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第三七七話 反帝国軍

 兵士から報告を受けたマーベル帝国の皇帝ギース・マーベル・シュタイは一人苛々を募らせていた。事の発端は突然現れた反乱軍を名乗る連中の出現にあった。


 反帝国軍を名乗る彼らは、Sランク冒険者たるアルドフという男を旗頭とし、密かに帝国に反旗を翻すべく活動していたのである。


 元々噂自体は、皇帝の耳にもちょくちょく届いていたが、所詮冒険者の矮小な抵抗など、取るに足らぬと気にもとめていなかったギースであった。



 だが、しかしアルドフには人を引きつける不思議な魅力があったようであり、更に貴族ではなく貧困にあえぐ層の人々に強く訴えることで、小さな村から始まり、各地の町にて有志を集い、少しずつだが戦力を蓄えていった。


 何より、冒険者という立場であるが故か、そして冒険者連盟に加入せず、独自の制度で冒険者たちを縛り付け、冷遇していた事に対する反骨心からか、特に冒険者の中にアルドフに賛同するものが多く、冒険者の内、かなりの数が反乱軍に加わったのも大きかっただろう。


 だが、この事自体は、皇帝からしても些細な事でしかなく、そこまでの脅威になるとは考えていなかった。


 なぜなら、帝国でも底辺に位置する下民共が、いくら徒党を組んだところでやれることには限界があり、また冒険者にしてもそこまでの数いるわけでもない。


 実際、帝都から南に位置する要所、ハワード砦に向けて反乱軍が進攻を開始したと聞いたときには、連中は頭がおかしくなったのか? と正気の程を疑ったほどだ。


 なぜなら、ハワード砦に駐屯する兵力は五万、それに対して反乱軍の兵力は僅か五千――一〇倍の戦力差、こんなもの、天地がひっくり返っても覆ることのない圧倒的な差である。


 それでも皇帝は、もしかしたら反乱軍は大規模な殲滅魔法でも行使できる魔導師でも味方につけたのか? 程度の事は疑いもしたし、冒険者の中に一騎当千の武将でも混じっているのかと勘ぐったりもした。


 だが、斥候として派遣したものから戻ってきた回答は、そういった存在は認められずというものであり――あえていえば旗頭であるアルドフがSランク冒険者であるが、しかしだからといってたった一人でなんとかなるものでもない。


 ハワード砦には、それこそ腕利きの騎士や、魔導師とて控えている。戦いというのは基本、砦や城を有す防衛側が圧倒的に有利だ。


 よほど特異な存在でも抱えていない限り、攻める側が優位に立つには、最低でも防御側の三倍の兵力が必要である。


 にも関わらず、反乱軍の実状は砦の兵力の僅か一割。こんなもの、はなから勝負にならないと皇帝が考えるのも仕方のない事であった。


 だが、ハワード砦にて反乱軍が攻城戦を仕掛けたと知らせが入り――僅か数時間後には、ハワード砦が陥落したとの知らせを受け、場内はにわかに騒がしくなっていった。

 

 しかも、驚くべき点は単に砦が落とされたという事ではなく――


『ほ、報告によりますと、ハワード砦にて駐屯していた騎士や兵士、合わせて五万、は、反乱軍に対し、む、無条件降伏を受けれたとのこと! その上で、砦内の全ての兵が、反乱軍側についたとされ、砦に兵力五千を残し、残り五万の兵が、て、帝都に向けて進軍を――』


 その報告を受けた事で皇帝は拳をワナワナと震わせ苛々を募らせたのである。そんな馬鹿な事があってたまるかと、一体何がどうなったらそんな事が起きるのかと。


 言うならばこれは――砦に駐屯していた兵、五万人による反逆に他ならない。


「あの連中! さては最初からこの我を謀りおったな!」

「た、謀ったと申されますと?」


 報告を受けた皇帝が激昂する。その憤慨ぶりに、ビクビクしながら尋ねる大臣であったが。


「知れたことよ! おおかたハワード砦の指揮官を任せていた騎士が、奴らの口車に乗せられて反乱軍と密約を交わし、一芝居うってみせたのだろう。さも砦を守る振りをしながら我ら帝国軍を欺き、一転して反乱軍に成り代わり攻め入ることで、動揺を誘い、指揮系統を乱れさせようなどと考えているのだろう。全く、頭とやらが冒険者だけに、あさましくも卑しい手だ」

