第三七〇話 Fランクの意味
「ちょっと待てコラーーーーーー!」
勝負はテストも兼ねていたこと、そしてジャンヌからみてもナガレの実力は余りある程であり、条件に見合う人物であったこと。
以上の点から、冒険者連盟のグランドマスターより預かっていたタグを渡すことを決めたジャンヌ。
だが、タグをみせつつ彼女から語られたのは、
『――今を持ちましてナガレ様、貴方をFランク冒険者に任命させて頂きます』
という衝撃の事実。
それを聞いていたフレムが、思わず激昂した形であり。
「ふざけんなよあんた! よりにもよって先生がFだと! え、エフ? エフ、言うにことかいて、え、エフぅぅうううううう!? Bから一〇ランクも落ちてるじゃねぇか! ふざけるな!」
「ちょっ、フレム落ち着きなって! 大体なにかあんたもおかしいし!」
「……BからFなら落ちてるとしたら四ランクだ馬鹿」
「ははっ、で、でも何かおかしいよね~」
「そ、そうですね……確か冒険者のランクはDランクまでしかなかった筈ですが……」
フレムは頭に血が上って仕方がないといった印象。ピーチはFランクという話に驚きはしたようだがフレムの発狂ぶりに逆に冷静になれたようで普通に突っ込んだ。
それはビッチェも同じで至極冷静に間違いを指摘し普通に呆れている。
ただ、カイルはFランクの違和感に気がついたようで、それにローザが補足する。
「俺も、帝国での登録になるけどランクの最低はDランクだと聞いていた。ランクの種類は王国と大差がないと聞いているけど、そう考えるとやはりナガレさんのFランクはおかしいと思う」
「そうね、まだ幼いからあまり特別扱い出来ないというのも判るけど、実力があるならむしろその特級というのでも良さそうよね」
「正直話していることが異次元過ぎて、私にはもうついていけないかも……」
「わ、私もですぅうぅう」
どうやらサトルとマイはナガレがFランクという判断にはやはり疑問があるようだ。しかしメグミとアイカに関してはもう何がなんだかと言った様子である。
「……私が気になるのは、何故Fなのかということ。敢えてFにしたのは何か理由がある?」
「ふふっ、さすがですねビッチェ。はい、確かに皆様が驚かれるのも判りますが、勘違いしないで頂きたいのはこのFはランクが下という意味ではないということです」
ニコリと微笑みつつ、関係者全員に聞こえるように説明していく。
「此度の背景には、先ず、一度はナガレ様が、Sランク特級に任命したいという申し出に対して、組織に束縛される事や行動を制限されるのは好ましくないという理由で辞退したことがあります。それをビッチェの報告書で知り、マスターは悩んだようです。勿論今のままでもそのままSランクに昇格という形でも良いのですが、もしかしたらそれすらも不本意かもしれない。そもそも報告書を読む限り、もしかしたらナガレ様は既存のランクの領域に収めるのは不可能ではないのか? と、そう自問自答を繰り返したようです」
「なんだ判ってるじゃねぇか。確かに先生ほどの御方! 冒険者ギルド程度に収まる器ではありませんけどね!」
「いえフレム、私はそのような大した器ではありませんよ。それに私はこの世界で自由に好き勝手な生き方を満喫しているにすぎませんので」
瞑目し答えるナガレだが、ジャンヌはフフフッと笑みをこぼし。
「それをさらりと言えてしまうナガレ様はやはりただものではありませんね。とはいえ、このFランクにはまさに今ナガレ様が申されたこと全てが込められております」
え? これが? とピーチが目を丸くさせる。
「はい、マスターはナガレ様について迷い、そしてその結果一つの答えにたどり着いたのです。それはナガレ様専用の特別な階級を一つ作ってしまうこと。そして同時に、その階級は何事にも束縛されず、行動も制限せず、ナガレ様の自由を保証するものであること。それがこのFランクであり、Fにはそういった意味も込められているのです」
そこまで聞いたところで、ナガレは一つ顎を引き。
