第三七六話 四人のナンバーズ
「チッ、ジャンヌの奴いつまでチンタラしてやがるんだ。いい加減待ちくたびれたってんだ」
丘の上から、一人の男が森を一望しつつ文句を言った。
中心部に古代迷宮である英雄の城塁が鎮座するその森は広漠としており、森というよりは樹海という表現がピッタリ来るだろう。
そんな森を俯瞰しながら、男は後ろを振り返る。
「大体いつの間にかジョニーの奴も消えてやがる。一体どこに言ったのか知っているかロン?」
「…………」
彼が振り返った視線の先に壮年の男がいた。
馬車の横で変わった格好で座り瞑想している。年齢は三〇代そこそこといったところであり、龍の鬣のごとく黒髪を有していた。
その見た目と雰囲気は武人然としており、勇ましいという言葉がぴったりと嵌る。
「チッ、だんまりかよ。揃いも揃って勝手な連中だ」
「……お前がうるさすぎなだけであろう。男なら少しはどしっと構えんか。やみくもに吠え散らかすだけなら犬でも出来る」
片目を開き、ロンが諭すように述べる。
もう一人の男は、チッ、と舌打ちしてみせるが。
「……ふむ、どうやら戻ってきたようだのう」
「何?」
ふと、ロンが呟いた言葉に反応し、再び森へと目を向ける。
すると、確かに疾駆してくる三人が見え――
「到着~っとね」
そして男の横を通り過ぎ、ウェスタンな格好をした彼、ジョニーがにかりと笑みを浮かべた。
次いでそのすぐ後から一人の少年、サトルと、ジャンヌが追いついてくる。
「ジョニー! なんでテメェがジャンヌと一緒なんだよ!」
「おっと、いつも通り顔は怖いねぇエグゼ」
「質問に答えろよ――」
エグゼと呼ばれた男が、ジョニーを睨めつけながら問う。
その姿に、酷いガラの悪さを感じるサトルであり。
その姿形も、粗暴な印象に拍車を掛けていた。何よりジョニーが言うように顔が怖い。
まるで角のように左右に分かれた砲金色の髪、瞳は三白眼であり、口が大きく、開く度に覗かせる歯が刃のように鋭い。
顎がやたらと鋭角で、刺々しいといった印象が更に深まる。
上背はジャンヌやジョニーより低いが、変わった髪型で上手くごまかしているようにも感じられた。
出立ちもこだわりがあるのかは知らないが、黒に染められた鎖帷子に黒いズボン、そして黒いマントと黒一色である。
一点だけ目を引いたのは、彼が手の中で弄んでいる球体だ。骨組みの球といった印象で、よく見るとそれぞれのパーツが刃のように仕上げられている。
「全く、機嫌が悪いことだねぇ。ほら、みれば判るだろ? これが連行する予定の一人のアケチ」
すると、ジョニーは丘の上でアケチを肩から下ろし、彼に答えた。
下ろされたアケチから少し視線を動かすと、馬車が二台とめてあるのが判る。目的地まではこの馬車で行くつもりなのかもしれない。
「あん? なんだこりゃ? 聞いてたのとだいぶ違うな。ボロボロだし、なんかクセェしよ」
「色々あったようでねぇ、だけどそこまで判ったなら十分だろ? こんな汚れきった男をジャンヌちゃんに運ばせるわけには行かなかったからねぇ」
「ケッ、くだらねぇ」
ジョニーが飄々とした態度で説明するが、吐き捨てるようにエグゼが述べ。
「ならそっちの餓鬼が悪魔の書を持ち去った野郎か?」
突如矛先がサトルに向けられた。射るような双眸に一瞬たじろぐサトルである。
「餓鬼なんて失礼なことは言わないの。この子にはサトルという名前があるのですから」
「はん、関係ねぇだろ? どうせ――」
それはまさに刹那の出来事であった。目の前の男が掌で弄んでいた球体が消え、かと思えばサトルの頭を骨組みの球体がすっぽりと覆ったのである。
しかも首の部分には内側に向いた刃が首を一周するように添えられており――
「生かしておく必要ねぇだろうが。首刎ねて、それで終わりだ」
「え? ちょ――」
突然の出来事にサトルの思考が追いつかない。あまりに急な事であり、覚の能力すら発動できなかった。
だが、男の目は本気だ。今まさに本気でサトルの首を刎ねようと――
「おいらに引き金を引かせるなよ――仲間を撃つなんて勘弁させて欲しいからねぇ」
だが、男が球体を動かすより更に速く、ジョニーのリボルバーがその蟀谷に突きつけられていた。
その瞳に、ぞわりと背筋が寒くなるサトルである。飄々とした態度は一変し、まるで死神のような冷たい目つきに変わっていた。
