第三七三話 サトルとの別れ、そして――
「ふぅ、本当はナンバーズは謎のままにしておきたかったのですが、来てしまったものは仕方がありませんね」
「え? 謎のままって……それに来てしまったって――もしかして、その、なんというか個性的な人もナンバーズなの?」
ため息混じりに述べるジャンヌと、その横に並、ぶことはできず、間にビッチェを挟む形で立つジョニー。
その姿を目を丸くさせて見やるピーチである。そしてジョニーはビッチェの尻に手をやろうとしてグーで殴られていた。
「いやぁ、こっちの子も可愛らしいね~おっぱいも大きいし、う~ん、その杖といい魔法を使うのが得意なのかな? いいよね~魔法を扱う美少女、ニホンという国では流行ってるんだっけ? 判る気がするな~」
そして一人、うんうん、と頷く。その姿にげんなりした顔を見せるピーチである。
「ニホンのと言っているということは、彼も転生者なのかしら?」
「君も可愛いね~やっぱり若い子は――」
「……お前少し黙れ!」
ビッチェのボディブローがレバーに入り、蹲るジョニーである。
先程まで軽々とビッチェの攻撃を躱していたのだが、今はなんとも情けない姿を晒しており、なんともつかめない男である。
「一応私の方から紹介させていただくと、彼はナンバーズのNoⅦジョニー・バレッタスです。既にお気づきの方もいるとは思いますが――ただ、彼の場合は転生ではなく、アメリカからの転移者となります」
「よろしくねん、男性はそこそこに、女性はみんなアイ・ラブ・ユーさ」
相変わらずそこはかとなく軽薄そうな雰囲気を滲ませる彼であるが、それをみていたマイはなるほどね、という顔を見せる。
ガンマンであれば、確かにアメリカからこの世界に来たというのも納得が出来るからだろう。
「……お前、お姉様は呼んでないと言ってた。何故来た?」
するとギロリとビッチェが睨みジョニーに問う。どうやらビッチェはあまり好みのタイプではないようだ。敬愛するジャンヌに言い寄る男、つまりおかしな虫という感覚なのかもしれない。
「酷いなぁビッチェちゃん。そこはほら、久しぶりの再会なんだし熱い抱擁から、て、ゴメンゴメン冗談だって」
抜いた剣の鋒を向けられ、人差し指と親指で摘みつつ謝るジョニー。
そしてやれやれと金色の後頭部を擦り。
「まあ、ここまではジャンヌちゃんが一人でいいと言っていたけど、途中までは一緒だったしねぇ。それに、来て正解だったと思ってるよ。だってほら――」
そういいつつ、ジョニーは枷を嵌められたアケチの成れの果ての前まで近づき、そして、ヨッ、と持ち上げ肩で担いだ。
「こんな汚れ仕事、女の子にまかせておけないしねぇ」
ウィンクを決め、ジョニーがビッチェとジャンヌに向けて告げる。
確かにそう言われてみると、大分乾いたとはいえ、アケチはナガレの影響でいろいろな体液を漏らした身である。排泄物も多かった。
そんなアケチがジャンヌの美しい肌に触れるのなんて耐え難いと、そう思える者がいてもおかしくないだろ。
事実、ビッチェはジョニーのその行為にだけは納得しているようであり。
「……お前もたまには役に立つ」
「いやぁ、おいらこうみえて結構役立つ男よ? 特に女性には優しいし、尽くすし」
眉を広げ笑みを浮かべ、やはりどこか飄々とした感じにジョニーが答える。
全くもって掴みどころのない彼は、まるで空にぽっかりと浮かぶ雲のようだ。
「さて、それでは今度こそ、先程ジョニーが言ったように待たせている人もいますので」
そして改めて、ジャンヌが出発する雰囲気を滲ませ語り、サトルも、はい、と返事し彼らのそばについた。
「ふむ、つまりこの子がもう一人の連行者なわけだねぇ」
そしてアケチを担いだまま、ジョニーがサトルに目を向ける。飄々としていながらも、サトルを認めたその瞳はどこか周到さも感じさせた。
「サトルくん……本当にこのまま、お別れなの?」
そんな中、マイがうつむき加減に彼に問う。メグミにしても、アイカにしても、愁えの表情は変わっていない。
それに、サトルはゴメン、とだけ返した。ここを離れれば、きっともう二度と会えることはないと、そんな覚悟で挑んでいるのだろうが。
「先ほど、私に後から事情を聞くと言われておりましたが、ここにおられるマイさんやメグミさん、アイカさんも同じですよね?」
「はい、サトルくんと同じ世界から召喚されたということで、後でお呼びすることになると思います」
「そうですか、それではそのときにでも、サトルとの面会は可能でしょうか?」
「そうですね――ナガレ様の申し出であれば、その時はまだ連盟の管理下におかれていると思いますので大丈夫でしょう」
それを聞いて、へ? とマイ、メグミ、アイカ、そしてサトルが目を丸くさせる。
「聞いてのとおりです。今生の別れというわけでもありませんので、勿論暫くは寂しくもなりますが、その時にまたお会いいたしましょう」
ナガレがサトルに手を差し伸べ言う。キョトンとしていたサトルだが、ははっ、と笑みを浮かべ。
