第三七一話 悪魔の書とジャンヌ
ナガレに任命されたFランクの称号。当初は最低のDランク以下であることに納得がいかないと、フレムなどに抗議されたジャンヌであったが。
しかし、それは勘違いであり、FランクのFとはFreeのF、つまりナガレはこの世界において唯一、何事にも縛られない自由を約束された冒険者として認められたのである。
その事に喜ぶナガレの仲間たち。しかしそれも束の間――直後ジャンヌから告げられたのはサトルを冒険者連盟の管轄エリアまで連行するという話であった。
「……え、え~と、私、ちょっと上手く聞き取れなくて、連行するのは、あ、アケチよね? サトルくんって聞こえた気がしたんだけど」
「……いえ、間違いではありません。確かにアケチも連れて行きますが、同じようにサトル様も連行させて頂きます」
「そ、それは、もしかして保護的な意味合いでしょうか? 彼はこの世界に召喚された身ですし――」
ジャンヌの回答に、マイが愕然となっているが、後を引き継ぐようにメグミが尋ねる。
だが、その回答も彼女たちが期待するようなものではなかった。
「ある意味そういえなくもないですが――置かれている状況としては帝国での王女殺害について、それに街を一つ壊滅に追い遣ったという点も含めて帝国内での彼の行動、その罪について問われることになるでしょう。なにより悪魔の書を持っていたという点が今回大陸連盟で尤も問題視されている点です。使い方次第では世界を破壊してもおかしくないとされる禁断の書ですので――」
「え? でもちょっと待ってよ! それはおかしいわ。だって悪魔の書は元々はアケチがスキルの力で手にしたものよ! それをサトルくんと契約させて利用しようとしていたに過ぎないわ!」
「確かに悪魔の書はとある場所に封印され決して誰の目にも触れないようにされていたのですが、しかしある日突然消失してしまったという事実があります。ですので、そのあたりも含めてサトル様はただ罪を問われるだけではなく、重要参考人としても連行させて頂くことになります。勿論、身柄は拘束される事となりますが……」
「そ、そんなの酷いです、サトルくんは、ただアケチに利用されそうになっていただけなのに――それなのに……」
アイカが涙ぐみながら訴える。ジャンヌもどこか辛そうであり――
「な、ナガレなんとかならないの?」
するとピーチがすがるような目でナガレに訴えた。だがナガレは首を横に振り。
「これはサトルとも話していた事です。勿論、サトルの判断にもよりますが――」
『ナガレよ、我の念を連中に届けるが良い。貴様であれば出来るのであろう?』
「貴方のですか? しかし――」
『えぇい! いいから早くせんか!』
するとピーチとの話の途中で悪魔の書が突如そんな事を言い出した。どうやら答えを聞く気もないようなので、ナガレはやれやれと悪魔の書を取り出し、そしてその念が皆に届くよう合気を込めた。
『ふん、Sランクだの特級だの知らぬが、貴様らは本当に愚かであるな』
「――ッ!?」
突然響き渡る念にジャンヌも目を丸くさせて驚く。
「い、今のは、それにナガレ様のそれは?」
「はい、これがサトルが契約していた悪魔の書です。今はわけあって私が預かっておりますが」
『ふん、不本意ではあるがな』
悪魔の書が不機嫌そうに述べる。しかし、この現象にはサトルも驚いているようであった。勿論ナガレがいれば念を全員に聞こえるよう届けるぐらいわけないのは承知だが、ここで一体何故悪魔の書が? という思いが強いのだろう。
「それにしても驚きですね。悪魔の書の声は契約者にしか聞こえないという話なのですが――これもナガレ様の力ですか?」
『ふん、そのとおりであるな。この男は何故かこの手の妙な事が得意なのだ』
「おかげでこの本に利用されてしまいましたけどね」
微笑みつつそんな言葉を返す。尤もそれに対して困っている様子など微塵も感じられないが。
「流石はナガレ様といいたいところですが、その、悪魔の書、様? でいいのでしょうか? とにかく、今の話は、どういった意味でしょうか?」
