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第三六二話 護衛騎士と元騎士

「どうしても聞き入れてはもらえないわけですか」

「少々クドいですぞ!」


 セワスールの鎧に鞭が乱れ飛ぶ。一見すると、鞭の攻撃は全て重厚な鎧によって阻まれているようだが、その実、ハラグライの持つ胴貫のアビリティによってダメージは内側に浸透してくる。


 ダメージは衝撃として伝わるだけなので、元々生命力の高いセワスールは凌げているが、それも蓄積していくと馬鹿には出来ない。


 胴貫のやっかいなところは一部のダメージが防御力を無視して(・・・・)通ってしまうところだ。


 セワスールも似たようなアビリティで突貫という物を持っているが、こちらは外側にダメージを与えると同時にその一部が内側に通る、つまり外と内、両方にダメージを与えることが出来る。


 故に胴貫と突貫を比べた場合、突貫の方が上位と思われがちだが、突貫は防御力を無視しているわけではないといった点で異なる。


 つまり元の火力が十全であれば、突貫の方が与えるダメージは大きくなるが、ハラグライのように素早さと手数を活かした戦い方を主としている場合は胴貫の方が一発一発のダメージが低くなるにしても有利に立てる。


 実際、胴貫を覚えるのは大抵が俊敏さに優れるものだ。


 どちらにしても――物理ダメージを軽減できる鉄壁や、筋肉が頑強になる金剛金などのアビリティを持つセワスールでも、胴貫ひとつでその効果は半減以下といった状況である。


 しかも――


「ぬぉおおおおぉおおお!」


 セワスールはこのままでは埒が明かないと、ハラグライへ強引に近づこうとするが――動き出そうとしたその瞬間に鞭で打たれて出鼻を挫かれた。


 【先鞭】――相手の行動を読み、動き出す前に先制攻撃を仕掛ける鞭スキル。しかも顎の先端を掠めるように狙われたので、脳が揺れバランスを崩す。


 クッ! と大剣を地面に突き刺し、なんとか倒れるのは阻止するが、がら空きの胴体へ短槍を叩き込んできた。


 穿孔連突――ひと突きに見えるその動きの中、同じ箇所を寸分違わず高速で何十発と叩き込むことで、どれほど頑強な鎧でも貫き、内部にダメージを与えるのがこの技だ。


「ぐぬぅ――ぬぉおぉおお!」


 穿孔連突と同時に叩き込まれた噴血突の効果で鮮血が吹き出すセワスールだが、構わずダイタンブレイクを発動。


 大剣が振り回され、周囲の地面もめくれ上がる程の勢いだが――しかしハラグライは後方に飛び退き、更に鞭を振る事で衝撃波を飛ばしてきた。


 しかも衝撃波はある程度進んだところで舞い散る花弁のように弾け、それが何発と続いたことでセワスールの視界を衝撃の花が舞い、一気に襲い掛かる。


「むぅ――」


 思わずガードの姿勢を取るセワスールであったが、その余波によって後方に強制的に流され、擦過音を後に残した。

 

「中々強引ですが、しかし、貴方は動きが鈍重すぎますね」


 滑り、流される己の体をなんとか途中で押し留め、口にたまった血を地面に吐き出すセワスール。その姿を眺めながらハラグライが言い捨てた。


「……貴方はそれだけの技を持ちながら、なぜアクドルクなどに手を貸すのか……」

「またその話ですか、答えは変わりませんよ。私はこの身を、その生涯を主様の為に尽くすと誓いました。私は元騎士ですが、ですがそれでも騎士としての立場で答えるなら、自分を認めてくれた主君の為、それこそが私の矜持です」

「……主君の為か、それならば私も似たようなものかもな。今の私にとって大事なのは、仕えるべきルルーシ様をおいて他にない」


 そうですか、とハラグライは一言発し。そしてセワスールを見据えながら更に続ける。


「だとしたら、愚かですな。今貴方がやっていることは、結果的に主君を脅かす事になるというのに」

「……なんだと? どういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ。できれば我が主君の奥方であるリリース様の妹君に手出しはしたくありませんでしたが、後の弊害になるようでしたら仕方がありません。殺しこそ致しませんが、帝国にでも奴隷として売り飛ばせばたいそう喜んで頂ける事でしょう。マーベル帝国とこれからも良い関係を築いていくための貢物としては、悪くないかもしれませんな」