「テメェこそどういうつもりだ? 俺は処刑人としても名が通ってんだ。悪魔の書なんて持ち出すような輩を、生かして連れて帰る気かよ?」
「元々その予定だったはずですよエグゼ。特に問題が起きそうに無ければ、生きた状態で連行する、これは最初から決まっていたことです」
「――ケッ、ま、NoⅡ様の言われることなら、こっちは従うほかねぇわなぁ」
どこか皮肉めいた口調でエグゼが返し、サトルの頭を覆っていた球体は再び男の手元に戻っていき大きさを変える。それを認めジョニーも銃を戻しいつもの調子に戻った。
「それで、悪魔の書も回収できたのですかい? ジャンヌ様?」
「――ガラにもない口調で話すのは止めなさい。悪魔の書は、とりあえずナガレ様が預かるという形で話は纏まりました」
ジャンヌがそう返すと、はあ? と男は片目を異様に大きくさせ。
「なんだそりゃ、ナガレってのは、あのFランクとかいうふざけた称号を与えられた野郎か? なんでそいつが悪魔の書を持ってるんだよ。そこの餓鬼がもっていたんじゃねぇのか?」
「……詳細はビッチェから預かっている報告書に書いてありますが、そもそも悪魔の書を勝手に持ち出したのはそこに転がっているアケチ。今回の件も実行犯はその男ですので、サトル様はただ利用されていただけの可能性が高いのです」
「はん、だからこの餓鬼は生かして連れて行くってことかよ。だがな、それがどうして悪魔の書をそのナガレってのに預けておく理由になるんだよ」
「……それは私の判断です。それに、あれはナガレ様の手元にあったほうが安全でしょうからね」
はぁ? と更にエグゼが目を眇め。
「意味がわからないぜ。大体そのナガレも連れてきていないのかよ。まさか、何も調べずFランクなんていうふざけたタグを渡したのか?」
「テストは私の方で致しました。その結果問題なし、いえ、恐らくナガレ様でなければこのような称号使いこなせないだろうと判断し、任命させていただきました」
ジャンヌの回答に、唖然とした顔を見せるエグゼ。その様子から、Fランクという位もナガレに関しても全く納得してないようであるが――
「のうジャンヌよ、儂からも一つ質問だが――」
すると、静観を保っていたもう一人の男が立ち上がり、ジャンヌに向けて問いかける。
色んな意味で大きな男である。その圧倒的な覇気は、サトルから声を奪い取らんとばかり、立ち上がっただけであたりに充満した存在感に、サトルも思わず姿勢を正す。
「……そのナガレという男、ひょっとするとだが、ナガレ カミナギが正式名称ではないか?」
「……はい、そのとおりですが、やはりロンとはお知り合いだったのですね」
ジャンヌが答え、知り合いだったのか――とサトルも驚く。
するとロンは――その大きな上半身を反らせ、大きな声で笑いだした。
「ガーッハッハッハ! なるほど、そうかそうか、あの神薙のが、こっちに来ているとはのう。世の中広いようで狭いものだ。ククッ、いやしかし合点が言った。どうりで強者の気が全く感じられないわけだ。あの男であれば、それも当然か――」
そこまで言った後、ポカーンとしているエグゼに顔を向け、今度は小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「フンッ、エグゼ、これは無理だのう。しょせんNoXII止まりの貴様では、逆立ちしたってあのナガレには、いや、それじゃああまりに失礼か、天地がひっくり返っても、いや、これでもまだ甘いのう。とにかく、役者が違いすぎる。わしからすればそのFランクですら収まる器ではないわ、ガハハッ」
エグゼの発言を笑い飛ばすようにして一蹴してしまうロン。それに悔しそうに呻くエグゼであるが――
正直サトルからしてみれば、このロンとて十分に底が知れず、エグゼにしろいいようのない不気味さがある。
ただ、それでもエグゼよりはロンの方が遥かに強いというのはなんとなくわかった。
強さで言えば、あのジャンヌにしてもかなりのものだが、このふたりに関しては一体どちらが強いのかなど皆目検討もつかない。
そしてこれらのやり取りを見ていたジョニーにしても、森での早撃ちといい、エグゼに見せた冷たい目といい、普段の飄々とした雰囲気からは感じ取れない何かが眠っている、そんな気がしてならない。