「ですが、種が判ればどうということはありません」


 そこへ、一人の男が姿を見せそう説いてみせる。瞳が青く、髪も青い壮年の男だ。


「おお、アクアスか、その様子だと、次は貴様が出るのか?」

「はい、反乱軍に身売りするような逆賊、反乱分子ともども壊滅させてくれましょう」


 ニヤリと口角を吊り上げ、アクアスと呼ばれた男は自信を覗かせた。


「ふむ、それで、兵はどれぐらい必要だ?」

「はっ、八万も貸して頂ければ十分かと、そこに我が水の軍二万を足せば一〇万、五万の兵相手に倍もいれば十分かと」

「一〇万? しかし反乱軍は五〇〇〇の兵力で五〇〇〇〇を打ち倒したのだぞ?」


 アクアスの要望を耳にし、大臣が不安そうに口にするが。


「ははっ、ご冗談を。そんなものは最初から裏切るという筋書きがあってこその茶番。しかし私は違います。勿論、今帝都に残っている兵にもそのような不届き者はいないでしょう。勿論私の水の軍もそうです」

「ふふっ、水の軍か、なるほど、アクアス、貴様、水の計で勝負を決めるつもりだな?」

「はい、奴らがこの帝都まで到達するには、その前に必ずあのサウス川を超える必要が出てきます。我々はその前で陣を張り、必ずや反乱軍を仕留めてみせましょう」


 そう約束し――アクアスは謁見室から出ていった。


 そして、それから反乱軍が到達する前に予定通りサウス川の前に拠点を設け、陣を張り待ち構えた。


 右翼、左翼とも陣形は完璧である。この川は幅員も広く、川底までもかなり深い。本来は橋を使って渡るべき必要がある程だが、その橋も全て上げさせている。


 この状態で川を渡ろうとするなら、それでも比較的浅い場所を選び、強引にでも渡りきるか、魔法の手を借りるしかないだろう。


 だが、川を越えるための魔法はそうそう簡単なものではない。何より魔法を行使するためには魔術士や魔導師が最低でも川辺まで近づく必要がある。


 だが、アクアスにはそんな余裕を持たせるつもりなど全く無い。そもそもそれ故の川なのだ。


 そしてこのアクアスという男、これまでの戦において川を前にしての戦いでは負け無し、そう、それ故に彼についた二つ名は水の申し子、水の貴公子、水神などと称されることさえある。


 そう、それほどまでに彼の戦術は強力無比であり、そして、画期的だった。


 そもそも元来水魔法というものは、魔法の中では比較的冷遇されやすい属性である。


 なぜなら、水魔法を行使するにおいて、近くに水がない状況では魔力をそのまま水として変換させる必要があるからであり、当然その分多くの魔力を消費することになる。


 つまり、例えば攻撃魔法一つとっても、同威力の魔法を放つ上で、水属性と他属性を比べた場合、水属性の魔法の方が消費する魔力は遥かに多くなる。


 つまり効率が悪いのである。故に多くの場合水魔法は精々補助的扱いとして認識され、主力として扱おうとするものはそうはいない。


 ただ、魔法には得手不得手というのがある。その結果、水魔法しか使いこなせず、他の魔法の才能を開花できないという存在も多くいる。


 そういった魔術士の類は――特に帝国においては使えない魔術士とレッテルを張られ、冒険者になればパーティーを組んでもらえず、帝国の魔法兵として志願すれば、小間使い程度の仕事しかさせてもらえないなど、日常茶飯事の出来事であった。


 だが、その認識を大きく変えたのは――このアクアスであった。

 なぜならこのアクアスは当時は使えない劣等種とまで揶揄されていた水魔術士を、戦場へ大量に投入し、多大なる戦果を上げてみせたからである。


 そして、これは周辺諸国にも衝撃を与えた。なぜなら大なり小なり、水魔法は使えないという認識が各国にも蔓延していたからである。


 だが、その常識を打ち破り、そしてアクアスは一つの明言さえも遺した。


『確かに水魔法は陸においては効率が悪く、威力においても他属性に大きく劣る、だが、こと近くに水場がある状況においてはこの認識は――逆転する!』


 この戦の常識を塗り替えた発言により、彼は帝国一の知将としてその名を知らしめる事となる。

 そう、水魔法は水が近くに存在する状況では強くなる。この画期的な理論は世界を震撼させた。


 こうして彼の考えたこの定理は、アクアスの定理として世に広く知られることとなる。


 そう、彼はまさに水魔法に革命を起こした第一人者なのである。


 そんな彼が――川を前に陣形を張るという事は、まさに水を得た魚。


 そして万全の体制をもって、反乱軍を迎えうたんとするアクアス率いる水の軍勢の前へ、遂にアルドフ率いる反乱軍が到着することとなったのだが――

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