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第三七八話 水の軍VS反乱軍

「なんだ? 連中は何を考えているんだ?」


 陣地内に建設した物見塔より報告を受け、アクアスは眉を顰めた。

 

 斥候によると、反乱軍はこのサウス川を見下ろせる丘の上に陣を張ったようであり――勿論、戦において相手より高い位置を陣取ることなど定石中の定石と言えるだろう。


 だが、その程度の事を考慮していないアクアスではない。故に、アクアスはこのサウス川周辺で迎え撃つ準備を進めている。


 なぜならこのあたりは半径数キロ圏内は傾斜も少ない緩やかな平原だ。しかもこのあたりは川の分岐が多く、本陣となるサウス川以外にも、まるで波紋のように川が張り巡らされている。


 当然それぞれの川の恩恵を十全に活かせるように、水の軍の魔導隊も展開しており隙はない。


 だが、反乱軍はそれを嘲るかのように、南方に位置する丘の上に陣を張った。


 アクアスは怒りで頭がどうにかなりそうであった。ソレほどまでに相手の戦略は馬鹿にしているとしか思えないものであったからだ。


 なぜなら、ここから反乱軍が陣取った丘まで、当然だが、数キロ、しかも最低でも行軍に一時間は掛かるほどに離れている。


 しかも、これがもし、緩急の厳しい丘陵地帯などであればまた考えも変わるが、この地帯は地形もなだらかな大平原だ。


 しかも帝国側はあくまで守る側、今いる地形を最大限活かせる万全の布陣を既に構築しおえている。


 川に囲まれたこの地形はアクアスからすれば水の城と同じだ。配置した魔術士の魔法次第で川の水は攻撃にも使えれば川そのものが防壁にもなる。


 しかも滝のような様相を醸し出す事で、相手からはこちらの陣地が把握できず、逆にこちら側からは相手の様子が筒抜けという状態にすることも可能なのである。


 その上戦力でも負けているとなれば本来相手には悠長に丘の上で陣地を構えている余裕などあるはずがないのだ。


 何せアクアスからしてみればあんなものは全く意味をなさない。後から援軍でも来るというのであれば話は別だが、反乱軍の残りの兵力などたかが知れている。


 既に落とされた砦の兵が派遣されても追加で五千、それ以外に多少かき集めようと、合計で一万に達するかも怪しい。


 ならば――丘の上から攻撃を仕掛けてくるつもりか? という考えもありそうだが、アクアスの中ではそんな事は絶対に有り得ないと結論づけている。


 もし、反乱軍の中に大魔導師と呼ばれるような魔法の使い手がいたなら話は別だ。ああいった存在はたった一人で戦況を軽くひっくり返す可能性があることも承知している。


 しかし、だからこそ事前に斥候を通じてそういった人物がいないか確認していたのだ。そしてその結果存在しないこともわかっている。


 そうであるならば――どんなに頑張ったところで相手の攻撃はあの位置からでは絶対に届かない。


 なぜなら、こと射程距離という面において、最も秀でているのは弓だからだ。


 魔法ではない事を意外に思うものも多いが、魔法というものはその効果の多様性が評価されているのであって、射程距離そのものだけでいえばそこまで秀でているということはない。

 

 例えば火属性の魔法などは火力には優れているが平均的な有効射程は下位の物で一〇~一五メートル、上位に位置するような物でも五〇メートルを下回ることなどざらだ。


 中には雷系統のように、相手の頭上から落とすようなものもあり、これも一応は視認出来る範囲であれば狙うことが可能だが、しかし距離が伸びれば伸びるほど著しく精度が落ちてしまう。


 基本属性でいえば、最も射程が長いとされるのは風魔法だが、これにしてもある程度熟練した魔術士で一〇〇メートル程度だ。


 それに対し弓であればある程度熟練し効果的なアビリティやスキルを得た兵士であればその射程は二〇〇メートルを超す。


 その上で、攻城兵器でもあるバリスタなどであれば射程は四〇〇メートル、風魔法と組み合わせたりなどやり方次第でその倍まで届く可能性もある。


 だが、逆に言えば、それであってもその程度なのである。いくら丘の上を陣取っているとは言え、数キロメートル離れた相手に攻撃する手段など、そうそうあるものではなく、ましてや反乱軍の人員を垣間見るに、その可能性はゼロ以外の何物でもない。