やはり、ナンバーズというのは相当な強者揃いなのだなと改めて実感し、同時に曲者揃いなのかもしれないと判断するサトルである。
だが、それ以上にジャンヌとロンという実力者から一目置かれるナガレは、やはりとんでもないな、と考えるわけだが。
「クソが、こんな事なら四人も来る必要なかっただろうが」
「念のためですよ。アケチという男の強さも不明確な部分も大きく、更に持っていたスキルもとんでもありませんでしたしね。それに加えて悪魔の書の力の事も考えれば、念の為を考えてもおかしくありません」
「ま、そうは言っても、今いる面子は丁度タイミングが合った四人ではあるんだけどねぇ」
「カカッ、儂らナンバーズが四人も揃うなど、本来そうはありえんがな」
「ビッチェも入れると五人ですよ」
「ふん、あんなのは所詮XIIIだろうが。そんなの頭数にすら入らねぇよ」
エグゼが嘲るように述べる。するとジョニーが両手を広げ軽く笑いながら答えた。
「ははっ、それはどうかなぁ。今の彼女の力は、おいらも危ういかなと思っちゃうぐらいだからねぇ。出来ればラッキーセブンは維持したいんだけど」
そんな事をいいながら、参った参ったとハットに手をやるジョニー。ただ、相変わらずの緩い笑顔でそれを言われても、あまり危機感は感じられない。
「は? あのビッチェが? 精々レベル1000がやっとだったあのビッチがいきなりそこまで強くなれるかよ、アホらしい」
肩をすくめ、吐き捨てるように言った後、エグゼが勝手にその場を離れようとするが。
「エグゼ、どこへ行かれるのですか? そろそろ出発しますよ?」
「フンッ、排泄だよ、は・い・せ・つ、そんぐらいの時間あんだろが」
あえてそこを強調し、エグゼが皆から離れていく。
その姿を眺め、ジョニーは首をすくめた。
「全く、ま~た何か企んでなきゃいいけどねぇ」
「え? 何かあるんですか?」
「うん? あぁ、こっちの事さぁ」
ジョニーが頭を擦りながら呟き、サトルがそれに反応するが、上手くはぐらかされてしまう。
とは言え、これ以上聞くのは野暮かと、今度はロンに身体を向けるが。
「何だ坊主、何か儂にようか?」
あまりに早い反応に言葉に詰まるサトルだが、冷静に見ると先程よりは威圧感が薄れている。押さえつけられるような空気も感じられないが、ナガレと知り合いとわかり精神的に楽になったのも多少は関係あるのかもしれない。
「え~と、あの、ロン様は」
「様なんていらん、普通に呼べ。むず痒くなって仕方ないからのう」
「あ、じゃあロンさんは、その、ナガレさんと知り合いなのですか?」
「うん? なんだ坊主こそナガレの事を知っているのか?」
すると、横からジャンヌが補足を入れた。それを聞き納得を示すロンであり。
「そういうことか、全くあいつらしいのう。さて、質問の答えだが、知り合いと言えば知り合いだ、何せ一度は戦いを挑んだ相手だからのう」
そういって顎を擦るロンに驚くサトル。しかし、だが、とロンは言葉を続け。
「その時は儂が負けた。手も足も出ずにのう。全く、当時は中華、いや世界最強に間違いない! などと言われ調子に乗っていた儂の鼻っ柱を見事にへし折ってくれたわ」
そこまで語り、ふたたび、ガハハッ、と豪快に笑うロンである。どうやら負けた事に関しては特に根に持っているわけでもなさそうだ。
「ま、それでも悔しさはあったしのう。いずれは再戦をと思い、修行を重ね続けていたのだがな、窮奇を倒し、調子に乗って崑崙山の応龍に挑戦したのだがのう、もう少しというところまで追い詰めたのだが噛み付かれ、そのまま死んでしまったのよ。後はそのまま転生し、今はこの世界で暮らしているというわけよ」
「は、はぁ……」
サトルはもうそれしか言葉が出てこない。豪快な人なのは間違いないが、会話の中で普通に伝説の生物の名前が出てくるのだ。
これが自分と全く別の世界から来た人間というならともかく、ナガレにしろこのロンにしろ同じ地球人なのである。
その地球に、まさか創作上の生物だと思ったそんなのがゴロゴロいたとは――今まで考えもしなかったのである。
とは言え、彼の言っていることが嘘だとも思わないサトルである。それだけの説得力のある強さを誇っているのは、初めてあったサトルでもよく判る。
