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第三七九話 追い詰められた皇帝

「馬鹿な! これは一体どうなっておる! 大体、アケチはどうした! 勇者のアケチは、いつまで迷宮攻略に手間取っているのだ!」


 マーベル帝国の皇帝たるギース・マーベル・シュタイは憤っていた。目の前で雁首を並べる大臣達に向けて、思わず怒声を浴びせる。


 だが、その問いかけにまともに答えられる大臣は誰ひとりとしていなかった。


 皇帝がなぜここまで憤っているのか――それは帝都に宣戦布告した、いや、降伏勧告するように突如申し立ててきた反帝国軍にある。


 それはまさに青天の霹靂の如し出来事であった。何せハワード砦に駐屯していたすべての兵士が反乱軍に寝返っただけでも由々しきことであるのに、今度はサウス川方面にて反乱軍を迎え撃つために陣を張っていたアクアスの軍までもが反帝国軍に寝返り、総勢一五万の兵が帝都にまで押し寄せてきたのだ。


 勿論、それを持ってしても当初ギースには余裕があった。何せいくら反乱軍がアクアスの軍を加えて一五万に膨れ上がったところで、帝都には五〇万の兵力が残存する。


 ましてや帝都の騎士や兵は帝国軍の要だ。質が違うレベルが違う積み上げてきた実績が違う。


 だが――奴らの攻撃がその絶対的な自信を見事瓦解させた。


 反乱軍は帝都の望める丘の上を陣取った。距離は相当離れていた。確かに高所だが、そんなところに集まったところで何が出来るのかと高を括った。


 だが、反乱軍の攻撃は見事に帝都にまで到達した。上空から何か金属の塊が降り注ぎ、帝都を囲む高さ五〇メートルの壁をあざ笑うかのように素通りし、その内側で爆発した。


 それが数発続き、帝都内はパニックに陥った。ただ、すべての攻撃は空中で爆発した為、直接的被害は出ず――


 そして最後に降り注いだそれが破裂し、今度は爆発ではなく、都市全体に声が降り注いだ。


 それは、皇帝に無条件降伏を促すものであった。そしてハワード砦の兵、それにアクアスの軍にしてもこの条件を受け入れた旨が帝都全体に広がった。


 帝国の軍勢一五万が反乱軍に寝返った。この事は帝都で暮らす人々に大きな衝撃を与えた。


 同時に、一体何故そのような事になったのか? と人々の心に疑念を呼んだ。


 帝国への、特に今上皇帝に対して不満を持つものは帝都にも多い。帝国一の規模を誇る帝都であっても、いやだからこそか、貧富の差は激しく、スラムと化している箇所も存在する。


 そういった帝国貴族などが底辺などと侮蔑する貧困層達は、特にこの反乱軍の行為を大いに支持した。彼らの耳にも、反帝国軍が貴族ではなく、底辺と蔑まされ続けた人々に手を差し伸べて回っているという噂が伝わってきていたからだろう。


 そして彼らが発起人となり、声を大にしてこの事態を引き起こしたのは帝国の制度そのものに問題があったからだ! と訴え始めた。


 その声に、貴族こそ顔をしかめたが、多くの一般層の人々が耳を傾けた。


 貧困層よりは少しはマシと思われる平民達、だが彼らとて現在の帝国の為政ではいつどうなるかわからない。何がきっかけで下に落ちるか判らず、そういった意味では貧困層よりも精神的負担が大きいとも言えるのだ。


 結果的に貧困層の声は一般層にまで波及し、帝都内部は騒然とした様相を醸し出し始めていた。


 そしてそれは街中だけで終わる事ではなく――皇帝が鎮座する城内においても、その余波は広がりを見せていた。


 多くの兵にとっても、ハワード砦の陥落、そして兵の寝返り、更にそれは帝国一の知将として呼び名が高いアクアスにまで及び、彼らの軍もまた反帝国軍側についたという事実。それは捨て置けない事態であった。