「全く、ナガレさんにはかなわないな」
そう言ってナガレの手を握り返した。
すると、マイやメグミ、アイカの表情にも明るさが戻り。
「も、もう! それならそうと言ってよ! 絶対に会いに行くから!」
「私も、一緒に」
「も、勿論、わ、私もです」
そしてマイ、メグミ、アイカもサトルの手を握りしめ、いつの間にかやってきていた他の面々もサトルにねぎらいの言葉を掛けた。
「色々あると思うけど、ナガレのことだもん! きっと何か考えているわよ! 私も会いに行くからね!」
「おう、悪いのは全部あのアケチって野郎だしな。先生に任せておけば大丈夫だ!」
「う~ん連行といっても、ジャンヌちゃんみたいな美人さんと一緒なのはちょっとうらやましいけどねぇ」
「もうカイルったら! でも、サトルさんお元気で。私も面会にはいきますので!」
「……私は、お姉様に会いに行く。でも、ついでに寄ってもいい」
こうして全員との一旦のお別れを済ませていくが――その合間にナガレがジャンヌに問いかけた。
「ところで、ナンバーズの中のNoⅢの方は、もしかしたら私と同じく、無手での戦いを得意としているのではありませんか?」
「……はい、よく判りましたね」
「ええ、そうですね――」
そう言いつつナガレは、ジャンヌの立っている位置から更に先を見るように目を向けた後、軽く瞼を閉じ。
「――それでは、ロン・フゥ殿には宜しくお伝えください」
そうジャンヌに告げると、彼女は一瞬目を大きくさせ、だがすぐに柔和な目に戻り答えた。
「ナガレ様は本当になんでもお見通しですね。はい、承知いたしました」
そしてその間にサトルと他の皆との別れの挨拶は終わり、最後にまた、ありがとう、と言い残し、ジャンヌとジョニーに連れられ、去っていった。
そんな彼らが見えなくなるまで、手を振り続ける一行であり――そしてサトルが完全に姿を消したことを認め、やはりどこか寂しそうな空気がその場に留まり、暫しの沈黙が訪れた。
すると――
「どうやら、一旦話はついたようだな」
黒騎士のアレクトが一行に近づいてきて、彼らに声を掛けてきた。
ピーチが彼女を振り返り、そして、あ、と一言口にし更に続ける。
「そういえば――なんかこっちで勝手に話が進んじゃったけど、大丈夫なのかな?」
大丈夫? というのは帝国騎士達に何も言わずに良かったのか? という意味であろうが。
「問題はない。彼女の正体までは知らないが、冒険者連盟と大陸連盟の調印がされた書状を持ってきていたらしいからな。大体の事情は残っていた騎士にも聞いてある。まあ、その男どもは完全に骨抜きにされていてお恥ずかしい限りだが」
そうはいいつつも、バレエの時はスタンディングオベーションに参加していたアレクトである。
「私が来たのは、お礼とお別れを告げるためだ。先ずナガレ殿、此度は貴方のお陰で多くの騎士の命が救われた。勿論私も含めてな。そのことに心から感謝を」
ナガレの前でアレクトが跪いた。帝国騎士が冒険者の前でここまでするのは本来異例の事である。
「いえ、お気になさらず。それにアレクト様を助けたのはビッチェですから」
「うむ、しかしそれはナガレ殿の尽力があってこそと聞いている。しかし、勿論ビッチェ殿にも、そしてお仲間の皆様にも、感謝を」
改めて頭を下げるアレクト。ピーチは少々照れている様子でもあり。
「……別に、ナガレに頼まれたからやっただけ。今回のは全てナガレのおかげといっていい。流石ナガレ、今晩にでも抱かれたい」
「ちょ! なんでそう唐突なのよ! さっきまでなんかちょっと可愛らしい感じだったのに!」
「……う、うぅ――」
さっきの、つまりビッチェが敬愛するお姉様の事を持ち出され顔を赤くさせるビッチェである。どうやらこれは中々効果的なようだ。
「ところで、お別れというと、やはり戻られるのですか?」
「……うむ、アケチの話を聞いたとは言え、やはり自分の目で確かめたいのでな。ここに残った騎士も含めて、帝都に戻ろうと思う。可能ならば――陛下にも話を聞きたいのだがな」
そういいつつ一旦目を伏せる。やはり仕えていた君主が、自分たちを切り捨てようとしていたかもしれないという事実は、すぐに受け止められるものでもないのだろう。
「――では、長居は無用であるしな。そろそろ行くとしよう。色々と世話になったなナガレ殿」
「いえ、アレクト様こそ、ご武運を」
言葉をかわし、アレクトが踵を返す。その先には既に準備の整った騎士たちの姿。
「……アレクトさん!」
そして、騎士たちの下へ歩いていくアレクトの背中にマイの声。
「――サトルくんのこと、ありがとうございます」
そして告げられた言葉に、一旦足を止め。
「……別に許したわけではない。ただ、その前に先ず、騎士として真の帝国というのを確認しておきたかっただけ、それだけだ――」
そう言い残し、そしてアレクトもまたこの地を離れ、他の騎士たちと共に帝都へと引き返していった――
 




