第三八〇話 人間爆弾
人間爆弾、その説明が皇帝からなされた時、謁見室はにわかに騒然となった。
皇帝の説明によると、ようは保護を願った女性と子供に自爆用の術式を施し、敵の陣地周辺にたどり着いた後に爆破させるといったものである。
帝都の総人口は一五〇〇万人にも上るため、流石に女性と子供だけとはいえ、一度に全員は送り込めないが、最初に五万人ほどを送りつけ、それを一斉に爆破させれば、一五万の兵など跡形もなく吹き飛ぶだろうというのが皇帝の考えだ。
自爆の魔法の威力は個々の魔力によって左右される為、平民一人の魔力では精々一〇人の兵をふっとばすほどの威力でしかないが、連鎖術式を組み合わせることで、個々の爆発が連鎖するごとに威力と範囲が広がり、最終的には半径一〇キロメートル園内は焦土と化すだろうというのが皇帝の見解だ。
当然、その範囲には帝都そのものが重なる事となるが、精々下民の暮らす範囲内で収まる話であり、そんな連中がいくらくたばろうが野垂れ死のうが痛くも痒くもない、というのが皇帝の考えだ。
「……陛下、それは本気でお考えですか?」
すると、アレクトが顔を上げ、真剣な目でギースに問いかける。
確かに冷静に考えれば、とても一国を統べる皇帝の策とは思えない常軌を逸したものだ。
しかし――
「何だ? アレクトよ、まさか貴様、この我に不満があるとでも言うつもりか?」
「……それは」
「ふむ、そういえば貴様の娘も帝都で暮らしているのであったな。ならば、この作戦に大いに役立てて貰おうとするか。お前の娘も、祖国のために死ねるなら本望であろう?」
ギリリ、とアレクトが拳を固める。しかし、陛下! と語気を強め。
「私は陛下に不満があって言っているのではありません。むしろそれほどまでの覚悟があるとは、中々常人には真似できる事ではございません。それ故に感服しておりました」
「……ほう」
「ですが、私も人の子、そして親。娘の事は大切でございます。勿論部下と合わせて陛下のことは命に変えてもお守りする所存で御座いますゆえ、どうか御慈悲を――」
そこまで述べると、陛下は顎を擦り、まあそうであるな、と口にした上で。
「我も鬼ではない。その心意気があるのなら、お前の娘はこの作戦から外してやるとしよう」
「……ありがとうございます」
「ふむ、では早速準備にとりかからせるとするか。おい、大臣――」
「何を馬鹿なことを申されているのですか!」
すると、真剣な顔をした第四皇女、ウルナが前に出て、涙ながらに訴える。
「お祖父様、皇帝ともあろう御方が、このようなとんでもない策を講ずるなんて信じられません! もしこれを、既に、既に亡きアケチ様が、勇者様が聞かれたら何と思うか! きっと、憂い悲しむ事でしょう。自国の民を犠牲にするなど、そのような事は――」
「あのアケチが憂い悲しむだと? あっはっはっは! 何を言うかと思えば、あのアケチが、よりにもよってあのアケチが本気でそのような事を考える男だと思っていたのか? 全く、これは愉快だ、あっはっはっは!」
アケチの事を思い出し、物悲しげな表情を見せた後、まるで彼を代弁するかのように話を続けるウルナ。
だが、皇帝ギースはそんな孫娘の話を笑い飛ばし、一蹴した。
「な、何がおかしいと言うのですか!」
「ふん、我が孫ながら、愚かな女よ。その耳でよく聞くが良い、そもそもこの策を我に提案してきたのはそのアケチよ。このような強力な自爆の魔法についてなど我々の知識にはなかったからな。人間爆弾と命名したのも奴よ。やつの世界にあった武器から取った名前らしいがな」
ギースの話を耳にし、ウルナがわなわなと震えた。
「だいたいこの程度の犠牲、あのアケチが考えた本来の策を考えたならまだ情け深いと言えるだろうよ」
「陛下、よろしいのですか?」
「構わん、もうどうせアケチは死んだのだ。いいか? あの男が迷宮攻略に向かった本来の目的は、この大陸を破壊しうる力を解放するためだ。結局あの愚か者はそれも叶うことなく死んでしまったようだがな、アケチの作戦通り事が進んでいたならば、帝都など一瞬にして消え去っていたことだろう。勿論すべての民も、犠牲になっていたであろうがな」
皇帝の暴露に、再び謁見室が騒がしくなった。尤も一部の重鎮は難しい顔こそすれ、驚いている様子はない。事前に伝えられていたのであろう。
「そ、それは我々も死んでいたかもしれないと言うことですか?」
すると、一人の文官が声を上げる。
それに、ふん、と皇帝が鼻を鳴らし。
