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第三六一話 ロウとナリヤ

 ふとハラグライの根幹で過去の事が想起された。初めて愛し、しかし自らの不甲斐なさで助けることが出来なかったアフェアの事。


 そんなアフェアとの浮気に気がついていながら、敢えて何も言わず、それ故に恨みを残し、そして我が子に怨嗟を引き継いだ先代アクメツの事。

 

 そして――決して許されない罪と罰を背負い、楔を打ち付けられ、残されたアクドルクを何があっても裏切らないと決めた自分自身の事――


 そう、ときは既に満ちている。アクドルクの計画に気がついたギネンとて、一度は我が身を呈して助けたが、主の為、自ら手を下し処刑した。


 そこまでしてハラグライはアクドルクに尽くしてきた。その結果、間もなく帝国の後ろ盾が得られるところまで話は進んでいる。


 あのナガレとて、帝国と共謀して始末する事を決めたのだ。その為に、あらゆる手を尽くしたのだ。


 今更、失敗は許されない。動き出した船はもはや止めることなど不可能だ。


 そう、だからこそ、意地でもここで全員始末をつけねばならない。目の前に立っているのが、ギネンと同じように、かつては戦場を共にした相手であったとしても――






◇◆◇


「……うざったい連中だ――」

 

 迫る爆炎弾や、影の礫を避けながらロウは顔をしかめた。

 相手はべリュトン三体とヴァミリオン二体。だが、この魔獣達はどうも遠距離からの攻撃がメインらしく、離れた位置から、べリュトンは自らの影を鞭のように伸ばしてきたり、礫にして打ち込んできたりし、ヴァミリオンはロウの上半身ぐらいの大きさがある炎の球を放出してきた。おまけにヴァミリオンの爆炎球は着弾すると派手に爆発するおまけ付きである。


 遠距離からこうチクチクされるのは面倒だ。そもそもロウは近接戦闘タイプだ。接近できなければ話にならない。


 それに、あのべリュトンに関しては鹿の胴体に翼といった様相だけあって、空を飛び回る。洞窟の中だけに屋外よりはましかもしれないが、それでも空からの攻撃は厄介だ。


 そう、これまでのロウならこの組み合わせは苦戦したかも知れない。

 だが――


「……【螺旋狼牙爪・改】――」


 ロウの持ち技の中でも最も威力の高い攻撃、螺旋状に回転しながら相手に特攻し、両手の爪でズタズタに切り裂くのがこれまで螺旋狼牙爪であったが、ロウは鍛錬を積むことで、これまでの直線的な動きから、ある程度自由に方向転換が可能な技へと昇華させた。


 それこそが螺旋狼牙爪・改、竜巻の如く迫る狂気と爪撃が、洞窟内を縦横無尽に飛び回り、べリュトン二体とヴァミリオン一体を切り刻んだ。


 これでもかなりの物だが、ロウとしてはまだ不満がある。細かい微調整がまだ効かず、方向転換の仕方もまだまだ動作が大きい。そのせいで精度に不満が残るのである。


 ロウとしてはこの一撃で殲滅したかったところであろうが、結局一体ずつ残す事となり――そして着地際を狙いべリュトンが急降下、そのまま特攻を仕掛けてくる。


 ロウは咄嗟にそれを躱すが――その瞬間べリュトンがロウの影に入り込んだ。


「……こいつ、人の影にも潜り込めるのか――」


 足下に広がる影をみやりつつ呟く。すると、正面から迫る爆炎弾。

 

 ロウは回避行動を取ろうとするが、しかし、身体が動かない。防御をとろうとしても身体が思うように動かせない。


 そうべリュトンとの戦いにおいて最も厄介なのはこの影潜りである。べリュトンは相手の影に潜り込むことで、その動作を制限する。


「……チッ」


 思わず舌打ちするロウ。その瞬間ロウの目の前が真っ赤に弾けた。着弾し、爆発したのだ。


 黙々と立ち上る土煙――そして煙が霧散した先には被弾したロウの姿。

 

