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第三八五話 手帳と帳簿

「これはこれはセワスール殿。まさかこのような場所までやってくるとは……しかしおかしいですね。貴方やナリヤ殿の事は、義妹のルルーシが探していたようなので戻ってきたなら先ず、私に知らせるよう伝えておいたのですが」

「それは不要だと伝えさせて頂きました。少々急ぎの用事があったもので」


 その返しに、一瞬眉をしかめるアクドルク。なんとか表情を取り繕うが、先程声がしたメイドといい使えない使用人達に殺意が湧いた。


「なるほど、そうでしたか。しかし、そちらには一人見知らぬ御方がいらっしゃいますが彼は?」

「……俺はロウ、冒険者だ」

「は? 冒険者? さて、冒険者の方がなぜこちらに?」

「ロウは、今回の事件の真相を解き明かす上でかなり貢献して頂いたので同席して頂いている形です」


 これにはナリヤが答える。すると、事件という言葉に審議官の三人もその目を丸くさせた。


「ははっ、ああ、あの件ですか。いやしかし、その事は今でなくても良いのでは? それに、実は今は見ての通り、大事なお客様と会議中でして。なので、その件はまた後にして頂けると――」

「だからこそですよアクドルク卿。これから話す件は、ぜひともその審議官の皆様にも聞いていただきたい事ですから」


 アクドルクの眉がひくつく、笑顔が凍りつく。鬱憤が心のなかで渦を巻き、行き場のない感情が彼の精神を蝕んだ。


「それにしたって君、少し失礼じゃないのかな?」

「そうですな。見たところ騎士のようですが、それにしては少々礼節に欠けていると思いますぞ」


 だが、そんな最中、意外にも助け舟を出してくれたのは審議官の者たちであった。


「――もうしわけありません。ですが、どうしても今この場で知らせておかねばいけないことでして」

「だとしてもだ。約束もなしに突然ドタドタと部屋に入り込んでくるなど常識外れにも程があるではないか」

「その通りですな。我々は今、ここにおわせられるルプホール卿と対談しているのですから」

「どうしてもというなら、上を通して王都の方に取り次ぎ給え」


 この三人の反応に、アクドルクはニヤリと心の中で笑みをこぼした。

 そして三人を向き直り。


「こういうわけです。本当に今は大事な話の途中でして、皆様のお相手はどうしても出来ない。大事なお客様の機嫌を損なうわけにはいきませんし、どうかここは一つ――」

「まあいいではないですか」


 アクドルクが三人の審議官の意見を盾に三人を部屋から退出させようとしたその時――


 突如ふたりの男女が部屋に上がり込み、そしてアクドルクに向けてそんな事を述べる。


 一人はローブ姿で灰色の髪で片目だけ隠し、もう片方の目はどこかアクドルクを値踏みしてくるような、そんな四白眼が特徴的な男である。


 そして女性の方は、蒼髪で綺麗だがやけに冷たい瞳をした少女だった。

 

 アクドルクは男の声は今さっき聞いたばかりで聞き覚えがあった。確かメイドに向かってたしなめるような事を言っていた男だ。


 人の城で何を勝手なとは思ったが――とりあえずにこりと微笑み。


「あの、貴方は、へ?」

 

 誰何しようとする。だが、男はアクドルクの横をすり抜け、そして事もあろうに審議官の三人の前へと近づいていった。


 当然審議官の三人は驚き、何だね君は! などと声を上げるが――


「……へ? し、失礼いたしましたーーーー!」

 

 男が何かを三人向けて呟くと、突如態度を改め、三人が背筋を伸ばし謝罪の言葉を述べる。


 それにわけもわからず目を白黒させるアクドルクだが。


「それじゃあ、彼らもこの件に立ち会わせて大丈夫だね?」

「は、はい! ルプホール卿も、今回の件に関わることであれば、彼らの同席は問題ありませんな?」


 へ? と思わず間の抜けた返事を見せるアクドルク。だが、ここで何を言ったところで審議官が考えを改めそうにないことはその表情から察することが出来た。


 心の中はムカムカと苛々でどうにかなってしまいそうである。しかも突然乱入してきたこのふたり、特に男のほうが何かを呟いてから態度が一変してしまった。


 しかし肝心のその男は、未だ名前すら明かそうとしない。


「は、はは。ま、まあ、審議官の皆様がそう言われるなら。しかし、おふたりは一体何者――」

「だそうですよセワスール卿。さあ、どうぞ始めてしまってください」


 しかし、問いかけが終わる前に彼は勝手に話を進めてしまった。思わず笑顔がどす黒くなっていくのを感じるアクドルクであり。


「おやおや、随分と怖い表情ですねぇ。折角の色男が台無しですよ? ほらほら、先程まで見せていたようにスマ~イル、スマ~イル」

「あは、は……」


 しかしぎこちない笑顔しかみせられないアクドルクである。


 しかもその後セワスールが机の上に置いた黒革の手帳を見て、更にその笑顔を引き攣らせた。


「先ず皆様にはこの中身を確認して頂きたく思います」

「え? この手帳をですか? しかしこの手帳は一体?」

「この手帳は、以前この城にて騎士として仕えていたギネンという男のものです。そしてこれには――今回の事件の核心に迫る内容が記されております」


 いつの間にか握りしめていた拳に、はちきれんばかりと力を込めるアクドルクであり。


「こ、これは!」

「ま、まさに今問題になっている、奴隷商人とのやり取りについて、それに、こんな、非合法な薬物についてまで詳細に!」

「い、一体全体どういうことですかなこれは! ルプホール卿!」


 ついに、疑惑の白羽の矢はアクドルクに向けて放たれ、そして突き刺さった。

 