「安心するが良い、ここにいるものは最初から逃げる人員に含まれている。そう、アケチはその際には我と一部の優秀な人材は逃げ出すように指示していた。大陸の殆どが焦土と化した後は、生き残った連中をまとめ上げる存在が必要になるからな。アケチは英雄としてその名を刻もうとしたようだが、我には再び皇帝として君臨するよう提案してきた。全くよく判っておる」
「お、お祖父様は、その話を真に受けて、提案を受け入れたというのですか? 多くの民を犠牲にするような、そのような悪魔の如き提案を――」
ウルナは目に涙を溜めながらもギースに訴える。アケチの事など、ショックな事が大きかったであろうに、それでも犠牲になる民の事を考えたなら言わずにはいられなかったのだろう。
「全く、どこまでも愚かな女だ。いいか? 大事を成就するには小事などいくらでも切り捨てるぐらいの覚悟が必要なのだ。結果的に勇者は死んだが、そういう意味ではあやつはよい置き土産を残してくれた。勇者の志を受け継ぐというのなら、わざわざ遺してくれたこの策を、使わぬ手はないからな」
「そんな、なんて恐ろしいことを――それが国を治める者の言う事ですか!」
「ウルナ! いい加減にしろ! 貴様誰に向かって口を聞いているのか判っているのか!」
「そのとおりです。我が娘ながらなんという無礼で愚かな真似を! いますぐその口を閉じ、陛下に頭を下げるのです!」
「閉じませぬ! 頭も下げませぬ! 何を言われようと、お祖父様は間違っております! 国はそこに暮らす民がいるからこその国なのです! それを蔑ろにするなど!」
「この愚か者がぁあああぁあ!」
ギースの怒声が響き渡る。睥睨するその様子に大臣や文官達がすくみあがった。
「何が国は民がいてこそだ! 貴様それでも皇族の血を引く女か! なんという愚かで低劣で、卑しい考えか! 国は民がいるから国などではない! 我がいるから国なのだ! 民などというものはただの家畜だ! この我が広い心で、温情で、この国に、帝都に、住まわしてやっているに過ぎないのだ! 国は血だ! 高貴な血こそが国なのだ! 愚劣な雑種がいくらいようがそんなものは国ではない家畜小屋だ! そんな家畜どもをこの我が有効活用してやろうというのだ! 奴らはそれを誇りに思うべきなのだ! 有象無象の塵芥どもが人間爆弾として皇帝の役に立てるのだ! 帝国万歳と口にしながら喜んで愚かな反乱軍を犠牲に死んで見せてこそようやくその価値が見いだせるのだ! そうだ爆弾だ! 下劣な民など爆弾の材料にしてやるぐらいが丁度いいのだ! さあ準備に掛かれ、先ずは女子供を材料に、反乱軍に目にもの見せてくれよう!」
は! と聞いていた魔導師の数人が動き出し、謁見室から出ていった。
だが、皇帝の怒りはまだ収まらないのか、そして、おやめください! 皆様もこのような真似はやめるようにお伝え下さいと、今度は周囲に訴えだすウルナを睨めつけ。
「全く、貴様にはがっかりだ。お前たちの育て方が悪いから、このような愚女に育ってしまうのだぞ」
今度はギロリと息子とその嫁を睨みつける。すぐさまふたりが動き出し、いい加減にしろ! とウルナを叱咤した。
「まさか、この私からお前のような娘が生まれるとは! 本当に失望させてくれる!」
「こうなっては仕方ありません。そこの貴方、この女を捕らえなさい」
「え? いや、しかし――」
「遠慮することなどありません。こんな物、既に私の娘ではありません」
「全くだ、どこぞの奴隷商人にでも売り飛ばしてくれようか。全く、由緒ある皇帝の血筋とは思えぬな!」
「え? そ、そんな、本気なのですか? お母様、お父様?」
「何がお父様だ汚らわしい!」
「お前などもう私の娘ではありませんわ!」
そんな、とウルナが涙する。すると、突如一つの影が、ウルナを押さえつけその場に組み伏せた。
「聞き分けのない御方ですね! いい加減自分の立場を弁えなさい!」
「――ほう、アレクト、お前か」
興味ありげに呟くギース。するとアレクトがウルナへと何かを耳打ちし、そして皇帝の前に改めて連れていき頭を下げさせた。
「陛下、ウルナ様もこの通り反省しているようですし、どうぞご慈悲を。それに、彼女とて、第四皇女という立場である以上、まだまだ仕事が残っているかと思われますが?」
そう進言するアレクト。ウルナもアレクトに抑え込まれたことですっかりおとなしくなってしまう。
それに満足げな笑みをこぼすギースであり。