 その瞬間、セワスールの周囲の空気が変わった。彼の足下の地面が唐突に爆散し、放射状に亀裂が走る。


「貴様は、貴様はそこまで堕ちたかハラグライ!」


 セワスールの鎧に紋章が浮かび上がった。全身からシューシューと煙が立ち上る。

 

 その様相は明らかに一変していた。大剣を片手で振り上げ、もう一方の拳はプルプルと震え、怒りの形相をハラグライに向けている。


「……その力、【ナイトオブディン】ですか。英雄と呼ばれるような騎士でも中々取得出来ないそれを、まさか見れる日がくるとは――」


 ナイトオブディン――己の鎧に騎士の紋章を刻み、紋章が刻まれている間はステータスが軒並み向上する。また騎士としての志次第で更に様々な効果が付与される。


 この紋章は時間が立つと段々と薄くなっていき、完全に消えると効果が消えるが、その間の変化は目覚ましく――


「いいでしょう、どの程度まで向上しているか、見定めて――」


 その言の葉が全て繋がる前に、セワスールの巨躯が目の前に迫っていた。

 ハラグライが鈍重と称していた動きは一気に力強く、そして鋭くなっていた。


 セワスールが踏み込んだと思われる箇所は見事に窪み、大量の土塊があたりに巻き散らかっている。

 

 彼は、増強した踏み込む力を生かし、それをダイレクトに全身にのせ、一気に加速したのだ。


「チッ!」


 だが、ハラグライはすぐに頭を切り替え、手にした短槍を前に突き出した。狙いはセワスールの心臓。


 確かに直線的な動きは速い。だが、今のは物理的に無理やり速度を上げたにすぎない。いくらスキルの恩恵があるとはいえ、地の速度ではハラグライに勝てるはずがない。


 そう踏んだハラグライであり、実際その考えは間違いではなかった。セワスールが単純にハラグライへ攻撃を仕掛けただけなら、彼の剣速では突きの速さには敵わない。


 だが――セワスールの狙いはハラグライではなかった。むしろセワスールに向けて反撃を狙ってくると読んでいたがごとく、コンパクトに振り上げられた刃は迫る短槍を強引に跳ね除けた。


「――な!?」


 驚愕しその眼を見開く。しかしセワスールはそれだけでは止まらない、振り上げた刃の軌道を強引に変え、二撃目の刃をハラグライに向けて振り下ろす。


 【ブルドーザクラッシュ】――セワスールの持つ攻防一体のスキル。相手の攻撃を跳ね除けつつ、切り替えした刃で反撃する。 


 だが、それをみすみす受けるようなハラグライではない。短槍ごと腕を跳ね上げられながらも、地面を蹴り、大きく飛び退きセワスールの強烈な斬撃を躱す。


「ふぅ、危なかったです、むぐぅ!」


 安堵し顎を拭うハラグライであるが、その瞬間執事服が裂け、金傷が刻まれ血飛沫が舞い上がった。


「ま、まさか、傷を負わされるとは――完全に見きったと思ったのですがね」

「確かに、見切りは完璧だった。だが今の私の剣戟は切りつけた風さえも味方にする」


 そう、つまりハラグライは確かにセワスールの大剣の間合いは完全に見切れたものの、その際に生じる風が脅威になり得ることまで考えが及ばなかったのである。


「なるほど、私としたことが、少々慢心していたようです。ですが、もうその技は通用しませんよ!」


 ハラグライは後ろに大きく飛び跳ね、跳躍しながら右手の鞭を連打した。生み出された無数の衝撃が弾丸となってセワスールに迫る。


 すると、セワスールはその場で大剣を大きく振り抜いた。同時に生まれた風が壁となりハラグライから放たれた攻撃を全て防ぎ切る。


「――【起風壁】ですか。だが、それは確か……」


 難しい顔を見せるハラグライ。確かに今のはセワスールのスキル、起風壁であり、大剣を振り抜くと同時に豪風を壁のように発生させ相手の攻撃を防ぐことが出来というもの。


 ただ、本来はそこまで守れる範囲が広いわけでもなく、風が消えるまでの時間も短い。

 故にハラグライ相手にセワスールもこれまで使ってこなかったのであろうが――


「それも、紋章の効果ですか――」


 一人呟く。セワスールはナイトオブディンの効果でステータス的にもパワーアップし、他にも様々な恩恵がある。


 どうやら一部のスキルはこの恩恵によってかなり強化されているようだ。


 着地と同時に先程受けた傷を押さえるハラグライ。それは致命傷には至らないにしても、決して浅くはない。


 しかも――上空からせまる大きな影。気が付き、見上げるハラグライの目に飛び込んできたのは、頭上から迫るセワスールの巨体。


「これで決めさせて頂きますぞ! 【パワーオブディン】――」


 体重を乗せ一気に振り下ろされた斬撃。パワーオブディンはナイトオブディンからの派生技であり、紋章の力を武器に込め解放する。

 

