第三話 グレイトゴブリン
驚愕のピーチ。しかし頼みましたよ、とナガレは一人、件のグレイトゴブリンのいる場所まで向かおうとする。
しかし――
「ちょっと待ちなさいよ!」
それを止めるようにピーチが吠えた。
するとナガレは振り返り、なんですか? という目を彼女に向ける。
「あんたねぇ! 冒険者でもない一般人に、じゃあちょっとグレイトゴブリン倒しに行きます、とか言われて、はいそうですかってわけに行かないでしょう! こっちだって一応C2級の冒険者よ! あんたがいくなら私も行くわ!」
「はぁ、それは構いませんが、でも魔力が切れているのですよね? 戦えますか?」
正直今度の相手はその辺に散乱してるゴブリンとはわけが違う。
杖を利用した戦い方を知ったとはいえ、とてもそれでどうにかなる相手ではないだろう。
「問題無いわ! 魔力なら少しぐらいスキルの【瞑想】で回復できるしね!」
ふんっ! と胸を張り得意気に語る。
「そうですか……判りました、では少し待ちましょう」
ナガレはそういって彼女の魔力回復を待つことにする。
あまり時間はないが、それでも相手の距離と移動速度からみて多少は待てると踏んだからだ、が。
「ぷはぁああぁああああぁあ! ちょ、ちょっと待ってね。後ニ、三回やれば魔法数発分ぐらい溜まるから!」
「……一応訊くのですが、それが瞑想なのでしょうか?」
ナガレはピーチのいうところの瞑想の様子を見ていたが、少々、というか、かなり疑問に思うところがあったので訊いてみた。が、
「そうよ、決まってるじゃない! あ、さては瞑想を知らないのね! そうよね。結構覚えてる人少ないものこれ」
と中々自信あり気だ。
しかし、当然ナガレが瞑想を知らないなんて事はあり得ない。
寧ろ毎日の鍛錬の最後には必ず瞑想を行う程だ。
精神のあり方も大事と考える神薙流合気道術を極めたナガレにとって、瞑想は既に身体の一部と言っても過言ではないだろう。
しかし――今ピーチのやっているものはナガレの知っている物とは似て非なるものだ。
取り敢えず直立で行うことはまぁいいとしよう。
どうしても必要に迫られた場合、ナガレとて直立不動で瞑想を行うことはよくある。
しかし問題は、ピーチはその後瞼を閉じ、なんと呼吸も完全に止まってしまったのである。
そして、かと思えば三〇秒程で息が続かず、可愛らしい顔を歪ませて息を思いっきり吐き出す始末。
そしてその後大きく息を吸い込み、また瞑想という名の何かを始めようとしているのだ。
勿論、異世界においてはこれが瞑想の正しいやり方なのだと考えることも出来る。
所変わればルールも変わるものだろう。
しかし、そこは壱を知り満を知るナガレである。
今のままの瞑想では明らかに無駄が多いことを瞬時に理解してしまった。
何せ一回一回息継ぎをしなければいけない上に、ナガレの見立てでは明らかに折角集まった魔力の大部分が霧散してしまっている。
「ちょっといいでしょうか?」
「何よ! 時間ないんだから手短にね」
「はぁ、いや実は私が見る限り、その瞑想よりも、もっといい方法があると思うのですが、試して見ませんか?」
はぁ? と怪訝に眉を顰めるピーチ。唯でさえ会得しているものが少ないというスキル【瞑想】が間違っていると聞き機嫌を悪くしたようだが――
「いいですか、まず姿勢はこう、そして息は止めてはいけません」
「はぁ!? 何言ってるのよ! 瞑想は息を止めてやるものでしょうが!」
「いえ、それだと息継ぎするときに明らかに溜まった魔力が逃げてしまってます。寧ろ呼吸法が大事ですので――」
そういってナガレはピーチに丁重かつそれでいて手早く、己の知る呼吸法を伝授して上げた。
すると――
「な、何よこれ! ちょっと瞑想しただけでこの方法だと魔力の溜りが段違いよ! 信じられない!」
驚くピーチに、ふむ、と顎を引くナガレ。
そして瞑想によって集められた魔力は明らかにナガレが教えてからのほうが多い。
どうやらナガレの踏んだ通り、息を止める瞑想は無駄が多かったようだ。
「本当信じられない。え~とこの呼吸、だったっけ? なんていうんだったかしら?」
「ラマーズ法ですね」
「そうそうそれ! 本当凄いわねこれ!」
喜んでくれて何よりとナガレも微笑む。
とはいえ、ナガレからしたらこれはそこまで特別な方法でもなく、瞑想における基本中の基本なのであるが……
とは言え、これで満タンまでとはいかなくてもかなりの量の魔力が回復したようである。
「よっし! これだけ魔力が回復すればいけるわ! さぁナガレ! やってやろうじゃない!」
何故か突然ピーチが張り切りだし、先頭を切って歩き出した。
魔力が戻った途端現金なものである。
しかしナガレは特にそれについて何かを言うこともなく、彼女の小さな背中を追いかけた。
そしてそれから一〇数分ほど歩いた先に――それはいた。
「なるほど、これはなかなか壮観ですね」