「ふむ、ま、そうだな。腐っても我が一族の女よ、道具としての使い道はあるであろうしな」
「お父上のお慈悲に感謝致します」
「ウルナ、これにこりたら二度と無礼な事は――」
そして、掌を返すように、それでいてウルナを諭すように語りだす両親達、だがその時であった。
「陛下! 反乱軍より、再び飛来物が到来! 二発、来ます!」
なんだと! とギースが立ち上がった。反乱軍は降伏までの猶予を設けていた筈だが、それよりもずっと早い。
まさか、約束を破ったのか! と声を荒げるギースであったが――その飛来物は、帝都の中心部で破裂し、そして……。
『お話にならないね。仕方ないな。冥土の土産に教えてあげるとしよう。僕はね、君も戦ったあのオーディウムの力を利用し、魔王に仕立て上げようとしたのさ。そして一旦世界の大部分を破壊してもらった後この僕が颯爽と打ち倒し、この世界の真の英雄として君臨する。そしていずれはこの世界を掌握する! それが僕の壮大かつ完璧な計画だったというわけさ――』
『そうすれば、帝国なんて辺り一帯火の海さ。帝都だって一瞬にして消え去る――皇帝と一部の大臣はまだまだ利用価値があったからね。だからこの迷宮攻略に入る前に計画として伝えてある。僕が英雄であると、皇帝の言葉として広めてもらったりとその権力は暫くは役立つからね――だから――計画が始まったら隠し通路を使って逃げるように告げたら涙を流して喜んだよ。僕の思慮深さに感謝するって。あいつら自分の命さえ助かれば帝国臣民なんてどうでもいいんだってさ。笑えるよね~』
『ふん、我が孫ながら、愚かな女よ。その耳でよく聞くが良い、そもそもこの策を我に提案してきたのはそのアケチよ。このような強力な自爆の魔法についてなど我々の知識にはなかったからな。人間爆弾と命名したのも奴よ。やつの世界にあった武器から取った名前らしいがな』
『いいか? あの男が迷宮攻略に向かった本来の目的は、この大陸を破壊しうる力を解放するためだ。結局あの愚か者はそれも叶うことなく死んでしまったようだがな、アケチの作戦通り事が進んでいたならば、帝都など一瞬にして消え去っていたことだろう。勿論すべての民も、犠牲になっていたであろうがな』
『安心するが良い、ここにいるものは最初から逃げる人員に含まれている。そう、アケチはその際には我と一部の優秀な人材は逃げ出すように指示していた。大陸の殆どが焦土と化した後は、生き残った連中をまとめ上げる存在が必要になるからな。アケチは英雄としてその名を刻もうとしたようだが、我には再び皇帝として君臨するよう提案してきた。全くよく判っておる』
『お、お祖父様は、その話を真に受けて、提案を受け入れたというのですか? 多くの民を犠牲にするような、そのような悪魔の如き提案を――』
『全く、どこまでも愚かな女だ。いいか? 大事を成就するには小事などいくらでも切り捨てるぐらいの覚悟が必要なのだ。結果的に勇者は死んだが、そういう意味ではあやつはよい置き土産を残してくれた。勇者の志を受け継ぐというのなら、わざわざ遺してくれたこの策を、使わぬ手はないからな』
『そんな、なんて恐ろしいことを――それが国を治める者の言う事ですか! 何を言われようと、お祖父様は間違っております! 国はそこに暮らす民がいるからこその国なのです! それを蔑ろにするなど!」』
『何が国は民がいてこそだ! 貴様それでも皇族の血を引く女か! なんという愚かで低劣で、卑しい考えか! 国は民がいるから国などではない! 我がいるから国なのだ! 民などというものはただの家畜だ! この我が広い心で、温情で、この国に、帝都に、住まわしてやっているに過ぎないのだ! 国は血だ! 高貴な血こそが国なのだ! 愚劣な雑種がいくらいようがそんなものは国ではない家畜小屋だ! そんな家畜どもをこの我が有効活用してやろうというのだ! 奴らはそれを誇りに思うべきなのだ! 有象無象の塵芥どもが人間爆弾として皇帝の役に立てるのだ! 帝国万歳と口にしながら喜んで愚かな反乱軍を犠牲に死んで見せてこそようやくその価値が見いだせるのだ! そうだ爆弾だ! 下劣な民など爆弾の材料にしてやるぐらいが丁度いいのだ! さあ準備に掛かれ、先ずは女子供を材料に、反乱軍に目にもの見せてくれよう!』
帝都全域にその声が広がった。それは建物すら透過するように皇帝や大臣の耳にまで届いた。
その現象に、皇帝は口を半開きにさせ――ただただ呆然と立ち尽くした。