 彼の表情は一見すると平然としているが、しかし全身に残る熱傷などの傷痕が、全くの無傷でないことを物語っている。


 そしてこれこそがべリュトンの恐ろしさと言えるか。特に今回のように組み合わせ次第では脅威度は大きく跳ね上がる。


 なぜなら己の影がべリュトンに乗っ取られると、その動きは制限され、今のロウのようにガードも取れず、魔法などの直撃を受ける事となる。その上、今のような爆発を伴う魔法は、普通であれば吹き飛んだりする事で多少なりともダメージが軽減されるが、影に潜られた状態ではそれもない。


 すなわち爆発分のダメージも全く緩和されることがない。その結果通常よりも受けるダメージは遥かに大きいわけである。


 いくら以前よりレベルの上がったロウとはいえ、これを何発も受けるのは芳しくない。そもそもロウは俊敏さをうりにした戦い方が主であり、その為元の防御力は純粋な戦士よりはどうしても見劣りする。


 つまり、端的に言えばこの状況は結構なピンチであるという事であるが――






◇◆◇


 ロウが魔獣と戦っているその一方で、ナリヤもまた似たような危機に陥っていた。

 

 そう、彼女もまたべリュトンとヴァミリオンを残り一体ずつまで追い詰めたのだが――そこでべリュトンによって影の中に潜り込まれたのである。


「うぅ、私としたことが、このような油断を――」

『まずいよねーナリヤちゃん! ピンチだよねー!』


 正面ではヴァミリオンが大口を開け、今にも爆炎弾を放ってきそうな状況。そしてナリヤはこの状態であれを受けるのはまずいことを肌で感じ取っていた。


「ナリアはどうも緊張感に欠けるな……」


 ナリヤが呆れたように述べる。ちなみに今ナリヤが話している相手は魔物にすら視えていない。なぜなら彼女の守護霊となったナリアだからだ。


『そんなことはないよ! 私だってお姉ちゃんが心配だもん! だからね私にいい手があるんだ! やっていい?』

「い、いい手? 何か不安しかないんだけど……」

『お姉ちゃん悩んでる暇はないよ! ほら! もうあの爆発する球がきちゃう! たまたまが来ちゃう!』

「いいかた! え~い! 判った! こうなったらナリアに掛ける!」


 どうも緊張感のない妹に一抹の不安を覚えるナリヤだが、しかし確かにつべこべ行っている場合ではない。既に爆炎弾の発射準備は整っている。


『うん判った! じゃあ! 少しの間、体借りるねお姉ちゃん!』

「へ? か、体って――」

『【霊媒憑依】!』


 その瞬間だった。ヴァミリオンから放たれた爆炎弾がナリヤのいた場所に着弾し、轟音を伴う爆発と衝撃波が広がった。


 それを認めたヴァミリオンの目玉がぐるぐると嬉しそうに回転している。


 だが――爆発の収まった先に転がっていたのは、べリュトンの遺骸であった。


 それにどこかギョッとした空気を放つヴァミリオンだが――


「残念こっちでしたーー! いくよ憑依限定スキル! 【霊波】!」


 思わず視線を上げるヴァミリオンだが、時既に遅く、真上に迫っていたナリアの掌から放たれた波動がその身を飲み込んだ。


「ふぅ、なんとか上手くいったみたいだね~」


 そして着地と同時に額を拭うナリアである。そんな彼女の足下にはプスプスと煙を上げ絶命しているヴァミリオンの姿があった。


『そ、それにしても驚いたな、まさかナリアが私の体に入るなんて』

「うん、憑依と言ってね、魂を一時的にお姉ちゃんの体に移したんだ。あ、でもお姉ちゃんの魂も中にいるからね、あくまで主導権が私に移っただけだから」

『そ、そうなのか。でも、何か変な感触だな、自分の体じゃないみたいだ』

「うん、まあそれは慣れだよね~でも上手くいって良かったよ~失敗したらどうしようかと思ったもの」

『失敗するかもしれなかったのか! 全く、無茶が過ぎるな……でも、何故ナリアが憑依したら動けるようになったんだ?』

「それはね~幽霊には影がないからだよ~だから私が憑依したら影が消えたの。だからあの影がなくなったことであの魔獣が表に出てきて代わりにあのたまたまを受けることになったんだよね!」