 当然、中には街中で不満や疑念を口にする民達のように、帝国側に問題があったのではないか? と考えるものも出てくる。帝国屈指の実力を誇る本軍の中でも、疑心暗鬼を生じだすものが生まれている始末だ。


 そのことに皇帝は憤慨していた。謁見室にはギースの子供たちや、帝国軍最強の騎士であるエルガイル、その他大臣など重鎮達の姿も多くあった。


 皇帝の怒声は一様にその者達の耳を劈かんばかりに響き渡るわけだが。


「陛下、こうなってはもう、アケチなどあてには出来ません。この私が騎士団を率いて、奴らに目にもの見せてくれましょう!」

「おお! やってくれるかエルガイル!」

「いや、それは流石に悪手が過ぎるかと。相手は遠距離からでも正確に攻撃を当てる術を所持しております。何の策もなく突っ込むだけでは、無駄死にするだけではありませぬか?」

「そんなもの! 重装横陣で固め突破すればいいだけよ! 大盾を持たせれば上からの攻撃など屁でもない!」


 拳を握り自信を覗かせるエルガイルだが、皇帝以外は呆れ顔だ。そもそもからして爆轟を伴う強烈な攻撃であり、矢などとは火力が全く異なる。


 いくら重装備で挑もうが、激しい爆発に耐えられるわけがないであろう。


 そんなことは直接戦闘に携わることのない文官でも判ること。いや、むしろ客観的に見れる彼らだからこそ、それが無謀だと察することが出来たのかもしれない。


 だが、エルガイルはそのような声にも全く耳を貸さない。ここにきて、予想以上にこの男が脳筋であったことが露見してしまった。


 だが、そんな最中、皇帝の耳に知らせが届く。


「お伝え申し上げます! 勇者アケチ率いる迷宮攻略隊に随伴しておりました黒騎士アレクト様と、騎士達がお戻りになられました!」


 その報告に、ギースは顔を綻ばせた。これで、勝機が見えた! と大いに喜ぶ。


 だが――すぐにここに呼べ! と赴かせたアレクトや騎士達の報告を受け、喜びから一転、信じられないと言った愕然とした表情を見せた。


「馬鹿、な、アケチと仲間達が、ぜ、全滅しただと?」

「そ、そんな、アケチ様、アケチ様ぁああああぁあ!」


 皇帝は目を見開きワナワナと肘掛けに置いた手を震わせた。


 アケチを慕い、想い続けていた第四皇女のウルナもその場で泣き崩れる。


 聞いていた大臣たちも肩を落としていたり、頭を抱えていたりとその反応は様々だ。


「あ、アレクトよ! これはどういうことだ! 黒騎士の貴様がついていながら! 勇者様をみすみす死なせるとは!」


 大臣の一人がアレクトを猛烈に批難した。彼女も一旦はそれを受け止め頭を下げるも。


「申し訳ありません。ですが、アケチ様は迷宮攻略にはどうしても自分たちだけで行くと告げられ、我々は勇者様の命令は厳守するように申し付けられておりましたので、それ以上は何も言う事が出来ず――それに、アケチ様の言葉にはどうしても従わなければいけないような、そんな雰囲気がありまして――」

「し、しかしそうはいってもだな!」

「もう良い」


 大臣はそれでもなおアレクトを責めようとしたが、その途中でギースが宥め。


「確かにあの勇者一行の命令は聞くように厳命していたのも事実だ。それに、アレクトの今の発言で気がついた。確かに奴が死んだのであれば、今の我やエルガイルのあの発言にも納得が行く」


 皇帝に言われたことで、大臣は渋々と引いてみせた。

 

 流石のギースもこれ以上責めても仕方がないと考えたのだろう。なぜならアレクトの言っている意味を最も理解しているのはギースとエルガイルをおいて他にいないからだ。

 

 何せ彼らはアケチの力によって本来は逆らえなように隷属状態に陥っている。だが、先程エルガイルはアケチをないがしろにするような発言を行っていたし、ギースとて、アケチに対する強制力がすっかり消えている事に気がついた。