 それから暫くの間、アクアスは様々な可能性を頭のなかで考察し、その都度打ち消していった。


 そう、どれも現実的ではない。だとしたら、もしかしたらこの行軍そのものがハッタリでしかなく、実際は帝国側の様子見だけして引き上げようとでもしているのではないか? そんなあまりに馬鹿馬鹿しい考えにすら行き着いてしまう。


 だが、それとてありえない。そもそも相手の方が戦力で劣る状況でハッタリも何もない。それに行軍だってタダじゃない。当然五万という兵を動かすにはそれ相応の戦費が必要になる。騎士がいれば馬の維持費だって馬鹿にならない。


 判らない、アクアスは今後の事を考える。物見塔からの報告でも未だ動きはなし。正直アクアス側から打って出ることは考えられない。利点がないからだ。


 わざわざ水の陣まで構築しておいて、そこまでする必要性が感じられない。

 

 そう、思っていた――だが、アクアスはこの直後、彼でさえ考えもしなかった反乱軍の攻勢に驚愕することとなる。


「伝令! 敵陣地より何かが飛来! こちらに向かってきます!」


 飛来? とアクアスの脳裏に疑問符が浮かぶ。何かと斥候の報告も要領を得ない。そもそも敵の陣地は数キロ以上向こう側だ。何かを発射したところで、届くわけがない――


 しかし、それが大きな間違いであったことをアクアスは思い知る。ヒュルルルルルゥ、と上空から音がした。


 何かとアクアスや魔術士を含めた兵たちが一様に空を見上げた。それは奇妙な形をした鉄の塊だった。いや、ただの鉄でない、恐らく魔法銀(マジシル)をベースに他の金属と組み合わせた合金サジタリムであろうとアクアスは判断する。


 その周囲に何かしらの術式が刻まれている事まで確認が出来た。尾には小さな羽のような物がついており、その形は膨らみのあるひし形といった印象。


 その塊の後ろからは炎が吹き出しており、それが数発、大きく湾曲しながら――本陣に降り注いだ。


 直後、爆轟、衝撃、それは熱風を伴い、大地を揺らし土煙を周囲に充満させる。


「な、なんだこれは! 一体どういうことだ! 何が起きている! おい、被害状況を――」

『第二波、来ます!』


 な、に? とアクアスの表情が固まった。そして間髪入れず、再びあの金属の塊が降り注ぐ。再び辺りは轟音と衝撃と火吹に包まれた。


 自慢の水の軍が、完全に怯えきってしまっている。兵はすっかり戦々恐々としてしまっていた。雨あられのように降り注ぐそれに完全に恐れおののいているのだ。


「くっ! 何をしているのだ馬鹿者! 今こそ水を活かすときだ! 魔法で壁を作れ! 敵の攻撃を防ぎ切るのだ!」


 アクアスが檄を飛ばし、その途端、水の軍が慌ただしく術式を構築し始める。その結果、川の水が一斉に立ち上り、まるで巨大な滝の如き壮観な様相へと変化する。


 この水はその圧によって壁としても役立っている。そして敵が近づいてこようものならこの滝のような壁が一気に溢れ出し津波となって敵を飲み込むのだ。


 まさに攻防一体の完璧な陣――だが、アクアスはすぐに己のやっていることに全く意味がない事に気がついてしまう。


 なぜなら、水の壁はあくまで壁のように滝のように、あくまで垂直に構築されているに過ぎない。


 だが、敵の攻撃はやまなりの軌道を描き、真上から雨のように降り注ぐのだ。


 しかも相手の陣は、アクアスの軍を見下ろせる丘の上にある――つまり、位置的にも軌道的にも壁など簡単に通り過ぎてしまう。


「し、しまったぁああああああぁあ!」


 それに気がついたときには既に遅し、更に放たれた攻撃が再び本陣を中心に放射状に降り注いだ。


 そんな攻撃が続き――それがようやく収まった段階で、アクアスは奥歯を噛み締めながら被害状況を確認する。


 だが――


「ゼロです!」

「……何? どういうことだ?」

「そ、そのまんまの意味ですが、被害はゼロ、死傷者もゼロでございます!」


 それを耳にした瞬間、アクアスは大きな声で笑いあげた。そうか、そういう事なのかと。


 つまり、敵の攻撃は飛距離こそ優れていても、精度が伴っていない。だからどれだけ撃とうが被害はゼロだったのだろうと、そう考えたのだが――その瞬間、周囲が光り輝き始め、物見塔の斥候が声を上げる。


