第三八一話 裏切り者は誰だ?
「こ、皇帝陛下! どうか、どうかお開けください!」
「街のものが暴徒化し、しかも、兵までも、どうか、どうか~~~~!」
「おい、いたぞ!」
「あいつらが帝都の人間を爆弾にしようとした魔導師共だ!」
「許せねぇ! 八つ裂きにしてやる!」
『ひ、ひぃいぃいい! 違う、私達は、ただ、ただ皇帝に命じられただけで、ギャァアアアアァア!』
魔導師達の断末魔の悲鳴が謁見室とを隔てる扉の向こう側で響き渡った。
事はあまりにも早かった。あの声によって露見された暗愚な皇帝ぶり。そのあまりに非人道的かつ醜悪で極悪非道な愚策によって帝都臣民達の心に一気に火がつき、燃え上がり、そして暴徒と化して城へと押し寄せた。
しかも、この件に関しては帝国騎士団の多くの兵や騎士も怒りを露わにしており、騎士団でそれ相応の立場あるものですらも、帝国旗を切り裂き、燃やし、今討つべきは反乱軍ではなく愚かなる皇帝ギースである! などと声たかだかに宣言してしまったほどだ。
その結果、本来固く閉じなければいけないはずの城門すら兵たちによって早々に開け放たれ、暴徒とかした民が津波のごとく勢いで城になだれ込んできたほどである。
皇帝と一部の大臣や臣下の者は謁見室にこもり続けているがまさに針のむしろ。今部屋に残っている僅かな騎士を除いては全く当てに出来ない状態だ。
そしてそれは他の貴族にしても同じだ。城に仕えていた侯爵などは早々に城を見限り、巻き添えにならないよう逃げ出した。
屋敷に戻れたものはそのまま鍵を閉め、家族とともに震えながら嵐が過ぎ去るのを待った。
勿論全員が間に合うわけもなく、この騒乱に巻き込まれかなりの人数が死亡した。
「ギース! 出てこーい!」
「さっさとこの扉を開けやがれーー!」
「おい、いいからとっととぶち壊せ!」
「あの新しく入った長柄の槌を持ってこーーい!」
「破城槌を用意しろ! 魔法の使えるのは撃ちまくれ!」
扉の外からは多くの民や兵の声が聞こえてくる。
固く施錠はされている。扉も厚く、物理攻撃にも魔法攻撃にもある程度は耐えられる性能を備えている。
だが、それでも数が違いすぎた。何せ今この場に留まっている者以外は、兵や騎士も含めて全てが敵だ。謀反を起こされ、今まさに皇帝の首を狙おうとしている。
「くっ! 馬鹿どもが! 所詮家畜の分際で、この我に楯突くなど、よもや我が帝国の民がここまで愚民だらけだったとはな! エルガイル! 貴様も貴様だ! お前がいながら、兵どもにここまで好き勝手されるとは!」
「は! も、申し訳ありあせん!」
帝国騎士最強と呼び名高いエルガイルも、まさか騎士や兵がこぞって反旗を翻すとは思っていなかったのだろう。
額からは脂汗がにじみ出ていた。
「しかし陛下、こうなってはここもそう長くは持ちません。逃げる準備を進めた方が宜しいでしょう」
「し、しかし逃げると言ってもどこへ?」
臣下の者が不安そうに尋ねる。するとギースはふん! と鼻を鳴らし。
「……皇帝陛下、これはあくまで私の勘ではございますが、陛下ほどの御方であれば、いざという時に脱出が可能な隠し通路のような物を準備されているのではありませんか? 元々はそういった予定もあったようですし――」
アレクトが問いかける。するとギースは一瞬渋い顔を見せながらも、こうなっては仕方ないか、と口にし。
そして立ち上がり、玉座に手をかけ念じるように瞼を閉じた。
すると、突如玉座が横にずれ始め、その下からなんと隠し階段が姿を見せた!