 つまり、それはアケチが死んだことでその効果が消えたという事だ。

 それを察し、皇帝は己に腹が立った。何故こんなことにもっと早くに気が付かなかったのかと。


「……陛下、このような状況で無礼とは思いますが、一つお聞かせいただいても宜しいでしょうか?」

「うるさい! アケチのことを許したからと調子に乗るな! そんな事は後にしろ! 今どれだけ大変な状況かもわからぬのか!」


 すると、アレクトがギースに何かを確認しようと前に出たが――厳しい口調で一蹴されてしまった。


 確かに状況を考えればそれどころではないかもしれないが、あまりに皇帝から余裕が感じられない。


「とにかくアレクトとその他の騎士はここに留まり、我を守るのだ! 何があってもな!」

「……承知いたしました」


 アレクトは跪き、その命に応じる姿勢を見せる。だが、事態が芳しくないのは以前変わらずであり、アケチはとんだ期待はずれだな、などと愚痴をこぼす始末である。


「むぅ、それにしても反乱軍め、無条件降伏だなどと、ふざけたことを――うん、降伏?」


 だが、その時、悔しそうに親指の爪を噛んでいたギースが、何かに閃いた様子を見せ、スクリと立ち上がった。


「……奴らが無条件降伏を告げた時、理由も一緒に添えられていたな?」

「はい、帝都の民を傷つけず、無駄な血を流すことなくこの戦を終わらせたいという名目でしたな。全く、綺麗事ばかり並べていけすかない連中ですな」

「ですが、それもあって下民共の中には大人しく降伏し明け渡すべきなどとほざいているのが増えているのも確かです。全く困ったものですな」

「……ですが、ここまできたならば、双方にとって良い道を一度考えてみるべきではありませんか? 降伏とまでは行かないにしても話し合いの席を設けてみるというのは――」


 重鎮達が口々に反帝国軍について忌々しさを強調させる中、第四皇女のウルナだけが彼らとは違う見解を述べる。


 だが一斉に重鎮たちに睨めつけられ、口を噤んだ。


「――ウルナよ貴様は自分の立場を少しは考えるのだな。そもそも、お前はアケチを籠絡させるためだけの道具にすぎんのだ。そのアケチが死んだ今、貴様には何の価値もない。その程度の分際で、我に意見するなど身の程を知るのだな」

「……そ、そんな、私は、ただ――」

「だまりなさいウルナ、父上がこう申されているのだ」

「そうですよ、あまり私達をガッカリさせないでね」


 顔を伏せ、涙目になるウルナだが、両親(つまりギースの息子とその妻だが)にすら否定されウルナには誰も味方がいなくなった。

 

「ふん、とは言えだ、話し合いはともかくあの反乱軍には早馬で知らせに向かってもらわねばな。これからとりあえず女と子供だけは帝都から離れてもらうとな。戦で余計な被害が出ないように、そしてその臣民達は一旦反乱軍側で保護してほしいとな」


 だが、その発言にウルナはギースの顔を見上げ、そしてアレクトもまた跪いた状態で大きく頭を下げた。


「流石陛下でございます。臣民の命を先ず最優先に考えられるその御心――そのお気持ちを知ればきっと不満の声を上げている者たちも……」

「は? 臣民の命を最優先? 何を馬鹿なことを。最優先なのは我の命、その次に我の血統の命よ。それに次いで、まあ大臣など使える者たちといったところか。下層で騒いでいる虫けらの命など知った事か。アレクトよ寝言は寝てから言うことだな」

「なっ、い、いやしかし、確かに今――」

「ふん、何だその事か。貴様も黒騎士の分際で思慮が足りぬな。良いかこれは作戦なのだ、反乱軍を壊滅させるためのな」


 その皇帝の言葉に、頭を上げたアレクトは目を白黒させた。


 すると、なるほど、とエルガイルが口にし。


「あの手がありましたか。確かにアレであれば、このような世迷い言を口にする反乱軍など容易い」

「へ、陛下、それにエルガイル団長、一体アレというのは?」

「ふん、そんなもの決まっている。早急に魔導部隊を呼べ! そして準備するのだ! 人間爆弾をな!」

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