『ふん、呼び方など好きに呼べばいいであろう』
「それじゃあ悪魔っちで!」
『ふざけるな!』
カイルが横から口を挟むと見事に切れた。しょんぼりするカイルである。
「う~ん、あ、それじゃあクレープとかどうかな?」
『却下に決まっておるであろう!』
「――美味しいのに……」
肩を落とすピーチである。思いつきが完全に食べ物なのは流石といえるかもしれないが。
「……もう熊でいい」
『いいわけあるか!』
「それでは悪魔く――」
「とりあえず名前はおいておきましょうか」
最後にローザが何かを言おうとしたところでジャンヌが呼び方の件をバッサリ切り捨てた。
『とにかく、我がいいたいのは貴様は何もわかっていないということだ』
この貴様というのがジャンヌをさして言っているのは間違いないだろう。彼女もそれは重々承知なようであり、
「ですからそれは、一体どういう意味でしょうか?」
と聞きかえす。
『簡単なことよ。考えても見るが良い、我は悪魔の書であるぞ。我ほど偉大な書物であれば、契約者を謀るなど勿論だが、本人の意志と関係なくその行動を操るなどということも容易いものよ』
え? とサトルがナガレの手の中にある悪魔の書へと顔を向ける。
「……つまり悪魔の書、貴方は、サトル様のやった全ての行動は、自分が彼を操っていたからに過ぎないものだと。だからサトル様は関係がないと、そうおっしゃりたいのですか?」
『……そういう事であるな。サトルの意志はなかった、我が操っていたのだ。ならば貴様らのやることは一つであろう? 我だけを持ち帰れば良い。それだけである。また封印なりなんなりすれば良かろう。なんなら焼き尽くしてくれても構わぬぞ? 教団の連中ならそれが出来るであろう、本来ならばな』
ふとローザが、教団、とどこか淋しげに呟く。
そして、ジャンヌは、ふぅ、と一つ嘆息し。
「ナガレ様、確認となりますが、この本の言っていることは本当ですか?」
そしてナガレに確認を取る。だが、ナガレは首を横に振り。
「残念ですが、今この書物が言ったことは、全て虚偽のものです。悪魔の書には契約者を自在に操るような力は備わっておりませんからね。ですので、悪魔の書を使用しての行為はサトルの意志によるものです」
その回答に、マイやメグミ、そしてアイカ、それにピーチでさえも驚き、目を白黒させた。
『ば、馬鹿な! 貴様何を言っておるのだ! 判っているのか? このままではサトルはこの連中に捕らえられ、裁かれることになるのだぞ! それには間違いなくあの連中も絡んでくる! 間違いなく只では済まぬぞ!』
これはナガレにのみ届いた念だが、しかし悪魔の書は興奮した様子で強い念を飛ばしてきた。
だが、ナガレの考えは変わらず。
「どうしてよナガレくん! 折角その本がサトルくんには関係がないって言ってくれたのに!」
「……確かに悪魔の書はそういいました。ですが、そのような嘘はすぐに暴かれます」
マイも責めるようにナガレに言い立てるが、しかしナガレは至極落ち着いた態度で答えてみせる。
え? とピーチが反応し。
「暴かれるって……」
「ナガレ様の言っている通りです。その悪魔の書についてよく知るものがおりますので、しかも必ず今回の件で関わり合いになる人物です。そのものなら、今の発言に虚偽があればすぐに気が付き、結果的にサトル様は捕えられることになるでしょう。しかも状況は今より確実に悪くなります」
ジャンヌの発言に、一瞬の沈黙。
だが、やはりマイやメグミ、アイカは納得していないようであり。
「で、でもやっぱり! やっぱり!」
「マイさん、もういいんだ」
何かを訴えようとするマイ。だが、そこから先の発言を制し、言葉を重ねたのは当の本人であるサトルであった。
「……皆もありがとう。でも、自分でも判っていたことなんだ。ナガレさんとも約束したことでもあるしね。俺は――生きる道を選ぶ。そして生きて、罪を償うって、そう誓ったんだ。だから――」
そこまで口にした後、サトルは笑顔で全員に向けて言葉を続けた。
「俺は、ジャンヌさんに従うよ。このまま付いていく――」