「まあ、しかしのう。この世界にこれたおかげで儂は更に強くなれた。今の儂なら応龍など一捻りよ! カカッ、いずれはナガレともまたやりあいたいものだ、惜しいのう、任務がなければ今すぐにでも行くのだが」
「駄目ですよ。貴方だけでもとんでもないのに、ナガレ様までだなんて、折角免れたのに、結果的に帝国が崩壊しかねません」
ニコリと笑いながらジャンヌが言う。冗談のつもりなのか本気なのかが判らない笑顔である。
「ふん、それをお主が言うかのう――おおそうだ、ところでジャンヌよ、さっきナガレをテストしたと言っておったがのう、【時縛り】も使用したのか?」
ふと、ロンから飛び出た言葉に反応するサトル。一体なんだろうか? と思い――同時にナンバーズというのは色々と秘密の多い人達が多そうなイメージだったが、意外と緩そうでもあるなとも考えるサトルである。
「……ふぅ、ロン、もうそんなにあっさりと私の秘密を明かさないでください」
「うん? これ、秘密だったかのう?」
「ロンの旦那はそういう事に頓着がないからねぇ」
とぼけた感じに答えるロンであり、ジョニーが肩をすくめた。
どうやら単純にロンの口が軽めなだけだったようだ。彼にあまり秘密にしておきたいことは話さないほうが良いだろう。
「まあ、使いませんでしたけどね。ですが、ほぼ間違いなくナガレ様には知られていると思いますし、使っても全く勝てる気がしませんが」
「ジャンヌちゃんにここまで言わせるとは大したもんだねぇ」
ジョニーがハットの鍔を弄くりながら感心したように言った。調子はいつもどおり軽いが、ナガレに一目おいているのは皆と一緒なのかもしれない。
「それにしても、エグゼは長い便所だのう。なんだ? 大の方か?」
「ははっ、ロンの旦那、そこは信じてるんだねぇ。相変わらずよくわからない旦那さぁ」
「うん? どういう意味だ?」
ロンは腕を組み頭を捻った。
それを聞いていたサトルとしてもいまいち判然としない部分も多かったが、ただ、この中で一番アクが強いのはあのエグゼという男のようである――
『キキキキッ(……エグゼ様、そのナガレという男、どうやら明朝、英雄の城塁の攻略に乗り出すようです)』
チッ、とエグゼが一人舌打ちする。早速勝手な真似しやがって、と不機嫌そうに呟いてもいた。
そんな彼の肩には一匹の蝙蝠が止まっている。どうやらエグゼはこの蝙蝠から発せられる超音波を言葉として認識できているようだ。
そしてこの蝙蝠は、遠方にひそんでいると思われる彼の仲間と会話するための媒介として役立っているようでもある。
『キキキッ(どういたしますか? このバットが妨害してもいいですが――)』
「馬鹿言うな、お前だって仮にもAランクの特級冒険者なんだからな。それが直接手を出すわけにはいかないだろうが。まあ尤も、Fランクなんてものはまだまだ情報として浸透してないだろうしな。その周辺の冒険者がFランクなんてよくわからない野郎が古代迷宮の攻略なんて冗談じゃない! と切れて排除に乗り出したとしても、責任はとれないがなぁ」
『キキキキッ(……なるほど、では早速情報を拡散することにしましょう)』
「おいおい勘弁してくれよ。それじゃあまるで俺がそう命じたみたいじゃないか? それに、連中の中には一応は同じナンバーズのビッチェだっているんだ。まあ、XIIIのなんでなれたかもわかんねぇメスだが、一応は仲間だからなぁ、面倒事には巻き込めないだろ?」
『キキキキキッ(なるほど、ですがそれが逆に情報を知った連中の神経を逆撫でる原因になるかもしれませんね。例えばどこかの貴族が箔をつけるために金で冒険者の立場を買い、他の高ランク冒険者の護衛をつけて好き勝手してるなどという話が広まりでもすれば――)』
「勿論そんな話になれば、面倒事は避けられないだろうなぁ。まぁ、Fランクは自由らしいからその程度のトラブルは、自分で解決してもらわないと駄目だけどなぁ、まあ、そんな事があれば、だがな」
そこまで話したところで、了解しました、と蝙蝠を通じて届けられ、そして飛膜を広げバッサバッサと飛び去っていった。
「……フン、何がFランクだふざけやがって、そんな野郎は、早めに潰しておくに限るよなぁ――」
ひとりほくそ笑むエグゼは、こうして少々長いトイレを終え戻っていくのだった――
次からは帝国の関係やアクドルクのその後などが続いていくことになると思います。