『だから言い方! というか、幽霊だから影がないって、そんな単純なことなのか?』


 ナリヤはどうにも納得行かない様子だったが、細かいことは気にしないことだよ! という妹に押し切られた。


 そして更に説明によると、憑依していると能力はナリアとナリヤのステータスがあわさった物になるらしい。


 更にナリアはさっきの霊波のような限定スキルも使える。


『何か至れり尽くせりだな……』

「でも欠点もあるんだよ。私達双子だからまだ長い方だけど、それでも一五分以上この状態続けたら拒否反応でふたりとも魂が体から抜け落ちちゃうの!」

『……それって事実上の死と一緒じゃないか?』

「あはは、そうだね~」

『笑ってる場合か! は、はやく戻ってくれ!』


 ナリヤが慌ててナリアに願った。だが、ナリアはちょっと待って! と返し。


「折角の肉体なんだし、もう少し堪能を。おほ! お姉ちゃんってば結構柔らかい」

『な、何やってんだお前は!』

「ふふっ、さてお胸の方は、どれだけ成長、成長、成長……」

『…………』

「うん、何かごめんねお姉ちゃん……」

『謝るぐらいなら最初からするなーーーー!』


 この後無事ナリヤの魂はもとに戻りましたとさ。






◇◆◇


「……やれやれだな」


 嘆息混じりにロウが述べる。そんな彼の目の前では口を開き、再び爆炎弾を撃ち込もうとするヴァミリオンの姿。


 しかし、未だにロウの影にはべリュトンが潜んだままだ。これでは思うように動くことが出来ないが。


「……まさか、こんなところであの新技も試すことになるとはな」


 だが、ロウの目にはギラギラとした光が残されている。全く諦めている様子は感じられず――そしてこの状況でも指の動きは自由がきくことを確認。


 その上で、掌へ意識を集中させ、その部分が熱くなっているのも確認した。


 ロウが知りたかったのは、闘気の操作は可能かという事だった。そしてそれに関しては問題がない、いくら影に潜り行動を制限出来ると言ってもそこまでは無理だったようだ。


 ならば、とロウは掌を下に向けた状態で、新スキルを発動させる。


「……【闘狼拳】――」


 静かに呟くと、その両手から一匹づつ、闘気で出来た狼が現出した。

 

 そして地面に着地したかと思えば直ぐ様唸り声を上げ、ヴァミリオンに向けて疾駆する。


 その口は今にも爆炎弾を発射しそうな勢いだったが――しかしロウの生み出した狼の方が更に動きが速かった。


 瞬時にヴァミリオンに迫ると、その一匹はその喉笛に喰らいつき、もう一匹は爪で全身を切り刻む。


 その攻撃は、爆炎弾の発動を止めるに十分な威力を秘めていた。それどころか、ロウの放った二匹の狼はあっという間にヴァミリオンの四肢を切り刻み、その命を刈り取ってしまう。


「……どうやら上手く言ったようだな。さて、後はお前だけだが?」

 

 未だに影に潜み続けるべリュトンに向けて、冷淡に言い放つロウだが、しかし出てくる様子は感じられない。


 ただ、一つ言えるのはこの魔獣、影に潜っている間はどうやら自分から攻撃を仕掛けることは不可能なようだ。


 もしそれが出来るなら、とっくに仕掛けてきても遅くないが、未だにだんまりを決め込んでいるのでこの考えに間違いはないだろう。


「……そっちが出てこないつもりならかまわないさ。おい――」


 ロウが、ひと仕事終えて戻ってきた狼達に命じると、二匹の狼は跳躍し、かと思えば錐揉み回転しながら土中にもぐりこむ。

 

 だが、ロウの目的は別にこれで魔獣を引っ張り出そうというものではない。べリュトンは影に潜ったのであり地面に潜ったわけではないからだ。


 ならばどうするか――答えは狼の動きになった。二匹の狼は土中に潜り更に別の場所から出るを繰り返しているが――これは全てロウの影がある位置に集中していた。


 つまり――ロウはこうすることで物理的に影をなくそうと、そう考えたわけである。

 

 そして――遂に影のあった地面が完全に陥没し、すると身を隠す場所のなくなったべリュトンがロウの目の前に現出し――その瞬間ロウの左右の爪が魔獣の体を切り裂いた。


「……俺の影に潜ったのが、運の尽きだったな」


 そしてそう言い残し、ナリヤやセワスールの様子に目を向けるロウであった――

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