ。大体貴様は――」
「ですが、貴方に彼のことをとやかく言える日は、きっともう二度とこないと思いますよ」
だが、またもやアクドルクに全てを語らせず、男はそのまま話をすすめる。
「……意味がわからない。大体からして今回私はただの被害者だ。それ以上でもそれ以下でもない。迷惑を被っているのは――」
「これが最後の証拠です」
だが、やはり話は聞かず、男はテーブルの上にそれを置いた。
それは妙な形をした物体だった。台座があり、四本柱のようなものが台座から立っており、その柱に繋がるように青白い球体が添えられている。
「……何だこれは?」
「魔導具ですよ。とある魔導発明家が作ったねぇ。名称は確か魔導映写機と言ってましたかねぇ」
その説明に、訝しげな顔を見せるアクドルク。一方審議官は不思議そうにその魔導具を眺めていた。
「それで、これが何だと言うんだ?」
「この映写機の特徴は、記憶を読み取って映し出せることにあります」
「……記憶を読み取って?」
「はい、そして重要なのは、記憶というのは魔力によって死後も暫く残され続けるんだとか。まあこれはその発明家が教えてくれたことですけどね。そして魔力というのは例えステータス上は表示されていなくても微弱ながら生物の体を巡回し続けている。彼の話だと、それは魔法で使う魔力ともまた違って、活動魔力というそうですが、まあ、細かいことはおいておいて――ようはこの魔導具があれば、死んだ相手の記憶も覗き見れるということです」
それを耳にした途端、アクドルクの顔から血の気が失せていく。
「もうおわかりになられたと思いますが、実は事前に、セワスール様から遺体を見せていただいておりまして。その記憶を、このMPカード、これもその発明家が作られた物ですが、これに記憶してあるのです。これをセットして――起動すると」
すると、魔導具が動き出し、立体的な映像がその場に映し出される。
「ちなみにこれはホログラムというもの、つまり今皆様が見ているように、まるでその場にあるかのように記憶の映像がみれるってわけです。さて、それでは見せていただきますか。貴方とハラグライのやり取りを」
それを目にし、彼の発言を耳にした途端、アクドルクがその場にガクリと崩れ落ちた。
そして――まさに今、アクドルクとハラグライの会話、つまり、アクドルクがこの件に関与している絶対的な証拠が目の前で繰り広げ終わったところで、魔導具が起動を止めた。
「こ、これは凄い……」
「確かにこれはもう、決定的な――」
「嘘だぁあぁあああぁああ!」
だが、審議官がまさに今アクドルクとハラグライの罪を確定付けようとしたその時、彼が叫んだ。
「こんなのはでたらめだ! 大体、こんな魔導具聞いたことが無い! きっとこれは、記憶じゃなく事前に用意されていた嘘の情報を!」
「残念ながら嘘ではありませんよ。なぜなら、この私がこれを用意し、ハラグライの遺体も確認し、そして記憶をみたからです」
だが、そんな彼の言葉を一蹴するように、ローブの男が言い放つ。まるで、自分がここにいる以上、間違いはありえないと言わんばかりに。
「な、なんなんだ! なんなんだお前は! さっきから邪魔ばかりしやがって! 一体何の権限があって!」
「いい加減にしないかアクドルク!」
男に指を突きつけ、我を忘れて怒鳴りつけるアクドルク。そんな彼に待ったをかけたのは、三人の審議官だった。
「な、ど、どうして?」
「ふぅ、流石にこれはもう、明かさなければ仕方ないと思うのですが、いかがでしょうか?」
「ふふっ、そうですねぇ。ま、仕方ないですかねぇ」
アクドルクが狼狽え、そして審議官がローブの彼に尋ねる。すると彼は頭を振りつつ、それを認め――
「い、一体、一体こいつは――」
「ルプホール卿、いい加減口を慎み給え!」
「その通り、この御方に対するそれ以上の無礼は、ますます自分の立場を悪くさせるだけですぞ」
「な、だから! 一体誰なんだこの男は!」
「控え給え! この御方は――大陸連盟最高執行官リーズ・グラウ様であられるぞ!」