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第三六八話 エペ・ルバレ

「……え? 誰?」


 ピーチが思わず声を上げる。ナガレとの手合わせをジャンヌが願い、ナガレが承諾したことでふたりの勝負が始まったわけだが――突如ジャンヌとは別に、一人の美丈夫が姿を見せたわけである。


 現状、ナガレを挟み込むようにして後ろにはジャンヌが、ナガレの正面には端正な顔立ちの青年といった状況。


 そして青年の格好は貴族然としたものだ。どこかの王子様と言われても通じる事だろう。


「……そうか、お姉様は【エペ・ルバレ】の方を――」


 すると、ビッチェが何かに気がついたようにつぶやく。

 それに、エペ・ルバレ? と首を傾げて繰り返すピーチであったが。


「そ、そうか! あのジャンヌ! 先生にはとても敵わないと見て、仲間を呼びやがったな! 一対一の勝負みたいに言っておいて、なんて卑怯な女だ!」

「……違う馬鹿、よく見ろ、あのふたりは――」

「もしかして、ふたりともジャンヌさん?」


 ふと、ビッチェの話途中にマイが言葉を重ねた。

 それに、え? とピーチとローザが彼女を振り返る。


「同じです、か?」

「え? でも性別が違うじゃない」

「でも、よく見ると顔とか、ジャンヌさんとそっくりだし。それになんとなくだけど、男装した女性って気がするのよね」

「男装……たしかにそう言われてみると、マイさんの言うように、女性のような美しさを兼ね添えているような気がするな……」


 サトルもマイの推測に同意する。

 すると、ビッチェが、そう、と口にし。


「……マイの言うように、あれはふたりともお姉様――」

 

 そういいながら、ふたりの戦いに目を向ける。


「なるほど、見事ですね。ここまで完成された一人二役をこなせる方は、そうはいない事でしょう」


 ナガレがジャンヌを評する。ビッチェの言っていたことは、ナガレはとっくに看破出来ていた。


「ここまであっさり見抜かれるなんて」

「ふふっ、流石というべきか」


 男女のジャンヌが交互に述べる。


「だが、本番は――」

「ここからですよ――」


 そしてふたりが同時に動き出し――


ルラック・デ(白鳥の)・シーニュ()!』


 今声が揃い、その瞬間、ふたりのジャンヌが仕掛け出す。


 そして、そのままナガレに攻撃するかと思えば――ナガレを中心に、突如舞い踊り始める男女のジャンヌ。


 それに、周囲で見ていた一同は困惑模様だが……。


「そ! そうか! エペ・ルバレというのは、やっぱりバレエの事も指して言っていたのね!」

 

 マイが興奮した調子で語りだす。すると、ビッチェが彼女をみやり答えた。


「……やはり、お姉様と同じ世界から来ている者は知っていたか。お姉様は言っていた、エペ・ルバレとはバレエと剣術を組み合わせた全く新しい武術だと――」


 そう言われてフレムやピーチもふたりの戦いに目を向ける。すると、確かにジャンヌ側は一見ただ踊っているように見えて、剣術を組み合わせてナガレに攻撃を繰り返していた。


 しかもそれは至極優雅で、可憐で、美しい。恐らく間近で見ていたならば思わず見惚れて防御を忘れてしまう程であろう。


「でも、だとしたらあの男性側は、残像?」

「いや、でもしっかり攻撃は先生が捌いている。つまり、無視できるような残像ではないってことだろ?」

「じゃあ、実体のある分身? ビッチェも分身が出せたものね」

「……確かに私はある程度お姉様の動きも参考にしている。でも、お姉様は実体のある分身は出していない。そういう意味ではあれは残像に近いとも言える」

「そうなのかよ、それじゃあ、攻撃も残像のが混じっているって事なのか?」

「……それも違う。お姉さまの場合、残像は残像でも攻撃判定は残っている残像」


 ビッチェの回答にやはりふたりは驚いた。そしてそれは近くで聞いていたメグミも一緒であった。


「残像なのに攻撃は出来るなんて凄すぎるわね。でも、それだと残像も相手の攻撃を受けるってこと?」

「……それはない。お姉様がエペ・ルバレで見せる残像は攻撃はできるけど、相手の攻撃はすり抜ける、そういう残像」

「……な、なんか複雑ですね」

「頭が沸騰しちゃうよ~~!」


 アイカが唖然とし、ローザの頭からは湯気が上がった。


「う~ん、でも不思議だよねぇ。残像ならどうして男装したジャンヌちゃんがいるのかなぁ?」

「た、確かにそうね。残像なら見た目は全く同じ筈じゃない?」

「……確かに本来ならそう。だけど、お姉様は残像が現れる直前に早着替えを済ましている。だから本体と残像の格好が違うという現象が起きる」


 はい? とピーチとフレムの声が揃った。


「はや、着替え? なんだそりゃ?」

「……文字通り、早く着替えること」

「え~と、つまりそれってジャンヌはそのエペ・ルバレというのをやるときは、常に早着替えをしながら、踊って、そして攻撃もしているってこと?」


 ビッチェがコクコクと頷く。

 するとフレムが、なんだそりゃ、と肩をすぼめた。


「そんなの、何の意味もないじゃねぇか。そんな無駄な早着替えなんてするぐらいなら、普通に攻撃に使った方がいいだろ?」


 そしてどこか小馬鹿にしたように言い放つ。そんな彼をキッと睨めつけるビッチェだ。


 しかし、気持ちは判らなくもない。ピーチもなんとも言えないといった顔を見せているのは、少なからず似たような考えを持っていたからだろう。


「何を馬鹿な事を言っているのよ! 意味がないって、あんたばっかじゃないの!」

 