 アクドルクにとって、最悪に想定していた事態が起きてしまったのである。


「……正直、その手帳に関しても中身に関しても見に覚えがありませんね。大体、これが本当にギネンの物という証拠はあるのでしょうか?」


 だが、アクドルクは落ちなかった。証拠である手帳そのものを否定し、見たこともないと突っぱねる。


「……それは間違いないな。この俺の鼻がそう判断したのだから」

「はい? 鼻、ですか? これは驚いた。まさか、これが本物だと決めつける根拠が、どこの馬の骨ともわからない冒険者の鼻とは」

「しかしルプホール卿、彼の鼻は確かです。この手帳はこの街近くにある古代迷宮で埋められていた物ですが、彼は匂いだけを頼りに一発でその場所を探り当ててみせたのですから」


 ナリヤが反論するように述べる。だが、アクドルクは決してそれを認めない。


「そんなもの、主観でしかない。鼻が良かったなど別にどうとでも言えることでは? そんなもの証拠には――」

「……なる」

「はい?」


 ナリヤの反論を一蹴するアクドルクであったが、そこへ蒼髪の美少女が口を挟んだ。


「……その男の嗅覚は間違いがない。私がそう言っているのだから絶対」

「いや、そんな無茶な――」

「……絶対に、間違いない」


 射抜くような視線でアクドルクを睨む少女。それに思わずたじろぐ。

 そしてそれを聞いていたロウは、彼自身が怪訝な顔をしていた。勿論嗅覚に自信はあるのだろうが、なぜそれをこの女が断言できるのか? といった思いもあるのかもしれない。


 どちらにせよ、セワスールから更に説明は続けられる。


「ロウの嗅覚が間違いないのも事実ですが、これを手に入れた時、ハラグライもまた、この手帳を狙ってきました。それもアクドルクの関与を証明する事となる筈です」

「ハラグライというと、彼の側近で元王国の正騎士のか?」

「しかし、そのハラグライ殿はどちらに?」

「……彼は死にました。私達の命を狙ってきたので――迎え撃つしかなかった形です」


 セワスールは隠すこと無くそれを告げた。アクドルクはその一報に、あの役立たずが! と心のなかで毒づいた。


 可能性はあったが、みすみす手帳まで持ち帰らせるとは失態以外の何物でもない。


 だが、それでもアクドルクはしつこかった。


「なるほど、ですが、それであればこういう可能性もありますよね? あまりルルーシの護衛をされている騎士殿にこんな事はいいたくありませんが――貴方が私の側近をその手に掛け、そして手帳を奪い、全く別の内容に書き換えた、そういう可能性もね」


 それは、まさにハラグライがアクドルクに告げた策であったが、今回はそれを逆に利用した形だ。


 咄嗟に出た返しであったが、これは意外に上手くいくかもしれないと思ったりもする。


 手帳をわざわざ向こうから持ってきたことで、逆にエルガやオパールを追い詰める緒が掴めるかもしれないと、そう考えたわけだが。


「そうくるとは思いましたよ。ですので、ここにもう一つ証拠品を提出させて頂きます」


 だが、セワスールはそんなことでは狼狽えたりしない。むしろそれは想定内だといわんばかりにある書類を提出した。


「こ、これは!」

「まさか!」

「はい、ここイストフェンスの領地経営において、隠し続けられていた――裏帳簿です」


 審議官が帳簿の中身を確認し、そして驚きの声を上げた。なぜなら帳簿にはしっかりと奴隷の売買や非合法の薬による収入や利益が記されていたからである。


 それを目にしながら思わず、どうしてそれを、と声に出しそうになるアクドルクであったが――しかし既のところで飲み込み。


 審議官から、これは一体どういうことか! と、説明をしてくれ! と詰問される中――


「皆様申し訳ありません! この不始末の責任は、領主である私にこそあります!」


 そう声を上げ、アクドルクが深く頭を下げた。


「それはつまり、今回の事件への関与を認めるという事ですかな?」


 それを認めた審議官の一人が、アクドルクに確認するが――


「はい、信じたくはありませんでしたが、これだけの証拠が揃っているなら認める他ないでしょう。まさか、あれだけ信頼していたハラグライが、私に隠れてこのような真似をしていたなど――本当になんとお詫びをしてよいか……」


 だが、肝心のアクドルクが認めたのは、自分ではなく、ハラグライが罪を犯したという事だけであった――

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