第三六四話 ジャンヌ・アルメール
「え~! ちょっと待って! お姉様って、この人ビッチェのお姉さんなの!?」
ピーチが大仰に驚いてみせた。だが、ピーチ程じゃないにしてもローザも同じように驚いているようであり、カイルに関しては完全に目を奪われ、驚いた事にフレムでさえも頬を紅くして軽く見惚れてしまっている。
「……あ、い、いや、ち、違う、そ、そうじゃなくって」
しかも、ビッチェはビッチェで、どこか慌てふためいた感じであたふたといった様子だ。
こんなビッチェの姿は中々見れることはないだろう。
「……こ、この御方、ジャンヌお姉様は、わ、私の敬愛する御方。お姉様は私が勝手にそう呼ばせてもらっているだけ……」
「うふふ、勝手にだなんて水臭いですよ。私は本当の妹が出来たみたいで嬉しく思っているのですから」
「……あ、あぅうぅ――」
頭を撫でられビッチェが瞳をグルグルさせている。彼女はナチュラルにこういったふれあいが可能なタイプなのだろうな、とナガレは判断した。
ただ、本当の姉妹でないと聞き、ピーチは得心がいった様子でありながらも改めて彼女の姿を見て目を奪われた、ローザにしてもそうである。
いや、そもそも見回してみれば元々ここにいた騎士も、そして迷宮から出てきたばかりの騎士も同様に完全に見惚れていた。
そういう意味ではこのジャンヌという女性もビッチェに通ずるものがあるとも言える。
ただ、あまりにタイプが異なっている。
ビッチェはどちらかといえばその美しさは動的な物、肉感的なボディを惜しげもなく晒し、滲み出るフェロモンやその扇情的な立ち振舞で異性や場合によっては同性の情欲さえも掻き立て興奮作用を引き起こす。
一方でこのジャンヌは静的な美しさが特徴。背も高くプロポーションも良い。ビッチェほどではないにしても恐らく多くの女性が羨ましがるであろう大きな果実とキュッと引き締まった括れ。
このあたりはビッチェもそうなのだが、褐色肌の彼女に対し、ジャンヌの肌は透き通るような白、繊細なガラス細工のごとくきめ細やかな肌の持ち主でもあるが、その格好は決して露出度が高いとは言えない。
彼女は肌の色と反対の黒のドレス、とはいっても戦闘時に動きやすいよう工夫されたバトルドレスというべきか、それを身に纏い、その上から白銀の胸当てや篭手といった出で立ち。
腰には刺突に優れたレイピアを帯びている。
ドレスにしてもスカートになっている部分は丈も長く、一見するとガードの固さを暗示させるものだ。
だが、彼女が振りまく笑顔はそのイメージを一変させるものだ。綺麗でありながらも愛らしく、自然体でありながらも軽い感じはしない。
その絶妙なバランスが、今の状態を生んでいる。そう彼女はまるで見るに易し、しかし触れるには躊躇われる美術品のようなものだ。
ずっと見ていたいと思わせる魅力があり、だが、触れるとなると罪深い気持ちに陥る気高さが、このジャンヌという麗しき女剣士には内包されているのである。
「うふふっ、ビッチェは相変わらず可愛らしいですね」
「……あうぅう、お、お姉様、その、え~と」
「あ、あのビッチェが完全に手球に取られてるわね……」
「び、びっくりです。でもどこか納得です!」
とりあえずなんとか正気を取り戻したピーチとローザがビッチェの様子を見ながら言った。
確かに彼女にしては珍しく完全に主導権を握られている。
「さて、ところで皆様、色々お話したい事はあるのですが、出来れば帝国の騎士や兵士の皆様の聞かれないところでお話がしたいのですが、移動しても宜しいでしょうか?」
そして、ジャンヌは胸に手を当て帝国関係者以外の全員に向けて提案する。
「え? それって私達もいいの?」
「はい、ナガレ様のお仲間である皆様には既に知られている事も多いので問題ありません」
「え~と俺達も問題ない?」
「私達もってことなのかな?」
「な、何か恐れ多い気もするんだけど」
「な、何故か、き、緊張します」
ピーチの質問に答え、サトル、マイ、メグミ、アイカも確認したが、特に問題がないとの事であった。
ただ、アケチはこの状態のものを持っていっても仕方なく、今の状態では何も出来ないだろうということで一旦帝国騎士の前に放り投げて、帝国騎士や兵士から聞こえない位置まで離れる一行である。
「さて、このあたりでいいでしょうかね――」
そしてジャンヌが場所を確認し皆を振り返る。そしてまじまじとナガレを見やり――
『ふふっ、流石ビッチェが好意を寄せているとだけあって、素敵な御方ですねナガレ様は』
そんなセリフを日本語で話してきた。当然、ナガレやサトル一行を除けば理解の出来ない言語である為、目を丸くさせる。
『え! じゃ、ジャンヌ様は日本語わかるのですか?』
『はい、私は日本が好きでしたから。あ、それと私の事はジャンヌでいいですよ』
サトルが精一杯の敬意を払いつつ、ジャンヌに質問する。まさか彼女が日本語を話すとは思わなかったのであろうが。
『もしかしてジャンヌ、さんも召喚されたとか?』
するとメグミが思いついたことをそのまま述べる。呼び捨てにするのはどうやら躊躇われたようだ。
『で、ですが、見た目が……』