 だが、そこで割って入ってきたのは何とマイだ。フレムにズカズカと近寄り、人差し指をその胸に叩きつけるようにしながら眉を怒らせる。


「本当何も判ってないわね! 無駄なこと? 冗談じゃないわ! いい? バレエは、芸術なのよ!」


 そして両手を大きく広げつつ、皆に知らしめるように叫びあげる。


 どうやらふたりの戦いを見ている中で、彼女だけはジャンヌの行動の意味を理解しているようであった。


「な、なんだよ突然。大体芸術って、戦いには関係ないだろ?」

「はぁああぁあああ、これだから戦いにしか興味ない脳筋は嫌なのよ」

「はぁ!?」


 ため息混じりに言いのけるマイに、フレムが目を見開いて、驚きの声を上げた。


 まさか、いきなり自身の生き方から否定されるとは思っても見なかったのだろう。


「いい! バレエは様々な物語を台詞や歌詞も使わず、ダンスだけで表現する至高の舞台芸術よ。それを、彼女は剣術と組み合わせることで両方の面でより高みへと昇華させているの! 当然剣術にしろバレエにしろ、中途半端な事をしていては全てが台無しよ!」

「いや、だからそれと早着替えに何の関係が――」

「大ありよ! ダンスだけで表現するバレエは当然衣装だって大事な要素よ! その上バレエの最大の見せ場は男女で行うパ・ド・ドゥよ! これをなくしてバレエは語れないわ!」


 ビシっと指を突きつけ語るマイにたじたじのフレムである。あまりに熱に違いがありすぎる。


「で、でもよぉ、それなら別にどっちか男って事にしてやれば――」

「貴方バレエを愚弄する気!」

「す、すまねぇ……」


 胸ぐらを捕まれ思わず謝るフレムである。


「全く、理解できないと言うなら、あの舞台を見てみなさい! それで判らなかったら、感性が死んでるとしか言い様がないわね!」


 ぶ、舞台? と苦笑するピーチだが、とにかくピーチも再びふたりの様子に目を向ける。


 そして驚いた。先程までは男装したジャンヌと元のジャンヌのペアであったが、今度はいつのまにか白いドレスに身を包まれたジャンヌが大量に現れ、ナガレを横切るように跳躍し、回転し、それらの動きを優雅に組み合わせながら、キレのある無駄のない高速の突きを繰り返していたのである。


 それでも流石のナガレは一発たりとも攻撃を食らってはいないが、しかし、そのナガレの動きすらもバレエの動きの中に取り入れられているような、そんな気がしてならなかった。


「見た! これがバレエと剣術の融合よ! ジャンヌさんは天才ね、あれだけの動きそうは出来ない上、一人二役どころか場面に寄って全ての役を演じ分けているわ。白鳥と黒鳥の演じ分けも完璧よ! 貴方はそれが無駄だといったけどそれは違う。表現は演じることも含めての表現なの。だから、男の役を演じるなら早着替えをしてでもその役になりきらないと駄目なのよ!」

「さ、流石マイさん。女優業もやっていただけあるね――」


 苦笑しつつサトルが口にする。そう、だからこそマイはジャンヌのエペ・ルバレを目の当たりにしてここまで熱くなっているのである。


 そして――マイが、あ、と口にしたその瞬間、ジャンヌが目が回るんじゃないかといった勢いでくるくると回転を始め、その回転に合わせるように変幻自在の突きをナガレへと連射していく。


 その姿に、見ているマイも感動が止まらないと言った様子であり――


「黒鳥のパ・ド・ドゥですか――見事です。ですが、このままでは私も少し参ってしまいますね――」


 ふと、ナガレがそんな言葉を口にした。それがビッチェには聞こえていたようであり、まさか、と思わずこぼす。


 まさか、ナガレがジャンヌのエペ・ルバレに翻弄されてしまっているのか? と敬愛するお姉様を流石と思う反面、ナガレに関しては戸惑いも感じられたが――だが、次の瞬間見せたナガレの行動にビッチェは、いやそれどころか対戦相手のジャンヌすら驚かされることとなる。


「え! 嘘! どうして?」


 そして、この行動にはピーチも驚かされた。なぜなら、突如ナガレが王子に扮し、男装したジャンヌと入れ替わったからである。


 これには、戸惑いを隠しきれないジャンヌであり――だが、ナガレのバレエの技術もまた、彼女に負けない完璧なものであり、そのタイミングも一切のズレがなく、そしてバレエを愛していたであろう彼女だからこそ、このナガレの乱入には抗えきれず……。


「す、素敵、この世界で、ここまで完璧なルラック・デ(白鳥の)・シーニュ()が見られるなんて――」

「ナガレさんはやっぱり凄い人だ……」

「先生、俺は、俺は今、猛烈に感動している!」

「うぅ、凄いよナガレ~涙が止まらないよ~」

「……ナガレも、お姉様も、素敵過ぎて、完璧すぎて、少し悔しい、でも、感動」

「流石ナガレ様、心が洗われるようです」

「ナガレっちも、ジャンヌちゃんも、おいら、この光景を忘れないよ!」

「剣だけじゃなくてこんな感動的なバレエもだなんて、勝てる気がしないわ――」

「うう、こんな芸術作品、そうはみれないですぅ……」


 そう、こうして見事、白鳥の湖をふたりがやり遂げた後は、何故かいつの間にか集まっていた騎士たちも含めて感動の涙を流し、舞台(?)へスタンディングオベーションの拍手が鳴り響き、暫く収まる事がなかったという――

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