グレイトゴブリン――ピーチが変異種というそれは、確かに最初に目にしたゴブリンとは様相が違った。
まず全体的に体つきがゴツく、樽のような身体は隆起した筋肉の瘤に包まれているような形でゴツゴツしており、四肢は大木のごとく太い。
顔は顎が少し出ているあたり、原始人のようですらあるが、体色はやはりゴブリンの特色を残しており真緑、髪はなく耳は先が鋭角状だ。
そして何より上背が三メートル近くあり、そこがゴブリンとの決定的な違いだろう。
肩幅の広さもあって、対峙した時には更に大きく感じるかもしれない。
そんなゴブリンは腰蓑のようなものを穿き、手には棍棒(というよりはほぼ丸太だが)を手にしながら、どこぞへ向けて進行を続けている。
見たところ、グレイトゴブリンの他には仲間はいそうにないが、ズシン、ズシンと大地を揺らしながら突き進んでいる魔物だ。
側にいては、踏み潰されて死んでしまう可能性が高いため、それを警戒して近くにはいないのかもしれない。
きっとあの三〇〇体のゴブリンのように、先ずボスより先に部下が前を行くのがゴブリン流なのだろう。
「や、やっぱり並のゴブリンとは迫力が違うわね……」
まさに圧巻といえるその姿に、明らかな動揺を見せるピーチ。
やはり彼女とてまだ若い娘、これだけの化け物に脚が竦むのもよく判る。
その一方でナガレは涼しい面持ちである。
軽く関節を解し、今すぐにでも相手してやろうと言う気持ちが全身から溢れ出ている。
「やはりここは私がいきましょう。ピーチはそこでみてい――」
「な、何馬鹿な事を言っているのよ! あんなの正面切って戦ってなんとかなるわけないじゃない! 大丈夫よ、私に任せて。こう見えて私は魔道第一〇門までは開けれるんだから!」
ピーチはそう言った後、何やら独特な言葉を呟き出す。
ちなみに魔道門とは、この世界における魔法のランクを示すもので、魔法を行使する際はその門を開けて発動するという形である。
つまり彼女がいま呟いている言葉はその門を開けるための鍵と言えるだろう。
この門は全部で一二あり、最下級が一二門で最上級が一門である。
そして門には他に聖道門、幻道門、冥道門、天道門、神道門の五種、それとは別に特殊な門なども存在する。
聖道は主に教会の神官などが使用するもので治療魔法が主。
幻道門は召喚士が幻獣を召喚する際に使用するもので、冥道門は死者の魂に干渉するタイプの魔法に利用可能な門であり、ネクロマンサーと呼ばれる類の魔術師が主に使用、ただその特性から忌避される傾向にあるようだ。
天道門に至っては天使の利用する魔法を行使出来るということで、人でこの門を開けれるものはほぼいないらしい。
神道門となるとその名の通り神の領域であり、神話レベルの強力なものだ。
そしてそんな中、ピーチが開けられるという魔道第十門は……実はそこまで大したものではない。
尤も魔法が使えるというだけでも凄いとされるこの世界では、それなりに価値はあるが、しかしそれでも魔法の才能に恵まれたものであれば、そこまで苦労することなく習得出来るものだ。
と、いう事までを瞬時にして理解したナガレだが、一応は口を挟まずその様子を暖かく見守ることにする。
「――フェ・ベラ・リラ……開け魔道第十門の扉! 発動せよ炎術式【フレイムランス】!」
詠唱を終えると、胸の前に添えたピーチの両の手の間から炎が渦を描き、直後――長さ二メートル程の焔に包まれた槍がグレイトゴブリンに向けて射出される。
轟々という燃焼音を当たりに撒き散らしながら、灼熱の槍は見事魔物の脇腹を捉え突き刺さった。
なるほど、第十門とはいえ攻撃用としてみれば中々使えそうな代物である。
これが並のゴブリンであれば恐らくニ、三体纏めて貫通できるぐらいの威力があるだろう。
しかし――相手が悪かった。グレイトゴブリンは流石A級と称されるだけの魔物である。
ピーチの放ったフレイムランスは、当たりこそしたが化け物はそれを掴み引き抜き、なんとへし折ってしまった。
「そ、そんな、私の魔法が全然……」
愕然となるピーチ。そしてグレイトゴブリンの顔がふたりに向けられる。
魔法の発動された方向からふたりの位置を察したのだろう。
どうやら少しは頭を働かせることが可能なようだ。
ピーチの放ったフレイムランスは、射程でいえば二十メートルそこそこといったところだ。
あれだけの巨体であればその距離はあっさり詰められることだろう。
「ど、どうしよう! あれ、私の最大威力の魔法なのに!」
慌てふためくその姿を他所に、ナガレは仕方ないですね、と呟き。
「やはり私が出ましょう。ピーチはそこで見ていて下さい。危険ですから決して動かないように」
「え? ちょ! 何言ってるの! 無茶に決まってるでしょあんな化け物!」
吠えるように言う。
しかしそんなピーチを尻目に、ナガレはあっさりと言い放つ。
「いえ、大丈夫ですよ。寧ろ思ったより大したことなさそうで少し拍子抜けなぐらいですから――」