「ここから帝都の外の洞窟に出ることが出来る。そこからならば脱出も可能だろう。
おお! と臣下達が声を上げる。ただ、大臣はあまり驚いていない辺り、彼らは事前に知らされていたのだろう。
「流石は陛下でございます。ただ、逃げる前に一人、裁かれなければいけない人物がおります。それをはっきりさせておきましょう」
「何? それは一体どういうことだ? 誰のことを言っておる?」
皇帝の目つきが急に鋭いものに変化した。それに恐れおののく臣下達であるが。
「出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません陛下。ですが、許可を頂けたと判断し進言させていただきます。此度の騒動の件、恐らくですがここにおわす騎士団長殿が反乱軍と裏でつながっていた故に起きたことかと」
アレクトは頭を下げ、その上で――その男にとってとんでもない爆弾を放り込んだ。
恐らくと断りを入れながらも、まるで断言するかの如く言い放つその堂々たる様子に、エルガイルは目を見開き、そして叫んだ。
「ふ、ふざけるな! なぜ、何故私がそのような真似をせねばならぬ!」
「ですが、エルガイル、貴方が裏で糸を引いていたと考えれば、色々と説明がつくことも多いのですよ。何より陛下の側に常に立ち、控えていた以上、その声を届ける事とて出来たはず」
「な、ならば貴様はどうなのだ! 冷静に考えればアレクト、後からやってきた貴様の方が怪しいであろう! 裏で反乱軍とつながっていた可能性だって私より高い!」
「お忘れですか? 私は多くの部下と一緒に戻ってきたのですよ。もしそれで反乱軍と通じていたのであれば、誰か一人ぐらい気がつくはずです。それに、私には動機がない」
「娘の事があるではないか! 娘の命のことがあれば!」
「あれは、致し方ないことと私は割り切っております。何よりも、あの件はこの部屋にきてから伝えられたもの、それから反乱軍との間でやり取りをおこなうなど不可能です」
血管を額に浮かび上がらせ怒りの形相でエルガイルがアレクトを睨めつける。
だが、彼女は冷静なものだ。
「しかしアレクトよ、それであれば、このエルガイルには何か動機があるということか?」
「はい、しかも至極判りやすい動機がございます」
「ほう」
「み、耳を貸してはなりませぬ陛下! この女は口から出まかせを!」
「例えば先程陛下は、この男がいながら何故、兵たちに好き勝手されるのか? と叱咤されておりましたが、あれが逆であれば話は変わってまいります」
「逆、だと?」
「はい、つまり、この男がいたからこそ、ここまで騒ぎが大きくなったのではないか? という事です」
「ば、馬鹿な! 貴様よりにもよって陛下にむけてなんてことを! この、私が、私が!」
怒りの収まらないエルガイルはただひたすらにアレクトを怒鳴りつけるが、彼女に比べるとただやみくもに怒鳴り散らしているようにしか見えない。
「この男は、帝国軍の騎士団長という立場にあり、更に帝国騎士の中でも最強と呼び名高い男です。此度の件、この男が反帝国軍と結託し引き起こし、その結果兵士や騎士までもが謀反を起こすきっかけとなっていたら? そして、陛下が耳にするにはあまりに穢らわしい内容かとも思われますが、この騒ぎに乗じて、ここにいるエルガイルが陛下のその首を取った時、次期皇帝の座は一体誰のものとなるか――」
馬鹿な! 馬鹿な! とエルガイルが繰り返す。目を見開き、白目をすっかり充血させ、疑念の目をアレクトに向けるが、あまりに突然にかけられた容疑に、どう反論していいか考えあぐねている様子。
「陛下、ここで更に決定的な話がございます」
「申してみろ」
ギースの目はすっかり疑いのそれに変わっていた。エルガイルを見る目が信頼から疑惑へと変化している。
「先程の人間爆弾のお話ですが、今ここにいる者の中で、陛下とこのエルガイル以外に知っているものはおられますか?」
エルガイルの表情がこわばる。充血した目で、一体今度は何を言い出すつもりだ? と訴える。
「……いや、この事はあのアケチ以外では、術式を伝えられた魔導師と我とそこの男だけであるな」
「そうなると、妙な話でございます。先程のあの声は、アケチについても触れておりましたが、最も際立っていたのは人間爆弾についての一連の会話。まるで最初からその話を引き出して、利用しようとしていたようではありませんか。どうですか? エルガイル団長」
「な、な! 馬鹿な! そんなのは偶然だ! たまたまだ! 大体、その話ならば魔導師だって!」
「馬鹿が! もし魔導師が関わっていたならとっくに逃げておるだろうが! しかしあきらかに先程助けを呼んでいたのはその魔導師! 語るに落ちたなエルガイル!」
「お待ちを! お待ち下さい陛下! これは何かの間違いです! 私が陛下の首を狙うなどそのような馬鹿な真似を!」
「いい加減にしなさい。さあ、観念するのですエルガイル!」
アレクトが剣を抜き、エルガイルを追い詰めようとする。すると、エルガイルの顔中に血管が浮かび上がり、ウガァアァアアァア! と吠え上げ腰の剣を抜いた。
「貴様の、貴様のせいで! 全て貴様のせいで!」
「己、遂に本性を表したなエルガイル!」
「アレクト様、お気をつけください! 追い詰められた奴は何をしでかすがわかりませんぞ!」