「なるほど、つまりこれは、FreeのFというわけですね」
ナガレの返答に答えるようにジャンヌが笑顔を振りまく。
「はい、そのとおりです。流石ナガレ様は鋭いですね」
顔を若干傾けつつ、愛想よく答えるジャンヌであり、ナガレも再び瞼を開き、僅かに口元を緩めた。
「え、え~つまり、どういうことだ? 振り? Fランクの振りって事か?」
「……馬鹿か、Freeだ、フリー」
「それってつまり、文字通りナガレは冒険者として自由を与えられたということ?」
フレムは相変わらずであり、苦笑いのカイルとローザである。そして呆れたようにビッチェがいい直した。
ピーチは理解したが、確認の意味も込めて改めてそれを口にする。
「はい、その通りでございます。ナガレ様はこれで、晴れて自由の身に――」
「何かその部分だけ聞くと、何かからナガレくんが逃げ回っていたみたいに聞こえるわね」
マイが腕を組み、目を細め口にした。
「でも、その特級というのとはそんなに違うのですか? 何か聞いていると特級冒険者も自由がききそうですが……」
これがサトルの疑問だ。確かにビッチェもSランクの特級冒険者であり、一見するとかなり自由に動き回っているように思えるが。
「ビッチェは仕事柄、比較的動き回っている方ですが、特級とは言えいつでも自由に動けるわけではありませんからね。国境を越えるのも通常の冒険者よりは融通はききますが、それでもいつでもどこでもいけるというものでもありません。それに特級の任務を与えられるまでは通常の冒険者としての範疇で行動することになりますからね」
サトルはなるほど、と顎に指を添えつつ呟いた。
確かに特級といえどそこまで好き勝手動けるわけではないことは、今回の帝国の件一つとってみても判ることだろう。
ナガレが動いたからこそ、被害は最小限に食い止められたが、そうでなければ最悪の事態にまで至らなくてもそれ相応の犠牲がでていたからだ。
「う~ん、良く判らないけどな、つまり先生には凄い特権が与えられたって事だな! これで先生を阻むものはもう何もありませんね!」
「フレム、確かにこの話を受けると自由には動けるようになるかもしれませんが、私が言うのも何ですが、自由というのはそこまで簡単な話ではないのですよ」
ナガレが諭すように述べる。すると、そうですね、と真剣な顔でジャンヌが口にし。
「確かにナガレ様の言われているとおり、このタグを受け取りFランクに任命されれば、自由には動けるようになりますが、その分責任も生じることとなります。忘れてはいけないのはたとえ自由であってもナガレ様の行為全ての自由を保証しているわけではないという事です」
「……なんだそれ? 言っている意味がわからないぜ」
「つまり、全ての行動の自由を認めているわけではないという事ですね。例えばいくら自由だからといって私がどこかで窃盗行為を行えばその責任は問われることになるでしょう」
「え!? そうなんですか!」
「いや、フレム、落ち着いてよく考えなさいよ。そんなの当たり前じゃない」
イマイチ理解しきれていないフレムだが、ピーチに言われて腕を組み小首をかしげた後、ハッ! とした顔を見せ。
「ふざけるな! 先生が泥棒なんてするわけないだろ!」
「いや、あんた誰に怒ってるのよ……」
「……馬鹿もここまでくると逆に凄い」
呆れを通り越し、逆に凄いと言われる辺り、フレムはある意味大物なのかもしれない。
「とはいえ、流石にグランドマスターもこれは受けてもらえると思っていると思うのですが、一応確認です。ナガレ様、Fランクのお話、受けていただきますよね?」
「すみませんお断りいたします」
『ええええええぇええええぇええぇえええ!?』
ジャンヌは思わず仏語で驚いた。
聞いていた皆も、これには目を白黒させるが。
「と、いうのは冗談で、流石にここまでして頂きながら引き受けないというのも不義理がすぎますからね」
だが、ニコリと微笑み、そんな事を言うナガレにジャンヌは転けそうになる。