 刻まれた紋章の濃さでそのダメージは変わり、同時にこの技を放つと紋章はその時点で消えてしまう。


 故に、ここぞという時に使うのが定石であり、セワスールはまさに今がそのチャンスと考えたのだろう。


 傷の深さからか、ハラグライは先程までのような俊敏さを発揮できていない。


 だが、それでも地面を転がるようにして何とか直撃は避けた。しかし、紋章のパワーは絶大であり、振り下ろした力の本流は広範囲に広がり、周囲をすり鉢状に刳り、陥没させる。


 それほどの衝撃、その余波を受け、ハラグライは軽々と吹き飛ばされ、洞窟の壁に身体が叩きつけられた。


「――ふぅぅぅう……」


 肺に溜め込んだ息を静かに吐き出し、そしてセワスールは自らが生み出した穴の中から飛び上がり、地面に着地、壁に背を向けたまま、満身創痍のハラグライに顔を向けた。


 すると、それとほぼ同時にロウとナリヤが近づいてくる。どうやら魔獣の方も無事片付いたようだ。


「……貴方の負けですハラグライ。大人しく、罪を認めて貰えますな?」

「――ふふっ、相変わらず詰めが甘いな。セワスールよ」


 だが、ハラグライは軽く笑い声を上げた後、立ち上がり、そしてセワスールにそう言い放つ。


「……やはり、覚えていたのですね――」


 言葉を返す。だがセワスールの目を見据えたまま、ハラグライは何も答えなかった。


 だが――セワスールは良く覚えていた。そう、かつてセワスールはハラグライの部隊に所属していた。

 

 セワスールもかつては王国騎士だったのである。そして過去には何度か大事になりかねない失敗をやらかしてしまった事もある。


 しかしそのたびに庇ってくれたのはこのハラグライであった。

 失敗を反省するのは良い、だが後に引きずってはダメだ、それは彼がハラグライから言われた事。


 そして、もう一つ言われていた事が――


「戦場では詰めの甘さが命取りになる、でしたか――」

 

 再び剣を構えるセワスール。正面には短槍を構えるハラグライ。


 セワスール様、とそれを見ていたナリヤが前に出ようとしたが、ロウが肩を掴み、首を横に振った。今のふたりに横から割って入る隙間などありはしない。


 いや、これはセワスールが決着を付けなければいけないこと。それをロウはその鼻で感じ取っていたのだろう。


「……貴方に教わった事は、今でも覚えています。だからこそ、残念でならない」

「――まるで私が負けるような口ぶりですな。だが、紋章の力が消えているのを忘れているのではないか? 私は、ここで敗れるわけにはいかないのだよ!」


 ハラグライが飛び出し、一歩遅れてセワスールも前に出る。かなりの傷を負っているとは言え、やはりハラグライは速い。


 紋章の力を失ったセワスールと比べれば、その違いは一目瞭然だ。


 そして、一瞬にしてセワスールへと肉薄したハラグライは穿孔連突を的確にセワスールの心の臓に打ち込んだ。


「グハッ!」


 セワスールが吐血する。ナリヤの、セワスール様! という悲鳴にも似た響きが洞窟内にこだました。


「――どうやら、私の勝ちのようですな」

「……いや、浅い――」


 しかし、ロウの呟きが耳に入ったのか、ハラグライが視線を上げると、彼を睨みつける騎士の瞳からは、まだ光が失われていなかった。


「ぬ、うおおぉおぉおおおおお!」


 そして、渾身の力を込め大剣を振り下ろす。肩口から脇腹に掛けて、大きく切り裂かれたハラグライは、その勢いで後方に吹き飛んでいき、地面をゴロゴロと転がり、大の字になりピタリと止まった――

前回の話で400話達成していたようです!

ここまで続けてこられたのも応援して頂ける皆様のおかげです本当にありがとうございます!

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