「いや、私の事はいい。それより陛下をお守りしろ。いますぐその隠し通路から全員を連れて逃げ出すのだ! お前たちは私の信頼する部下だ、何が大事か判っているな?」
ハッ! とアレクトの部下が声を上げ、さあ陛下こちらへ、と他の護衛騎士ともどもその場から逃げ出そうとする。
「……エルガイルよ、まさか貴様が裏切り者とはな。すっかり失望させられたぞ。アレクトよ、構わぬ、その愚か者をとっとと切り伏せてしまえ!」
最後にそう言い残し、皇帝と大臣、そして臣下達はその場を後にした。
その場に残されたのは、アレクトとエルガイルの二人。
「き、貴様よくもこのようなふざけた真似を! 一体どういうつもりだ!」
そして、皇帝の姿が見えなくなった後、エルガイルが怒りを露わに問いかける。
「何の話かは判らないな。ただ一つ言えるのは、今私の目の前にいるのは、愚かで惨めで浅慮な騎士団長だという事だ」
「なん、だと――」
ギリリ、と奥歯を噛みしめる。謁見室の扉が激しく揺れていた。外では怒号が飛び交っている。まだ少し持つとは思うが、あまり長居している暇はないだろ。
「……一つだけ聞く。貴様、アケチに餌として私の夫を優先的に使ってほしいと願い出たというのは本当か?」
アレクトが問う。とある筋から聞いた話だった。結果的には仲間の黒騎士も犠牲になったが、その作戦はそもそもアレクトの夫ありきだったのだと――
「……ははっ、なるほど! そういうことか! これで理由がはっきりした! やはり、やはり裏切り者は貴様だったのだなアレクト!」
「……質問しているのは私だ」
「――ふん、ああそうだ。そのとおりだよアレクト。だがな、それもこれも全てお前が悪いんだ! 貴様をこの誉れ高い私が抱いてやろうと誘ってやったのに! 断った貴様がな! この私に抱かれる事がどれだけ名誉な事かもわからず、しかもよりによってあんな男と結婚しやがって! この私の誘いを断って! あんな問題児と! だから、思い知らせてやったのさ、お前も、あの身の程知らずの男もな!」
醜悪な顔で、質問に答えるエルガイル。予想はしていたであろうが、直接耳にしたことでアレクトもまた、怒りに肩が震えた。
「そうか判った。それだけ聞ければ十分だ。これで心置きなくお前を――滅する事ができる!」
剣先を突きつけ、その炯眼で相手を射抜く。だが、エルガイルには気にしている様子はない。
「この私を、滅する? 殺すというのか、この私を? 帝国一の騎士と名高いこの私を、LV250にまで達しているこの私を、貴様が? 馬鹿も休み休み言え! 所詮貴様など、黒騎士といったところでLV二桁止まりの雑魚でしかない! 貴様のような雑草が、高貴で天才のこの私に勝てるものか! 返り討ちにしてくれる! だがな、死体は綺麗なままでいさせてやろう。そうでなければ、終わった後楽しめぬからな」
ぺろりと唇を舐め、下卑た笑みを浮かべるエルガイル。
「この、変態が――」
侮蔑の瞳を向けるアレクト。だが、エルガイルは更に続けた。
「貴様、娘の心配をしていたようだが、それは安心するがよい。この際だ私が保護してやろう。お前を殺して楽しんだ後でな。何せお前の娘だ、育てれば十分に食うに値するいい女になることだろう! 全く、今から楽しみだ!」
「この、外道がぁあぁああ!」
アレクトが飛び込み、剣戟を連続で叩き込んでいく。だが、エルガイルの表情は涼しいものだ。
「ふん、それが貴様の剣術か。甘い! 拙い! なっていない! ぬるいぬるいぬるいぬるいーーーー! 所詮女の力で振るわれる剣術などこの程度よ! パワーがない! 威力がない! 腕力がない! 必殺の一撃がない! ましてや私のLVは250、負ける道理が――ない!」
エルガイルの一閃。アレクトはギリギリのところで避けるも、生み出された衝撃だけで後ろへと大きく滑らされてしまった。
「みたか! これがLV250の剣、絶対に揺るぐことのない、最強の剣よ!」
自信ありと語るエルガイル。だが、ふっ、とアレクトが鼻で笑い。
「どうやらLVとパワーが自慢のようだが、一つだけ教えてやろう。私は今回の迷宮攻略で大事な事を教わった」
「大事な、ことだと?」
「ああ、そうだ。LVの差だけで強さを測ることは出来ないという事をな。そして、例えLVが低くても戦い方次第で、いくらでも勝機は掴める!」
「ほざけこの愚か者が! この世はレベルの差が絶対だ! レベルの低いものがレベルの高いものに勝つなど、絶対に、あり、えーーーーーーん!」
エルガイルがアレクトに飛びかかり、その豪腕で刃を振り下ろす。
すると、アレクトは自らの剣でそれを受け止めるが。
「馬鹿が! そんな細腕で、この私の剣を受け止めきれるものか!」
「そうだな、だが、受け流すなら別のこと――」
その瞬間、アレクトは敢えて脱力し、体重の乗ったエルガイルの剣を受け流した上で、地面を蹴り上げ、力を爆発させ一気に跳ね上がり、それでいてエルガイルの首元を軽くひとなでした。
エルガイルの横を通り過ぎ、ふわりとアレクトが着地する。
は? とエルガイルが疑問符を浮かべ――
「なんだこれは。全く痛くも痒くもないではない、か――」
振り返った瞬間、彼は気がついた。首から下はアレクトを振り返った筈なのに、肝心の首が全く動いていないことに。
そして、視界が傾倒し、あ、と一言だけ最後に漏らした首が、ごろんっと床に転がった――




