第三六三話 ハラグライの悪あがき
エビロークとの入れ替え本編です。
「……強くなったな、セワスール――」
ピクリとも身体が動かず、傷口の深さから、最早死を待つのみといった半死半生の身をさらけ出しながら、ハラグライが語りかけた。
そんな彼を、憐憫な眼差しで見下ろすセワスールである。
「一体、どこで、違えたのか――」
「…………」
「かつての貴方は、私が尊敬してやまない誉れ高き騎士でした。そしてそれは、ギネンとて一緒だったでしょう。それは、この手帳の中身を見れば判ります」
そう言いつつ、セワスールは手にした手帳を掲げる。それを目だけで確認したあと、ハラグライは遠くを見るような目で天井を見上げた。
「――貴方だから、だからこそ、ギネンは真実を打ち明けたと言うのに、なぜ……」
殺したのか? その続きが直接セワスールの胸内から吐き出される事はなかったが、ハラグライには伝わった筈である。
「……全て、昔の事、いや、きっと昔から、私は何一つ変わっていないのだろう。お前たちは、私が見せたほんの一部分を美化しているに過ぎない」
「……ハラグライ殿」
「だが、それでもお前に教えた事、あれは、よく、覚えているだろ、う? お前は、詰めが甘いのだ、だからこそ、また、失敗する」
え? とセワスールが目を見開いた。すると、彼に変わって、どういう意味だ? とロウが尋ねる。
「そのままの、意味だ、とっくに、魔獣の一匹が、城に向かっている。その魔獣の知らせが届き次第、騎士に扮した別働隊が動き、ルルーシを捕縛する手筈だ――」
ハラグライが語る真実。それを耳にしたセワスールが沈痛な面持ちで答えた。
「――出来れば、それは、間違いであってほしかった……」
「……間違い、だと?」
セワスールの口ぶりから、何かを感じ取ったのかハラグライがその言葉を繰り返すが。
「……お前とあいつじゃ器が違いすぎたって事だ」
「――ですが驚きです。ここまで完璧に予想してみせるなんて……」
ふたりの言葉に、まさか、とハラグライが目を見開く――
「エアロインパクト!」
「ぐはぁあああ!」
セワスールとナリヤに代わり、ルルーシの部屋の前で護衛していたニューハとダンショク。
そんな二人の前に、護衛の交代に来たと騎士が近づいてきたわけだが、予め決めておいた合言葉に答えられなかった事からニューハは魔法を行使、騎士の一人を見事ふっ飛ばした。
「そ、そんな! どうしてこんなに簡単に!」
「うふん、馬鹿よねん、そんなの男姫パワーがあれば楽勝なのよ~」
そういいつつ、ダンショクが兜をした騎士の頭をメイスで殴りつけた。
背後からやられ、一発で倒れ、騎士はピクピクと痙攣していた。
「あら、ダンショクにしては容赦ないわね」
「当然なのよ~だってほら~」
そういってダンショクが兜を脱がせると、中から出てきたのは中々に美しい女性であった。完全に白目をむいて泡を吹き鼻血も垂れ流しているので色々台無しだが。
そう、ダンショクはこと女には容赦ないのである。特に美人となれば躊躇いなくメイスで頭を粉砕する。
「くっ、くそ! 覚えてやがれ!」
すると、やってきた騎士のもう一人が捨て台詞を吐いて逃げ出した。典型的な負け犬の遠吠えに呆れ顔を見せるニューハであり。
「そっちへ行くと危険ですよ」
「その手に乗るかよ! ば~か――」
「サンダーストラックーーーー!」
「ギャーーーーーー!」
しかし、嘘などではなく、そちら側にはしっかりとクリスティーナが控えていた。
当然彼女の容赦のない電撃は偽物の騎士を貫き感電させる。鉄製の鎧と電撃の相性は最悪なのである。
「ふぅ、なんとかルルーシは守れたみたいね」
「そうねん、うふん、でも、流石ナガレちゃんなのよー! 帰ってきたら、しっかり愛撫してあげないとなのよ! ぐふふふっ」
「もがれないうちに止めたほうがいいわよダンショク。でも確かに素晴らしいですナガレ様は、何せ――」
「……全て、読まれていたというのか――」
三人からそれぞれ話しを聞き、ハラグライも理解が出来たようだ。
そして、自分がどれほど強大な相手に喧嘩を売ってしまったのかも思い知った事だろう。
尤も今更後悔しても遅いのだろうが。
「……これでお前も、アクドルクも終わりだな」
ロウがハラグライに言い放つ。尤も、彼とてもう長くはないだろうが。
「……確かに、諦めるほか、ないでしょうな――全く、アクドルク様に、ばれたくないばかりとはいえ、私も、愚かな、事を、してしまった、ものだ――」
「――ッ!?」
そのハラグライの言葉に、セワスールが絶句した。
そして馬鹿な! と一言漏らし彼に詰め寄る。
「いまのはどういう意味だハラグライ!」
「……そのままの、意味だ、手帳の内容も、それとアクドルク様は、関係がない、全て私が、勝手にやったこと、事実、あの御方は今回の件に一切関わっていない、それは、調べれば、わかる、こと――」
「ふざけるなハラグライ! 貴様、この期に及んでまだあの男を庇おうというのか! それがお前の忠義だとでも言うのか!」
「……これは、私の罪、なのだ、そして、罰でも、ある、一生背負うべき、だが、申し訳ありませんアクドルク様、結局私は、志半ばで、貴方を、裏切る事に、ですが、せめて、この罪は――」