「ま、魔法陣です! 先程の攻撃で、魔法陣が完成しております!」


 それを耳にしたアクアスは、頭が混乱した。そして脅威し、理解した。

 反乱軍の狙いはこれだったのかと。つまり、あの金属の塊による攻撃の真の狙いは、この魔法陣を完成させることにこそあったのだと。


 そしてそれは、同時にもう一つの事実をアクアスの軍に突きつけていた。


 そう、反乱軍の攻撃は精度がないどころか――あの距離から正確に魔法陣を描ける程に正確無比なものであったのだと……。


 その瞬間、アクアスは諦めにも似た表情を見せた。何が起きるかは判らないが、先にこれだけの術式を構築された時点で、もうアクアスの軍に勝ち目などない。


 それに例え魔法陣がなかったとしても、これだけ正確な攻撃があの距離から可能だというなら、爆轟を伴う攻撃だけでもアクアスの兵たちの被害は甚大なものとなるだろう。壊滅だって十分にありえる。


 だが、そんなアクアスの考えとは裏腹に、魔法陣の構築後、突如アクアスを含めた兵たちの下に奇妙な声が響き始めた――





「作戦はうまくいったようですね」

「ああ、まあ一度心を折ってしまえば、後は意外と楽なものさ」


 仲間たちに声を掛けられ、反帝国軍の旗頭、アルドフが笑顔を覗かせた。


「それにしても――砦に攻め入られた時も驚いたものだが、この迫撃砲というものは凄いものだな。一体このようなものをどこで?」


 すると帝国軍騎士であり、ハワード砦指揮官の立場にあった男が、並べられたその筒状の物体を見て感心したように述べる。


 それに、ああ、とアルドフが答え。


「正確には魔導迫撃砲と言うらしいのだが、ちょっとした知り合いからの借り物でね。貸主は自分が作った魔導具だと言っていたけど、私はこれを魔導兵器としてみている」

「むぅ、確かにこれは兵器と言って間違いないな。それにしてもこのようなものを作り上げるとは、一体何者なのですか?」

「それについてはまだ詳細は教えられないんだ。ただ、そういう研究が好きな人物でね。なんでも本来はかやくとかそんな感じのをつかって、あとはかがく? とかいう魔法のようなもので、ろけっととかいう補助機能をつけたり、れいざー、とかいうもので誘導出来るようにしたり、なんかそんな小難しいあれこれがあったらしいのだけど、それがこの世界の魔法だとかなり簡略化出来るとかいう話でね」


 そう説明するアルドフだが、聞いている兵達もチンプンカンプンといった様子だ。


「まあとにかくそのもろもろをつけると本来はもっと大掛かりな物になるそうだけど、色々工夫して術式を構築した結果、これぐらいのサイズのものでもかなりの威力が発揮できるようになったらしい。その人物に言わせるとこのサイズで、そのろけっと? のような機能や誘導装置というのもつけることが出来て、射程距離が三〇キロメートルというのは驚異的だとか、いや実際、こっちからすれば驚異的とかいうレベルじゃないんだけどね」


 苦笑気味に話すアルドフであり、それに全員が頷く始末である。


 実際預かっていたその魔導迫撃砲はサイズはそこまで大きくなく、折りたためるような仕組みにもなっているため、その状態でもっていけば個人が肩に掛けて持ち歩ける程度な程だ。


「その上、その魔導弾というものの種類によって効果も変わるのですから大したものです」


 たしかにね、とアルドフが両手を広げた。実際あの魔法陣にしても範囲内にいる相手の魔法を完全に封じる上、遠方から会話のやり取りが出来るという効果まで付与されていた。


「ま、でもおかげで更に一〇万の兵も増えたことだし――さて、それでは次はいよいよ本拠地である帝都へ、向かおうとしようか」


 そしてアルドフは立ち上がり、丘を降り始めた。そう、反乱軍に新たに加わることになったアクアスの軍と合流するために――

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