「わ、悪い冗談はやめてください!」
「いや、失礼致しました」
ナガレが頭を擦りつつ答える。するとジャンヌがコホンッと咳払いし、改めて訪ねた。
「それではナガレ様、Fランク任命の件は――」
「はい、ありがたく拝命させて頂きます」
こうしてここに、この世界において史上初となるFランク冒険者が誕生した。ちなみに一人しかいないため、級も存在しないようだ。
「ですが、冒険者ギルド連盟のグランドマスターという御方も、中々面白い事を考えますね」
「はい、ですが、ナガレ様であればきっと上手く使いこなして頂けると、信じてますよ」
そして、ナガレは手持ちの冒険者タグと、ジャンヌが持参したFランク冒険者としてのタグを交換した。
その姿におめでとうと皆が声をかける。フレムに関しては感動に涙さえ流しているが。
「……でも、あの人は相変わらず。どうせ、何か裏がある……お姉様には悪いけど、あの人はそういう人」
「うふふっ、流石ビッチェですね。ですがそれも含めてのFランクですし、恐らくナガレ様はそれにも気づいておりますよ。それに、これはあの人なりの試験ってところなのでしょうね」
「……試験?」
「はい、心配なのですよ、ビッチェの事が」
そんな事をふたりこそこそ話していたわけだが。
「でもジャンヌさんは強かったわね。途中から何故かそのバレエというのになってしまったけど、ナガレってばあのエルマール以上の力をだしたんだもんね」
ピーチがふと、そんな事をナガレに言う。確かに、最終的な結果はともかく、途中まではエルマール戦以上の力を引き出したジャンヌである。
その力はかなりのものだろうが――
「はい、確かにそのとおりですね。それに、結果的にこうなりましたが、ジャンヌ様も全く本気を出しておりませんでしたからね」
しかし、そのナガレの言葉にナガレ昇格の喜びもどこかに吹き飛んでいったがごとく、ピーチの笑顔が固まった。
サトルやメグミも驚いているようである。ただ、マイはどこか納得がいっているようでもありウンウンと頷いていた。
ただ、彼女の場合はバレエの実力と勘違いしているようでもある。
そしてアイカは話についていけずあたふたしており、フレムはただただ、先生! 先生! と涙していた。
「あ、あれで全く本気じゃなかったというのも凄いよねえ、確かに途中から別の戦いになっていたけど」
「はい、確かに途中からダンスになってましたが、それでもあれでまだ実力を出し切れていないとは――」
ただ、どうやらバレエのイメージがかなり強いようだ。
「ふふっ、ナガレ様、それは買い被りすぎですわ。ナガレ様のバレエは私が思わず見惚れるほど素敵でしたし」
「……お姉様違う。今はバレエの話じゃない」
そして話に乗っかるもボケなのか天然なのかわかりにくいジャンヌの物言いに、ビッチェも思わずツッコんでしまう。
「――ですが、戦いの面で言うならば、ナガレ様はどうやら私の秘密にも気がついていらっしゃるようですね」
「――さて、どうでしょうか?」
にこにこと微笑み合うふたりだが、そこに何か異様な雰囲気を感じる一同である。
とはいえ――
「ふふっ、やはり来て良かったです。ナガレ様ともお知り合いになれましたし、ビッチェにこれだけのお友達が出来たのも知ることが出来ました」
「……な、何か恥ずかしい」
改めてジャンヌの横に並び、頭を撫でられ照れるビッチェである。
「つまり、ジャンヌさんの目的はこれで全て終わったのですか?」
そんな最中、ジャンヌにマイの質問が飛ぶ。すると、ジャンヌの表情が若干曇り。
「……いえ、残念ですが後一つだけ、目的が残っております」
告げられたジャンヌの言葉は、これまでと違ってどこか重く。
「……その目的とは、一体何なのでしょうか?」
するとサトルが一歩前に出て、まるで何かを悟ったように尋ねる。
すると、ジャンヌは彼に目を向け、そして静かに告げた。
「それは、サトル様、貴方を冒険者ギルド連盟の管轄エリアまで連行することです」
 




