第三六六話 ジャンヌの目的
ジャンヌによるナンバーズのNoⅠは他のナンバーズが束になって掛かっても一秒持つか怪しいという発言に、ナガレとビッチェ以外は一様に驚いた。
ビッチェの強さはサトル達四人もある程度理解していたので、彼らもやはり驚きを隠せないのだろう。
何せ彼女より強い存在がゴロゴロいるナンバーズが束になっても敵わないというのだから、ナガレの力を目の当たりにしているにしてもやはり驚いてしまう。
「も、もしかしてナガレのいた世界って化物がうようよいるの? ドラゴンが大群で日常的に襲ってくるとか?」
「いえ、流石にそこまで物騒ではありませんよ。特に私のいた日本は平和でしたからね。精々ドラゴンではなく龍と呼ばれる存在がたまに目覚めて暴れたり、八岐の大蛇が寝起きにやんちゃしたりとかその程度です」
「そ、それも何か凄そうなんですが……」
ピーチの質問に答えたナガレだが、ローザは素直な感想を述べた。
すると、いやいや! とマイがダッシュでやってきて。
「そんな筈無いでしょ! 龍とか八岐の大蛇とかおとぎ話とか神話の存在だし! ナガレくんも強いからって適当な事を言っちゃだめじゃない!」
マイがまるでお姉さんのような口調でナガレに注意した。そう、忘れてはいけないがナガレの見た目は一五歳だ。
勿論救って貰ったときこそ頼もしくも思えたであろうが、平常時の彼はマイからしてみたら年下の弟ぐらいの感覚に見えても仕方ないのだ。
「そうですね。失礼致しました、確かに龍にしろ八岐の大蛇にしろだいぶ前のことですからね」
「いやそうじゃなくて!」
ナガレは面目なさそうに言うが、マイからすれば問題はそこではないのだろう。
しかし、残念ながらそれは事実なのである。
「ナンバーズにそんなのがいるなんてな」
そんな最中、フレムはジャンヌから聞いた真実に珍しく真剣な顔を見せていた。
ビッチェよりも遥かに上の存在がいること、特にNoⅠがとんでもない実力者だと知り、かなり衝撃が大きかったのだろう。
「う~ん、流石のフレムっちも自信なくしちゃったかな?」
「……当然。むしろ遅いぐらい」
ビッチェは相変わらずフレムに辛辣である。
だが、そんな彼女の考えとは裏腹に、フレムはガバッと顔をナガレに向け駆け寄る。
「先生! 俺は決めましたよ! 俺は必ずそのNoⅠを倒せるまでに成長してみせます! ですからこれからもご教授お願い致します!」
「……そうですか、しかしそうなると、フレムは最低でも今の一万倍の一万倍の一万倍は頑張らないといけませんが大丈夫ですか?」
「勿論です! そのいち、ま、え~と、とにかく一杯頑張ります!」
恐らくいまいち理解してないだろうが、しかしフレムの決意は本物だ。有言実行、どんなにキツくても頑張って貰うことになるだろう。
「あの馬鹿、絶対意味わかってないわよね……」
「……あいつは馬鹿さ加減だけは間違いなく成長してる」
「あはは、フレムっち、死なないといいけど」
「大丈夫です。死にそうになったら私が回復して、またナガレ様に修行再開してもらいますので」
にこにこと語るローザだが、よく考えてみると一番辛辣なのは彼女かもしれない。
「そういえば、ついつい話し込んじゃっているけど、ジャンヌさんが今こられた目的は何なのですか?」
ふとここで、思い出したようにマイが問いかけた。
確かに最初の話ではジャンヌは何かしらの目的があってここまできた様子だったのだが――
「あ! そうでした! 皆様とのお話が楽しくてつい忘れそうになりましたが、目的の一つは先ずアケチについてです」
「アケチ、ですか?」
両手を合わせながら答えるジャンヌに、サトルが顔を曇らせた。アケチについてはやはり因縁が強いのは彼だからであろう。
「はい、皆様にも色々思うところがあるかと思いますが、大陸連盟も含めて協議の結果、一旦アケチの身柄は冒険者ギルド連盟が預かる事となりました。彼は、最終的には帝国だけにとどまらず、この大陸全土を揺るがす程の大罪に手を染めました。未然には防がれましたが――とある危険な組織との関与も疑われております。それ故に一旦冒険者連盟預かりとした上で、最終的には大陸連盟より裁きが下される事となると思います」
「な、何かしらないワードが色々出てきたけど、とんでもなさそうなのは判ったわ――」
マイが半目で口にする。確かに彼女たちからすればかなり話は壮大に思えることだろう。
「それで、アケチはしっかり罰を受けるわけ?」
ピーチが問いかける。するとジャンヌが、ええ、と口にし。
「そうですね、今後色々と精査しなければいけないこともありますが、事前にビッチェから届いた報告書通りであれば、相応に重い刑を言い渡される事になると思います」
「……お姉様、アケチに関する報告書はナガレの協力によるところが大きい。だから、間違いはない」
ビッチェが断言した。確かにナガレが情報元であれば内容に関しては間違いがないだろう。
「ふふっ、本当にナガレ様を信頼しているのですね」
