第三十三話 緊急事態?
「うぅ、うぅ、痛いよ~体中痛いよ~」
結局一睡もせずナガレの指導を受け続けたピーチは、朝が来る頃にはヘトヘトになってしまっていた。
なれない身体の酷使で全身これ筋肉痛といった様相である。
「ピーチ、少し失礼しますよ」
え? とギチギチと鈍い音が聞こえてきそうな動きで首を回す。
するとナガレの手がピーチの身体を弄り始めた。
「ひゃん! え、ナガレ、何を?」
「大丈夫ですよ。優しくしますから」
「え? でも、こんな、は、はぁああぁああぁああぁん!」
「う~んスッキリ! ナガレってば凄い!」
「どういたしまして」
ナガレによるマッサージが終わった頃には、あれだけ筋肉痛で苦しんでいたピーチの顔は晴れやかなものに変わっていた。
そう合気を極めたナガレであれば、三日三晩苦しみそうな筋肉痛に陥った相手をあっさり回復させるマッサージを施すなど造作も無いことなのである。
そして当然だがマッサージはマッサージ、別に嫌らしい意味のではない。
「ちっ、依頼の途中だってのに女としけこむたぁ呑気な野郎だぜ」
「う~ん、ナガレっちてばやるぅ!」
「キャッ! ピーチやっぱりふたりで一緒だったのですね!」
ナガレとピーチが川辺まで戻ると、盛大に勘違いした三人の姿があった。
それを聞いたピーチが、慌てて、違うの違うの~と弁解する様子は中々愛らしい。
とは言え、やはりそのままというわけにもいかないので、ナガレも一緒になって説明し誤解を解く。
「チッ、技を磨くためってか。一体夜に何の技を磨いてたんだか」
ナガレの説明を聞いても相変わらずの嫌味混じりの返ししかしてこないフレムに、むっとした表情を見せるピーチである。
「……ふたりの言っている事、本当」
「あ! ビッチェ!」
「え~なんでそれが判るの~?」
「……影から見ていた。期待していたのに、残念」
「え? ソレって覗き……」
「……違う、観察」
ビッチェは終始ピーチとナガレに何か起きないか覗き見ていたようだが、彼女曰くあくまで観察である。
「お~い、ところでこの罪人共どうするよ?」
ナガレ達が朝からそのような話をしていると、縛り上げた盗賊と裏切り者を指差して、冒険者の一人が声をあげた。
「誰か一人街に戻って報告にいったらどうだ?」
「おいおいわざわざこの依頼放り出してかよ?」
すると、そんなやり取りを聞いていたナガレが前に出て、彼らに提案する。
「ならばそれは私が引き受けましょう」
「うん? いいのか?」
「はい、それほど時間の掛かるものじゃありませんし」
「へ? 時間が掛からないって馬を使ってもそれなりに――」
冒険者の一人がそんな事を口にした時には、既にその場にナガレはいなかった。
え? え? と周囲を見回す冒険者達は更にもう一点の変化に気がつく。
「あれ? 捕まえてた賊共がいない……」
「ぎゃあぁあああああああああぁああああああああああああああああぁあああああああああああぁああぁあああああぁああ!」
罪人たちの絶叫が空から降り注ぐ。その声を耳にしながら、ナガレはあの森から十数km離れた着弾点に待機し、その到着を待った。
「さて――」
団子になって降ってきた罪人共を得意の合気で受け流し、落下の力を再利用し、再度ハンマの街に向けて投げ飛ばす。
すると再び絶叫が空に響いた。少々煩いですね、などと思いつつもナガレはこれを繰り返す。
しかしやられている方からしたら堪ったものじゃないだろう。
ナガレの元いた世界の絶叫マシーンなど比べ物にならないほどのスリルだ。
到底生きた心地がしないであろうが――
「ご苦労様です」
ナガレはハンマの街の門の前に着くと、そう衛兵に挨拶した。
「あ、あんたは確かあの時の……」
そしてその衛兵はナガレがこの街に着いて最初に対応してくれた衛兵でもあった。
他にもどうやら新人らしい若い衛兵も門の出入りを監視している様子。
「ちょっとすみません、今罪人が飛んできますので少々お待ちを」
そしてナガレが衛兵に対して簡単に説明するが、当然その意味を理解できるわけもない。
しかし直後、上空から大きな塊が落下してきていることに衛兵達も気がつく。
「な、なんだろあれは?」