腕を伸ばし、うわ言のように繰り返す。だが、その腕も、遂に力なくパタリと地面に落とされ、その双眸からは急速に光が失われていった。
今、ハラグライは死んだのだ。そう、すべての罪を一身に背負う覚悟で――
「……セワスール様――」
ナリヤが物悲しげな目を彼の背中に向ける。広く、大きな背中だが、どこか哀愁のようなものが漂っていた。
「……私と、ハラグライに違いがあるとしたら、それは間違いなく、仕えるべく主君の違いであろう――」
ハラグライの顔にそっと手を当て、瞼を下ろした後、セワスールが語る。
そして、だが、と口にしゆっくりと立ち上がり遺体に向けて言葉を続けた。
「貴方は必死に守ろうとしたのかもしれないが、それでも敢えて言わせてもらおう。ハラグライ殿、貴方は仕えるべき主を、見誤った!」
そしてくるりと振り返ったセワスールにロウが言う。
「……それで、どうするつもりなんだ? 確かに手帳は押さえた。だが、あのアクドルクという奴が今のハラグライと同じ考えなら、全ての罪を被せて済ませる可能性があるだろ?」
ぎりり、と拳を握りしめ、そしてセワスールは怒りの形相で答えた。
「そんなこと、させてなるものか。審議官が到着するまでまだ時間はある。その間に必ず証拠となるものを見つけてみせる。だから、もう少し協力して頂けるか?」
セワスールが頭を下げる。するとナリヤとロウが彼に答えた。
「……やれやれ、ま、乗りかかった船だしな」
「はい! 勿論ですセワスール様!」
『ナリアも! 何か出来ることがあったらするよ~』
そして三人は城に戻り、他の面々にも迷宮での出来事を伝え、そしてアクドルクの罪を完全に暴くために奔走することとなるわけだが――
◇◆◇
イストフェンスにて、様々な思惑が交差し、多くの人間が奔走しはじめた頃――マーベル帝国の英雄の城塁にてアケチを打ち倒し、拿捕した一行はその足で迷宮の出口を目指していたわけだが――
「きゃあああぁあああぁあ!」
突如ローザが悲鳴を上げて飛び起きた。迷宮内で仮眠をとっていた形だが、見張りに立っていた騎士や、同じく仮眠をとっていた者たちも目を覚まし心配そうにローザをみやる。
「ちょ、ちょっとローザ大丈夫!」
そして先ず声を掛けたのはピーチであった。するとローザがピーチをみやり、そしてナガレを見やり、フレムをビッチェをサトルを見やり、ほっと息をつく。
「良かった、夢だったみたい」
「夢? 夢を見てたの?」
「チッ、なんだよ人騒がせな」
フレムが後頭部を掻きむしり呆れたように言う。
だが、ナガレは優しく微笑み。
「こういう状況ですから、夢にうなされるのも仕方ないかもしれませんね」
「ははっ、でも悪夢で飛び起きるなんて、ローザってば可愛らしいね」
「……そうは言うけどカイル、貴方だって関係しているのよ」
「え? おいらが? どうしてだい?」
「それはね――ナガレ様の結婚式に、私もカイルも呼ばれないって夢だったからよ!」
「ええええぇえええぇええええ!」
カイルが驚いた。そしてローザは心底悲しそうであった。
そして、これにはピーチも驚きを隠せない。
「嘘! ナガレ結婚しちゃうの!」
「落ち着いて下さいピーチ、あくまでローザの見た夢の話です。今から結婚する予定はありませんので」
ピーチがホッと胸をなでおろした。大きな胸がポヨンっと揺れた。
だが忘れてはいけない。ナガレは既に一度結婚している身だということを。
「……でも、ナガレの結婚相手が誰だったか気になる」
だが、ビッチェの疑問で、事態は思いがけない方向に進んだ。
「た、確かに気になるわねそれ! 一体誰よ、ローザ教えて!」
ピーチがぐいぐいと詰め寄った。ただの夢の話なのにやたらと必死だ。
「え、え~とそれが」
「……それが?」
「お、思い出そうとすると、吐き気が――」
「どうして!」
「……まさか、想像妊娠? 結婚相手は、実はローザ――」
「えぇえええぇえええぇええ!?」
「ち、違います! と、とにかくナガレ様の結婚相手は上手く思い出せないのです、ごめんなさい……」
しょんぼりしているローザに、流石に悪いと思ったのか、ピーチも気にしないでと返し、ビッチェもそれ以上触れることはなかった。
そして、一行は再び仮眠し、そして目を覚ました後、帰路につく歩みを再開させた。
そしてそれから更に時は経ち、一行はいよいよ古代迷宮の出口へとたどり着き、久しぶりの空を見た。
どうやら、丁度朝を迎えた頃なようである。清々しい空気を肺いっぱいに取り込む一行であったが、そんな彼らに近づいてくる影が一つ。
それは、ウェーブの掛かった綺羅びやかな金色の髪が印象的な碧眼の女性。そんな彼女が脇目も振らずナガレの側まで近づき、そして女神のような微笑みを浮かべて言った。
「長旅お疲れ様ですナガレ様。お待ちしておりましたよ」
その突然の来訪者に、ナガレを除いて一様に驚く一行であったが、しかし、そんな中、ただ一人、ビッチェの反応だけが異なっており――
「……そんな、ジャンヌお姉様が、わざわざ赴いてこられるなんて――」
「ふふっ、色々ありましてね。ですが、ビッチェも元気そうで何よりです」
新キャラ登場!