そしてそんなビッチェに微笑みかけるジャンヌと、頬を染めて照れるビッチェである。
「ところで、アケチを預かるって簡単に言っているけどな、冒険者連盟からはあんたが一人できているのかい?」
「はい、そうですね」
フレムの質問にジャンヌが答えると、突如ふふんっと彼が得意げな顔を見せる。
「だとしたら、先生に感謝するんだな。アケチをあそこまでボロボロにしたのは何せ先生だ、ナンバーズというのがどれほどか知らないがな、たった一人でくるなんて調子に乗りすぎだぜ。先生がいてくれたからいいものを、そうでなければあんたじゃ絶対に捕らえるなんて無理だろうからな」
ビッチェがフレムを睨むが、気にする様子はない。実際にフレムもその眼でアケチの実力を見ている。確かにナガレがいたからこそただの道化にしか見えなかったかもしれないが、そうでなければその実力は遥かに強大だ。
「いえフレム、それに関しては間違いですね。正直ジャンヌ様程の実力があれば、アケチでは絶対に勝つことは出来ないでしょう。足下にも及ばないと、私は思いますよ」
だが、ナガレから告げられた衝撃の事実に当の本人であるジャンヌとビッチェを除けば、ほぼ全員が固まった。
フレムに関しては酸素の足りなくなった金魚のように口をパクパクさせている。
「ちょ、ちょっと待ってよナガレ! つまり、このジャンヌさんは、あのアケチよりも圧倒的に強いって事なの!?」
「はい、そうなりますね」
ナガレの回答にはサトルも顔を強張らせていた。アケチは最低な男であり、恨みも深いであろうが、その強さが桁違いであったことは戦った彼がよくわかっているのである。
「どうも皆さんはアケチのステータス上での数値とスキルを見て強いと思いこんでいる節があるようですが、あの男はそれに頼りすぎた戦い方しかしていないため、単純な地の力はそうでもないのですよ。むしろ素質という面でみればサトルの方が遥かに強くなれると私は見てます」
だが、ナガレから続けられた言葉にサトルは二度驚いた。まさか自分がそこまで評価されるとは思っていなかったのだろう。
「そ、それにしても先生、正直このジャンヌがそこまで強いようには思えない、イテェ! て、テメェ何しやがる!」
「……ふん、お姉様を愚弄した罰だ」
流石に我慢しきれなくなったのか、ビッチェのチェインスネークソードがフレムの背中に叩きつけられた。
思わず背中を押さえ、怒鳴るフレムだが、いくら加減しているとは言え、イテェ、ぐらいで済むあたりフレムの実力もやはり上がっているのだろう。
「ふふっ、ですが彼の言うとおりですよ。高く評価して頂けるのはうれしいですが、流石にそれは買い被りすぎですわ」
するとジャンヌがどこか遠慮がちに微笑みつつ、ナガレに告げる。
そして更に言葉を続けた。
「それに、此度はやはりナガレ様のご活躍によるところが大きいのです。冒険者連盟も色々しがらみもあり、マスターにしてもぎりぎりまで放っておく事が多く、我々だけではすぐに対応できなかったことでしょう。その場合、多くの被害が出てしまったかもしれません。情けないお話ではありますが」
どことなく申し訳無さそうな顔を見せ語るジャンヌ。
だが、これも間違いではない。ナガレはアケチとサトルの件で動く前に、数多の未来を察したが、そのうちの一つはナガレがこの世界にいなかった場合の最悪の未来だ。
そしてナガレがこの世界にこなかった場合の未来というのは結果的に、ナガレがそもそも世界にいない未来と同意義となる。
その場合、あらゆる因果に影響を及ぼし、ナンバーズにしてもそもそも今とメンバーが全く異なり、タケトもホコリもこの世界に来なかった事になる。
それが結果的に大陸どころか世界のほぼすべてを滅ぼす未来に繋がったわけだが――たとえそうではなく、ナガレがいる状況で動かなかった未来だったとしても、ナンバーズの行動に遅れが生じるため、アケチの策略でサトルが暴走するところまで未来が動いてしまう。
尤も、その後は今のナンバーズが動き出す事態となるため、その先の未来は最悪の未来より幾分マシだが、その場合でもサトルが死ぬ運命は変わらないのである。
どちらにしても――ナガレがいるかいないかで世界に生じる影響は、やはり少しは大きいようだ。
「いえ、私もたまたま勘が当たったにすぎませんので」
そんな中、少し寂しそうな表情を見せていたジャンヌへ、ナガレはそう遠慮がちに答え。
そして――
『ですが、これほどまでに美しい貴女と巡り会えたわけですから、私の勘も捨てたものではありませんね』
そんな事を自然体でサラリと仏語で言ってのけるナガレである。
言われたジャンヌも頬が紅色に染まっていた。
『ふふっ、貴方も隅に置けませんね』
そして同じく仏語で返しつつ、皆にも判る言葉で、ですが、と前置きし、そして今度は真剣な目でナガレに告げた。
「今までのやりとりで、すっかり貴方に興味を持ってしまいました。ですので――宜しければこれから一つ、手合わせをお願い出来ませんか?」