そんな疑問の声を発した直後、ナガレがそれを受け止め、衝撃を地面に受け流しつつ、衛兵の前にそれを並べた。
「……こ、これは――」
目を白黒させる衛兵達。その視界に映るは、白目を向いて気絶し、股間をびしょびしょに濡らした罪人の姿であった。
「刺激が強くて気絶してしまったようですが、彼らの内八人は盗賊、一人は盗賊に情報を流し協力していた冒険者です」
「え? え? え?」
突然の出来事に衛兵はさっぱり思考が追いついていない様子。
なのでナガレは事の顛末を話して聴かせる。
「……話は判ったのだが、なんで空から降ってきたんだ?」
「その方が早かったので」
「いや、答えになってないんだが……」
「それでは皆を待たせているので私はこれで失礼致します」
「え? あ! おい!」
呼び止めようとする衛兵だが、ナガレはゆったりな動きを見せたかと思えば、彼らの視界から一瞬にして消え失せた。
「……あの、先輩」
その一部始終を見ていた後輩の衛兵が口を開き。
「人ってあんなに高く飛ぶものなんですか?」
「そんな事俺が知るかよ……」
辟易とした表情でそんな事を返しつつ、罪人の処理に入る衛兵達であった――
「行ってきました」
「おわっ!」
戻ったナガレがそう声をかけると、冒険者の一人が驚きの声を上げた。
突然目の前に現れたのだからそれも当然だろう。
「え? ナガレっち行ってきたって?」
「届けてきたのですよ。罪人をハンマの街の衛兵に」
へ? と目をパチクリさせるカイル。
「おい行ってきたって……」
「消えてからほとんど時間経ってないよな?」
「てか、あれだけの罪人どうやって街まで運んだんだよ……」
冒険者達が口々に疑問の声を上げてると、ケッ! とフレムが吐き捨てるように口にし。
「やっぱテメェは魔術師かよ。時空門とかそんなのがあると聞いたことがあるしな」
「時空門?」
「た、確かにそれなら……」
「てか、それはそれで凄くね?」
様々な憶測が飛び交う中、ピーチは、ナガレなら納得ね……と呆れ顔ながら理解していた。
そして、どっちにしろ盗賊の件が片付いたのは確かなので、皆出発の準備に入る。
こうして、目的地に向けて再び馬車が動き始めた。
それから数時間ほど、ピーチは筋肉痛は取れたとはいえ夜寝ていなかったこともあり、ナガレの身体に凭れ掛かりながら可愛らしい寝息を立てている。
「全くいい気なもんだぜ」
「う~んでもピーチちゃん可愛いなぁ。悪戯したくなっちゃうかも」
「そんな事したらギルドでカイルが変態だって言いふらしますよ」
「……でも私も悪戯したい」
「ビッチェさん!」
そんな四人のやり取りを微笑ましげに眺めていたナガレであったが、ふとその顔つきが真剣なものに変化する。
「……ナガレ、何かあった?」
「……えぇこれはちょっとまずいかもしれませんね」
「ん、ナガレ?」
そんなナガレの変化に気がついたのかピーチも目を覚ましたようで、瞼を擦りながら、尋ねるように口を開いた。
「……このままでは間に合いませんね。ローザさん、聖道門を開けるという事は解毒魔法も使用可能ですね?」
「え? あ、はいある程度なら」
「では私と付いてきてもらえますか? 私は一足早くここを出て目的地の森に向かいますので」
え!? と驚きの声を上げるローザとその仲間であるフレムとカイル。
「待ってナガレ! それ、勿論私も連れて行ってくれるわよね? 同じパーティなんだし!」
ナガレに訴えるピーチの目は真剣であった。その姿を確認した後、ナガレは一考し。
「そうですね……今のピーチの力なら……判りました行きましょう」
「……ナガレ、私も付いて行く」
ピーチも共に連れて行くと決めたナガレであったが、そこへビッチェも参戦。
そしてナガレは一つ頷きそれに応じた。
「ちょ! ちょっと待て! てめぇ何勝手に決めてんだ! 第一ローザは!」
「申し訳ありませんが、言い争ってる場合ではありませんのでそれでは」
言ってナガレは手早くローザとピーチを小脇に抱え、かと思えばゆらりと動き出しその瞬間皆の視界から消え失せていた。
そしてその直後、馬車からはビッチェの姿も消失していたのだった――