『確かにそうよね。それに日本が好きだったってどういう意味?』
疑問の言葉が次々と飛び出る三人を見ながら、うふふっ、と悪戯を思いついた天使のようにジャンヌが微笑む。
すると、ナガレがニコリと微笑み、そして彼女に対し先程の返事をみせる。
『Tu es si charmante(貴方こそとても魅力的な女性ですよ)』
すると、今度はジャンヌがまるっと目を見開き口元に手を持っていき。
『驚きました! 貴方フランス語が判るのですか!?』
『私も以前は修行にかこつけて世界中を回っていた事がありまして、日常会話程度ではありますが』
ジャンヌの仏語に対してナガレも流暢に返す。それに目をキラキラさせるジャンヌであり。
『……驚いた、ナガレ、お姉様の国の言葉判る、本当に何でもあり――』
なんとビッチェまでもが仏語で会話に参入。そのやりとりに目を丸めるのは当然ピーチやフレム、ローザ、カイルといった純粋なこの世界の住人である。
そして、同時にサトルやメグミ、アイカの三人も仏語であることは判っていそうだが、何を喋っているかまではわからない様子。
だが――
『驚いたわね、ジャンヌさんもだけど、ナガレくんやビッチェさんまでフランス語で会話しはじめるんだもの』
マイに関しては、どうやら仏語もいけるようであり、サラッと入り込んできた。
『きゃ~~~~! こんなに母国語を理解してくれる方と会えたのなんて久しぶり! ビッチェも理解が早くて教えたら直ぐに覚えてくれたのだけど、何かすごく感激!』
『……お、お姉様がこんなに興奮するなんて――』
どうやらこれまではジャンヌにならって仏語を覚えたビッチェぐらいしか、母国語で話せる相手がいなかったようだ。
だからこそ、久しぶりに普通に会話ができるナガレとマイに感動してるのだろう。
『それにしても貴方、え~と……』
『あ、マイです』
『そう! マイちゃん! 貴方もとってもフランス語が上手で驚きデース』
『え、ええ、その、ちょっと仕事で色々演じる必要があって、それでとりあえず語学は一通り覚えたんです』
『演じる? もしかして役者、いえ、貴方ほど綺麗なら女優さんかしら?』
『そ、そんな! いや、そういう話があったのは事実ですが、そこまで大したものじゃ』
『ですが、私はマイさんには凄い素質があると思いますよ』
『そんな! ナガレくんまで、か、からかわないでよぉ』
頬を紅くして照れるマイであり、それを微笑ましげにみているジャンヌであったが。
「むぅうう! 何かすごく疎外感! 言葉がわからないよナガレ~~~~!」
そう、残念ながらピーチには仏語が理解できなかった。オーク語が理解できても仏語は理解できないのである。
尤もそれに関してはここにいるほぼ全員がそうなのであるが――
「失礼致しました。私もつい母国語が判る方と出会えて盛り上がってしまって」
コホンッと一旦咳払いしつつジャンヌが頭を下げる。流石にこのまま仏語で喋り続けるわけにもいかないので全員が理解できるこの世界の言葉に戻した次第である。
「でも、母国語ということは、ジャンヌさんは元々はフランスの方なのですか?」
そこへ、サトルが切り込んだ質問をした。
ただ、ジャンヌはそこを隠すつもりはないようであり。
「はい、そうですね改めての自己紹介となりますが、私はジャンヌ・アルメール、生まれた星はナガレ様や、この帝国に召喚された皆様と同じですが、日本とは異なり、フランスという国からの転生者となります」
紹介を受け、ナガレとビッチェ以外の全員が目をパチクリさせたが、更にジャンヌは言葉を続け。
「そして、今私はこの世界の冒険者ギルド連盟に所属している形ですね。ランクとしてはSランクの特級、その中のナンバーズの部隊に加えさせて頂いております」
そこまで語り、にっこりと微笑んだ。その情報に、ピーチやフレム、カイル、ローザの四人は大いに驚いた。
Sランクにしてもかなり少ないと言うのに、それより更になれる冒険者が少ない特級冒険者が、ビッチェの他にまた一人現れたのである。
驚くのも致し方ないことか、その上彼女はナンバーズという謎の言葉も口にしている。
「……お姉様、その、ナンバーズの事は、大丈夫?」
「はい、それはもうマスターの許可が下りてますから問題ありません」
ナガレは平然としているが、そんな中、ビッチェが囁くようにジャンヌに問いかけた。
だが、そのあたりは抜かりがないようであり、ただ、ビッチェの眉が少し中心に寄った。
「ところで、そもそもそのナンバーズというのは何なんだよ?」
すると、フレムが前に出てジャンヌに向かって質問を投げかける。確かに、冒険者であればそこは最も気になる所かもしれない。
「……お前は相変わらず失礼。本来なら、お姉様にお前なんかが口を聞くことすら許されない」
「は!? んだよそれ! なんでお前にそこまで言われないといけないんだよ!」
フレムが吠えるが、大体いつも通りなのでビッチェは聞き流して、後を引き継ぐように語りだした。
「……ナンバーズは、Sランクの特級冒険者の中でも選りすぐりの一三人だけに与えられる特別な称号。ジャンヌお姉様は、その中のNoⅡ、つまり、Sランクの特級冒険者のなかで二番目に強い――」